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ぎんこさんの読書ノート

2004年読んだ本
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 1

世界終末十億年前―異常な状況で発見された手記

著者 : アルカージイ ストルガツキイ,ボリス ストルガツキイ

出版社:群像社

発売日:1989-02

評価 :

完了日 : 2004年11月06日

 とにかくタイトルが強烈な作品。一応作中でそのタイトルの意味はわかるが、「異常な状態で発見された」という副題の意味はよくわからない。「手記」となっているように、物語は手記の抜粋という形で語られる。だが一人称ではなく三人称で語られているのも、よくわからない。一体誰の手記なのだろうか? マリャーノフたちの行動を見ていた第三者の手記なのだろうかノ?
 
 舞台はマリャーノフの住んでいるマンションに限られており、隣人の学者や友人が彼を訪ねてくる。そして、マリャーノフたちの研究をやめさせようとする「人間以外の存在」に気がつくが、出来ることは何もなく、ただ長い執行猶予だけがあり、物語は何も収束しないままに終わる。暑くてうだるような夏のジリジリとした日射し、そして世界の終末を予感させる絶望がなんともいえず混じり合った不思議な感覚の作品だと思う。
 
 本作はソクーロフ監督によって「日々は静かに発酵し…」というタイトルで映画化されているが、内容は全く違ったものになっているらしい。(2004.11.06)


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 12

魔術師 (イリュージョニスト)

著者 : ジェフリー・ディーヴァー

出版社:文藝春秋

発売日:2004-10-13

評価 :

完了日 : 2004年10月23日

マジック! 心躍る言葉!! 熟練したマジシャンが、無いところから物を取り出し、存在する物体を一瞬にして消す。だが、それにはすべてタネ、仕掛けがある。それは歴代のマジシャンが考え抜いて完成させてきたアイデアであり、練習を積んだテクニックであり、そして人間の習性を利用した科学でもあるのだ。演じるマジシャンと観客の共犯関係があってこそマジックは成り立つ。
 
 1本の指を除いて全く体が動かない「安楽椅子探偵」(ぜんぜん安楽じゃないが)のリンカーン・ライムが活躍するシリーズ第5作が「魔術師(イリュージョニスト)」だ。前作「石の猿」では中国人不法滞在などの少し変わったネタだったが、本作は正当派ミステリに戻ってきた。犯人はなんとイリュージョニスト。人の目を欺くにかけては随一の腕前を持ち、時には変装し時には人の目を欺くダミーで警察とライムチームを翻弄する。
 
 そんなライムたちにつくアドバイザーとして、カーラという若手のイリュージョニストが登場する。彼女には尊敬するべき師匠が存在し、彼と強固な師弟関係を結んでいる。師匠は彼女を成長させた人物でもあるが、彼女を縛る存在でもあった。カーラはこの事件にかかわることをきっかけに決断をすることになる。師と弟子の関係は、ライムと恋人でもあるアメリアの関係でもあり、物語の横糸となって大きなテーマになっている。最後にカーラが選ぶ道は読者にとっても爽やかな印象を残してくれる。
 
 エンターティメント小説としてサービスのいい作者らしく、前作では多少物足りなかったドンデン返しの連続も楽しめる。いつもディーヴァーはこればっかりで疲れるな、とも思うのだが、無ければそれはそれで寂しいということが前作でわかったのだった。えぐい場面は、読者が嫌悪感を覚える一歩手前で踏みとどまるあたりもさすがにうまいと思う。(2004.10.13)


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 13

犬は勘定に入れません…あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎

著者 : コニー・ウィリス

出版社:早川書房

発売日:2004-04-17

評価 :

完了日 : 2004年07月18日

 ユーモア小説「ボートの三人男」にオマージュを捧げた、楽しいSF小説です。前作の「ドゥームズデイ・ブック」は、主人公が14世紀に行く話でしたが、今回は19世紀へと主人公・ネッドは向かいます。しかも、休養目的です。そこでテレンスという男と出会い「ボートの三人男」のような舟の旅に出かけるのでした。ですが、自分の勘違いにより出会うべき男女が出会わず、歴史を変えてしまったと知ったネッドは、同じく史学科で先に19世紀にきていたヴェリティと一緒に、結婚大作戦を展開するのです。これがとても面白かった。ラブコメですね。
 
 登場人物もそれぞれ個性的で面白かったですね。ネッドと旅するテレンスは、ほんとお気楽男だし、一緒にボートの旅に出る教授も、魚のことしか考えてない学者バカで、自分が勘違いで死んだことになってるのも気がつかない。テレンスと婚約する(これは歴史的に違ってるのだが)トシーは、レースヒラヒラ大好きのライト感覚娘だし、もうみんなキャラクターが濃い! それにプラス、トシーの愛猫プリンセス・アージュマンド(長いけど、みんなこう呼んでます)はとってもかわいい。さらにかわいいのは、テレンスの相棒、犬のシリル!ブルドックです。もうたまらなくかわいいんですよ。足に突進してくるし、恨みがましい目で見るし、喜ぶと胴体をプルプル震わせるし。こりゃ犬好きにはたまらないと思います。
 
 こんなに脇役が濃いせいか、多少主人公2人は薄い感じもしました。2人の恋の話は、もうちょっと深く書いても良かったかな?とは思いますが、とても楽しく読める、娯楽作です。イギリスの歴史についてよく知らないので、わからない部分もあるんですが、気にしなくていいと思います。(2004.7.18)


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 1

1421―中国が新大陸を発見した年

著者 : ギャヴィン メンジーズ

出版社:ソニーマガジンズ

発売日:2003-12

評価 :

完了日 : 2004年06月17日

 アメリカ大陸を発見したのはコロンブスではなかった?そんな刺激的なノンフィクションです。中国の明の時代に世界をまたにかけた大航海をなしとげた男がいたんです。
 
 著者のメンジーズさんはイギリス人。幼少の頃は中国に住んでいたこともあるそうです。英国海軍では潜水艦の乗組員で、船長も経験しています。現在は退役して研究家として活動しています。
 
