たなぞう

WEB本の雑誌

フィリップ・まろさん > 読書ノート

フィリップ・まろさんの読書ノート

最近読んだ本
-
<前のページ 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  次のページ>

 

みんなの感想を読む
 1

入院・介護SOS―不安解消119のツボ お金や人の手配から看取りまで (今すぐ役立つ介護シリーズ)

著者 : おち とよこ

出版社:創元社

発売日:2008-03

評価 :

完了日 : 2008年04月24日

「SOS・1 親が急病、ケガをした」に始まり、「SOS・119 日頃から準備しておきたいこと」までの不安解消の119項目がほぼ1ページに一つまとめられている。

そして、こんな場合、何処に連絡をしたらいいか、が懇切丁寧に書かれいる。懇切丁寧、と言っても1ページ1SOSのペースですからね。
いや、だから返って辞書のように扱えば便利かもな。
いやいや、辞書じゃないなあ。
タウンページか。

言っとくけど、通して読んでみても面白いもんじゃないよ。それは力の限り保証します。

だいたい何かって言うと「地域包括支援センターに相談しましょう」で、〆られている。
老人問題のほとんどが地域包括支援センターで解決の手掛かりが得られる。わざわざ本にしなくてもペラ紙一枚で用が済むと思うのだけど。なんてのは「たなぞう」では言いっこなしだよね。

SOS・106番はわりと良い情報が載っている。
介護や医療費の捻出が難しい時、自宅を担保にして月々決まった額の融資を受け、死亡後に担保とした不動産で、借入金とその利息を一括返済する、という仕組み。「リバースモーゲージ」と言うらしい。これはいい制度だ。助けられる家庭が多いと思う。残念ながら我が家は既に抵当に入っているので、この恩恵に蒙ることは出来ないようだが。

読み本じゃなく、引き本だけど、1冊あると便利で安心かな。


この感想へのコメント


みんなの感想を読む
 1

白愁のとき (新潮文庫)

著者 : 夏樹 静子

出版社:新潮社

発売日:2004-12

評価 :

完了日 : 2008年04月22日

図書館で借りてきた単行本の初版は平成4年10月の刊行。他にも角川文庫版が平成8年1月刊行。そして新潮文庫から平成16年に再度文庫化されている。
それだけ作品の質の高さを出版社が認めているということらしい。

若年性の認知症を取り上げた作品である。ただし、作品中では、まだ、「認知症」が「痴呆症」と表現されている。逆を言えば、それほど早くから著者は認知症に関心を示し、その当時の最新の学説や臨床例を研究した上で、問題作として発表したものだと言える。

しかし、どうも読んでいて納得のいかない箇所が多かった。
「痴呆の疑いが濃い」
と大学時代の友人である医師から告げられた50代そこそこの男性が、こんなに冷静にそれを受け入れられるだろうか。僕なら無様なほどにうろたえるだろうと思う。
僕は自分が主人公と同世代であることに意識が集中しすぎているのだろうか。
この主人公は自分に課せられたライフワークをほぼ思い通りに成し遂げてきた自信から、こうまでも冷静に事態を受け止められるのだろうか。
僕は半生を中途半端な生き方しかしてこなかったから、ここで若年性アルツハイマーを告知されては家族に申し訳が立たない、との恐怖感から、自分ならうろたえる、と言っているのだろうか。

この主人公と大学時代の友人である医師との会話の不自然さも読んでいてきつかった。友人とこんな他人行儀な会話はしないでしょう、普通。それとも僕の周りの友人は野蛮人が多いから、会話体に不自然さを感じるのかなあ。
小説の後半に出てくる郷里の友人たちとの会話もちょっと頷けなかった。同じ理由でね。

友人である医師の勤める病院で知り合った女性との間に男女関係が生まれるのも納得できなかった。

この文庫本の帯に「精神余命はあと一年です!」とある。本文に出てくる言葉である。
この言葉をキャッチ・コピーにするあたりは、出版社もあざといなあ、という気がする。

『精神余命』なんて言葉、僕は納得がいかない。
それじゃあ、何かい。認知症の人は、もはや精神が死んでいる、とでも言うのかい。

これほど納得のいかない小説を読んだのは何年ぶりのことか。
しかし、著者が早くから「痴呆症(認知症)」の問題を世に問いかけた姿勢に敬意を表して評価点を3点にした。


この感想へのコメント

13.KUMI (2008/05/09)
うわぁぁぁ~!まろさん、認知症予備軍だったのかぁ。
じゃあ、私もだな。(一緒、一緒♪)
いや、小さい人は見たことはないんですけど、どうやら何か特殊な能力がありそうです。

