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フィリップ・まろさんの読書ノート

新世紀 寂庵
「出離者は寂なるか、梵音を聴く」
『寂聴』という法名の由来である。
瀬戸内寂聴さんの師僧である今東光大僧正が命名した。
今東光大僧正の奥方、きよ夫人が「お父さん『春聴』(今東光大僧正の法名)なんて色っぽい名前より『寂聴』の方がいいわよ。瀬戸内さんに言って換えてもらいなさいよ」とすすめたらしい。楽しいエピソードである。確かに『寂聴』という名前は抜群に優れている。『最澄』『空海』にも決して劣ってはいない、と僕は断然そう思うのである。 
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 1

おにぎり食べたお地蔵さん

著者 : 瀬戸内 寂聴,コダイラ ヒロミ

出版社:祥伝社

発売日:2006-02

評価 :

完了日 : 2008年07月28日

瀬戸内寂聴さんの童話集『小さい僧の物語』に収録されている作品に加筆、修正され一本化されたもの。

母親を亡くした幼い子供、意地悪な継母、お地蔵さん。
この三人の登場人物でだいたいの筋書きは想像がつくじゃないですか。

お地蔵さんのおかげで幼い少年は救われます。

でもそんなことより大切なのは、意地悪な継母がお地蔵さんの功徳でもって心を入れ替えて、幼い少年にとって良い母親になろうと決心するところでしょう。

善い行いをする人が救われるのは当然のこと。悪い考えの人が心を入れ替えるところに仏教説話の要諦があるのだと思います。そして悪人も最終的には救われます。

「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人おや」と親鸞聖人もおっしゃっております。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。



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 1

小さい僧の物語 (集英社文庫)

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:集英社

発売日:1994-07

評価 :

完了日 : 2008年07月11日

こういったお話が子供たちにもっと読まれればいいと思う。
「忘己利他」=「己を忘れて他を利する」仏教説話集である。
日本人はもうそろそろ、アメリカかぶれの「自分が最初」「自分が一番」の思想から脱却して、本来のつましさ、奥ゆかしさに気付き、取り戻すべきだ。

この物語は、忘れてしまっていたそのあたりの正しくも美しい日本人の感性に訴えるお話がたくさん詰まっている。

「小さい僧」とは「お地蔵さまが、小さな美しいきらきらした僧の姿になってあらわれ、人びとの苦しみを助けてくださるというかたちになっているのが多いので、この本の題に『小さい僧の物語』とつけました」
と、著者が「はじめに」で語っている。

昔は村の出入り口には必ずどこにでも立っていたというお地蔵さん。お地蔵さんは村の守り神であり、子供たちの守り神であった。これだけ人の生活と密着した菩薩様はいない。

今でもお地蔵さんは町のあちこちで人知れず、僕たちの生活を見守っていてくれる。残念ながら僕らのほうがお地蔵さんの存在に気付いていないのだ。

本題に戻ろう。
『今昔物語』『地蔵菩薩霊験記』『宝物集』『説教節』から取材した物語集である。
僕の好きなお話である『笠地蔵』や『山椒大夫』も入っている。そう、安寿と厨子王を守ったのも地蔵さんなのである。それにしても辛く厳しく悲しい別れの話だなぁ。

最後に寂庵の地蔵盆の風景が描かれている。
盂蘭盆会の当番に当たった寂庵。
子供たちを寄せてお地蔵さんの絵を描かせた。どれもみんな自分そっくりの絵になったという。
地蔵さんの絵を描くのは遊びであり信仰である、という寂聴さん。楽しみが喜びに昇華されてゆき、やがて純粋な信仰心が生まれてくる、ということか。僕も寂庵の盂蘭盆会に行ってみたくなった。

もう少し僕ら大人がお地蔵さんと仲良くすべきだと思う。その姿が、子供たちの柔らかい精神に響いてゆくのだ。

オンカーカーカビサンマエイソワカ

地蔵菩薩の真言は唱えられなくとも、地蔵さんの前を通るとき、合掌くらいはできるでしょう。


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14.フィリップ・まろ (2008/07/23)
中学のとき、文化祭で全校生徒の前でギターの弾き語りをやったあの感動。病み付きになるよね。これがまたモテるんだよね。大学生になると、上賀茂神社の境内の芝生に座ってギター弾いていると、モテるんだよね、これが。旅に出てユースホステルの夜、ホールでギターを触り始める。モテるんだよね、これも。
15.ryoukent (2008/07/23)
まろさんほどわたしがもてたかどうかは迷宮入り?ですが、中学の文化祭も、ユースホステルでの出来事も、全く同じ体験をしています。
やはり世代が近いですなあ。楽しい。

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 2

寂聴と巡る京都

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:集英社インターナショナル

発売日:2006-10

評価 :

完了日 : 2008年07月07日

『寂聴と巡る京都』
看板に偽り無し。
実際に寂聴さんと一緒に京都のあちこちを散策しているような内容です。

寂聴さん行きつけの京料理の店、京菓子の老舗、美食の街京都のフランス料理店、祇園の小料理屋ともったいぶらずに気前良く案内してくる。

古寺巡礼も一味違う。
天台宗延暦寺派の僧侶であり、名だたる作家である寂聴さんと由緒あるお寺の山門をくぐってみるといつもと違った空気感が漂ってくるよう。寂聴さんの案内にお寺の持つ歴史的重層性がさらに厚みを増すせいだと思われる。

