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フィリップ・まろさんの読書ノート

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 25

美女と竹林

著者 : 森見登美彦

出版社:光文社

発売日:2008-08-21

評価 :

完了日 : 2008年10月08日

エッセイと言う触れ込みですが、これは小説でしょ。僕は小説として楽しんだね。事実がてんこ盛りの私小説だよ、間違いなく。大団円の一歩手前で近未来小説そのもののお話が出てくるけど、登美彦氏の周辺に起きた竹林経営騒動の顛末小説だ。

そんなことより、本を手にとって「むむむ?」と思ったね。
なぜかって、懐かしい風がその時にサワーッと吹いたのだよ、僕の周りに。

何だろうこの懐かしさ…。

そうだ、この本のタイトル。聞き覚えがある。
『美女と竹林』
学生時代の僕の一般教養の教科書。
『竹と人生』
そういえば、表紙も古臭く、昭和の教科書っぽい。

で、この本を紹介してくれた僕の私設秘書、精文館書店中島新町店の時間的書店員17歳さん(たなぞうでは「ベアandリーチェ」と称する、ほとんど謎の無い年齢詐称のパート主婦)のノートにこう書いた。

「なんだか大学の講義用の教科書的な表紙。学生時代、世界的な竹の研究家、上田先生(名前忘れちゃった。A評価もらったのに)の『竹と人生』を履修していました。その表紙がこんなふうだったような。書庫を引っくり返すとエライことになるので、調査をしない怠慢をお許しください」

しかし、気になったもので、その後、仕事の非番を利用して書庫を引っくり返してみた。

出てきました。『竹と人生』上田弘一郎 著。

そして、森見登美彦氏は『美女と竹林』のモチーフが上田先生の『竹と人生』にあったことを本文中に吐露していました。

『竹と人生』が紹介されたページから少し抜粋しよう。

「『竹の生活から教わるもの』という章は、竹の生き方から学ぶ人生の知恵みたいな文章まで載っているんです。『夫婦和合のみちと紛争を解決するコツ』というところがあって、人工四角竹の作り方が延々と説明されたあとに、『すなわち自分の意のままになる相手の少ないのがこの世の常であり、このばあい、相手の心をくみとらないで無理に自分に合わせようとすると、とかくトラブルがおきてよい結果が得られない。相手の心をくみながら、自分の意思に合わせるように努めて、はじめて両者の調子が合って調和と進歩が求められるのではなかろうか』と、とてつもなく普通のことが書いてある。なにも人工四角竹の作り方を引き合いに出さなくても、と思われるでしょう? そこに上品なユーモアがあるのだ。上田弘一郎博士はあらゆるものが、竹なのですよ。尊敬すべき人だ」

この文章を読んで、早速、『竹と人生』を何十年ぶりかに開いてみました。

そしたら…笑っちゃいました。

その文章の部分に傍線が引いてあんの。
19歳の僕もその文章に感銘を受けたんだろうね。
51歳の僕はすっかりと忘れきってしまっていたけれど。

では『竹林』は善しとして、『美女』はどこに登場するのだ、という大きな問題が残されている。

美女は、本上まなみ、だな。

過日NHKの『トップランナー』という番組に森見登美彦が登場したが、その時の模様まで『美女と竹林』の本文にご丁寧に記されている。学生時代からのファンらしい。

近未来である2018年のくだりは、もっと飛躍があったほうが良かったな。多角化の戦略をとったモリミ・バンブー・カンパニーの成功がまだまだちっちゃいよ。もっと壮大なウソを用意して欲しかった。

全編を通じてウダウダ感が貫かれているけれど、それがこの私小説の持ち味になっている。
ただ大団円とその一歩手前のウダウダは実際にウダウダすぎてそれが難点になってしまった。
で、めちゃめちゃ僕好みのプロットなのだけど、評価は惜しくも☆4つだ。

ともかく、ここでもまた、信じられないようなシンクロニシティを発揮したのは、登美彦氏ではなくて僕であったね。


この感想へのコメント

5.ryoukent (2008/12/14)
たなぞうの コミュニティ の ノンジャンル に 本の雑誌を応援する がたっています。

カーシーさんが『本の雑誌』307号を読んで こりゃいかん ってんでたてたみたい。

わしは今までコミュニティは参加したことが無かったけど、ここへは参加して来た。
6.フィリップ・まろ (2008/12/17)
たなぞうの存亡にも関わる問題だものね。もっと有志を募るべきかな。

