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光文社古典新訳文庫を読む
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 3

赤と黒(下) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-2)

著者 : スタンダール

出版社:光文社

発売日:2007-12-06

評価 :

完了日 : 2007年12月20日

 本作「赤と黒」は、若き主人公ジュリヤンの軌跡を描いた作品ですが、ジュリヤンに多大な影響を与えたのが2人のヒロインです。彼女たちは、19世紀という抑制された時代に生きながらも、意思を持つ女として生き生きと描かれています。

1人は前編に登場したレナール夫人。出会った当時、ジュリヤンはレナール夫人に関心を持ちませんが、母のような包容力と激しい愛情を持つ美しいレナール夫人に惚れ込むようになります。女子修道院からすぐに結婚生活に入り世間をほとんど知らない彼女にとって、ジュリヤンとの恋が初めての「自由」であり、自らの意思で望んだことでした。罪の意識に苦しむ姿は、ちょっと現代の感覚ではわからない部分もありますが、これは宗教上の問題でしょう。不倫という事実に苦しみつつも、ジュリヤンへの愛は失わないレナール夫人の姿は、ラスト近くでは雄々しさまで感じられます。

 そして、もう1人のヒロインはパリ社交界の花形、令嬢マチルドです。19歳の美しい少女ですが、高貴な生まれのせいかプライド高く、自分の将来がわかりすぎて退屈しきったマチルド。今まで自分のそばにいなかったタイプのジュリヤンに次第にのめりこんでいきます。計算高いマチルドと疑り深いジュリヤンの恋は、かけひきというより謀略、といった方がぴったりくるくらいです。しかしまだ若く、本気の恋をしたことのないマチルドは「ジュリヤン(という素晴らしい男)を好きな自分」が好きなのであって、本当にジュリヤンに身も心も捧げている、というわけではありません。伝説のヒロインに自分を重ね合わせることで自己愛にひたっています。ですが、彼女は19歳。このような感覚を10代〜20代で経験した女性も多いでしょう。マチルドはこのような自己本位の部分もありますが、賢いゆえに王侯貴族の時代が終わるのではないか、と時代の空気を感じ取ってもいます。そういう予感もあって、ジュリヤンに惹かれていき、自らの地位すらも手放そうとします。

 野心を持ちながらも金への欲がなく、愛情など出世の道具と思いつつも女性を真剣に愛してしまう矛盾したジュリヤンは、栄達への道を目前にしながらも、激しい感情によって過ちを犯してしまいます。最後に自分の幸せは何処にあったのかを悟るジュリヤン。神を信じない彼が、最後の最後には穏やかな気持ちだったというのは、哀しくも皮肉です。

 19世紀に書かれた「古典」ともいえる作品ですが、現代文学の先駆けといえる描写が多々見受けられ、現代の私たちの心にひびく物語だと思います。(2007.12.20)


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赤と黒 (上) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-1)

著者 : スタンダール

出版社:光文社

発売日:2007-09-06

評価 :

完了日 : 2007年12月11日

 野心あふれる若い男が目指すものは、地位、金、女。それは古今東西変わりません。格差社会だのワーキングプアだの、流行の言葉も閉塞感いっぱいな現代日本。そんな今こそ読まれるべき本、その名は「赤と黒」。主人公はジュリヤン・ソレル。若くハンサム、それだけが武器の男です。貧しい大工の息子として生まれたジュリヤンは、ナポレオン失脚後の19世紀フランスで、窒息しそうな生活を送っていました。心の支えはナポレオンの著書「セント・ヘレナ日記」だけ。しかし、ナポレオンに傾倒していることは、王政復古の時代に公言する事は出来ません。

 そんな屈折したジュリヤンに転機が訪れます。町長の子供たちの家庭教師になったジュリヤンは、次第に頭角を現します。そして町長レナールには美しい夫人が…。もちろんジュリヤンとレナール夫人の間には恋が芽生えるのですが、レナール夫人の葛藤は激しいものです。不倫は神の教えに背くことであり、子供が病気になれば神の罰だと苦しみます。一方ジュリヤンは出世のため僧職についてますが、根本的に無神論者で神の罰など信じていません。
 
 ジュリヤンにとって、レナール夫人との関係は貴族階級への挑戦に過ぎませんが、だからといって恋心がないわけでもありません。美しい夫人に本気で恋してしまいます。出世欲と本気の恋、だれよりも強い自尊心と生まれからくる卑屈さ、アンビバレンツな感情を持つジュリヤンは、複雑な面を持つ人間像で非常に面白いし親近感もわきます。特に男性なら、一度は経験ある感情ではないでしょうか。

 「赤と黒」というと、昔の文学全集には必ず収録されていた難解そうな古典というイメージですが、現代に通じるところもたくさんある、大変面白い小説です。19世紀、一般市民が力をつけ、貴族社会が形骸化した時代にサラリーマン・ジュリヤンの野望はどんな結果を迎えるのか。下巻が楽しみです。(2007.12.15) 


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神を見た犬 (光文社古典新訳文庫 Aフ 2-1)

著者 : ブッツァーティ

出版社:光文社

発売日:2007-04-12

評価 :

完了日 : 2007年08月11日

 「タタール人の砂漠」で知られるプッツァーティの本邦初紹介作品を含む短編集です。イタリアのカフカ、などと呼ばれるプッツァーティーですが、カフカの作品が迷宮だとすると、こちらはエッシャーの騙し絵のような、現実の中にある摩訶不思議な瞬間を描いた作家と言えるのではないかと思います。

 ですが、キリスト教の影響が大きいのと、時代に沿ったネタもあるので(冷戦など)、現代では多少古くさい印象がある作品もあるのは確か。しかし、表題作「神を見た犬」はキリスト教の立場から人間の本質を見つめた傑作といえると思います。他にも「タタール人の砂漠」のような不条理さが魅力の「戦艦<死>」や「コロンブレ」、作者自身の晩年を予測したかのような「七階」、星新一のような味わいのある「呪われた背広」など、夏の午睡に見る悪夢のような、幻想的な短編がたくさんつまってます。
光文社古典新訳文庫の異色作品としておすすめです。


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