 で、何を研究しているかというと、船長という経歴を生かして古い地図を調べていました。そして、ある日不思議なことに気がつきます。まだ発見されていない新大陸の一部としか思えない島々があることに。だれがその島に辿り着き、正確に測量したのか?ヨーロッパ人が経度を正確に計ることは、18世紀まで待たなくてはなりませんでした。作者は、この地図の元を書いたのは、中国の明王朝が送り出した大船団であったと推測します。
 
 で、中国の明王朝は永楽帝が治めていました。この王様がまたすごい。一時は命を狙われ、乞食に身をやつした経験もあるぐらいです。その甲斐あって王座につきました。そんな永楽帝は、数々の大事業を開始します。あの有名な紫禁城の建設、天文学の復活、全2万巻以上の大百科辞典の編纂。当時の北京では、印刷された小説を何百冊も買えたそうです。ヨーロッパでは、王族でも十数冊の本しか持っていない時代でした。
 
 そして、その中でも最も大きな事業、それは世界各地に大船団を送りこむことでした。宦官で永楽帝の忠実な部下、鄭和は100隻以上の船、乗組員2万7000人!を指揮する提督に任命されます。その中には、外国語学校で学んだ通訳も多数乗り込んでいました。いやー、すごい!そして、鄭和は4つの船団に分かれ、文字どおり世界の海をまたにかけるのです。
 
 ですが、永楽帝の死後、明王朝は財政圧迫のため、船団の海外派遣をすべて中止、鄭和の記録もほとんどが燃やされてしまいました。そのため、鄭和の航海を証明するのは難しいのですが、著者は船乗りらしい目線で古い地図をじっくりと観察し、コロンブスやマゼランは、すでに新大陸やマゼラン海峡がのった地図を携えて再発見したのではないか、との結論にいたるのです。
 
 15世紀の中国人が、新大陸に栄えたマヤ文明と交流していた、なんてロマン感じます。しかも、鄭和たちは貿易などを主な目的としていたので、ピサロのように原住民を殺したりしませんでした。北は北極圏、南は南極大陸付近まで航海したという鄭和の船団。これから研究が進めば、さらに証拠が出てくるのではないでしょうか。(2004.6.17)


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 1

巫女 (岩波文庫)

著者 : ラーゲルクヴィスト

出版社:岩波書店

発売日:2002-12

評価 :

完了日 : 2004年06月13日

 寓話的な物語。テーマは神に対する思索、問いかけだと思うが、かなりキリスト教に対して大胆な内容になっていると思う。
 
 北欧という遠い国々の事は良く知らないことが多い。そんな私のイメージでは「自然が美しく、人々はおおらかで進歩的」といった感じだ。それで、このような作品が生まれるのかなと思ってたのだが、あとがきを読むと作者はとても信心深い家に育ったようで、驚きだ。まあ思春期に親の考えからは脱したとあるのだが、かなり進歩的な思想を持った人だったのだろう。
 
 私は宗教や神の存在、について深く考えたことはないが、いわゆる「人智を越えた存在」ってものは、あるんじゃないかと思ったことはある。その存在は、人間には計り知れないもので、善とか悪じゃ割り切れないものなのかもしれない。この「巫女」という本を読んで、そんなことを漠然と考えてしまった。
 
 ところでこの作品、すごく舞台向きな話だと思う。日本に置き換えてもよさそうだ。なんか「羅生門」みたいな雰囲気もある。訳者あとがきを読むと、作者は戯曲をたくさん書いてるらしい。納得。(2004.6.13)


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 2

ふりだしに戻る〈上〉 (角川文庫)

著者 : ジャック・フィニイ,福島 正実

出版社:角川書店

発売日:1991-10

評価 :

完了日 : 2004年05月31日

 タイムマシンといえば、やっぱり「ドラえもん」の机の引き出しから入るタイムマシンか、はたまた「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のデロリアンか。ポイントは、なんだかよくわからないけど凄そうなメカニズムの乗り物で過去へと向かうこと。でも、この物語の主人公サイモンは、古い建物に住み、古い衣装を着て、とにかく「現代」の物を頭から追い払い、どっぷり過去につかることによってタイムトラベルします。いや、そんなこと出来るの?とは疑問に思いますが…。そういえば、映画の「ある日どこかで」もそんな話だった。
 
 でも、作者はSFとしてのタイムトラベルを書きたいのではなくて、1882年のNYを描写したかったんだと思います。現代(1970年)のNYとどのように違うのか、1882年の人たちはどんな生活をしていたのか…。サイモンはイラストレーターという設定なので、スケッチや写真も撮り、作中でもその絵や写真を見せてくれるのです。長いドレスを着た女性や、馬車、スケート場など、今は失われたが、確実にあった昔を、丁寧に描写しています。
 
 謎を秘めた「青い手紙」にまつわる ストーリーも意外なオチがあり、面白かったです。訳者もあとがきに書いてありますが、日本だと似たような小説で、広瀬正の「マイナス・ゼロ」があります。こちらは第2次世界大戦ごろの日本なので、NYよりも親近感がありました。それと、謎解きの楽しさは「マイナス・ゼロ」の方が面白いかな。「ふりだしに戻る」が楽しめた方はこっちもおすすめしちゃいます。(2004.5.31)


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 3

復讐する海―捕鯨船エセックス号の悲劇

著者 : ナサニエル フィルブリック

出版社:集英社

発売日:2003-12

評価 :

完了日 : 2004年05月21日

 19世紀に実際にあった海難事故についての本です。メルヴィルの「白鯨」の元となった壮絶な実話を描いています。
 
 アメリカのニューイングランド南岸に位置するナンタケット島は、捕鯨の盛んな島でした。お目当ては鯨油。昔はこの油が重宝されてたんですね。ナンタケットは、捕鯨を生業とする人が多く住み、昔から住む人たちによる、親族のコミュニティーが形成されていました。後から来た人や、黒人などは肩身の狭い思いをすることも多かったようです。このことは、これから語られる海難事故にも大きく関わってきます。
 