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 7

エイジ

著者 : 重松 清

出版社:朝日新聞社

発売日:1999-01

評価 :

完了日 : 2008年10月03日

『エイジ』
切れ味の鋭いシャープなタイトルだ。
しかし、話は割りと冗長である。

中学2年生のエイジが主人公。
中学2年生は、小学生のような可愛い幼さも無ければ大人の一歩手前の余裕も無い。思春期と反抗期が重なって自分で自分のことが制御できないややこしい年頃。

エイジの暮らす東京都・桜ヶ丘ニュータウンに通り魔が横行していた。
通り魔を通してクラスの秀才やツッパリ、或いはいわゆる普通の生徒たちが自分のポジションを再検討する。

ところが、自分を映し出す鏡であった通り魔が実は同じクラスの同級生であることが判明する。
中途半端な年頃で自分自身のお尻が落ち着かない彼らは社会から「少年」と呼ばれ始めた同級生のしでかした事件にいよいよ心がざわめいてしまう。動揺した空気が教室に張り詰める。

青春グラフィティのモチーフとしては一本の筋が通った作品だ。
でも著者の作品である『きみの友だち』ほどの緊迫感や青春のきらめきがない。

まして桜ヶ丘ニュータウンの通り魔は他にも現れ、オヤジ狩りやチーマーが続出すると、これはもはや日本のニュータウンではないなあ、といった気がしてしまう。

エイジがずっと思い続けていた相沢志穂とエイジと交際することになった本条めぐみの輪郭がイマイチ判然としていないのもマイナス点。

あと中学生らしい同世代間のニュアンスでのコミュニケーションがいろんな場面で表現されていたが、読者に伝わり辛かった。

中学2年生は人生における一つの大きな節目であると思う。反面、中学生活にも慣れ、受験勉強にはまだ早い中途半端さが生活を包み込む。

そして、社会を震撼とさせる出来事が周辺で巻き起こっているにも拘らず、物語は冗長に進められてゆく。

僕の五感と喜怒哀楽の襞に引っ掛ってくる種類の小説ではなかった。


この感想へのコメント

2.フィリップ・まろ (2008/12/24)
nanaちゃん、こんにちは。
そーか、そーか、高校生が読むと、自分たちのただ今の状況や感覚が的確に表現されている作品、と受け取れるわけか。うん。本って、読むべき年齢があるものね。nanaちゃんには旬の果実であったんだ。僕の場合は、中学時代は深い霧の向こうの出来事です。重松清の感性はどの世代の主人公をも表現してしまいますね。
3.nana (2008/12/25)
そうですね。本というものは、その年齢の時点では、分からなかったことが、数年後に読み返してみると、これってこういうことだったのか、と後にわかることが結構あります。タイミングって大切ですよね。

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 13

きみの友だち (新潮文庫)

著者 : 重松 清

出版社:新潮社

発売日:2008-06-30

評価 :

完了日 : 2008年09月24日

精文館書店中島新町店の時間的書店員43歳改め17歳さんは、もはや僕の泣き所をしっかりと捉え切っている様子である。

まろさんにはこの本がおすすめ、と申し渡されて読んだ本。
いやはや、泣かせてもらいました。

僕には二つの書斎がある。

僕は青空の下、公園の芝生の上で寝転がって本を読むことを無上の楽しみとしている。
書斎の一つは、そう、アウトドア。
もう一つはお風呂。
ぬるま湯に窓を開け放ち、湯気を追い出しながら、30分程度。これも幸せな時間である。

僕が『きみの友だち』のクライマックスの場面である「花いちもんめ」の章を読んだのは城跡公園の芝生の上。

全編を通した主人公は小学4年生の時に交通事故で足に障害を負った恵美だ。恵美が交通事故に巻き込まれるきっかけとなってしまった由香とのちょっと歪な友情物語。それを第3者のストーリーテラーが淡々と語ってゆく。

だが、各章にはそれぞれに主人公がいて、その章での佳境が用意されている。1本の読み物として成立している。いろいろなパターンの友だち関係が描き出されている。

「花いちもんめ」ではここまで書き継がれてきた友だちのことが集約され、過去の出会いとすれ違いが今の友だちとの関係性を作っていると物語る。

物理的な関係性には終りが来る。この章で一つの物理的友達関係が終りを告げる。恵美と由香の友情は由香の死で幕を閉じる。

城跡公園の芝生と一体化していた僕は本を閉じると空を眺めた。
そこには恵美と由香が探し続けていた「もこもこ雲」が出ていた。
僕は時々こういった種類の奇跡を起こす。
涙がハラリ…。