この本によって京都が向こうから近づいて来てくれたようでもある。

そして、僕は思う。また京都に住みたい、と。

この本、集英社インターナショナルが発行しています。
発行者は島地勝彦さん。
30年前、瀬戸内寂聴さんの師僧である今東光大僧正が『週刊プレイボーイ』で『極道辻説法』を連載していたときの編集者です。
故今東光和尚の13回忌の席で僕は寂聴さんにも島地さんともお目にかかる機会を得ました。機縁に恵まれた身を有難く思い仏縁に感謝する次第です。

仏弟子、フィリップ・まろ


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 1

命のことば (文芸第一ピース)

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:講談社

発売日:2005-05-31

評価 :

完了日 : 2008年07月05日

こういうのが本当の意味での布教活動というのだろうな。

自分の所属する天台宗に限らず、臨済禅、曹洞禅、浄土宗、真宗、時宗、果ては神道、カトリックまで。
宗教の如何を問わず、心に響く言葉を紹介してくれている。
その中から、自分にはこれだ、という言葉と遭遇したとき、自分に合った宗門を叩いてみてください、とでもいうようなアプローチの仕方がいい。

白隠慧鶴『草取唄』「神や仏を祈らずとても、直ぐなる心が神仏」

菅原道真「心だに誠の道にかないなば祈らずとても神や守らん」

千利休「和敬静寂」
これを松原泰道老師が説く。「和を和やかとか、仲よくというのでは不十分で、料理の和え物のように、二つ以上の材料を合わせて、まぜて『第三の味』の美味をだすように、それぞれの材料が一緒になって互いのよさを引き出し合わせて更によい味を出すのが『和』だ」と説いている。

マザー・テレサ『親切で慎み深く』
「親切で慎み深くありなさい。あなたに出会った人が誰でも、前よりもっと気持ちよく、明るくなって帰るようにしなさい。親切があなたの表情に、まなざしに、ほほえみに、暖かく声をかける言葉に、あらわれますように」

鈴木正三『盲安杖』「己を顧みて己を知れ。たとい学文広くしていかほど物を知りたりとも、己を知らずば、物知りたるにあらず」

以上は、僕の『命のことば』として本編から選んだもの。
皆さんは皆さんの『命のことば』と出会うことができると思う。

社会で、職場で、家庭で生かせる言葉との出会い。美しい言葉がコミュニティの進行を円滑にする。できるだけたくさんの人々と解り合いたいものである。


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 1

おばあさんの馬 (寂聴おはなし絵本)

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:講談社

発売日:2007-12-28

評価 :

完了日 : 2008年07月02日

『寂聴おはなし絵本』シリーズの第4弾。

寂聴さんはこのお話が大好きだとおっしゃる。
同感である。シリーズの中で僕もこれが一番好きだな。
理由は寂聴さんとまったく一緒。
この話に出てくるのはみんないい人ばかりだから。

むかし、むかし、インドのハラナのみやこの近くの町に…。で始まるから、これも出典はジャータカ。つまり釈迦の前世譚である。

金持ちのおばあさんは夫に死に別れ、息子二人にも先立たれひとりぼっちだが、仏様の信心が深く、貧しい人や困っている子供を助けることに生きがいを見つけて暮らしていた。
あるとき、北の国から来た馬商人に馬の宿として納屋を使わせてやる。おばあさんは馬商人が宿代を支払うというのに、いらない、と固辞する。その代わりにおばあさんの納屋で生まれた子馬をお礼として貰い受ける。おばあさんはその子馬にリタと名づけた。死んだ下の息子の名前だった。

・・・と言うところで、ちょっと顔を出させてもらお。「リタ」は多分、「利他」だろうね。「他を利する」だ。「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」と伝教大師最澄さんの『山家学生式』に書いてある言葉だ。

話し戻って・・・
リタがあまりに立派な駿馬に育ったので馬商人の目に留まり、馬商人は王さまにリタの話をした。王さまは是非ともその馬を見たいから王宮に連れて来い、と馬商人に命ずる。王さまの目前で、天駆ける馬リタは躍動する。王さまはリタが欲しくなるが…。

解説で寂聴さんは「人間の性善説を信じさせるようなこのお話はもっと語りつがれてもいいでしょう」と言う。

おっしゃるとおりだと思う。

人を信じることから始めたい、と常日頃から思っている。
自分の中の善的なものが、信じるに値するもの、即ち深い人の情を感じ取ったとき、僕は幸福に満たされる。
いいな、いいな、人間っていいな、と感じながら生きてゆきたい。
ちょっと相田みつおが入った日本昔話的な終わり方をするのである。


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1.KUMI (2008/07/03)
生まれた時はみんな真っ白な天使の姿でやってくるのに、
その後、ですよね。人格が形成されていくのは・・・
出来れば、「人間性善説」を信じて、いい人も悪い人もみんな違ってみんないい。と、おーきな心をもてればいいんだけどな。
でも、まだ修行中~!!
2.フィリップ・まろ (2008/07/03)
これを読んだとき『スーホの白い馬』を思い出しました。スーホは少し物悲しい話ですが、こちらは、安心ください。ハッピーエンドです。おばあさんはもちろんのこと、馬商人も王さまもいい人なんですよ。王さまなんてどうせわがままな、地位と権力をカサにきてしたい放題のうつけもの、と思っていたのですが。見事に裏切られました。
一緒におーきな心を持つための修行をしていきましょう!
 

