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フィリップ・まろさんの読書ノート

童話が教えてくれるもの
童話を読むのがこっぱずかしい男は童話を読まないでいるこっぱずかしさを知らない。
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ドス・アギラス号の冒険

著者 : 椎名 誠,たむら しげる

出版社:偕成社

発売日:2002-10

評価 :

完了日 : 2008年08月02日

僕の持っている大型版の表紙絵が無いのでとりあえず雰囲気を味わって頂くためにも表紙がわかる単行本にしとこ。

椎名 誠のSF小説は困るのである。登場人物や背景のイメージを頭の中に構築するのに一苦労するのである。

しかしこの『ドス・アギラス号の冒険』はイメージしやすかった。

たむらしげるの絵がいいんだな、これが。

椎名 誠の童話世界を的確に表現しているのだ。

なぜ的確であるかが判るかと言うと、僕の頭の中にある『ドス・アギラス号の冒険』がそのままイラスト化されていたからね。

そういえば『アド・バード』の表紙絵もたむらしげるであったなあ。

椎名 誠のサイエンス・フィクションというかスペース・ファンタジーとたむらしげるの不思議な空想科学イラストはベストマッチだね。

ついでにいうと『アド・バード』の各章ごとにたむらしげるの絵がコラボしていればもっと小説を楽しめただろうに。悔やんでも悔やみきれない読者であった。だって、『アド・バード』では椎名 誠のSF物語を僕の中で再構築しきれずに不完全燃焼してくすぶったまま20年近くの歳月が経ってしまっている。僕の頭ごときでは変な生き物たちが具象化できなかったのだ。これぞ読書における敗北である。

たむらしげるの力を借りたかった。

いつの日にか、「作 椎名 誠+画 たむらしげる」の完全版『アド・バード』が読んでみたい。

想像力の欠乏した僕にもSFの面白さを味わわせてくれるような補助線を引いた本を出版して頂きたい、と切に願うものである。


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7.フィリップ・まろ (2008/08/07)
下ネタを上品に、堅いお話を下品にすることを潔しとしております。
でも時々、下ネタをさらに下品にしてしまって、妻の顰蹙を買っております、はい。
8.ryoukent (2008/08/17)
さっき この本(大型絵本)読んで感想しました。
おもしろいですね。そんでしりきれとんぼの結末も良い。
なんだか続きが無くてはならない様な終わり方だった。
そんなような期待的感想を書きました。

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めだかさんたろう

著者 : 椎名 誠,村上 康成

出版社:講談社

発売日:2000-08

評価 :

完了日 : 2008年07月28日

我らが隊長・椎名誠と絵本作家・村上康成。アウトドアおとっつぁん二人のコラボレートによる絵本です。

表紙カバーの裏見返しに二人の写真が載っています。
シーナさんは海で海パンいっちょ。
ムラカミさんは山で釣り竿を握っている。
著者紹介写真がこれかよっ!

まあ、しかし、本は中身が勝負。
気を取り直して…。

小さな魚のめだかの中でもさらにちっちゃい、めだかさんたろうは、大きな魚になりたくて、川を下ってゆきます。途中、いろいろな水生生物や魚たちと出会っては、デッカイ魚のいるところを聞きます。
河口からやがて海に出ます。
ここで「淡水魚だろっ!」
なんてツッコむ人。野暮ですよ。

海をさらに突き進むめだかさんたろう。
ちっちゃな体におっきな夢をどんどん膨らませて、さらに海の深みへ向かうめだかさんたろうが行き着く果ては…。

今回の評価点が満点なのはまったくの個人的趣味です。著者紹介写真の海パンと釣り竿がここに来て高得点を稼ぐ原動力になろうとは。世の中解らないものです。おとっつぁま二人、バンザイ!この件について誰にも反論を許さないよ。文句あっか!