僕が著者であったなら、ここで一巻の終りとするな。

しかし話は続いた。

最終章。

その名も「きみの友だち」

僕が読んだのは、もちろん自宅のお風呂の中。

この物語を語ってきたストーリーテラーがこの章で顔を出す。
恵美はここでストーリーテラーと結ばれる。

友だちとの死別で閉じるべき話が、友だちを心に残して生き続け、新しい「伴侶」というパートナーを得て幕を閉じる。

ああ、そうだな、僕もこの方が嬉しいな、と思った。

30年前、21歳の時にバイクの事故で死んだ僕の親友のことを考えても『きみの友だち』の終わり方はこうでなくちゃいけない、と思った。

僕がお風呂で零した涙は仕事に疲れてささくれが目立ち始めた感情をやさしく浄化してくれた。


この感想へのコメント

30.KUMI (2008/10/08)
おこんばんわっ♪
阪神の調子が悪いから、もうテレビはいいや。
まろさんとこに遊びに来ました♪
そう、そう♪まろさんのそのエッセー、どこで読めるのか気になっていたのでした!
『公募ガイド』に掲載されるのですね☆

掲載号の発表はこの場所って事で。ワクワクするなあ~♪
全国区の一般紙!晴れの舞台みたいだねー☆
31.フィリップ・まろ (2008/10/11)
キッチンからこんこんと包丁の音が聞こえてきた。
眼を開けると薄暗い。
時計は5時15分をさしていた。
そうか、早出の妻がもう朝食を作ってくれているのか。
ゴミを出し、朝刊を取りにいこうと思った。
生ゴミを集めていると、「何してんの」と妻。
「ゴミを出す準備でしょうが」
「お父さん今何時だと思ってんの?」
「えっ?」
僕は朝5時過ぎだと思っていたら、夕方でした。
夜勤明けで3時間くらい爆睡して、オカシクなっちゃったよ。

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 28

青い鳥

著者 : 重松 清

出版社:新潮社

発売日:2007-07

評価 :

完了日 : 2008年09月20日

正しいことを教えるのではなく、たいせつなことだけを教える教師。村内先生が全8編からなる『青い鳥』の主人公であるが、一つ一つの物語での登場場面は少ない。しかし、毎回、印象的な登場の仕方をして物語をぐっと引き締めては各章の主人公たちに後を任せて立ち去ってゆく。

そう、村内先生こそが『青い鳥』なのである。

「よかった、まにあった」が口ぐせ。

出会いに間に合えた生徒に大切なことだけを教えては、次に間に合ってあげなければならない生徒の元へ飛び立ってゆく。翼が特別に蒼い、青い鳥だ。

村内先生は吃音症である。言葉がうまく発声できない。中でも「か行」と「た行」とはつっかえて、まるで道路工事現場のようになる。

おそらくそのことで村内先生は幼少年時代に想像を絶する悲しみをたくさん味わってきたのだろう。

成長の過程で村内先生は気付いたのだ。

「たいせつなことだけは、どんなにつっかえても伝えなければならない」と。

そして「みんな」じゃない「ひとり」にそれを伝えることが自分の使命だと感じ、教職員の道を選んだものと推測される。

さまざまな問題を抱える生徒たちに「たいせつなこと」だけを伝える村内先生のことを、僕は、今『青い鳥』と言った。

でも違うな。

当たっているけれど、違うな。

『青い鳥』とは「たいせつなこと」それ自体だ。

そして「たいせつなこと」を分析すると自己の判断力であったり、問題解決能力であったり、自己修正能力であったり。
村内先生は、寄り添い、語り合う中で、生徒の持つ潜在能力を引き出してあげられるのだ。

誰にでもある潜在能力。
本人が気付いていない潜在能力。
外に求めても見つけられない潜在能力。

それが『青い鳥』の正体であると思う。


この感想へのコメント

3.ryoukent (2008/10/03)
おれんちの 青い鳥は 名前:Jack 性別:オス 年齢:1.5歳 種別:ミニチュアダックスフント君 性格:おちゃめ でも さみしがりや なんでも噛むくせが最近直って、今は大変人気のうちの青い鳥です。
あれ? 話題が違った?
4.フィリップ・まろ (2008/10/03)
今日、休みを利用して津市にある社会保険事務所に行ってきました。母親の年金に「もれ」のある可能性がある、というので。いわゆる年金得別便ってやつ。
母は父とともにずっと商売をやってきたんで、そんなものあるわけが無い、と高を括っていました。
しかし調査したらあったね。
緻密な介護にはお金がかかります。助かるよ。

