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sagami246さんの読書ノート

2007年10-12月の読書ノート
2007年のlast Quarterの読書ノートです。
このQは、残念ながら、これは、という本には出会わなかった。30冊近く続けて、そういう状態が続くと、自分の選択眼を疑わざるを得ない。
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 1

サウジアラビア現代史 (文春新書)

著者 : 岡倉 徹志

出版社:文藝春秋

発売日:2000-06

評価 :

完了日 : 2007年12月31日

サウジアラビアの現代史が、コンパクトに非常に分かりやすくまとめられている。私のように、これからサウジアラビアのことを勉強しようと思っている者にとっては、好適の入門書だ。
サウジアラビア王国は、特殊な国である。各部族・各家系間の争いを勝ち抜いたのがサウード家。サウジアラビアという国名は、「サウード家のアラビア」という意味である。王様のいる国は他にもある。例えばタイなんかがそうだし、女王ではあるが、イギリスもそうである。タイやイギリスの王様なり女王様というのは、でも、実質的な権限はない。国政の権限は、政府であり国会であり、というところに委ねられている。ところが、サウジアラビアは異なる。国王が首相も三軍の長も兼ねる。国会もなく選挙も政党もない。「諮問委員会」という評議会が、政策決定について国王に「諮問」することはあるが、最終決定権は国王にあるし、そもそも、諮問委員の任命権は国王にある。要は、基本的に全ての権限は王家に属しているということなのである。
もうひとつ面白い、というか興味深いのは、この国の憲法は「コーランでありスンナである」と定められていることである。もちろん、行政の決まりのいちいちにコーランが顔を出すわけではないであろうけれども、でも、それらを律するものの考え方みたいなものは、コーラン、すなわちイスラム教なのだ。
サウジアラビアと、ドバイの両方を訪問されたことのある方だと、すぐに分かることであるが、サウジアラビアもドバイ(UAE)もイスラム教国なのであるが、その戒律の厳密さは全く異なっている。サウジアラビアでは宗教上の戒律はかなり厳しく守られているようである。我々異教徒であっても、国内では基本的に飲酒をしてはダメだし、豚肉も食べられない。ドバイでは、安息日を除ければ、レストランで自由に飲酒は出来るし、日本料理店でトンカツを食べることも出来る。それは、良いとか悪いとか、ということでは、勿論ない。ただただ、そういうことである、ということだ。

おそらく、この国に石油が出なければ、サウジアラビアのことを気にする人はいないか、あるいは、いても少数だろう。ところが、この国が世界一の石油埋蔵量を誇る国であるということで、我々石油化学業界に勤める者にとっては、無視出来ない国なのだ。あるいは、私のように、この国で投資チャンスを伺っている者にとっては、相当詳しくウォッチをしなければならない国なのである。
私はサウジアラビアを数回訪問しているけれども、そんなに嫌いではない。アルコールはなくてもやっていけるタイプである、ということが大きな理由の一つなのだろうけれども、非常に興味深い国だな、という感想を持つだけだ。
まぁ、いずれにせよ、仕事上の必要性もあり、しばらくサウジの勉強を続けるつもりである。


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 2

ブルー・ローズ〈下〉

著者 : 馳 星周

出版社:中央公論新社

発売日:2006-09

評価 :

完了日 : 2007年12月28日

上巻は、馳星周の作品らしくない、ハードボイルドな探偵小説風な物語だったけれども、下巻の途中から主人公の行動が、がらっと変わってしまい、いつもの馳星周の作品らしい破滅的なものに変わっていった。が、単純に暴力的なアクション場面ばかりが続き、今ひとつだったかな。


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 3

ブルー・ローズ〈上〉

著者 : 馳 星周

出版社:中央公論新社

発売日:2006-09

評価 :

完了日 : 2007年12月28日

感想は下巻に


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 22

走ることについて語るときに僕の語ること

著者 : 村上 春樹

出版社:文藝春秋

発売日:2007-10-12

評価 :