 捕鯨船エセックス号は、そんなナンタケット島から出航した捕鯨船です。ところが、巨大なマッコウクジラに沈没させられてしまうのです。この事件は当時大変に有名になり、メルヴィルはこの事件を元に「白鯨」を書き上げます。ですが、「白鯨」は、船が沈没するところで終わるのですが、真実の事件はここからが始まりなのです。
 
 船が沈没したあと、クルーは3つの捕鯨用ボートに乗り、陸地を目指しますが、様々な小さな選択ミスの積み重ねにより、より悪い方向へと進んでしまいます。遠ざかる陸地、減っていく水や食料。そして仲間は死んでいくのですが、極限まで追い詰められたクルーはとうとう、カニバリズムに走ってしまいます。当時は、遭難した最悪の場合の手段として認められていました。ですが、後に生き残ったクルーが語った文章では、その時の苦しさ、恐ろしさ、生き残ったものは次は自分が同じ目にあうかもしれないという恐怖。想像するだにぞっとします。人間の理性があっという間に棄てられていく。ですが、極限にまで追い詰められれば、どんな人間だってそうする可能性は高いでしょう。
 
 捕鯨船から脱出したのは20人、そのうち生き残ったのはわずかに8人でした。生き残ったクルーのその後の人生も、この本では触れています。物語なら、助かった時点で終わりですが、現実は違います。生き残った者たちの人生も、様々です。
 
 この本、なんと映画化する予定があるそうですが、映像化できるのかしらん。多少えぐい描写もありますが、読む価値はあると思います。(2004.5.21)


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 2

火花―北条民雄の生涯 (角川文庫)

著者 : 高山 文彦

出版社:角川書店

発売日:2003-06

評価 :

完了日 : 2004年05月11日

 謎の作家「北条民雄」の人生を追ったノンフィクションです。すごく力のある作品でした。

ここでハンセン病という病気について少し触れます。ハンセン病、以前は「らい病」と呼ばれていた病気は、人類を長い間苦しめてきました。ノルウェーのハンセン博士が「らい菌」が引き起こす伝染病ということを発見するまでは、遺伝病や業病(家系の中に悪人がいたので、子孫が呪われる)だと信じられていたのです。西洋でも、聖書の「ヨブ記」はらい病であったと信じられていました(現在では聖書の書かれた時代にはらい病はなかったと否定されている)。末梢神経と皮膚が侵され、感覚異常など恐ろしい症状を引き起こす病気ですが、元々感染性が弱く、発病力が低い上、1943年に特効薬プロミンが開発されたため、今では発症例も殆ど存在しません。
 
 北条は19歳の時に発病、隔離施設に入ります。らい病は国によって強制隔離されており、戸籍からも名前が抜かれる、結婚も自由にできない、施設ではお金も持たせてもらえない(脱走を防ぐため)など、人間としての権利をすべて剥奪されてしまいます。北条は元々気性の激しい部分があり、施設の中でも自分の才能をぶつける場所をさがすのです。そして、当時の文壇の大御所、川端康成に手紙を送るのでした。
 
 私は、川端康成ってなんとなく繊細で神経の細かそうな作家だと思ってたんですが、この本で見る川端は、なかなか出来た男だと思う。当時、らい病は患者の触ったものからも移ると恐れられていた病気でした。ですが、川端は北条と書簡をかわし、彼の作品をアドバイスするなど援助します。それも、彼の作品を認めたからです。隔離病棟という檻の中でも、生命を燃やして文学にかける北条の姿は、川端の魂を打ち、読者を獲得します。
 
 そして、作者は北条だけでなく、当時の文壇にも触れます。川端は大物ではあったけど、当時はプロレタリア文学の弾圧のため、文学界は痛手を受けていました。川端は同人誌を発行していましたが、それもなかなか売れないし、資金不足。そんな当時の文学界を知る上でも興味深いです。
 
 北条は、発病してからわずか23歳で腸結核で亡くなります。短い作家人生でしたが、その間、病気に苦しみ、人として生きることに苦しみ、作家として苦しみました。ですが、その激しい輝きは、火花のように人の心に鮮明に焼きつきます。作者は、この北条に近づこうと冷静に、かつ情熱的に迫っています。
 
 厚生省が強制隔離政策を廃止したのは、なんと1996年。戦後に特効薬が開発されていて、先進国ではとっくに隔離は廃止されていたのに、です。隔離政策は廃止されましたが、根強い偏見は簡単に消えない。もっと早く廃止されていれば、と思わずにはいられません。偏見の最も美味しい餌は、無知です。私もハンセン病について全く知りませんでしたが、この本によって病気のこと、政府のどこが間違っていたのか、そして文学とは、色々なことについて知ることが出来たと思います。(2004.5.11)


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 1

完訳 イリアス

著者 : ホメロス

出版社:風濤社

発売日:2004-02

評価 :

完了日 : 2004年05月03日

 「イリアス」という叙事詩は、ホメロスという盲目の詩人の作とされてますが、実際彼が作ったかというのは諸説異論があるらしい。複数の名もなき詩人の詩を集めたのがホメロスだったのかもしれないし、ホメロス自身存在したかどうか。ホメロスが生きてたのは紀元前8世紀ごろということだから、伝説に近い部分が多いのも仕方ないような。「ホメロス」とい名前自体が「盲目」という意味らしいです。
 
 で、この「イリアス」って物語は、あの有名なギリシャ神話「パリスの審判」から始まったトロイヤ戦争の、途中2ヶ月間を書いた物語です。作中には「パリスの審判」は出てこない。さらに、その前のエピソードも出てこない。この本では、まず始めにトロイヤ戦争が起こるまでのことや、物語が終わってどうなったかをさらっと書いてくれてます。ありがたくここで復習できました。しかし、「イリアス」にはトロイの木馬って出てこないのね。知らなかった。
 