ヒソヒソ・・・
たなぞうで、お話してるとその方の御姿が見える様な気がするんです。声もわかる様な気がする。性格も。内緒だけどね
14.フィリップ・まろ (2008/05/16)
さらに深く認知症について学習したところ、軽度認知障害と年齢による物忘れ、性格的(おっちょこちょい)な物忘れ、との境目って解らんのです。KUMI殿の場合、瞭かに性格的な面が多いかと…。
うちの母親の場合、長谷川式簡易スケールという名の認知症テストでは軽度でした。母親のは難聴の障害が引き起こすストレスが大きな要因であるようです。

書き出すと、やめられない止まらない。かっぱえびせんの如きたなぞうです。

もっと読む(14件)

 

みんなの感想を読む
 1

地域で支える介護と医療 (シリーズ認知症と向き合う)

著者 :

出版社:旬報社

発売日:2008-02

評価 :

完了日 : 2008年04月21日

今日の僕は凹んでいる。
夜勤の巡回中の出来事。
入居者の男性老人に排便を認めた。
パジャマや防水シーツが汚れないように処理するのが鉄則だ。ましてや蒲団を汚すなんて介護職としてのプライドが許さない。何よりも余計な労力を費やし疲れるのは自分である。もちろん、人間が相手なので、どんなに慎重に取り掛かったって汚れる時は汚れる。
僕は防水シーツを汚したから凹んでいるのではない。

この老人の右臀部には爪で掻きに掻いたかさぶたができていた。
僕がオムツを開いたのをここぞとばかりに引っ掻き始めたのだ。かさぶたがこそげ落ち、少し出血をした。止血をして軟膏を塗った。次に僕はまだ掻こうとする老人の手を片手で防御しながら蒸しタオルで肛門を拭きオムツ交換に懸かった。
しかし、片手は所詮は片手。複雑な作業が瞬時に出来るわけが無い。
老人はいよいよ抵抗と反撃を繰り返す。「なんやおまえーっ」と僕に悪態をつく。そして、僕は、ついに「○○さん!あなたの為にしてやってんじゃないか!少しはこっちの身になってくれ!」と叫んでしまった。
あれほど、僕は、目標とする人物はマザー・テレサ、などと言って高邁な介護の精神を吹聴してきたのに。最悪の自己表現をしてしまった。
認知症の老人を相手に僕は威嚇行為を働いたのである。
疲れていた。追い込まれていた。などと言い逃れや自己弁護をする気は無い。
もしかすると、これは介護職者としての資質の問題かもしれない。
僕はこの仕事が好きで、やりがいを感じている。だがそれは自分勝手な夢想と思い込みなのかもしれない。心が大きく揺れる事件だった。

本書について話さなければ。
認知症のタイプが大きく3つに分かれる、というのは聞き初めであった。
①アルツハイマー病
②ピック病
③レビー小体病
アルツハイマー病は海馬及び脳の後方部が病変し、物忘れや時間・場所の認識ができなくなる。
ピック病は脳の前方部が病変。「わが道を行く」行動が目立つ。
レビー小体病は脳の後方部が病変して「幻視」がある。また転倒しやすくなる。

なるほど認知症の人たち(うちの母親もそうだ)に見られる特徴が上記の3つに集約されそうである。

本書にはこれらの症状が出た時の対応策が、ミニドラマ化されて解りやすく解説されている。

「パーソン・センタード・ケア」つまり要介護者を中心に据えた介護のあり方、要介護者との寄り添いの必要性が解かれている。当然と言えば当然の接し方であるが、これも古い本には見当たらない新しい介護の言葉である。

認知症の介護も日進月歩進化し続けている。10年前に書かれた本と比較すると、windows95とvistaほどの違いがある。
介護の世界も日々更新されている、と言っても過言ではない。新しい情報の共有化を進めて最新の介護に当たるべきである。

だが、しかし、要介護者が人間なら介護者も人間である。僕は介護者の精神的肉体的報酬的余裕が安全で快活な職業意識をもたらす、と考える。

どんなにそれらしいご託宣を述べようが、僕みたいな「ならず者」介護職者は淘汰されるべきなのかもしれない。


この感想へのコメント

3.りょうま (2008/04/21)
海外から(特に東南アジア)からの国費、私費の留学生と出会う機会があります。目の色を変えて勉強している彼らの姿と、同世代でゲームやバイクに夢中な日本の愚息世代。すでに、日本はかの国に追い越されている気がします。若い力の衰退だけでなく、福祉といった社会のシステムの立ち遅れを考えると、先行き非常に不安になります。
4.フィリップ・まろ (2008/04/22)
以前勤めていた会社は社員25名程度の中小企業でしたが、一度、中国人留学生を雇用したことがあります。大学院まで進んだ女子でした。日本語はとても堪能。しかも、これが男勝りの働き者。同世代の日本人の事務員が「わたし、こんなの持てなーい」なんて言ってる30キロある段ボール箱を肩に担いで営業車に積み込んでました。夏は下着が透けるくらい汗を流して。彼女と二人でISO14001の認証を取得しました。