完了日 : 2007年12月26日

「ねじまき鳥クロニクル」を最後に村上春樹の小説は読んでいないのだけれども、でも、この人の書くエッセイはかなり好きだ。
このエッセイもかなり面白い。何より、相当に率直に自分の思いや考え方を述べている部分が多く、村上春樹の人柄みたいなものが、読み取れる。なかなか頑固で融通の利かないところのある人みたいだけれども、真摯な努力家、好感を持たざるを得ない。
また、小説を書くということにまつわる本人の基本的な考え方というか、あるいは、おおもとの方法論というか、みたいなことにも触れていて、それを読むと、私はこの人の小説を、ずいぶんと誤解して読んでいたような気がする。要は、喰わず嫌いのところがあったわけである。小説も、少しまじめに読んでみようか、と思わせるエッセイだった。


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 6

案外、買い物好き

著者 : 村上 龍

出版社:幻冬舎

発売日:2007-11-22

評価 :

完了日 : 2007年12月22日

村上龍の買い物エッセイ(?)。
まぁ、私のように村上龍が好きな人であれば、それなりに面白いのだけれども、村上龍に興味のない人が読んでも、今ひとつだろうな、と思う。


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 4

ドリームガール (ハヤカワ・ノヴェルズ)

著者 : ロバート・B・パーカー

出版社:早川書房

発売日:2007-12-07

評価 :

完了日 : 2007年12月22日

パーカーの新作。スペンサーシリーズの第34作目である。
スペンサー、ホーク、スーザンに加え、クワークやベルソンといったシリーズの主要登場人物が形通りに登場し、このシリーズの売り物(というか、私が好きなだけかもしれないが)の登場人物間のウィットに富んだ会話もはずむ。事件は、これも以前の作品で登場したエイプリルを中心にまわっていく、というものなのだから、まぁ、ややマンネリとはいえ、このスペンサーシリーズのファンにとっては、何の不足もない作品だ。


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 1

ねむれ巴里 (中公文庫)

著者 : 金子 光晴

出版社:中央公論新社

発売日:2005-06

評価 :

完了日 : 2007年12月15日

「どくろ杯」に続く、金子光晴の妻・三千代を伴っての放浪記の第二弾「どくろ杯」に引き続き、すさまじい内容の放浪記だ。
と書いて少し思い直したのは、この作品の間中、作者と三千代は、だいたいパリにとどまっているわけであり、別に「放浪」している訳ではない。もちろん、日本を離れて、中国・東南アジア、そしてパリという具合に居所を移しているのだから、大きな意味では「放浪」なのだけれども、でも、この作品自体は決して「放浪記」ではない。パリでの貧乏暮らし記、あるいは、悪戦苦闘記、とでも呼んだ方が適当かもしれない。


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 2

特権的情人美食 村上龍料理&官能小説集

著者 : 村上 龍

出版社:ベストセラーズ

発売日:2007-11-10

評価 :

完了日 : 2007年12月15日

村上龍がこれまで発表した、料理にまつわる短編を編集し直した短編集。全部読んでいるはずなのに、読み終わるまでそのことに全く気がつかなかった。


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 3

犬が星見た―ロシア旅行 (中公文庫)

著者 : 武田 百合子

出版社:中央公論新社

発売日:1982-01

評価 :

完了日 : 2007年12月15日

作者武田百合子のご主人は、作家の武田泰淳。これは、作者が夫らとともに出かけた昭和44年のロシア旅行に関する旅行記。
「旅中の出来事・風物を克明に伸びやかにつづり、二人の文学者の旅の肖像を、屈託ない穏やかさでとらえる紀行。」というのが、中公文庫の裏表紙に書かれた本書の紹介文。本書は読売文学賞を受賞した作品である由も紹介されている。
が、何故だろう、私は全くこの本を楽しめなかった。


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 4

チャーリーとの旅

著者 : ジョン スタインベック

出版社:ポプラ社

発売日:2007-03

評価 :

