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フィリップ・まろさんの読書ノート

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 2

会うまでの時間 自選歌集

著者 : 俵 万智

出版社:文藝春秋

発売日:2005-10-25

評価 :

完了日 : 2008年07月28日

秀逸なる作品群である。

俵万智の名前は間違いなく昭和から平成の歌壇史に燦然と輝き続けることだろう。
いや、100年後。さらなる輝きでもって絶賛されることと思う。与謝野晶子のように。僕はそう思う。

俵万智最新歌集『プーさんの鼻』を図書館に借りに行ったところ、隣にこの歌集をみつけて一緒に借りることにした。

俵万智の歌集はほとんど読んでいる。
しかし、こう改めて『自選歌集』として再編成されたものを読むと、圧巻である。

俵万智の短歌界に残した功績のひとつに、短歌は誰にでも詠める、ということを知らしめたことにあると思う。勿論、誰にでも詠めるが、秀作となるとよほど短歌の修練を積まねばならないわけではある。
ともかく短歌の閉鎖的扉をさらさらとわけなく開けてくれた。そして、僕が短歌を詠むきっかけにもなった。

秀作中の秀作をいくつか紹介しよう。

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

愛人でいいのとうたう歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ2本で言ってしまっていいの

四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら

男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす

何層もあなたの愛に包まれてアップルパイのリンゴのように

まっさきに気がついている君からの手紙いちばん最後にあける

会うまでの時間たっぷり浴びたくて各駅停車で新宿に行く


余計なことだけど、俵万智に影響を受けた僕の短歌を披露して終わります。

赤いレバー2インチ引いて気を送るフォークリフトの爪の先まで

卓袱台をひっくり返す父がいた食後のテーブル拭きつつ思う

たらちねの母の乾したるピンク色の天使のブラよ悪魔のブラよ

正拳に力を込めて連打するサンドバッグが「よし!」と言うまで


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5.かつら (2008/08/04)
勉強になりましたm(_)m

規制のある文字数で、オチまでつけるのっておもしろいですよねー。
短歌のおもしろさも再発見です!
哀愁漂うオヤジ短歌いいですねー☆またまた笑っちゃいました♪
6.フィリップ・まろ (2008/08/07)
日本人は必ず五・七調のリズムを持っています。短歌は絶対に誰にでも詠めます。この夏、ひとつ、詠んでみてはいかがですか。
短歌を作っていると、普段、如何に無駄な言葉を多用しているかが解ります。言葉を削りに削って本当に表現したいものだけを文字にする。文章の勉強にもなりますよ。

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 3

プーさんの鼻

著者 : 俵 万智

出版社:文藝春秋

発売日:2005-10-25

評価 :

完了日 : 2008年07月28日

ねこずきんさんに紹介されて、早速図書館で借り受けてきた。

「俵万智出産」の情報を得てから、いつか必ず妊娠、出産、育児の短歌が詠まれることであろうと思っていた。

情報入手から数年。忘れていたわけではなかったが、こちらも生きて行くのがやっと、といった人生に追跡の足がすっかり止まっていた。

ねこずきんさんの読書ノートを見て「これは読まねば」と図書館に駆けつけたわけである。

俵万智は僕が短歌を詠むきっかけをつくってくれた歌人。人生の折節につけ詠み続けてきた短歌は、僕のその時々の喜びや悲しみをしっかりと記憶してくれている。「日記帳」であり「記憶装置」である。それが僕の短歌である。

僕のことはさておき『プーさんの鼻』である。

少し作品を紹介しながら、僕ふうの解説を。

腹を蹴られなぜかわいいと思うのか よっこらしょっと水をやる朝

(蹴られりゃ普通は怒る。でも自分の胎児だとかわいい)

読みやすく覚えやすくて感じよく平凡すぎず非凡すぎぬ名

(そうそう。命名には頭を悩ます。楽しい悩みだけどね)

前屈みになりて校正続ければぐいとおまえはかかとつっぱる

(机に向かってゲラ刷りの校正。母も子も窮屈だろうね)

秋はもういい匂いだよ早く出ておいでよ八つ手の花も咲いたよ

(「よ」が効果的。やさしい母親の語りかけに胎児も動き出す)

新生児ふかふか眠る焼きたてのロールパンのごと頭並べて

(これは秀逸。新生児室ってパン工場のように見えるもの)

父のこと今年はおじいちゃんと呼び我が四十の夏は来たれり

(家族の呼称が変わる瞬間がある。そう、新しい人が来た日)

うつぶせに眠るおまえの足の指えんどう豆のように並ぶよ

(そうそう。乳児の足の指って行儀良くえんどう豆のように並んでる)

受賞の弁考えていた恥ずかしさ子のために煮る豆腐ふるえる

(僕にもよくある。受賞の弁を考えること。が、落選。手も震えます)

落ちこんでいるひまもなく子を風呂に入れおりどうってことはなかりき

(落選の一報。痛い。でも赤ちゃんとの日常の楽しさ大変さ幸せさえあればどうってことはない)