もっと読む(4件)

 

みんなの感想を読む
 43

ザ・万歩計

著者 : 万城目 学

出版社:産業編集センター

発売日:2008-03

評価 :

完了日 : 2008年04月18日

ま、他の本で著者には楽しませてもらっているんで4点つけとこ。

昨日、仕事から帰って、メールを開いてみると、市立図書館より、順番待ちの本の準備が出来ました、との連絡が入っていた。
森見登美彦の『有頂天家族』。4ヶ月くらい待ったかなあ。やっとですよ。何だか旬を過ぎた感が無きにしも非ずだけど評判はいいから楽しみだ。

今日は仕事が非番だったので早速、借り受けに行った。
貸し出しカードを受付のおばちゃん(といっても僕より明らかに年下ですが、そう呼ぶに相応しい風格と威厳を備えている女性であった)に差し出した。
『有頂天家族』を受け取るまでの所在の無さに、『今日入った新刊コーナー』に目をやった。そしていきなり僕の目に飛び込んできたのが『ザ・万歩計』であった。モリミを借りに来て、マキメの新刊に出会おうとは。

僕は、さきほどの威風堂々僕より瞭かに年下おばちゃんに、
「本を借りられる限度って5冊まででしたっけ?」と尋ねた。
「そうです」
「僕って今、何冊借りてますか?調べてみてくれますか」
「うーん…。『有頂天家族』を入れて5冊ですね」
「どーしてもこの『ザ・万歩計』も借りたいんですが予約できますか」
「それはできません。入荷したばかりの本は予約できないんです」
「げげげ。僕はこの本を借りないと大変なことになるんですけど」
「無理です。規則ですから…」
そりゃそうだよね。

というわけで、僕は『有頂天家族』を受け取ると急いで『永ちゃん』(これ僕の愛車マツダ・キャロルの愛称です)を自宅に向かって走らせた。

もっか借りている5冊のうちの1冊を返却するのだ!と、手にしたのが借りっぱなしになっていた『またまたへんないきもの』。
「おーし、こいつを身代わりに『ザ・万歩計』を何としても手に入れるぞーっ!」
と僕は『永ちゃん』に乗ってもう一度図書館を目指した。

「期限超過の『またまたへんないきもの』を思い切ってこの際お返ししますので『ザ・万歩計』をどーか貸してください」
僕は、北朝鮮のテレビに出てくるビップ待遇だと噂されている女性アナウンサー並みに立派な体躯のくだんのおばちゃんに懇願した。
「よろしい」
偉大なる首領様お気に入りのおばちゃんからお許しが出た。
僕は一度、自分の額のところに『ザ・万歩計』を押し頂くと、もはやこんなむさ苦しい図書館などには用は無い、とばかりに飛び出した。

それから数時間後。読み終えました、『ザ・万歩計』。エッセイだったのね。小説とばかり思って借りてきたのに。でも、ストーリーテラーでないマキメの肉声を聞けたようで、楽しく読めたな。

マキメが就職して工場勤めをしている時に出会った先輩、カンゲキ氏の話には笑った。でもここでは一切しゃべらんぞ。ただ、絶対に笑えることだけを保証しておこう。そーら、こう言うと是が非でも読みたくなるでしょ。素人書評家は著者の味方をするのだ。

この本の最後のページに載っていたけど『鴨川ホルモー』が映画化されるらしい。京産大玄武会の出身者である僕は、映画では母校がホルモーの優勝校となることを期待する次第である。ダメか。


この感想へのコメント

45.ryoukent (2008/05/17)
たなぞう をはじめ TOHANのSiteでも確認しました。確かに10巻ありますね。日本の古典として是非読むべきだ、という決心をしました。優先順位は少し下がるかもしれないけど、必ず読破することにします。
そういえば、石山寺の『源氏物語』展にも本がたくさん展示してあった。瀬戸内さんだったかどうかは、覚えていない。残念。
46.フィリップ・まろ (2008/05/18)
未読の僕も読む気満々ですが、夜勤がシフトされてから毎日眠くて。睡魔に襲われるとどうしても肩の凝らない文章に走ってしまう。しかし心の栄養を考えると、噛み応えのある、しかも胃袋にどーんと落ちてくるものも必要なんだろうね。
僕も瀬戸内寂聴庵主さんのご存命のうちに読まねば、と思っております。