 物語は、詩人が「ムーサの女神よ」と呼びかけて始まる。きっと竪琴なんかを奏でながら、宴会で詠ったんでしょう。主人公は英雄アキレウス。大神ゼウスが目をつけていた美しい女神、テティスと人間との子供です。アキレウスは、アカイア(ギリシャ)軍で戦っていたんですが、大将アガメムノンと揉めて戦線離脱。で、そのまま後半まで出てこないんですよ!途中チラッとは出てくるんだけど。これも私には意外な展開だった。
 
 トロイヤ戦争の一部分の話なんで、とにかく戦闘シーンが多いです。トロイヤ戦争という大きな大箱の中に、小さなエピソードが複数詰まってます。知将オデッセウスや、アキレウスと幼なじみパトロクロスの友情、トロイヤ側は大将ヘクトルと家族の愛情などのエピソードは、詩人たちによって部分的に語られたのでしょう。たっぷり叙情を込めて。
 
 この戦争は人間の戦争であるけど、神様も大きく関わっています。人間の意志よりも、神々の決定が戦局を左右している。それを考えると死んでいく人々が気の毒ではある。人間の意志なんて、神の決定については人間なんてちっぽけなものなんだよ、と古代の人は思ってたのかもしれない。しかし、こんなに神様の出てくる話なのに「トロイヤは本当にあったんだ!」と信じて発掘しちゃったシュリーマンって本当にすごいと思う。しかも、発掘するために事業に成功して、大金つぎ込むなんて尋常じゃないよ!
 
 あんまりにも有名な古典なので、1度読んでみるといいと思います。しかもこの翻訳はかなり噛み砕いてるので、初心者にもやさしいです。阿刀田高志の「ホメロスを楽しむために」を読むと、さらにわかりやすいかも。


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 2

壜の中の手記 (角川文庫)

著者 : ジェラルド カーシュ

出版社:角川書店

発売日:2006-11

評価 :

完了日 : 2004年04月25日

※ネタバレ少しあります

 イギリスの作家カーシュは、1911年にロンドンで生まれました。様々な職業(パン屋やレスラー、新聞記者も!)を経て、作家になりましたが、第二次世界大戦では兵役についたりと、波瀾万丈の生涯だったようです。そんなカーシュの作風は、かっとんだアイデアに溢れ、読ませてくれます。ただ、奇抜な話ゆえに今となってはありがちなオチになってしまっている作品もあるのが玉にキズ。
 
 「豚の島の女王」
【グラウチ・バック(財布)の中に残された何枚かの紙片。そこには、無人島にとりのこされた4人の奇形のサーカス団員だった】
うわー、夢野久作の「瓶詰地獄」みたい。手も足もない美しい女を中心に、破滅していく4人。その姿は、妖しくも悲しい。
 
 「黄金の河」
【ピルグリムという金に困った男は、不思議な話を語る。アマゾンで不思議な「実」を手に入れ、それを使ったゲームで莫大な財産を手に入れたという】
アマゾンの奥地で行われる、おはじきのような不思議なゲーム。ピルグリムが手に入れた、人の脳にそっくりな実は、なんと命令を聞くのです。騙しのテクニックがなんとも心憎い。
 
 「ねじくれた骨」
【模範囚で通ったパシフィコは、川の向こうに住むインディアンから、ねじくれた骨とワニに襲われない秘薬をもらう。金をためて仲間と脱走する計画をたてるが】
刑務所でも処世術にたけたパシフィコ。だが、刑務所の仲間の中に、彼の運命を変える男が現れる。意外な結末に、パシフィコの意外な選択が見所。
 
 「骨のない人間」
【グッドボディー博士は、ヨーワード博士とともにジャングルに向かった。原住民が「良くない土地」という場所には、骨のない人間がいた…】
オチはとってもSF風味。発想の転換が面白いです。もしかすると、私達も…??
 
 「壜の中の手記」
【メキシコで見つかった「オショショコの壜」。それには、作家アンブローズ・ビアスの手記が入っていた】
え、これってまるで宮沢賢治の「注文の多い料理店」だわ。やっぱりただより怖いものはないってのは本当ですね…。
 
 「ブライトンの怪物」
【1745年にサセックスで漁師に拾われた怪物。それから200年後、その手記を見つけた新聞記者は、意外な事実を発見する】
うーん、この話は賛否あるかも。ま、書かれた時代を感じますね。これはアイデア一本勝負って感じ。今となっては少々古めかしい。
 
 「破滅の種子」
【ジスカ氏は口八丁で商売をしてきた骨董商。「破滅の種子」という逸話を持つ指輪を男に説明する。はめた者に不幸が訪れるというのだ】
物というものは、つかう人間によって悪にも善にもなる。人ならぬ、物を呪えば穴二つ?といった話。
 
 「カームジンと『ハムレット』の台本」
【カームジンは、友人の貴族が落ちぶれているのを見て助けることにする。ありもしないシェイクスピアの原稿を作り、歴史マニアに買わせるのだった】
シェイクスピアの正体がフランシス・ベーコンっていう説はかなりメジャーなんですね。「文学刑事サーズデイ・ネクスト」でもネタになってました。カームジンのキャラクターもかなり魅力的。
 
 「刺繍針」
【8歳の女の子ティターニアが「伯母さんが死んでいる!」と叫ぶ。鍵のかかった部屋の中には死体が。刺繍針が頭に刺さっていたのだ】
これも発表された当時としては、かなり衝撃的だったんじゃないでしょうか。エラリイ・クイーンもカーシュを絶賛してたらしいが、私は「Yの悲劇」を思い出した。
 
 「時計収集家の王」
【王の時計コレクションの技師として、師匠と当時22歳だったポメル伯爵は城に呼ばれる。王のために、王そっくりな人形を作る2人だが】
からくり時計の描写だけでも楽しい一遍。政権を動かすのは、傀儡となった王の側近。人間の権力への欲望は、人形をも王にしたてる。
 