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 1

針つくりの花むこさん (寂聴おはなし絵本)

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:講談社

発売日:2007-09-13

評価 :

完了日 : 2008年07月02日

『寂聴おはなし絵本』シリーズの第3弾である。
実は『寂聴おはなし絵本』がシリーズ化されているとは露ほども知らなかった。
『月のうさぎ』『幸せさがし』と読み継いできたら、それくらい想像しろよ、って声が聞こえてきそうだ。しかし僕ほどの迂闊者は3冊そろって初めて「うむむむ、そうであったか…」と漸く疑問に思うのである。驚くほどの愚鈍である。

愚鈍な50男は難しい本を読んでしかつめらしく書評を書いてはいけないのである。
絵本からやり直すべし、なのである。

むかし、むかし、インドのある町に…、で始まるところをみると、このお話も釈迦の前世物語のジャータカが出典と推察される。
案の定、あとがきでの解説にそう書いてある。
この辺りの優れた洞察力は“愚鈍な50男”が時として見せる鋭敏なる知性のひらめきであろう。

続けよう。
針つくりの名人チャンダの娘サラはその気立ての良さで町中の評判である。
ある日、サラは背の高い、目のきよらかな、りりしい青年タッカリーと出会う。彼は大金持ちの息子。彼もまたサラの評判を聞きつけて来たのだった。タッカリーの父親は息子の主張に負けて、貧しい針つくりの娘を息子の花嫁として貰い受けに行く。しかし、チャンダは、娘は針つくりの名人に嫁がせる、と言ってきかない。破談になったことを知るとタッカリーは家を出て修行のたびに出る。
それから1年半ばかりたったある日、チュンダの家の前に「天下一よくできた、上等の針はいりませんかあ」との針売りの声が響く。その声の主こそ修行に出ていたタッカリーであった。
さてその後のサラとタッカリーの運命や如何に…。

ここで寂聴さんはインドの身分制度について解く。
この話は、差別を越えた当人どうしの愛による結婚こそ正しい、と解いているのだが、それを提唱する裏付けとなるのが釈迦の四姓(バラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラ)の否定にある、ってんだからゴータマ・ブッダさんは本当にえらいと思う。

できるものならゴータマ・ブッダさんと直接お目にかかって話してみたい。アーナンダ・クマーラさんとは直接話したことがあるけど…。


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1.KUMI (2008/07/03)
私も♪私もー♪
ブッダさんのお話を聞いてみたいものですね。
私の性格ならいきなり核心をついていくでしょうね。
「真理って何ですかあ~?!」
でもさ~、死んじゃってから教えていただいても、もったいないね。やっぱり勉強していこうね。まろさん♪
2.フィリップ・まろ (2008/07/03)
でショでショ。
ゴータマ・ブッダさんからその辺りのことをきっちりと聞いて見たいものですね。それを仏書では「如是我聞」つまり「我、かくのごとく聞けり」と言うのです。そしてブッダが言う。「心理とは普遍の妥当性を帯びた事象。無常なり」と。
因みに「如是我聞」のかくのごとく聞いた人がアーナンダという弟子です。だけど僕が話したアーナンダ・クマーラさんは鈴鹿国際大学の教授です。義理人情に厚いとってもいい人です。
 

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 1

幸せさがし (寂聴おはなし絵本)

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:講談社

発売日:2007-07-11

評価 :

完了日 : 2008年06月30日

瀬戸内寂聴さんが書いた絵本である。
寂聴さんは後期高齢者の規定年齢を10歳も超えて絵本作家としても創作活動をしていらっしゃる。スーパー・エレクトリック・バアチャンである。

むかし、むかし、中国にチンフーという若者がいたそうな。
病弱な母親はいまわの際に「西のほうに仏様がいらっしゃるのでどうしたら人間は幸福になれるか教えてもらいなさい。幸福をさがしに行ってごらん」と言い遺した。
チンフーは旅をする。
ある村で住み込みで働くがここの一人娘は17歳になっても言葉が話せないので仏様にあったら幾つになったらそれができるのか聞いてきてくださいと依頼され、次の村では水が枯れて出ない理由を仏様に聞いてきてくださいと頼まれ、大きな川では白蛇に天上界へもどる方法を仏様に尋ねて来てくれと頼まれる。
それからもチンフーは歩きに歩く。
そして、仏様が天から声を掛けてくださる。
チンフーはこれまでに出会ってきたものたちの疑問を仏様に尋ねる。
チンフーは自分が旅に出た本当の理由である自分の幸せさがしのことは何一つ聞けなかった。
しかしチンフーは「人がよろこべば、うれしいもの」と自分に言い聞かせる。
さて帰り道でチンフーの身におきた事柄は…。