完了日 : 2007年12月09日

1960年代のアメリカ。
スタインベックが愛犬のチャーリーを連れて、自動車でアメリカ中を旅をする。さすがに観察眼の鋭い人だな、と思わせる記述があちこちに出てくる。かなり面白く、お勧め。


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 1

ベルリンの秋〈下〉 (集英社文庫)

著者 : 春江 一也

出版社:集英社

発売日:2001-03

評価 :

完了日 : 2007年12月09日

プラハの春に続く、シリーズの第二作。一作目ほどは面白くない。ソ連・東欧の共産主義の崩壊過程をフィクションを通じて書きたい、というのが筆者の意図だったのだろう。それは、物語の中によく書けていると思うのだけれども、でも、それで物語が面白くなるかというと、それは別問題。
扱っているテーマの対象となる年数が長いので、どうしても冗長な話という感じになってしまう。


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 1

ベルリンの秋〈上〉 (集英社文庫)

著者 : 春江 一也

出版社:集英社

発売日:2001-03

評価 :

完了日 : 2007年12月09日

感想は下巻に


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 2

されどわれらが日々― (文春文庫)

著者 : 柴田 翔

出版社:文藝春秋

発売日:2007-11

評価 :

完了日 : 2007年11月24日

この本を最初に読んでのは、ずいぶん昔、たぶん高校生とか大学生の頃だったと思う。非常に面白かった、という記憶があり、文庫本での新装版が出ていたので、さっそく買って読んでみた。
が、何故だろう、あまり面白くない、どころか、かなりの違和感を持ちながら読んだ。全体を流れる、なんと言うか、虚無感・覇気のなさ、みたいなものに全くなじめないのだ。学生の頃、この本を読んで面白く感じたのは、そういった虚無感みたいなものなものに惹かれたからなのだろう。若い頃に虚無的なものに惹かれ、歳をとった今頃になり、そういうものに全く興味を覚えなくなる、というのも面白い気がした。


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1.パートママ (2007/11/25)
懐かしい作家ですねえ。内容はスッカリ忘れてしまいましたが、あの頃はこの本に確かに共感したんですよね。あと石川達三とか…。
2.sagami246 (2007/12/09)
コメントありがとうございます。お返事がすっかり遅くなってしまって申し訳ありません。ずっと暇がなくて、このページにアクセスするのはおろか、ほとんど読書していないような状態でした。柴田翔、なつかしいです。最近、日経新聞の夕刊の1面に時々コラムを書いていますが、少し違和感があります。昔思っていた、柴田翔とは少し違うね、っていう感じの。
 

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 1

どくろ杯 (中公文庫)

著者 : 金子 光晴

出版社:中央公論新社

発売日:2004-08

評価 :

完了日 : 2007年11月05日

すさまじい、としか感想の浮かばない、とんでもない放浪記だ。
昭和のはじめ、金子光晴は、生まれたばかりの子供を日本に置いたまま、妻の森三千代を伴い、上海を皮切りとする5年間におよぶ放浪をはじめる。潤沢に資金があるわけではない、どころか、旅先でお金を稼がないと暮らしてもいけないような状態での放浪である。放浪する、というより、むしろ、どうやって「生きのびる」かがテーマになるような貧困の中での放浪だ。
そのようなすさまじい放浪であるにも関わらず、筆者はそれを、あっさりと、むしろ淡々と記述している。それは、筆者がこの放浪記を書いたのが、旅を終えてから40年を経た後の筆者の人生の晩年であったからだろう。まるで他人事のように、「そういうこともあったよね」というような感じで書いている。おそらく、そうでなければ、およそ読むに耐えないような旅行記になっていたのではないだろうか、と思う。
この「どくろ杯」は放浪記の第一巻。もちろん、続きを読んでみるつもりである。


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 1

智恵子抄 (1956年) (新潮文庫)

著者 : 高村 光太郎

出版社:新潮社

発売日:1956

評価 :