僕はこの手の短歌が好きだけど、少々、平凡すぎる作品が目立つ。しかし母親とは普遍的な存在であり、鬼子母神のような特殊な位置に立っているものではない。評価の別れるところだろうが、大いなる平凡という存在である母親の作品として高く評価します。


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 1

星空キャンプ

著者 : 村上 康成

出版社:講談社

発売日:1994-04

評価 :

完了日 : 2008年07月23日

これはいい絵本だ。

絵本であるのに、物語の構成に工夫がある。

明日はキャンプサイトを撤収して帰路に就く、という前夜、寝静まってから話が始まる。

外の物音に気づいて目が覚めたミナちゃん。お父さんもお母さんも起き出してきた。そして過ぎ去っていった1週間のキャンプの日々を振り返る。

結論がいい。

「まあ、ここではぼくたちだけじゃない、ってことだよね」

そう。
森の中では人間の家族は居候みたいなものなのである。キャンプしてる、じゃなくてキャンプさせてもらっている、と考えたほうが、森の仲間と仲良くできる。

絵がいいな。
シュラフザックに身を包み眠りに堕ちて行った家族3人。宇宙空間に漂い、星たちに見守られて眠り続ける。
静謐と安穏が絵本から滲み出てくる。

おやすみなさい…。

穏やかでやさしい気持ちを胸にページを閉じた。


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98.パル2パパ (2008/09/13)
突然何を云い出すんだと云われそうだが、カリフラワーの話。最近何処のスーパーに行っても並んでいるのは、ブロッコリーばかり。以前は立場が逆でカリフラワーが優位だったのに、いつの間にだ。僕は茹でて塩胡椒ふってマヨネーズを点けるか、豚バラ肉と炒めて水溶き片栗粉で餡かけにしたのが大好き。色々野菜が入っていれば尚云う事なし。
99.フィリップ・まろ (2008/09/14)
ブロッコリーとカリフラワーって全然見た目も味も違うのに比較されるよね。お互いは他方をどう思っているのだろうか。ライバルと考えているのか。比較しないで、と思っているのか。どちらにせよ、食べ方が決まっちゃってるよね。一般的にはマヨネーズか。中華あんかけ風はありだね。ブロッコリーって湯がくとウニョってしてヤダな。やっぱカリフラワーのが清潔な感じがして好感が持てます。

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 1

はるのやまはザワザワ

著者 : 村上 康成

出版社:徳間書店

発売日:2001-01

評価 :

完了日 : 2008年07月23日

どうしても大人の視線で絵本を読んじゃうんで点数が辛くなるよ。

ここには厳しくて辛い冬を乗り越えた動物たちが謳歌する春がてんこ盛り。
キツネがウサギやリスやネズミを追いかける。勿論これは子供たちが遊ぶ『ケードロ』(知ってるでしょ。警察と泥棒ごっこ)ではない。命がけの追跡劇だ。
ヘビはカエルを追う。
カワセミはヤマメを追う。
子グマのグルルはミツバチを追う。
春の山はなんだか騒々しくてザワザワしている。

村上康成の絵本をたくさん読んできて思った。
読書ノート独立させても良かったかな。

やさしいタッチではあるが、常に繰り返される食うか食われるかの自然界の生存競争がきっちりと押さえてある。

適者生存というチャールズ・ダーウィンの発見が絵本の中に息づいている。


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 5

村上朝日堂 (新潮文庫)

著者 : 村上 春樹,安西 水丸

出版社:新潮社

発売日:1987-02

評価 :

完了日 : 2008年07月22日

みなさんの評価点が高いのに驚かされた。

僕は3点がせいぜいだな。

『海辺のカフカ』を極めて高く評価する僕だけどね。

入手方法が悪かったかな。

私立図書館の、欲しけりゃ持ってきな、リサイクルブックのコーナーでそれほど読みたいとも思わずに手に取っちゃった本。

飢えた村上春樹中毒者がやっと見つけた1冊ってなわけじゃないからな。

近頃、絵本に凝っていて、頭脳構造が幼児化しつつあったので、活字で一服、と思って、手を出し、読みはじめたお風呂本。

ところどころ面白かったけど、と、けど、がつく。どうでもいいことが多かったような気がするね。

なんて僕自身がどうでもいいような感想を書いている。

ここまで来てようやく気づいた。

村上春樹と安西水丸といえば、うんと以前に、これも図書館でただで入手した絵本『ふわふわ』のコンビじゃないか。

『ふわふわ』もう一度読んでみよっかな。

最後の最後までどうでもいい書き方でスミマセン。


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 1

青いヤドカリ

著者 : 村上 康成

出版社:徳間書店

発売日:2001-06

評価 :

完了日 : 2008年07月22日

表紙が紹介できないのが残念だ。
絵本を紹介するのに絵が無いんじゃね。
「クリープの無いコーヒー」みたいじゃないか、なんて言っても、そんな古いキャッチコピーの存在したことさえ知らない世代が多くなっている。