解説で著者が言う。
「自分のことより、人のことを心配するチンフーのやさしさが、この話の眼目です」

説教臭いことだ。
でもその説教臭さが昭和30年代までの日本人の感性を豊かにしてきた。
西洋の馬鹿げた利己主義を「ジコチュー」などとまんざらでもない様な受け止め方をしてきた結果が薄気味の悪い平成を作り上げている。

日本人よ、心すべし。


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19.フィリップ・まろ (2008/07/10)
疲労にも2種類あると思う。「ああ、今日は良くがんばったなあ。いくつか失敗もあったけど、うまくリカバリーできたし。疲れたあ。だけど充実」というのと「ああ、今日はサイテー。手柄は自分のものにしやがるし、失敗は全部こっちのせいかよ。疲れたあ。心までぐったり」っていうの。1対9の割合で訪れます。でもそのたった1度の充実感で残りの9を帳消しにしてしまう。だけどやっぱり1の数を2に3に増やしたい。
20.パル2パパ (2008/07/10)
だから、その諸悪の根源を元から断たないとダメなんだよ。結局、周りはアテにならないと解った様だし、同じ目に遭わしてやったら?

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 1

月のうさぎ (寂聴おはなし絵本)

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:講談社

発売日:2007-07-11

評価 :

完了日 : 2008年06月30日

かの瀬戸内寂聴さんが書いた絵本である。
寂聴さんは作家デビュー当初は少女小説を書いていたというから、“瀬戸内寂聴と絵本”の取り合わせもまんざら有り得ない話ではない。

むかしむかし、インドのある森にうさぎとさるときつねが仲良く住んでいたそうな。
ある日、そこへ襤褸をまとったよれよれのひとりのおじいさんが歩いてきて三匹の前で倒れた。
さるときつねは首尾よくおじいさんのための水や食料を探してきた。しかしうさぎは探せなかった。
三匹とおじいさんは森の中で一緒に暮らすことになった。
さるときつねはおじいさんのためにせっせと食料を運んできた。
相変わらずうさぎは探しあぐねて手ぶらで帰ってくる。
うさぎはその夜、自分を食べてください、と焚き火の中に身を投じる…。

著者は犠牲奉仕と忘己利他の精神から生まれる慈悲を子供たちに伝えてあげて下さい、という。

自分主義。オレ様。自己愛。
西洋から伝わってきた「新しい思考」が大きく日本人の精神構造を曲げてしまった。

もう一度、古臭い日本人の発想を点検してみる時期ではないでしょうか。


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4.パル2パパ (2008/07/02)
確かにそれなりには、そういう部分も或る事は或るでしょうね。唯、自分の身を以って、虎の空腹を満たすなんて行為は、ムリ!それが例え喩えであったとしても。精々、自分が潰れない程度でなら、するわね。
5.フィリップ・まろ (2008/07/03)
釈迦が求めるのは極端なことが多い。従って僕がお世話になった比叡山なんかでも12年間籠山とか、7年間寺院の境内から一切外へは出ない、とか千日回峰だとかに結びついてしまう。仏道を追い求めようとしている在家の僕らには到底できないことばかり。それで僕は在家主義仏教者の唯摩居士が好きなんです。彼のことは唯摩経という仏典に書き残されています。

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釈迦

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:新潮社

発売日:2002-11

評価 :

完了日 : 2008年06月25日

ここに描かれているのは人間、釈迦である。弟子たちは神通力を使うが釈迦はそんな小賢しい手段は用いない。あくまでも諸行無常・諸法無我・諸法実相を発見し、四諦八正道十二因縁を解き、「世の中は苦だ」と看破したことで正等覚を得た覚者、としての虚像を廃した人間、釈迦が描かれている。

「犀の角のようにただ独り歩め」

釈迦の言葉が好きだ。並々ならぬ覚悟と決意が感じられる。

さきほど僕は釈迦が看破したこととして「世の中は苦だ」と書いた。

四苦八苦という。

生・老・病・死。

愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦。

人間、生きていく間にはこの八つの苦が常に付き纏う。

しかし、釈迦は最期にこうも言った。

「この世は美しい。人の命は甘美なものだ」

この一言で人間は明日に生きてゆく勇気を得られた。
釈迦の永い旅はここに閉じられた。
従者アーナンダは釈迦入滅後の結集を前にして阿羅漢と成り得た。

この本の評価が僕には付け難い。
よくわからない、というのが本音か。
少なくともあと30年旅をして釈迦と同年輩にならないと答えは出てくまい。


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五十からでも遅くない

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:海竜社

発売日:2005-02

評価 :

完了日 : 2008年06月23日

がははははは。
新しい読書ノートを立てた御祝儀相場が作用して評価点を5点にしてしまった。
僕が5点をつけたからって、衆人が同様の高評価をするとは限らない。その典型的な一冊としてサンプル化しておこう。

でも、ね。

まず、タイトルがいいじゃないですか。

この5月で51歳になった僕は、このタイトルに励まされました。
だって、人生、失敗と遠回りの繰り返しの果てに51歳になっちゃった僕ですよ。
人生の大半を果々しい成果もなく終えてしまった感じがして「ほはぁ~」とため息ひとつの誕生日を迎えた僕のところに、この本がやってきた。