完了日 : 2007年11月03日

この本の感想を書こうとして、「智恵子抄」という言葉で検索をしたところ、44冊の本が検索にひっかかって出てきた。私の読んだ「智恵子抄」は新潮文庫版なのだが、その他の形でも、「智恵子抄」はたくさん出版されている。そればかりではなく、この詩集の編者の草野心平が出した本や、この詩集を題材にした、と思える他の人が書いた小説等がたくさん出版されている。
この本には、高村光太郎がつくった、智恵子に関する詩以外に、高村光太郎自身による「智恵子の半生」をはじめとするいくつかの短・中文が収載されている。詩は難しい。集中して読まないと意味がとれない、あるいは、いくら集中して読んでも意味が分からない場合も多い。が、この詩の後に収載されている高村光太郎の文を読んでから、あらためて詩を読んでみると、詩の持つ意味がはっきりと浮んでくるようなこともあった。
私自身、妻を亡くしている。妻を亡くしてからは、出来るだけ、この手の本、要するに誰か大切な家族を亡くしてしまうような話の本には近づかないようにしていた。少し時間が経ち、そういう本も読めるようにはなったけれども、それでも、なんだか高村光太郎の無念は、自分の無念として蘇ってくる気がする。


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 4

なんくるなく、ない―沖縄(ちょっとだけ奄美)旅の日記ほか (新潮文庫)

著者 : よしもと ばなな

出版社:新潮社

発売日:2006-03

評価 :

完了日 : 2007年11月03日

よしもとばななが好きな人には面白い旅行記かもしれないけれども、私のように、彼女の作品をほとんど読んだことがない者にとっては、ちょっと、っていう感じの沖縄旅行記。
よしもとばななが、沖縄のことを大好きなことは分かったし、そのことを好感の持てる感じで書いてはあるけれども、でも、僕は楽しめなかった。


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 4

半島 (文春文庫)

著者 : 松浦 寿輝

出版社:文藝春秋

発売日:2007-07

評価 :

完了日 : 2007年11月03日

瀬戸内海のS市に属する半島に、大学教師を辞めた中年の主人公が流れ着き、住み着く。小説は、主人公がその半島で出会う、一癖も二癖もありそうな人物や、主人公自身の半島での不思議な体験、あるいは、主人公の回想などで成り立っている。

作者が書いた「あとがき」によれば、この物語は下記のようなものであるらしい。

青春期に始めたことを曲がりなりにも一通りやり終えたとき、達成感とは別のある空しさに襲われて、ふと後ろを振り返っては溜息をつき、また前に向き直って足が竦むのを感じ、この先いったいどうしたらいいものかと途方に暮れる年齢があるものだ。そんな悲愴感は表立って現われていないが、わたしはこれを、自分の人生のある危機-複数の危機-を乗り越えるために書いたのだと思う。

あるいは、「中年という人生の一時期をめぐる一種の寓話のようなものであるかもしれない。」とも書いている。

であるとするならば、私はこの小説を、-少なくとも最後の章の後半くらいまで-誤解しながら読んでいたことになる。
半島の不思議な人たちや不思議な出来事等に、主人公はほとんど絡めとられている。絡めとられながらも、どこかで、この半島での暮らしは、あるいは、自分の生活そのものが(半島に住もうが住むまいが)、仮初(かりそめ)のものであるという認識を持ちながら人生を送っている。たしかに、主人公が半島を出て行ってしまうことになる、という予感は小説の途中で浮ぶのだけれども、でも、その後主人公は、前に向き直るのではなく、別の土地に漂着していく、そのような全く出口のない、無限ループのような暮らしを送っていくのではないだろうかな、と考えていたからだ。
何かを「乗り越える」小説だとは、思ってもみなかった。

そういうことはともかく、すごく洗練された小説だと思う。
いまの自分の好みには合わないけれども、人生の別の時期に読めば全く違う感想を持つだろうな、とも感じた。


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 3

津軽 (新潮文庫)

著者 : 太宰 治

出版社:新潮社

発売日:1951-08

評価 :