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 17

ビタミンF

著者 : 重松 清

出版社:新潮社

発売日:2000-08

評価 :

完了日 : 2008年09月15日

『ビタミンF』とは実にうまいネーミングである。
『点滴』でも『カンフル』でも『頓服』でもない。かと言って『漢方』でもない。
ビタミン剤は特効薬のような効き目は無い。
とある疲弊部、もしくは脆弱化した箇所にのみズバッと効果を見せる。
ビタミンAじゃなく、B群じゃなく、Cとも違う。

『F』

Family,Father,Friend,Fight,Fragile,Fortune....

ビタミンFの定義は人それぞれ。そしてそれぞれの心の弱った部分を活性化する。

7編の短編集からなる。

収録されている第2編。『はずれくじ』の父である主人公の修一と息子勇樹少年の関わりに僕の息子が中学生だった頃を思い出した。また、僕が中学生でまだ若かった父親との関係をも考え合わせて読めた。

第4編『セッチャン』には胸が締め付けられた。
セッちゃんは学校で毎日クラスの子からいじめを受けている。それを逐一両親に話す加奈子。実はセッちゃんは架空の同級生。加奈子は自分が受けているいじめをセッちゃんに投影している。そのことが読み始めてすぐに読者にはピンとくる。しかし加奈子によるセッちゃんの描写が客観的であるから読者は胸が痛む。最後にはセッちゃんを転校させて自分の一つの時代にさよならをしようとする加奈子を思い切り抱きしめてあげたくなった。

『なぎさホテル』は離婚を間近に控えて家族旅行をする一家の話。設定はありきたりで、僕自身よく似た経験はしている。僕の場合がそうであったように物語もハッピーエンドで後味は良かった。

『かさぶたまぶた』は優秀な成績の娘がボランティアで行った聾学校でしくじったことに端を発する。自己評価していた自分と客観視した自分の違い。
完全主義で会社の部下や周囲から、この人こそ大人、と認識されて自分でもそれが己のアイデンテティと思い込んできた父である自分。すべてをかなぐり捨てて自分の欠点と恥ずかしいところを家族の前で曝け出した時、家族に新しい関係性が生まれた。
最後のオチはお約束の著者と読者の了解事項。でも読後感が良くてそれも、あり、だと思えた。

『ビタミンF』は大きな改善の認められにくい栄養剤ですが、精神疲労時の心の均衡を水平の位置に戻してくれる小説です。


この感想へのコメント

15.フィリップ・まろ (2008/09/29)
確かにいくら大好きな食べ物でもそればかり食べていたら食傷することがあります。
『きみの友だち』も最初のうちはそうだった。でもうまく最後を締めくくった。一本の作品としてしっかりとしたポジションを得たと思いました。
16.ryoukent (2008/10/03)
そうだね。同じ作家をあまりにも続けて読むとそういう傾向があるね。
わたしは読みたいシーナ本Stockがあるが、間を開けて読んでいる。
しかし、重松のLastの展開はホント うまい ね。

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 1

「傾聴」話し上手は聴き上手―「聴く」ことであなたの人間力・仕事力がアップ!! (パンドラ新書)

著者 : 鈴木 絹英

出版社:日本文芸社

発売日:2006-04

評価 :

完了日 : 2008年09月15日

「初対面でちょっと話しただけでも、またこの人と話したい、と好感を抱かせる人がいます。その逆に、ほんの少ししか話していないのに、もう二度と会いたくないとまで思わせる人もいます。そんな二つの会話の違いとはどんなところにあるのでしょうか」

これは「はじめに 『聴き方』しだいで人間関係は決まる」の冒頭の一説です。

確かにいますよね。この人ともっと会話を楽しんでいたい、と思わせる人。一方では、この人と会話していると胸がムカムカしてくる、という人も存在する。

この違いを平易な言葉で解説して、会話としての良い例、悪い例を示してくれているのが本書である。

良い会話を成立させる第一歩が「傾聴」にある、と解説している。

確かに「話し上手は聞き上手」と言う言葉は、誰もが一度は耳にしたことがある。

それでは話し上手になるためのトバ口である聞き上手にはどうすればなれるのか。その辺りの事が本書には詳細に書き綴られている。

もう少しだけ本書の内容について突っ込んで書いてしまうと、それらすべてのことの始まりは『傾聴』にある、と著されている。

『傾聴』とは、何気なく聞くのじゃなく、耳を傾けてよく聴く、こと。

傾聴ができてはじめて話し手の心情に共感ができる。話し手と聴き手の間に共感が生まれれば、自ずと信頼関係が成立する。信頼関係の成立とは、言葉を変えれば人間関係の成立である。堅い絆で結ばれた対話者。彼らが得たものは、堅固な人間力、と言ってもいいだろう。