そして・・・
「五十からでも遅くない!」
と寂聴さんが檄をとばし、励ましてくれたのでした。

本の帯に載っている寂聴さんの写真の仏様のような笑顔。
普段から、『和顔施(わがんせ)』つまり、「やわらかい笑顔、それ自体が最高の施しである」と解き続けている寂聴さんならではの清らかで品格のある笑顔。そこに「人生の喜びは五十から」とコピーがついている。

出会い、だね。

本と僕との出会いですよ。

読みべき時期に読まれるべき本が巡ってくる。

千載一遇の奇縁に恵まれ、僕は一期一会を果たす。

読書生活においては、僕は、誰にも負けない豊かな人生を送れたと自負いたします。人生、それだけでも充分か。

瀬戸内寂聴尼が出家したのが51歳の時。
そう、僕の今の年齢で彼女は(ここは同い年の女性としてタメぐち)出家に踏み切ったんだ。只管、小説を書くことに没頭し、一心に恋愛に身を窶して走ってきた51歳の女性。

彼女が最後に心の平安を求め、たどり着いたのが出家であった。
彼女の人生観が大きく軌道を変化し始める。51歳で出離した彼女に、もはや迷いも悩みもない。一切を仏に委ね、任せてしまっているから。

そして考えつく・・・。
「五十からでも遅くない」
この言葉をバカなほど信じきって、僕は51歳からの自分の人生を始めるとしましょうか。


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場所

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:新潮社

発売日:2001-05-25

評価 :

完了日 : 2008年06月11日

野間文芸賞だか谷崎賞だかを受賞した作品である。著者は後に文化勲章を受けることになるのだから、文学賞も通過点でしかない。
しかし当の本人はどんなかたちのどんな賞であっても、作品を誉めてもらっている、と感じられれば手ばなしで大喜びされている。
もはや「天下無敵の」と枕詞をつけられてもおかしくない瀬戸内寂聴があの人懐っこい笑顔で喜んでおられるのであれば、出版関係の人々はもっとたくさんの賞を庵主さんに捧げるべきである。喜ばせてあげるべきである。今や瀬戸内寂聴の元気は、日本の中高年の元気に繋がる、そんな存在なのであるから。

『場所』は試みの小説、と言えるかもしれない。
かつて自分が立っていた“場所”を、喜寿を過ぎた著者が再び訪れる。その“場所”を探し当てるまでは紀行文のようであり、随筆的でもある。その“場所”への思いを語り始める辺りから、俄然、小説化してゆく。

端的に梗概を述べるなら『場所』は作家であり僧侶である“瀬戸内寂聴”の胎動を書き表した私小説だ。
瀬戸内寂聴の持つ、あの、そこに居るだけで人々を安心させてくれる存在感、安定感。その雰囲気が生まれ出てくる以前の、瀬戸内晴美のアメーバ的右往左往期の話である。『花衣夢衣』の澪と真帆が真っ青になる、昼メロはだし、どろどろの半生の私小説である。
スカッと爽やか、40年前のコカコーラ的性格の僕には耐えられない展開である。しかもこれが私小説と言いながら、ほぼ全部事実に基づいているから「いやんなっちゃうなぁ、庵主さん」というのが僕の偽らざる感想である。

しかし、このどろどろがあったればこそ、後の瀬戸内寂聴が生まれ出たのである。不世出の“心の拠り所”となる庵主さんが誕生したのである。時代を代表するエポックはいつもこうして艱難辛苦の泥の川を渡り超えてここにあるべきものとなるのだろう。

自作をほめてもらって嬉々として満面の笑みを浮かべる無邪気な瀬戸内寂聴尼。出版関係者と読者はもっともっと誉めて差し上げるべきである。
瀬戸内寂聴尼僧の笑顔が、深い谷底に沈み込んでしまった世相の日本にあって、無明の闇に灯す灯火となっていることは疑いようの無い事実である。


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7.ベアandリーチェ (2008/06/18)
そうですね。
主人公の立場で見ると、自分を成り立たせるためには「子ども」を捨てる必要があったわけですが、捨てられた子どもの立場に立ったら…   と。
夫と子どもを捨てて恋人に走ったから晴美が晴美であり続けそして寂聴となることが出来たのではあるのですが。
8.フィリップ・まろ (2008/06/23)
ひとくちに「子供を捨てる」と言ってしまっていますが、よくよく自分の生活に照らし合わせて考えて見ますに、とんでもないことですよね。その悲壮感、逼迫感、罪悪感が男の僕には少々欠けていた模様です。
ベアandリーチェとの対話でその辺のところがよーく解りました。

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 1

美しいお経

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:嶋中書店

発売日:2005-10

評価 :

完了日 : 2008年06月02日

「幸せな時にはありがとう
 苦しい時には力を下さい
 淋しい時には聞いて下さい
 いつも
 地球のすべての人が
 幸福で平和で 
 ありますように」

誰ですか。新興宗教のお題目、などと言っているのは。
これが寂庵の祈り、です。斜交いの目で見ていた人。カルト教団の上辺だけの言葉と解した人。反省なさい。寂庵では、簡単な祈りを、より単純化してできるだけたくさんの人々に理解して頂ける様にとの配慮から飾り気のない言葉を選んでいるのです。
さあ、それが解かったあなた。一緒に『美しいお経』のページを紐解きましょう。

