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東城 憐さんの読書ノート

攻略挫折戦国本
意を決して匙を投げた日本戦国史関連書籍
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忍びの風〈1〉 (文春文庫)

著者 : 池波 正太郎

出版社:文藝春秋

発売日:2003-02

評価 :

完了日 :

最近の僕にしては珍しく 読みかけの本を諦める。しかも池波作品。

この作品には前哨戦として『蝶の戦記(全2巻)』があるのだが 実はそれを読んでいる最中から ヒロインの於蝶が好きではなかった。
簡単に言って 色に勝り過ぎるのだ。性的描写の頻度や濃度といった観点からのことではなく 生き方/愛し方そのものが。情に脆いだけで決して厚くない。獣の如く欲したかと思うと 降って湧きたる任務の内には その身の存在すらチラリとも想い浮かべない。
いや 判るけど。それが “忍び” という者の本質であり資質であることは判る。有事での咄嗟のON/OFF切り替えは 任務遂行と生命の結末を左右するから それが出来ないようでは “忍び” には成れない。当然だ 僕も「それでこそ草の者!」と そんな場面では痛快で居る。演るべき者が演るのであれば 其れは “ギリギリの生命” を象徴して 作品の骨格を随から支える “モティーフ” と成る。
於蝶は “情に脆く” すらなく “肉に弱い” だけだ。肉を貪りながら その肉体の持ち主の人生を支配する。そうなることを識っていて 利用する。これを敵方に用いるのなら常套手段である。又 先ず味方から欺かなくては成功しない仕事に於いても有効だ。だが彼女は 独り往くべき処で・仲間に対して これをする。その上で その仲間が彼女の過ちの為に落命したとしても 平然と呟くだろう「それが忍びの途」と。そして途方に暮れる「これから独りでどうしよう……?」。

於蝶の「並外れた女忍び」という設定と作品自体の筋から 彼女が後の『真田太平記』に於ける “女忍び・お江” の原型であることは 容易に察しがつく。だがこちらは筋金入り 真の忍びであり 真の人間だ。於蝶が求めるような  “組織という枠を逸脱しても成し遂げたい 一個の忍びとしての仕事” なら 必ず独りで敢行しようとする。その間には幾度も「死にたい」と希う 「もう疲れて動けない」と怯える。また幾度も食いしばり 「あと少しだけ進んでみよう」と立ち上がるのは 或いは死に場所を常に求めて居たのかも知れない。

一言で言って 人としての “義” に於いて 二人の女忍びの格は雲泥の差だ。文庫本の奥付から 成立年は『蝶の戦記』の方が先と想われるから 著者の人間哲学の発展を表していると言えようか。


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