もっと読む(46件)

 

みんなの感想を読む
 1

男性ヘルパーという仕事―高齢・在宅・介護を支える

著者 : 山口 道宏

出版社:現代書館

発売日:2006-03

評価 :

完了日 : 2008年04月10日

「50歳のオッサンに何が出来るの」
これが40日前に転職して、僕が介護職員としてグループホームの現場に立ったときの、同僚たち、つまり先輩女性職員たちの圧倒的多数意見であったらしい。

そうした事情も、ホームでの仕事も、何も知らない当初は相当厳しく当たられた。

しかし以前に勤めていた建築関係の営業の仕事では、ヤクザまがいの男たち(たびたび本物のヤクザもね)と渡り合っていたので、それに較べりゃましか、と1日1日を過ごしていた。

そのうちに、女性だけでは大変であった作業を僕が受け持ち、自分たちではできなかったことをサラリと僕がやっつけてしまう姿を見て、みんなの考え方が変わって来たようだった。
「この50歳のオッサン、頼りになる」
ということか。

業界全体を見渡しても圧倒的に女性ヘルパーが占める中、男性のヘルパーにその存在価値はあるのか。そのあたりから本書は書き込まれている。

Ⅰ部「ドキュメント 男性ヘルパーという仕事」では男性ヘルパーとして既に活躍している人々の日々の仕事ぶりが追跡調査されている。
僕も3ヶ月ほどであるが訪問介護の登録ヘルパーを経験しているので、紹介された彼らの奮闘振りが身近に感じられた。やはり初めの内は受け入れられにくいのだ。
だが、彼らはここで考える。
「じゃあ、どうすれば受け入れてもらえるのか」
そして自分の態度、言動、身なりを振り返る。時としてデリカシーと言う言葉は男性に味方する。自己を振り返った男性は工夫をする。

また仕事によっては男性でなくてはできないこともある。例えば、利用者がデイサービスに行く日の玄関先までの移動。2階に居室があった場合などは特に。エレベーターが付いているお宅などほぼ皆無である。となると人力で運ばなければならない。自ずと男性ヘルパーの仕事と言うことになる。

この章では特別養護老人ホームでの体験記も書かれている。排便がうまくいかず、ホールのあちこちに撒き散らかされた様子は何処のホームでも見られる風景だ。それからの対処が職員の力の見せどころか。

「サービスの質を高めましょう。でもヘルパーの賃金は抑えましょう、ではあまりに虫がよすぎる」との見解。まったく同感である。
しかしこの問題については、「介護士の処遇が良くないので何とか介護報酬を上げたい」と舛添厚労大臣が2008年4月4日付けの新聞で発表した。2009年度改定で報酬水準を引き上げられる見通しだ。自分も母親の介護に手を尽くした舛添大臣の腕の見せ所を信じて待とうと思う。

介護の方法を述べた部分で、ベテラン職員が「基本プラスその方その方の特徴で」と述べる。まさにその通りだと思う。個人個人の状態、要望、性格、嗜好に合わせるのがノーマライゼイションの基本である。

Ⅱ部の解説・資料編が読ませてくれる。
親の老後のめんどうを見るのは長男の嫁の務め。これが古き日本の正しい姿であった。確かにそれが嫁の美徳であった時代がこの国にはあった。
しかし現代の日本ではもはやこんな話が通じると思う方がおかしい。過去の神話にしかすぎない。しかし、それを信じ込んでいる家庭が未だに多く存在する。古びて腐りかけた道徳に縛られて身動きが取れなくなった家族。彼らを解放してやれるのが介護保険制度の役割であろう。

「同性介護」「異性介護」についても興味深いことが語られていた。医療上「同性診療」「異性診療」という言葉は過去に使われてはいないのだ。要するに医師には最初から権威が付き纏っており、先生が男性であろうと女性であろうと『先生』に違いが無いのである。患者は医者先生の性別に拘ることなく、診察を受け入れるのである。
残念ながら介護士はまだ、そうは社会において認識されてはいない。
このあたり、ジェンダーとか男女共同参画社会のあり方とリンクする問題がたくさん残っている。しかし成熟した社会をつくるためには避けては通れない問題である。

『男性ヘルパーという仕事』に端を発して、現代社会の抱え込んださまざまな問題がこの本には書いてあった。
自分がこのタイトル通りの職務を帯びているために興味本位で手にした本だったが、読み応えと問題提起に満ちた優れた内容だった。

最後に、僕は自分の勤め先で「オッサンはキャラが良いから好き」とオネエチャン職員に言われた。彼女なりの言葉で誉めてくれているのだろう。




この感想へのコメント