 「狂える花」
【ヒィーイッシュ博士は、精神異常者の血を薄めて植物にあたえると、発育不全になることを発見する。しかも、その狂気は伝染するのだ】
うーん、どうも差別的な話だとは思うけど…。「ふさわしい場所に自然に生えてる草に悪草なんてないんです」と叫ぶ庭師は好感もてます。
 
 「死こそわが同士」
【武器製造会社に努めるサーレクは、対立する二国間をうまく操るいわば「死の商人」。愛する人からの同情に耐えきれず、さらに兵器に執着する】
こ、これはまるで「博士の異常な愛情」! オチが特に! 痛烈な戦争批判、そして人間の愚かしさを描いています。(2004.4.25)


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 1

小さな本の数奇な運命 (シリーズ愛書・探書・蔵書)

著者 : アンドレーア ケルバーケル

出版社:晶文社

発売日:2004-02

評価 :

完了日 : 2004年04月22日

「前代未聞!本が語りだす」なんて紹介文にありますが、そーなんです。本が語っちゃうんです。これ、イタリアの本なんですが、イタリア語では本は男性名詞なので性別は男。だから女性に買ってもらって、きれいな指でめくって欲しいらしい。本でもやっぱりイタリア男気質なのが笑っちゃいます。
 
 で、この本は60年前に書かれた本で、少年が主人公のイタリアの小説。映画化されたこともあるらしい。だが、最近はめったに読まれることもなくなって寂しい思いをしている。「読まれない本ほど辛い本はない」なんて言ってますが、これは「うっ」と胸がつまりました。すまない、私の部屋に転がってる未読の本たちよ。いつか読もうと思ってるんだよ、そんな目(?)で見ないでよ〜。
 
 すっごい薄い本だし、文字も大きいので読みやすいのがいいです。ですが、価格を考えると、活字好きの人には物足りないかな?本に対する愛にあふれてるし、本が本を語るうんちくや、たくさんの作家や名作が登場して面白かったです。「本の生まれた国・イタリア」からの素敵な本でした。プレゼントにも最適じゃないでしょうか。(2004.4.22)


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 1

ダマセーノ・モンテイロの失われた首

著者 : アントニオ タブッキ

出版社:白水社

発売日:1999-03

評価 :

完了日 : 2004年04月06日

 タブッキというと、むせかえるような幻想的な世界を書く作家、というイメージがあるんですが、この小説ではかなり現実的で、社会派ミステリのような印象もうけます。それもそのはず、あとがきを読むと、実際にリスボンで起こった事件を参考にしているのです。納得。
 
 物語はジプシーの老人が、首なし死体を発見する場面から始まります。死体は誰なのか、なぜ首が切られていたのか。主人公フィルミーノは、新聞記者ですが、本当は文学を勉強したい若い青年。謎の匿名電話やジプシーからの情報によって、犯罪の裏にある麻薬組織の存在にたどり着きます。
 
 ここで登場するのが弁護士のドン・フェルナンド。裕福な貴族で、困った人を助けるために弁護士をしています。通称ロトンと呼ばれているのは、俳優のチャールズ・ロートンに似てるというのが、また面白いですね。想像しやすい。ポルトガルの青い空とロートンはミスマッチな気もするけどね。ロトン弁護士は、フェルミーノとともに犯罪の立証に取り組むのです。
 
 このロトン弁護士がかなり魅力的です。博学で食べることが大好き、フェルミーノを色んな意味で導く存在になります。他にもフェルミーノが滞在するホテルの女主人、ドナ・ローザもいい味出してる。このホテルに泊まってみたくなりました。
 
 結局この事件がどうなったのかは書かれませんが、作者の意図は物語にちりばめられた様々な問題、ジプシーや警察組織への疑問などを描くことだったと思います。最後の食堂車のシーンは印象的。10年前なら、映画監督ヴェンダースに映画化してもらいたいと思いました。(2004.4.6)


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 3

オレンジだけが果物じゃない (文学の冒険シリーズ)

著者 : ジャネット ウィンターソン

出版社:国書刊行会

発売日:2002-07

評価 :

完了日 : 2004年03月31日

「さくらんぼの性は」がとーっても面白かったので、この作品もかなり期待してました。しかも、作者の半自伝的小説とくれば興味が湧かないわけはない。期待を裏切らない面白さでした。一気に読んでしまいましたよ。

 ジャネットの家庭環境は、かなり特殊。熱烈なキリスト教徒である母は、マリア様に対抗(?)して、子供を「天から授かる」…つまり、孤児を引き取った。父親はどうもそんな母に頭が上がらないようだ。この世は味方か敵か、どっちしかいないと信じる母の味方だったジャネットだが、性のめざめによってジャネットは母の敵になっていまい、伝道師もしていた教会も棄ててしまいます。子供の頃からのアイデンティティーであり、家庭そのものであったはずの信仰、教会を棄てることは、日本人の私には想像もつかない決断だと思います。
 
 そんな彼女は冷静に過去を振り返りますが、病気になっても母に気が付いてもらえなかったこと、家庭での極端なキリスト教の信仰から、学校でも浮いた存在になってしまったことなどから、少女時代のジャネットはかなり孤独だったようです。物語の中では、昔のことを語るシーンと交互に、幻想的なジャネットの空想シーンも挿入されます。アーサー王伝説やお姫さまが出るファンタジックな想像ですが、彼女の現実も反映されている気がしました。「さくらんぼの性は」でもこの手法は使われていて、私も最も好きな部分です。
 
 孤児であり、厳格な養母と人のいい養父にひきとられる、そして少女は作家になる…というと、私は「赤毛のアン」を思い出してしまいました(読んでないけど)。ウインターソンの書く世界は一見特殊で不気味ですが、私は深く大きい母性を感じます。わかりあえずとも、それなりに愛し合っている母と娘。それは娘が大人になれば誰しも通る道なのかもしれないです。自伝としても、物語としてもかなり面白い作品でした。 (2004.3.31)