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23.フィリップ・まろ (2008/08/19)
それではこちらもリアルタイムで。
ただいま8月19日4時27分17秒。
ジャパネットたかたの通販で買った電波掛時計なので正確無比な時刻です。
本日お昼前に夜勤明けで帰宅した僕は午後少し眠って、ほんの少し前に起きたところ。
本日は休みで買い物から帰ってきた妻が「もっと寝てればいいのに」とうるさいこと。
なぜならまた明日夜勤なのです。
まろめは夜勤の合間にせっせとたなぞうと格闘するのであります。
24.ryoukent (2008/08/19)
電波時計で少しだけおもろい話が。

うちの会社には何個も電波掛け時計がある。
ところが、奥まった部屋にある何個かは正確では無い。
見た瞬間に、あれこの時計ずいぶん進んでるジャン 状態。

若いやつに「進んでるぞ直せ」というと「直すつまみなんてないっすよ」

そうなのです、社の電波掛け時計には「つまみ」はついて無いらしいのです。

外して電波の届くところへ持ってかないと直らない。

おそまつでした。

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おにぎり食べたお地蔵さん

著者 : 瀬戸内 寂聴,コダイラ ヒロミ

出版社:祥伝社

発売日:2006-02

評価 :

完了日 : 2008年07月28日

瀬戸内寂聴さんの童話集『小さい僧の物語』に収録されている作品に加筆、修正され一本化されたもの。

母親を亡くした幼い子供、意地悪な継母、お地蔵さん。
この三人の登場人物でだいたいの筋書きは想像がつくじゃないですか。

お地蔵さんのおかげで幼い少年は救われます。

でもそんなことより大切なのは、意地悪な継母がお地蔵さんの功徳でもって心を入れ替えて、幼い少年にとって良い母親になろうと決心するところでしょう。

善い行いをする人が救われるのは当然のこと。悪い考えの人が心を入れ替えるところに仏教説話の要諦があるのだと思います。そして悪人も最終的には救われます。

「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人おや」と親鸞聖人もおっしゃっております。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。



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星空キャンプ

著者 : 村上 康成

出版社:講談社

発売日:1994-04

評価 :

完了日 : 2008年07月23日

これはいい絵本だ。

絵本であるのに、物語の構成に工夫がある。

明日はキャンプサイトを撤収して帰路に就く、という前夜、寝静まってから話が始まる。

外の物音に気づいて目が覚めたミナちゃん。お父さんもお母さんも起き出してきた。そして過ぎ去っていった1週間のキャンプの日々を振り返る。

結論がいい。

「まあ、ここではぼくたちだけじゃない、ってことだよね」

そう。
森の中では人間の家族は居候みたいなものなのである。キャンプしてる、じゃなくてキャンプさせてもらっている、と考えたほうが、森の仲間と仲良くできる。

絵がいいな。
シュラフザックに身を包み眠りに堕ちて行った家族3人。宇宙空間に漂い、星たちに見守られて眠り続ける。
静謐と安穏が絵本から滲み出てくる。

おやすみなさい…。

穏やかでやさしい気持ちを胸にページを閉じた。


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58.パル2パパ (2008/08/18)
土佐の棄権理由は、右足の外反母趾をかばう内に、足の負担が大きくなり、最終的に足も着けなくなった、というのが理由らしい。しかし、それはレース前に解っていた事。そうなる可能性があったにも関わらず、レースに出たのだから、理由にしちゃいけない。何らかの言い訳を用意してレースに出ている様な感が否めない。現代人らしいといえばそうなんだけど。変な処に日本人らしさを出す。何とかならないの?
59.フィリップ・まろ (2008/08/19)
そうです!そこが僕も言いたいのです!
ただ僕の場合は日本陸連に文句が言いたい。選考基準がおかしいのではないかと。外反母趾は昨日今日なったものじゃないでしょう。何でそんなことぐらい調査できてないのか。土佐礼子には悪いけれど、怪我を申告しろ、と言いたい。いや、陸連は選手選考の最終チェックとして、現時点での疲労度、怪我の有無、精神状態の検査をすべきだと思う。

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はるのやまはザワザワ

著者 : 村上 康成

出版社:徳間書店

発売日:2001-01

評価 :

完了日 : 2008年07月23日

どうしても大人の視線で絵本を読んじゃうんで点数が辛くなるよ。

ここには厳しくて辛い冬を乗り越えた動物たちが謳歌する春がてんこ盛り。
キツネがウサギやリスやネズミを追いかける。勿論これは子供たちが遊ぶ『ケードロ』(知ってるでしょ。警察と泥棒ごっこ)ではない。命がけの追跡劇だ。
ヘビはカエルを追う。
カワセミはヤマメを追う。
子グマのグルルはミツバチを追う。
春の山はなんだか騒々しくてザワザワしている。

村上康成の絵本をたくさん読んできて思った。
読書ノート独立させても良かったかな。

やさしいタッチではあるが、常に繰り返される食うか食われるかの自然界の生存競争がきっちりと押さえてある。

適者生存というチャールズ・ダーウィンの発見が絵本の中に息づいている。


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青いヤドカリ

著者 : 村上 康成

出版社:徳間書店

発売日:2001-06

評価 :