この本は「どこへでも持ち運べて、いつでも気軽に開いたら、どのページにも短い美しいお経や詩歌の言葉が囁きかけてくれる。疲れた時、淋しい時、心に屈託をかかえている時、孤独で泣きたい時、あるいは幸福感で心が満ち足りて思わず誰かに話しかけたいような時、こっそり開いてみたら、自分の心を見すかしたような、なつかしい美しいお経や詩の短い言葉が応えてくれている」

と「はじめに」で説明しています。

あらら、庵主さん、この本の要約をすべて言い切っちゃっている。もはや解説、批評の必要無し、だな。

僕は夜間勤務のほんのささやかな休憩中に貪るように読みました。疲れて、孤独で、泣きたいくらいなことの続発するのが認知症対応型共同生活介護の施設の夜勤ですから。肉体、精神の疲労時のエネルギー補給にこの一冊、という感じでした。

「怨みに報いるに徳を以ってす」
「諸悪莫作(しょあくまくさ)衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)」

僕の気になった言葉です。
読者の皆さんも自分の心の言葉を捜して見てください。
きっとあなたのためにだけ書かれた一節と出会うことになるでしょう。


この感想へのコメント

1.オヤオヤもんど (2008/06/25)
この本と観音経の本のカバーデザインは、横尾忠則さんですよね。ワタクシも横尾さん経由で瀬戸内さんの言葉に出会い、救われたものです、ずっと以前の頃ですが…
2.フィリップ・まろ (2008/06/26)
何じゃこれは、と思ったら、案の定。横尾さんでしたか。デザインにおけるキュービズムですね。これだと一目で『美しいお経』ってわかるよね。商業デザインとして成功例ですね。横尾忠則作品は遊園地みたいで遊べるところが好きです。
 

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 1

あの世 この世

著者 : 瀬戸内 寂聴,玄侑 宗久

出版社:新潮社

発売日:2003-11-21

評価 :

完了日 : 2008年05月30日

天台宗の僧侶であり、文化勲章受章者の瀬戸内寂聴と、臨済宗の僧侶であり、芥川賞受賞者の玄侑宗久の対談本。

この世の経験値では既にMAXにまで人生の針を押し進めている瀬戸内寂聴庵主もやはりあの世のこととなると少々勝手が違うらしい。30歳以上も歳の離れた玄侑宗久和尚に尋ねることしばしば。
だが、寂聴さんの偉いところはそこだ。自分に不分明な事は人に訊いて正そうとする。当たり前の行為だが、いやいや、凡人にはなかなか出来ません。30歳も年下の小僧にそんなこと訊けるか、なんてね。見栄というものに何時も邪魔されて聞き逃してしまう。絶好の機会を失ってしまう。謙虚で真っ直ぐな寂聴さんの人間性に大いに惹かれるところです。

しかし、その宗久和尚にもあの世のことが判然と解かっているわけではない。そりゃそうだ。この世に居る人は誰も行ったことの無い世界があの世だもの。

因みに天台宗の僧侶で直木賞作家の今東光大僧正は「死んだらどこへ」との若者の問い掛けに「そんなことわかるかい!・・・死んだらどこへ行くなんて心配するより、いま、これからどこへ何しに行ったらいいかを心配しなよ。現在の自分が何をどうしたら一番いいかをよく考えるんだな。それを明確に考えられんようじゃ、死んだって行くところへ行けやせんぞ!」 
こう答えています。
ズバリそのものの模範解答例でしょう。

ところで僕はいろいろな意味で近頃自信を失いかけていました。
それがこの対談にこれまた模範解答のような答えが載っていました。
こうです。

瀬戸内「自分で自信を持つと言うことは難しいかしら。何か自分にできるものを一つ持てば、ずいぶんと違うと思うんですね」
玄 侑「禅宗的な言い方かもしれませんけれども、自信に根拠なんていうものはなくて、自信ありげな様子をしていると、何だか自信が出てくるということはありますよね」(笑い)

どうですか。この無碍闊達な精神。凄い人たちのトンデモな対談は為になること以上に、胸がすく思いがします。

いつか坊主になりたい、と考えて早25年が経ちました。在家主義ブッディストとしてはかなりの線まで来たように勝手に思っています。これも根拠の無い自信でしょうか。


この感想へのコメント

1.パル2パパ (2008/06/04)
鈴鹿の叔父は寺の娘を貰ったので、義父が亡くなったのを境に、会社員で在りながら、坊主になりましたから。まろさんにだって決して無理な話でも無いと思うよ。其なりのスクーリング(修行とも云う)は必要らしいけど。確か、2、3年架りだった様に聞いた。僕も仕事が無くて数ヶ月プーしていた頃、ウチの菩醍寺に後継ぎの修行に出されそうになったっけ。あん時ゃ、真っ平ご免と慌てて就活して職を決めた事を思い出します。
2.フィリップ・まろ (2008/06/06)
実は僕も比叡山の回峰行の根拠地、無動寺谷明王堂で居候をさせてもらっていたとき、阿闍梨(アジャリ)さんから「まろ君、君は見込みがあるから、今から坂本へ降りて頭を丸めて来い。弟子にしてやろう」と誘われました。僕はまだ若くて俗世に未練たらたら、女性に欲望ばりばりでしたので、丁重にお断りしました。でも今、頭だけは幸か不幸か、出家者のいでたち、です。
 