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 10

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

著者 : J.D.サリンジャー

出版社:白水社

発売日:1984-05

評価 :

完了日 : 2004年03月24日

 あんまりにも有名すぎて、今さら読んだなんて言えないです(でも言っちゃう)。最近「キャッチャー・イン・ザ・ライ」というタイトルで村上春樹が翻訳しましたが、私は野崎孝訳の方を読みました。意外といっちゃなんですが、面白かったです。
 
 今さらストーリーを語るまでもないでしょうが、この作品は16歳のホールデン・コールフィールドが、学校を退学になり、クリスマスまでの3日間の彷徨を書いたものです。女の子が好きで、映画が嫌いで(そのわりには見てるが)、皮肉屋だけど純粋な少年ホールデンにあこがれたり、マネしたくなったりした人は世界にいっぱいいるんでしょうね。「反アメリカ小説」ととる趣もあるようですが、アメリカ以外の国でもこんなに受けているんだから、それだけではない魅力があるんだと思います。

 1951年に出版されたので、もう50年も前!2分の1世紀と思うと随分前です。ですから、出だしのディケンズの「デビット・コパフィールド式の…」も、今となっては読んでる若者も少ないだろうし、出てくる俳優も古い古い。私から見れば、もうこの「ライ麦」自体が古典だし、反抗の象徴ホールデンくんもそんなワルじゃない。娼婦を買ったりするけど、結局なにもせずに返すし、本当に好きな女の子には手もだせない。むしろ痛々しいまでの純粋さを感じてしまいました。兄弟への愛情、特に死んだ弟の思い出、妹への優しい愛情。弟の葬式での大人の態度への反抗は、とても繊細なホールデンの感情をよく表してました。

 私はこの本のすべてに共感はしないけど、すごく親密さを感じました。なんとなく、ホールデンが「私だけに」こっそり自分の過去や感情を語ってくれているような気がするからです。長い打ち明け話のような。読者はそれを聞きながら、共感や反発を感じるのではないでしょうか。この本が「若者の反抗の姿」を書いただけなら、50 年過ぎた今では古くて読めないはずです。読者の親しい友人となれた主人公(=作品)だからこそ、長く愛されているのだと私は思います。
 
 ところで、タイトルがずっと謎だったんですが、読んだらわかりました。元々はスコットランドの民謡「Comin' thro' the Rye」なんだそうです。このタイトルもインパクト大なんだよなー。いつか村上春樹版も読んでみたいと思います。 (2004.3.24)


この感想へのコメント

1.ブンガクする (2007/04/14)
私は現代の若者です、ですが、ライ麦を読む機会を与えてもらって、面白味を感じました。
>読者の親しい友人となれた主人公・・・
そのとおりだと思いました。全ての人に該当しなくとも、私は現代の若者としてもホールデンに親しみを感じた者のうちの一人です。今、野崎さんと村上さんの翻訳を同時に読み比べて、読書を進行しています。同じ内容でも、こんなに感じが違うのか!と驚きました。vvv

2.ぎんこ (2007/04/16)
コメントありがとうございました。この本を読んだのは2004年でして、ちょっと記憶も薄れかけているのですが、昔書いた自分の感想を読み直してみて、記憶が甦ってきました。ホールデンの悩みさまよう姿は、今も昔も関係なく若者に共通した部分があると思います。だから、ずっと人気のある本なんでしょうね。村上春樹訳は3年たった後でも読んでません。こういった繊細な本は、ちょっとのいいまわしの違いでも印象が変わりそうです。
 

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 26

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

著者 : 古川 日出男

出版社:角川書店

発売日:2006-07

評価 :

完了日 : 2004年03月13日

 この本は「The Arabian Nightbreeds」という作者不明の原作があり、英語訳の本を底本にして、日本語に翻訳したんだよーん、という設定になっております。あとがきまで、この本にどうやって出会ったか、というエピソードを書いてたりして、かなりお人が悪い(笑)。偽書のようなアヤシイ感じがいいですね。
 
 で、物語はアイユーブという、ハンサムかつ頭脳明晰な奴隷が主人に、「災厄の書」という人を滅ぼす本について語るところから始まる。フランス軍の近代兵器に対抗できないので、書痴のナポレオンにこの本を送って骨抜きにしてやろうじゃないか、と語るんだけど、実はその本は存在しないアイユーブのハッタリだった。そこで、無ければ作ればいいんだと、天才語り部で「夜の種族」ズームルッドという女に物語らせ、それを本に仕上げようとするのでした。
 
 物語のメインは、このズームルッドの語る剣と魔法のアラビアンナイトストーリー。怪物が跋扈する奇想天外な物語です。主に3つに分かれるこの話は、最後にすべてが合流し、現実(=ナポレオンに攻撃されそうなカイロ)にも影響を及ぼすのです。この「災厄の書」が一番肝心な部分なんです。なんてったって「人を骨抜きにするぐらい面白い本」の中のエピソードなんですから。砂漠に眠る巨大迷路の神殿にロマン感じる人ならオッケー。楽しめますよ。懐かしのTVゲーム「ウイザードリー」とか「女神転生」とか好きな人にはたまんない?
 