完了日 : 2008年07月22日

表紙が紹介できないのが残念だ。
絵本を紹介するのに絵が無いんじゃね。
「クリープの無いコーヒー」みたいじゃないか、なんて言っても、そんな古いキャッチコピーの存在したことさえ知らない世代が多くなっている。

とここまで書いてふと手を休めると、あるじゃないか、表紙の絵が。これです、これ。
貝殻を耳にあててびっくり目をしている少年。
因みに少々薀蓄を傾けると。

  私の耳は貝の殻
  海の響きを懐かしむ

これ、フランスの詩人ジャン・コクトーの詩でありますね。

村上康成が全編を通して海を描くのはめずらしい。

海の青が基調のこの絵本、しかしやはり仕掛けはあった。

本を開くと薄水色が5ページ続く。6ページ目から8ページ続くブルー。次に4ページ分のやや深いブルー。そして深い海のブルー。つまり深い海に主人公の少年が潜っていくわけだね。そこからやや深いブルーの海まで上昇し、「ぷはぁ~」と海面に顔を出すとそこには、空の青、ではなくて、真っ白な空間が広がる。トーンを落とした色調がしばらく続き、蛸に墨をかけられ少年の顔が真っ黒に。と思ったら、次のページではまったく鮮やかな海の夕日のしたたる赤である。こりゃ印象的だわな。

飛び出す絵本みたいにあきらかな仕掛けの本もあれば、この本のように、色彩だけで仕掛けた絵本もあるんだね。

村上康成を集中的に読んでいる昨今、僕の色彩感覚は俄然スルドクなってきた、と自分でゆっちゃお。


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ピンクのいる山

著者 : 村上 康成

出版社:徳間書店

発売日:2000-07

評価 :

完了日 : 2008年07月22日

ヤマメのピンクの物語は『ピンク、ぺっこん』『ピンクとスノーじいさん』『ピンク!パール!』の3部作で完結している。産まれ、成長し、死んでゆく。そして次世代の生命に命の営みが受け継がれてゆく。ピンクの役割は既に終わっている。ピンクの円は完全に閉じられた。

しかし作者はピンクというキャラクターに並々ならぬ愛着を示し、今回のピンクのサイドストーリーが紡ぎ出されることとなった。

おじいさんと孫娘のキャンプ。おじいさんのフライフィッシングの腕前は上々。孫娘の山菜採りの知識と技術も上々。こうして二人のキャンプの夜の宴が準備される。テントサイトの二人の風景がいい。焚き火を囲んで炎に顔を赤く染める。どんな話をしているんだろう。ピンクに代わっておじいさんに釣り上げられた大きなヤマメはとことんその身を食い尽くされて骨と化す。やがて焚き火の炎も消え、おじいさんの膝の上で安心しきって眠りについた孫娘の頭の上には満天の星。
そしてまた朝が来て、ピンクは生命の営みに参加し、食べたり食べられたり、命の糧を得たり、糧になったり。自然がありのままの様相を見せる…。

それにしても村上康成の絵はいつ見てもいいな。思いっきりデフォルメされていながら、捕食者の躍動感が見事に表現されている。餌を捕らえた捕食者の「してやったり」と意気揚々たる姿。餌食となった側の表情にも「しまった!油断した」とか「まいった。やられた」といった諦念が読み取れる。

ここで物語が二道に分かれる。主人公の道を著者とともに歩むか。それとも、犠牲となった者のサイドに立って、ことここに至るまでの道のりを読者の頭の中で勝手に作り上げるか。これも価値のある作業である。

ということで、今回は本編から離れたサイドストーリーのお話でした。


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フライフィッシャーマンの絵本 (Be‐pal books)

著者 : 村上 康成

出版社:小学館

発売日:1998-04

評価 :

完了日 : 2008年07月19日

イラスト&エッセイ集。
近頃のアウトドア事情に疎いのでよくわからないが、『ビーパル』に連載されたものを一本の読み物として刊行したものだろうか。

僕はこのセンス、好きだな。
さくらももこの『のほほん絵日記』に対して高い評価をする僕の感性にぐいぐい迫ってきたね。

フォト&エッセイはわりと一般的で、いろんな表現者たちが試みている。
しかしイラスト&エッセイは限られた表現者だけの聖域である。
絵が描けて文章が書ける。なんて羨ましい人たちだろうか。
自己表現が確立された人に貧困な精神の持ち主は皆無であると独断する。
僕は裕福な精神になりたくて、日夜、文章と格闘する。
しかし彼らに自己闘争はない。
これが“イラストレーター&エッセイスト”をして“聖域の人”と言った所以である。