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老春も愉し―続・晴美と寂聴のすべて

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:集英社

発売日:2007-10

評価 :

完了日 : 2008年05月22日

「1998年11月発行で、『晴美と寂聴のすべて』という本を、集英社から刊行している。私の0歳から76歳(数え年なら喜寿)までの全軌跡を、年代順に取り上げた編集で、文章はすべて、私の著作の中から選び出していた」

まえがきの言葉である。

本書は、それから現在に至る瀬戸内寂聴尼の軌跡が収録されている。

しかし、この人はすごい。
その行動力、思考力、想像力、創造力。どれをとっても余人の適うところではない。1年365日24時間、小説のことだけを考えて生きてきた人だ。小説の事を考えることで仏教の悟りに近づいていく人なのだろう。仏様が、小説三昧の境地に入ってその法悦を得た時に覚者となる、と決めてしまわれた人のようである。80歳を過ぎてなお「小説をほめられることぐらい生きているこの世で嬉しいことはない」と言う。ここまで来るともはや可愛い。愛読者である僕らは大いに褒め称えようではないか。そしてもっとたくさんの作品を遺しておいてもらおうではないか。

僕らしくもなく早くも締めの言葉を使ってしまった。
もう少しお付き合いください。

場所は目白台のアパート。そこに谷崎潤一郎と円地文子がいた。あとから瀬戸内晴美、後の寂聴も入居する。さて、この3人に共通することがお解かりだろうか。そう。源氏物語を現代語訳した3人が一時期同じ屋根の下に暮らしたのである。もちろん、当時の3人がまさかそんな関係になろうとは知る由もない。不思議な縁としか言いようがない。紫式部の仕組んだ悪戯、としか解釈の仕様があるまい。

旅先のパリで街角に張り出されていたポスターに描かれていた猫の話が良かった。その猫が瀬戸内庵主さんが以前に飼っていて死んだぺぺにそっくりだった。思わず庵主さんは「あのポスターを一枚盗んでくれないか」と同行の人に頼んだという。当然断られたけれども。無茶を言う尼さんだ。でも、可愛いエピソードである。

徳島県の寂庵塾の話もスケールの大きさを感じた。塾生の中に妊婦が3人いた。お腹の中の子供たちは23年後、かたちを変えた庵主さん主催の塾に入塾してきたのだ。老いてなお矍鑠たる瀬戸内寂聴庵主ならではのエピソードだ。

最終ページに近いところで世阿弥の話題から、この著書のタイトルに肉薄する。
「肉体に迫る老いはさけ難い。しかし長く生きると、それだけこの世の思い出の数は増える。人との別れも増えるが、出会いの記憶の方がはるかに多い。思い出をなぞるだけでも退屈しない。私は近頃、老いの愉しさが漸くわかってきたような気がする」

仕事柄、老人と接する機会の多い僕には、介護の問題を考えるヒントになりそうな言葉である。


この感想へのコメント

10.パル2パパ (2008/05/31)
いやね、何でこれを持ち出したかというと、気象衛星やらアメダスやら最先端の技術を持ってして、結果が余りにアバウトというか、ハズレが多いからさ。下駄蹴って決めてんじゃ無かろうか?って結果だもの。天気予報じゃなくて、ロト・天気にでもして天気予想にしたら、もっとまともな結果になると思うんだけど、どうかな?
11.フィリップ・まろ (2008/06/02)
あれれ?昨日書いたコメントが完全消失。近頃たなぞうがメチャクチャ重くてムカツク。おまけに今度は消えてんじゃん。しっかりしろよ、たなぞう!

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生きることば あなたへ

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:光文社

発売日:2001-02

評価 :

完了日 : 2008年05月21日

何だ、どうしたんだ、たなぞう!
今夜のたなぞうは最低の機動力だ。
立ち上がりは遅いわ、ミスジャッジはあるわ、精魂込めて書いた感想文を消し去られるわ。ムカツクなあ。僕の貴重な30分を返せ。んなろうめー。

でも今日は許してしまうのである。
だって僕はこの本を読んだのだから。

「深夜、思いわずらって眠れない時、誰かに苦しい胸のうちを打ち明け、聞いてほしい時、孤独にさいなまれて、さめざめとひとりで泣きたい時、ふと、手をのばして頁をくってみたい小さな本があれば、どんなにか心が慰められることでしょう」

こんなやさしい言葉が冒頭に書き込まれた本を読んだ後に、たなぞうの失策をなじって心を掻き乱していたらもったいない。

宇宙空間に消し去られた僕の感想では、ここから、この本の抜粋とそれに基づく僕の意見が差し挟まれていた。わりと好い事をたくさん書いたのに、このざまだ。くそーっ、たなぞうの奴め、と何時もの僕なら怒り心頭に発すところであるが、今日はもう怒らない。だって、この本を読んだ僕は読んでいない僕とは違った高潔にして高邁な精神の人になってしまったのだ。そんなに簡単に人品がグレードアップするものなのか、とお疑いの御仁は早速、明日、この本を読んでみることをお薦めする。もし何ら変化が訪れなかったら、再読三読することをさらにお薦めしたい。それでも変化のない人は諦めてください。あなたには素養がない、って言うことで。