皆さん、もっともっと話し合おう。

自分以外の人の話に耳を傾けよう。

そのとき、一切の批判はいらない。

ただ聴いてあげるだけ。

ただ頷いてあげるだけ。

それでも、話し手の心は雪解けの春を迎えた大地のように流れを取り戻すだろう。


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55.パル2パパ (2008/10/19)
その三善英史が自分は、ゲイで或る事を自らカミングアウトして、それを自虐ネタとして、吉本芸人と組み、M-1GPに出ると、新聞で読んだからで、別段いつも気に掛けていた訳でもなく、ふと思い出して口に出たと。しかし関西出身のまろさんと小田原出身の奥さんとが出会うというのも、若き頃の、彷徨が活きているから、か?
56.フィリップ・まろ (2008/10/25)
三善英史、わざわざカミングアストせずとも、どこからどう見ても押しも押されもせぬゲイだし。

妻の一族は小田原と四日市が根拠地であったそうな。
僕が妻を見っけたのは四日市です。
我が家は自宅ではみんな標準語てか、神奈川方面の言葉で話します。ところが仕事先や学校に行って、コミュニティに入り込んだ瞬間スイッチが切り替わる。伊勢弁というやつですのやに。
日本を関西と関東に分けると僕らは境界の人となります。

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 3

マイ・ホームタウン

著者 : 熊谷 達也

出版社:小学館

発売日:2003-03

評価 :

完了日 : 2008年09月09日

精文館書店中島新町店の時間的書店員43歳さんが「お客さんに是非オススメしたいのがこれ。お客さんの過去の読書傾向を分析した結果、我が書店の誇るスーパーコンピュータが、って、私の頭のことなんだけど、抽出したのがこの本でーす!」ということで無理やり押し付けられたのが『マイ・ホームタウン』でした。

著者は僕より1歳年下。で、この小説の主人公たちも僕より一つ下の学年だ。小学校の頃の1年ちがいは大きいけどそんな彼らも今年50歳。ここまで来りゃ、もはや51歳と50歳は同級生みたいなものである。
ということで、彼らがこの物語の中で経験したことのほとんどが僕も体験記憶として残っている。

河童騒動? ありましたよ、この土地の川でも。
天狗さま? 神社の森に住んでました。
鬼屋敷? 身の毛もよだつ一軒家でした。
狐ヶ森? 夜道を何度もぐるぐる廻らされた。
雪女? 雪国じゃないけど冬の夜には想像してビビッた。
山姥? すんでのところで餌食にされそうになった。
神隠し? 幼なじみが雲隠れした。

さて、本編では第一章にあたる座敷童子。
これは東北地方の伝承で柳田国男が詳しいがフィリップ・まろは詳しくない。まして僕の東海地方にはないな。
でも、この空き家に潜り込んで探検するシチュエーションはあったね。藁人形は無かったけど、女性のヌードの壁画が描かれていて物凄く興奮したことを覚えています。小学5年生の夏のことでした。

うーん、こうしてみると、精文館書店中島新町店の時間的書店員43歳さんがいうように僕たち男子はまったくバカだなあ。それも真剣にバカだから恐ろしい。疑いなくバカだから可愛らしい。

稔がザリガニを食べたり、ヘビを食べたことがあるらしい、との話。胸が切なくなるけど、居たよ、確かに。そういう子もね。
何を食べようが一緒に遊べばみんな友達でしたよ。出し抜いたり出し抜かれたりしても、友達なんだよ。

またしても、ここで精文館書店中島新町店の時間的書店員43歳さんの感想を引っ張り出してしまうけど、うーん、確かに表紙の写真はホラーのイメージだね。(おっと、いけない。この感想はベアandリーチェさんのだ。ああ、ややこしや、ややこしや)
高3のうちの娘にそのことを告げると、キャッキャと笑ってました。はまっちゃうんだ、笑いのツボに。
「『学校の怪談』と『スリーピー・ホロウ』を混ぜたみたいな表紙だね」というのが彼女の感想でした。
でも僕はわりと好きです、この表紙。

精文館書店中島新町店の時間的書店員43歳さんに免じてここは思い切って五つ星を差し上げましょう。


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