 本が現実と異世界を繋ぐというパターンは「果てしない物語」などファンタジーでは定番かつ、もっとも本好きが引き寄せられるパターンです。注釈を入れ過ぎとか(わざとだろうけど)凝りに凝った部分が多少もたついたのが残念。無駄な遊びをやめて、もっと簡潔にした方がずっと良かったんじゃないかなあ。しかし、この奇想天外さはかなり楽しかったです。ボリュームのある、怪しさと奇抜さがいりまじった本でした。(2004.3.13)


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 1

新版 シルマリルの物語

著者 : J.R.R. トールキン

出版社:評論社

発売日:2003-05

評価 :

完了日 : 2004年02月26日

 「指輪物語」よりも以前の歴史、それも天地創造からの神話を描いた壮大な作品です。もっとマニアックで読みにくいだろう、と思ってましたが、思ったより(小説として)面白かったです。ただ、人名は覚えられないけど…。
 
 「シルマリルの物語」は、5つの話に分かれています。「アイヌリンダレ」と「ヴァラクウェンタ」は、エルという唯一神から、ヴァラールと呼ばれる天使?のような存在がうまれるところからの話。彼らは音楽で神と語るんです。で、始めは目もないので、ただ音があるだけ。次第に目が見え、エア(地球)を神が作った。そしてヴァラールの説明が語られる。ここでポイントとなるのが、ヴァラールの中の一人、メルコールの存在。彼は「不協和音」となり、他のヴァラールと対立する存在。堕天使のような感じかな。神様の中にすでに「悪」がある。これを知ると、作者の考えや「指輪物語」の意味合いがかなり変わってくると思いました。
 
 「クウェンタ・シルマルリオン」は、名前の通り宝玉「シルマリル」を巡って起きる、エルフの壮絶な歴史が主に語られます。この話が一番ボリュームがありますね。「指輪物語」では、力を持ちながらも中つ国を去っていくエルフたちには理由があることがわかります。メルコールが「モルゴス」と名前を変え、中つ国でエルフたちと争い、何度も戦争が起きます。そしてエルフ同士でも、種族により対立し、時には残酷な同族殺しという悲劇もあれば、「指輪物語」でも語られた人間ペレンとエルフ、ルーシエンの愛の物語もあり、多岐にわたっています。エルフの物語といっても、ただ美しいだけでなく、血も流れ、裏切りや嫉妬もある。だが美しい愛や友情もある、大変ドラマチックな内容です。
 
 「アカルラベース」は、「指輪物語」の登場人物の一人、アラゴルンの遠いご先祖様のお話です。彼は「ヌーメノール」という種族の血を引いていますが、この一族はエルフの血も引いており、長生きで優れている。で、ヌーメノールという島で繁栄してましたが、奢った王はヴァラールを否定、神の怒りにふれてしまいます。島は沈み、中つ国も大異変が。このへんは「ノアの箱船」を思い出しますね。モルゴスの配下でマイア(ヴァラールより下位の天使で、ガンダルフやサルマンもそう)のサウロンも、ダメージを受けてしまいました。この話でアラゴルンとアルウェンは親戚関係ってのもわかったりする。

 最後の「力の指輪と第三紀のこと」は、直接「指輪物語」に関わってくる話で、「力の指輪」と他の指輪が誰が持っているとか、指輪についてサルマンたちマイアとガラドリエルたちエルフが会議をしたことなどがわかります。「指輪物語」好きであれば、とりあえず「アカルラベース」とこれだけ読んでもいいですね。
 
 ほんとに、トールキンはよくもまあ、ここまで架空の神話や歴史を考えたと思う。それに、「指輪物語」の前にまず「シルマリル」を考えてたそうですし。「指輪物語」は「中つ国」に土地を与え、「シルマリル」は、神のすまう天を与えたとも言えるんじゃないかな。物語的にもかなり面白いし、「指輪物語」ファンなら読む価値ありです。「指輪物語」の見方が変わりますよ。 (2004.2.26)


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 2

背教者ユリアヌス (上) (中公文庫)

著者 : 辻 邦生

出版社:中央公論新社

発売日:1974-01

評価 :

完了日 : 2004年02月24日

 タイトルどおり、皇帝ユリアヌスの生涯を描いた小説です。ローマ帝国の首都をコンスタンティノポリス(現イスタンブール)に建設したコンスタンティヌス大帝を祖父に持つが、血で血を洗う親類同士の政権争いによって不幸な少年時代を送ったユリアヌスは、最も皇帝の地位に遠い存在でした。が、運命と豊富な知識、そして聡明な心を武器に、ついには皇帝にまでのしあがります。
 
 で、このユリアヌス君なんですが、前半はかなり「運命流され型」。勉強が好きで、政治にも全く興味がないし、父親を殺したコンスタンティウス2世は、ユリアヌスを疎んじて離宮に幽閉していたので仕方ないのです。自分の力では何もできないユリアヌス君。お兄ちゃんのガルスは、副帝に任じられるも、皇帝をとりまく策士たちの陰謀によって処刑されてしまいます。 
 
 そんな彼は、コンスタンティウス皇帝の妃、エウセビアに出会うことによって運命が変わっていきます。ユリアヌスを愛したエウセビアは、宮廷の宦官エウビウスの陰謀から彼を守ろうとします。危うく処刑されそうになるユリアヌスはそんな彼女のおかげで助かり、さらに副帝としてガリアに向かい、成功を治めるのでした。
 
 この物語は、歴史小説ですが、どの登場人物も象徴的な部分を持っています。たとえば、主人公のユリアヌスは「純粋さ」、エウセビアは「才色兼備」など、はっきりと物語の中での役割が決まっています。それは、なんとなく神話のような感じです。賢く、あくまでも理想を突き進むユリアヌスは、人間がこうあれば幸せになれるのにノと誰しも思う姿です。ですが、太陽に近づき過ぎたイカロスのように、結局はその理想は果たせない。
 
 あまりにも完璧で理想に生きるユリアヌスは、私からみるともうちょっと人間臭い部分があった方が共感できるのですが、息をひきとる最後の最後まで、自分をつらぬき、そして地上は美しい、この世で生きることの素晴らしさを語る姿にはウルウルしちゃいました。あと、後半からの戦闘シーンもかなり燃えるし、歴史ドラマの面白さを十分に備えた本でしたよ。(2004.2.24)


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 1

オーシャン・パークの帝王〈上〉

著者 : スティーヴン・L. カーター

出版社:アーティストハウスパブリッシャーズ

発売日:2003-10

評価 :