完了日 : 2007年10月31日

高校時代の担任の先生は、国語の先生で文学青年で、太宰治が好きだった。国語の教科書に太宰の作品があり、当然であるが授業で読むこととなり、まぁ、好きな作家のことであるから、先生は当然に太宰をほめる。それは別に構わない。が、調子に乗って、他の作家をけなし始め、その時に庄司薫がやり玉にあがった。いわく、庄司薫の文体は太宰治の文体をまねただけのものであり、その作品には全く見るべきところがない、という主張であったように記憶している。私は庄司薫が好きだったので、それは好ましからざる主張であった。今であれば、たてつくか、あるいは、仰せの通りとのコメントでも残してやり過ごすことになるのだろうが、高校生の私は、機嫌をそこね黙ったままであった。

それはさておき、津軽地方の中心都市のひとつである五所川原に、一時期、仕事で頻繁に通っていた。もう20年近く前のことだ。京都で生まれ、中学高校を九州で過ごし、大学以降東京とその近郊で過ごしてきた私にとって、津軽は「おっ、これは違う場所だぞ」と思わせる土地だった。
冬のどんより曇った日本海側特有の空、猛烈な吹雪、各戸にあるものすごく大きな灯油タンク、雪のあるいは寒さの侵入を防ぐための二重になった玄関、お年寄りのしゃべる何を言っているのか理解できない津軽弁、五能線が吹雪の中海に出た時の光景、夕方の十三湖の荒涼、それまで見たことのない、印象深いものが津軽にはたくさんあった。
太宰治は津軽の出身だ。この本は、昭和19年というから終戦の前年に、既に東京で文筆生活を送っていた太宰が、あらためて3週間(だったかな?)を費やして故郷の津軽を旅する、という、いわば旅行記である。この本の白眉は第5部、自分を育ててくれた乳母に会いに太宰が出かける章である。この章は、他の章に比べて文章が生き生きしている気がする。
十三湖の描写がある。

やがて、十三湖が冷え冷えと白く目前に展開する。浅い真珠貝に水を盛ったような、気品はあるがはかない感じの湖である。波一つない。船も浮んでいない。ひっそりしていて、そうして、なかなかひろい。人に捨てられた孤独の水たまりである。流れる雲も飛ぶ鳥の影も、この湖の面には写らぬというような感じだ。

何の変哲もない文章のような気もするのだけれども、でも、私の見た十三湖がたしかに描写されているのである。
高校の担任の先生を許してあげよう、という気になった。


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 1

漂蕩の自由 (中公文庫)

著者 : 檀 一雄

出版社:中央公論新社

発売日:2003-08

評価 :

完了日 : 2007年10月30日

「漂蕩」という言葉は知らなかったのだけれども、PCで入力しても出てこなかったということは、筆者の造語なのだろうか。漂流・漂泊しつつ放蕩する。この本の感じが確かによく出ている。
壇一雄というのは、「火宅の人」を書いた人で、ということは知っているけれども、実際に書いたものを読むのははじめて。沢木耕太郎の「壇」(という題名だったと思う)を読んだことがあるので、どういう感じの人だろう、というイメージはあった。この本を読んで、イメージは、あまり違っていなかったな、という感想を持った。
しかし、この人は放浪している人だ、あてもなく、先のことは一切考えず。なんとなく、寅さんを思い浮かべたけれども、よく考えると、寅さんはテキヤという「職業」を持っているわけで、日本国中を動き回っているのは、いわば「営業」「行商」であり、放浪とは言わない。壇一雄の旅は、「目的を持たないこと」が唯一の目的であるような旅であり、それはそれはうらやましく感じる。


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 4

第一阿房列車 (新潮文庫)

著者 : 内田 百けん

出版社:新潮社

発売日:2003-04

評価 :

完了日 : 2007年10月28日

「百閒」という字は、私のFEPではきちんと出てくるのだけど、何故、本の紹介欄では、「百けん」という字になっているのだろうか?
百閒先生の頃とは、かなりユーモアの感覚が違ってきているのだろう、あるいは、それは時代というよりは百閒先生のユーモア感覚が単純に私のそれとは違っているだけの話なのかもしれない。
味わいある本だけど、私は楽しめなかった。


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