とここまで書いてふと手を休めると、あるじゃないか、表紙の絵が。これです、これ。
貝殻を耳にあててびっくり目をしている少年。
因みに少々薀蓄を傾けると。

  私の耳は貝の殻
  海の響きを懐かしむ

これ、フランスの詩人ジャン・コクトーの詩でありますね。

村上康成が全編を通して海を描くのはめずらしい。

海の青が基調のこの絵本、しかしやはり仕掛けはあった。

本を開くと薄水色が5ページ続く。6ページ目から8ページ続くブルー。次に4ページ分のやや深いブルー。そして深い海のブルー。つまり深い海に主人公の少年が潜っていくわけだね。そこからやや深いブルーの海まで上昇し、「ぷはぁ~」と海面に顔を出すとそこには、空の青、ではなくて、真っ白な空間が広がる。トーンを落とした色調がしばらく続き、蛸に墨をかけられ少年の顔が真っ黒に。と思ったら、次のページではまったく鮮やかな海の夕日のしたたる赤である。こりゃ印象的だわな。

飛び出す絵本みたいにあきらかな仕掛けの本もあれば、この本のように、色彩だけで仕掛けた絵本もあるんだね。

村上康成を集中的に読んでいる昨今、僕の色彩感覚は俄然スルドクなってきた、と自分でゆっちゃお。


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 1

ピンクのいる山

著者 : 村上 康成

出版社:徳間書店

発売日:2000-07

評価 :

完了日 : 2008年07月22日

ヤマメのピンクの物語は『ピンク、ぺっこん』『ピンクとスノーじいさん』『ピンク!パール!』の3部作で完結している。産まれ、成長し、死んでゆく。そして次世代の生命に命の営みが受け継がれてゆく。ピンクの役割は既に終わっている。ピンクの円は完全に閉じられた。

しかし作者はピンクというキャラクターに並々ならぬ愛着を示し、今回のピンクのサイドストーリーが紡ぎ出されることとなった。

おじいさんと孫娘のキャンプ。おじいさんのフライフィッシングの腕前は上々。孫娘の山菜採りの知識と技術も上々。こうして二人のキャンプの夜の宴が準備される。テントサイトの二人の風景がいい。焚き火を囲んで炎に顔を赤く染める。どんな話をしているんだろう。ピンクに代わっておじいさんに釣り上げられた大きなヤマメはとことんその身を食い尽くされて骨と化す。やがて焚き火の炎も消え、おじいさんの膝の上で安心しきって眠りについた孫娘の頭の上には満天の星。
そしてまた朝が来て、ピンクは生命の営みに参加し、食べたり食べられたり、命の糧を得たり、糧になったり。自然がありのままの様相を見せる…。

それにしても村上康成の絵はいつ見てもいいな。思いっきりデフォルメされていながら、捕食者の躍動感が見事に表現されている。餌を捕らえた捕食者の「してやったり」と意気揚々たる姿。餌食となった側の表情にも「しまった!油断した」とか「まいった。やられた」といった諦念が読み取れる。

ここで物語が二道に分かれる。主人公の道を著者とともに歩むか。それとも、犠牲となった者のサイドに立って、ことここに至るまでの道のりを読者の頭の中で勝手に作り上げるか。これも価値のある作業である。

ということで、今回は本編から離れたサイドストーリーのお話でした。


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 1

フライフィッシャーマンの絵本 (Be‐pal books)

著者 : 村上 康成

出版社:小学館

発売日:1998-04

評価 :

完了日 : 2008年07月19日

イラスト&エッセイ集。
近頃のアウトドア事情に疎いのでよくわからないが、『ビーパル』に連載されたものを一本の読み物として刊行したものだろうか。

僕はこのセンス、好きだな。
さくらももこの『のほほん絵日記』に対して高い評価をする僕の感性にぐいぐい迫ってきたね。

フォト&エッセイはわりと一般的で、いろんな表現者たちが試みている。
しかしイラスト&エッセイは限られた表現者だけの聖域である。
絵が描けて文章が書ける。なんて羨ましい人たちだろうか。
自己表現が確立された人に貧困な精神の持ち主は皆無であると独断する。
僕は裕福な精神になりたくて、日夜、文章と格闘する。
しかし彼らに自己闘争はない。
これが“イラストレーター&エッセイスト”をして“聖域の人”と言った所以である。

小難しい理屈はさておき、いいなあ、この本。
僕も生涯に1冊でいいからこんな本を出したいなぁ、と思わせる。

また、書いている内容にも大いに共感と言うか、憧憬を抱いてしまう。フライフィッシングは遊びであるのに、こうして自分の遊戯生活を書くことで、それ自体が生活の糧となるなんてな。羨ましいにもほどがある。

フライフィッシングに疎いので、書かれている横文字言葉の半分が理解不能であった。でもニュアンスで受け止めることができる。つまりフライフィッシングを知らなくても本を楽しめると言うことである。

『リバー・ランズ・スルー・イット』というハリウッド映画でブラッド・ピットがフライをキャスティングしていた。

ルアーの釣り師、開高健が英国の貴族に教えられてフライをキャスティングしたいた。

僕もかなり以前になるけど、鈴鹿川の源流でキャスティングしていた。

腕前にはとてつもない差があるけど、それぞれが楽しかったことには違いがあるまい。

フライフィッシャーマンは自分の目指した人生に向けてキャスティングしているのかも知れない。


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