完了日 : 2004年02月16日

 この話はミステリなんですが、なんといっても注目は、主人公の家庭環境です。黒人の中でもとりわけ裕福で、弁護士などのエリート層が多く住む地域があり、その中でも政治に大きな影響を与えていたのがタルコットの父。アメリカの人種問題にさほど詳しくない私には、かなり驚いた設定でした。白人や黄色人種の中でも「階級」があるように、黒人の中でも「階級」があるんです。
 
 で、タルコットの父は、政治的には保守的な共和党支持者なんです。黒人というと、改革を望む民主党支持者がほとんどだと思ってました。タルコットの父は、リベラルな白人の手で自由になるのではなく、自分たちで自由になるべきだ、という考え方みたいですね。なんか、このへんの背景だけでも勉強になったなあと思いました。作者もロースクールの教師だそうで、詳しいのでしょう。
 
 本編は父親の死因をさぐるうちに、チェスの白・黒それぞれのポーンがチェスセットから無くなっていたことに気がついたタルコットが、次第に何か大きな陰謀に巻き込まれていきます。家庭問題や、大学での微妙な力関係にも翻弄され、精神的にも肉体的にも傷を負いますが、彼は意外な父の真実を知るのでした。
 
 始めはタルコットの親類の紹介が多いし、話は全然進まないのでイライラしたんですが、話が展開とると面白くなり、先が気になりましたよ。チェスの話題も出てきますが、物語にそれほど重要ではないので、知らない方でも特に問題はないと思います。個人的には、タルコットのウジウジした部分にはかなりイライラしましたけど(笑)あ、映画化も予定されているようです。


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 2

チボー家のジャック(新装版)

著者 : マルタン・デュ・ガール

出版社:白水社

発売日:2003-12-11

評価 :

完了日 : 2004年02月11日

 不朽の名作「チボー家の人々」と言えば、すごい長編で文庫も13冊もあって、しかもフランス文学…ああきっと私には無理無理!と思ってたんです。でも、たまたまこの「チボー家のジャック」が復刊される事を知り、本屋で手にとったら装丁がとっても素敵で♪俄然読む気がわいて来ました。
 
 装丁は漫画家の高野文子さんですが、「黄色い本」という彼女の代表作は「チボー家」に夢中になった女子高生を描いた自伝的な作品なんです。「チボー家」に特別な愛情をそそぐ作家ならではの、シンプルでいい装丁だと思います。
 
 で、本の内容はというと、ダイジェスト版とはいえ、ほぼ本文のままだそうです。繋ぐ部分は書き足しているそうですが、ジャック少年を中心に、再構成した作品といえます。詩を愛するジャックは、厳格な父に反発し、友人と家出するんですが、帰ってからは厳しい監督下の少年院のような場所に入れられてしまいます。父への反発と愛、兄とは心を通わせながらも、性質の違いにまたすれ違っていく。そんな家族の運命と業が描かれます。うーん大河ドラマ。
 
 正直、まだ子供のジャック少年はいいんだけど、大人になってからはなんだか青臭いこと言ってる気もしますが(笑)なんせ第一次世界大戦の時代が舞台の作品ですからねー。ジャックが純粋なのと、時代背景からくるのでしょう。でも、世界のあり方を考え、体制に反発する若きジャックの姿は、現代の私が見ても眩しく、そして少し面映いのです。
 
 すごく面白かったのですが、この本途中で終わってるんですよ!いやそりゃないだろ−って。本編の外伝ではなくて、あくまで「ダイジェスト」なので、かつて本編を読んだけれど全部再読するのは嫌な人や、読みたいけど踏ん切りのつかない方向けですね。私としては、ぜひ本編を読みたくなりました。(2004.2.11)


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 1

ケリー・ギャングの真実の歴史

著者 : ピーター ケアリー

出版社:早川書房

発売日:2003-10

評価 :

完了日 : 2004年02月01日

 ネッド・ケリーとは実在の人物で、オーストラリアでは知らぬ者はいないそうです。日本でいうと、ねずみ小僧みたいな義賊かな。弱きを助け、強きを挫く、みたいな。日本はもちろん、英米でも知られていないので、作者が「じゃあ、俺が書いてやろう!」とばかりに頑張った力作であります。
 
 オーストラリアは、元々先住民のアボリジニが住んでいたのですが、18世紀にイギリス人ジェームス・クックがシドニー郊外のボタニー湾に上陸し、白人による支配が始まります。当時は囚人流刑のための植民地としていましたが、19世紀に入るころには廃止され、自由移民の数も増え、さらに1840年にはゴールドラッシュも起こります。ネッド・ケリーが生まれたのは1854年。アイルランドからオーストラリアのヴァン・ディーメンズ・ランド(現在のタスマニア)に流刑された囚人の子供です。ゴールドラッシュは去り、疲弊した社会に生まれたネッドは、悲惨な境遇で育ちます。
 
 そんなオーストラリアの歴史を絡めつつ、作者はネッドの生涯を克明に描きます。彼がどのように生まれ、何を思い、そして死んでいったのか。実在の人物なので、かなりネッドについての資料も参考にしたのではないでしょうか。まだ見ぬ娘にあてた手紙、という形式で構築された「小説」は、家族への愛に溢れ、人の心を打ちます。ネッドは貧乏ゆえに義賊という道を選びますが、基本的には純粋。そして人を信じようとします。その姿は殉教者のようです。
 
 私は全くネッド・ケリーという人物を知らないのですが、オーストラリアの人々に語り継がれる姿は、きっと勇敢で勇ましい、豪快な義賊ではないでしょうか。ケアリーはそうでなく、人間として純粋なネッドを想像した。ギャングになるまでのネッドに焦点をあてています。実際、短すぎる生涯の中でネッドがギャングとして生きたのはほんの少しでした。その一瞬の輝きが、今でも人々の心に生き、一人の作家の筆をとらせたのでしょう。
 
 ネッドの拙い文章を表現するために、訳文も多少読みづらくなってますが、しばらくすると慣れました。このへんは翻訳では表現しにくい部分でしょうね。500pという大作で、読み応え十分でした。(2004.2.1)


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