珠玉の人生の言葉がぎっしりと詰まっています。
この本が自分の為に書かれたものである、と感じた人。ずうずうしいなあ。でもこの本は本当にあなたの為に書かれた本なのです。


この感想へのコメント

20.フィリップ・まろ (2008/05/30)
宮脇俊三さんに時刻表の読み方を教わったような気がします。僕が大学卒業と同時にプータローの道に突入することになった原因の一端を宮脇作品が握っているといえるかもしれません。
「今の仕事だって…?」否定できないところが自分でも恐ろしい。 
21.パル2パパ (2008/05/31)
あ~良かった、もしその頃、同じ様に宮脇さんの本を読んで時刻表に嵌っていたらと思うと。ま、別の意味で今だにバイクに嵌っている身としては、どうなのよ?て云われても仕方無いが(^^;)

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9歳から99歳までの 絵本 般若心経

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:講談社

発売日:2007-07-12

評価 :

完了日 : 2008年04月07日

今日(4月7日)、三重県三重郡菰野町のparamitamuseum(パラミタミュージアム)に瀬戸内寂聴さんのお話をうかがいに行った。
月曜日の午後1時過ぎだというのに、道中の湯ノ山街道はえらく渋滞していた。渋滞の原因はやはり寂聴さんであった。街道沿いに建つparamitamuseumの駐車場は満車状態。道路の混雑を防ぐためにガードマンが誘導するのだが、停車して「何処へ駐車すりゃいいんだ!」と怒鳴りだすオヤジがいたりして、いよいよ道が混雑するばかり。
僕は、街道沿いの近鉄湯ノ山線の南側に知人の設備屋の事務所があり、その駐車場に車を留めた。持つべきものは友達である。線路を横切り、ガードレールを跨ぎ、街道を横断してparamitamuseumに入った。
エントランスから既に長蛇の列。しかし、僕は並ばない。地元のテレビ局のモニターをしていたので、チケットは入手済みだった。
館内は溢れんばかりの中高年のおばさん、おばさん、おばさん、おばさん、おばさん、おばさん。
さすが当代随一の人気作家、瀬戸内寂聴庵主であると感心した。しかし、「天台寺の青空説法では一日に1万人を集めることがある」との庵主さんの弁であった。恐れ入りました。

さて、なぜ瀬戸内寂聴庵主さんがparamitamuseumを訪れたかというと、4月4日から4月27日まで当ミュージアムで『瀬戸内寂聴展』が開催されているからである。「作家生活50周年、源氏物語千年紀記念」との触れ込みであった。

お誘いしたのは三重県が誇る岡田文化財団。そう、あのイオングループのお家柄、民主党元党首・岡田克也のご実家である。
もちろん、今回の展示と政治とは一切関係が無いことをここにお断りしておく。これ、ゆっとかないと、どこで庵主さんがこの記事を見てお叱りを受けるやも知れない。今東光和尚の13回忌に僕はあることから、庵主さんにえらく叱責を受けた経緯がありますので。

さまざまの展示品の中で目を引いたのが『寂聴訳 源氏物語』の生原稿であった。数千枚がうずたかく積み上げられていた。

出家得度のときの遠藤周作との往復書簡も心に残った。また、剃髪した黒髪が保存されており展示されていたのも特筆すべきことだろう。

『美の宴』という題の短い言葉に心を打たれた。

どれだけ面白い本を読み、
どれだけ美しい絵を見て、
どれだけ素晴らしい人々と出会ったか。
それが私たち人間にとっての最後の財産となるのです。

好いこと言うなあ、庵主さん。肝に銘じておきましょう。

「寂聴」という法名は、瀬戸内寂聴さんの師僧である今東光大僧正が命名したのだが「出離者は寂なるか、梵音を聴く」がその由来である。
今東光和尚のきよ夫人がそれを聞いて「お父さん、『春聴(今東光和尚の法名)』なんて色っぽい名前より『寂聴』の方がいいわよ。瀬戸内さんに言って代えてもらいなさいよ」とすすめたらしい。楽しいエピソードである。確かに『寂聴』という名前は抜群に優れている。『最澄』『空海』にも決して劣ってはいないと僕は思う。

展示物の最後に般若心経の写経が用意されていた。入場者に一字ずつ書いてもらって、寂庵に納経して世界平和を祈念するとの趣旨であった。
僕にはどんな文字が用意されているのだろう、と興味深く順番を待った。そして僕の番が来た。「行」であった。修行の「行」、行道の「行」。「行け、行け、行け、その道を」と御仏が僕に語りかけてくれたものと解釈した。

さて、ようやく、ここで著書の話題である。
般若心経は完璧に頭に納まっている。早口言葉のように諳んじている。だが、般若心経は頭に納めるものではない。腹に収めてこその般若心経である、と思う。哲学と信仰が綯い交ぜになった般若心経は簡単なようで難しい経典だ。だが、寂聴さんと「同行二人」ならギャーテーギャーテーと般若心経の道を突き進めることが出来そうである。





この感想へのコメント

8.ベアandリーチェ (2008/04/17)
見つけましたっっ!
年齢までしっかり書かれてますね。

私は実家が三重なので帰省の折にどこかで遭遇するかも ですね。
ご尊顔しっかと