小難しい理屈はさておき、いいなあ、この本。
僕も生涯に1冊でいいからこんな本を出したいなぁ、と思わせる。

また、書いている内容にも大いに共感と言うか、憧憬を抱いてしまう。フライフィッシングは遊びであるのに、こうして自分の遊戯生活を書くことで、それ自体が生活の糧となるなんてな。羨ましいにもほどがある。

フライフィッシングに疎いので、書かれている横文字言葉の半分が理解不能であった。でもニュアンスで受け止めることができる。つまりフライフィッシングを知らなくても本を楽しめると言うことである。

『リバー・ランズ・スルー・イット』というハリウッド映画でブラッド・ピットがフライをキャスティングしていた。

ルアーの釣り師、開高健が英国の貴族に教えられてフライをキャスティングしたいた。

僕もかなり以前になるけど、鈴鹿川の源流でキャスティングしていた。

腕前にはとてつもない差があるけど、それぞれが楽しかったことには違いがあるまい。

フライフィッシャーマンは自分の目指した人生に向けてキャスティングしているのかも知れない。


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44.フィリップ・まろ (2008/08/19)
時刻表の達人にそんな文章があったのですか。なんだかうまく言えないけれど、心にぐっと来る話ですね。終戦直後の国民性や国民感情が何気なく書かれた一行の文章の中にたくさん詰め込まれている。玉音放送。国鉄。宮脇氏。たった三つの出会いに当時のすべてがある。
45.パル2パパ (2008/08/19)
「時刻表昭和史」確か山形の米沢から新潟の坂町まで走っている、米坂線の項での一節だった筈。宮脇少年が、父親の仕事のお供で、新潟方面に行く際に乗った米坂線で、特別な放送が或るからと、降りたホームで見た光景を文章にした話です。車では横を走った事は或るんだけど、一度は乗ってみたい路線のひとつですね。いつの季節でも○だと思う。

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ふゆのあさ

著者 : 村上 康成

出版社:ひかりのくに

発売日:1997-11

評価 :

完了日 : 2008年07月17日

「ふゆの あさ。しずちゃんは いつものように めが さめました。なんだか しずか。いつもと ちがう、とっても しずか。あっ、もしかして。そうかもしんない…」

いつもと同じ自分がいるのに、いつもと違う気配を感じる。わかるわかる。雪の朝って独特の気配がありますもの。一切の気配がないという不思議な気配。

カーテンを開けると、ほら、やっぱり、って感じ、誰もが味わったことがあると思います。そして子供心のワクワク感が頂点に達する。

しずちゃんは曇ったガラス窓を手のひらできゅきゅっとこする。僕ら読者の側は雪の降りしきる外側という設定。この描き方が好きだな。

村上康成の絵は、思わぬ方向から描かれているものが多い。彼の視点が楽しみの一つとなる。

平面美術なのにマトリックスを味あわせてくれる。意外性をもっともっと楽しませてください、村上さん。  


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ふうた さかなつり

著者 : 村上 康成

出版社:文化出版局

発売日:1985-01

評価 :

完了日 : 2008年07月17日

村上康成さん、ごめんなさい、と言いつつ、評価点2点をつけてしまう。
基本的に文字が少ないのが絵本の特徴だと言う、パル2パパさんのお言葉に「おっしゃるとおり」と思いつつも、やはり文字がもう少し欲しかったなぁ。
まっ、自分の読書ノートでの評価なので勘弁してください。

ふうたくんの釣ったヤマメを狙うイタチくん。
イタチくんのとぼけた表情がいい。
最後には二人並んで魚釣り。

と、ここまできて思い出した。僕は、ものを書きながら連想的に過去の出来事を思い出すことが多いなぁ。
うちの子供たちがまだ幼かった頃の話。絵しか描いてない文字のない絵本を読み聞かせるとき、勝手にオフレコを入れて読んであげたものだった。わりと好評だった。

文字が少ないことで、新しいお話がひとつ出来上がる。

絵だけの絵本。その存在価値を甘く見てました。もう1点加えておきます。


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