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フィリップ・まろさんの読書ノート

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 1

二千日回峰行―大阿闍梨・酒井雄哉の世界

著者 : 野木 昭輔,菊池 東太

出版社:佼成出版社

発売日:2007-10

評価 :

完了日 : 2008年02月27日

どこから説明しましょうか。
とある事情で、積もりに積もっていた書棚、リビングに出来た本の山脈を整理しなくてはならなくなって、とっかかることまるっと二日。
それはそれは書斎周辺が清く美しく、まるで頭の良い人の思索の空間ででもあるかのような変貌を遂げて大満足に暮らしております。

その整理整頓の際に出てきたのが、表題の本です。といっても、僕の持っているのは、新装改訂の前の版ですが。

わが街の図書館では、古くなったもので貸し出し頻度の低い本を“リサイクル・ブックコーナー”に移します。欲しい人は5冊までもらってゆくことができます。そんな次第で手に入れたのがこの本でした。

しかし、日々、堆積を繰り返し、うず高くなってゆく本の山脈の中層部を形成する書物の一冊として納まり、何時しかその存在は忘れ去られていたのでした。

それが今回の一念発起の5S運動(「整理・整頓・清潔・清掃・躾け」これ、覚えておくといいよ。会社で、或いは、自治会、PTAで自慢できます)で蘇ってきたわけです。

しかし、図書館にしろ、僕にしろ、こんなに貴重な本をどうしてこうまでもひどい扱いをしてきたのか。反省しきりです。

“千日回峰行”については、僕の読書ノート『仏道修行の本』でお調べください。

平安時代から比叡山に伝わる、超絶の難行苦行“千日回峰”を二度までも行じ、満行された酒井雄哉大阿闍梨。師の生き方は現代社会を喘ぎながら生活している人々に夏は涼やかな風を、そして冬は暖かな部屋を与えてくださっているようです。

こんな立派な本の存在を忘れ切ってしまっていた僕。反省の意味を込めて、今回、評価することは遠慮させて頂きました。


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 2

ももこの しゃべりことば

著者 : さくら ももこ

出版社:ニッポン放送出版

発売日:1992-05

評価 :

完了日 : 2008年02月26日

「この本は、私がニッポン放送というラジオ局の『オールナイトニッポン』という毎週月曜日深夜一時からやっている番組で、ペラペラと好き勝手にしゃべった事をそのまま“しゃべりことば”として集めた本です」

と、まえがきに書いてありまして、これだけ著者に言ってもらっていれば、もはや僕などが「何をかをいわんや」って感じです。

でもそれじゃあ、物書きフィリップ・まろの沽券に関るというもの。さあ、始めましょう。

まず、感じたのは、1ページ当りにおける文字数の多さ。一番多いページには句読点、カギカッコ込みで575文字も印字されています。(めんどくさがり屋の僕が良く数えたもんだね)
劇画調で擬声語擬態語が多いのも特徴だな。特に良く出てきたのが「チャララーン」っていうオノマトペ。

深夜放送を一人で話し続けるのって、並大抵じゃないのでしょうね。自分のしゃべったことに対するリアクションも副調整室にいるガラス越しのディレクターの頷きや口パクの返事だけなんて、さぞや、やりにくいだろうね。

で、「チャララーン」なんて言葉を差し挟むことで、おしゃべりのリズムを取っているんだろうな。

ここまで書いて思い出したけど、野坂昭如の文章も長かったなぁ。1ページ1センテンスってことがざらにあった。でもあの見た目の文章の乱雑さで、戦後の焼け跡闇市を視覚的にも表現していた。

さくらももこの『しゃべりことば』の場合、著者が好きだと言う、江戸っ子のチャキチャキ感を、この速射砲的なおしゃべりで表現しているのかもしれない。

この本は1992年にまとめられている。
後のさくらももこのエッセイ、特に『○○日記』『○○手帳』のように余白にじんわりとした、しみじみ感を楽しみにしている読者には少々じゃなく、かなり騒がしい作品と読めるだろう。

『ももこのしゃべりことば』について僕のようなおしゃべりが書くと、こう言うことになってしまう。「こう言うこと」って?
こう言うことだよ、こう言う!


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 3

さくらももこの総天然色満足館 (SGコミックススペシャル)

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社

発売日:1995-04

評価 :

完了日 : 2008年02月25日

さくらももこの画集です。

日本文学史を一度でも勉強した人であれば『星菫派』と言う言葉を聞いた事があるはず。
でも、そうじゃない人のために少し解説を書きましょうか。
『星菫派』は「せいきんは」と読みます。
空を見上げれば「ああ、なんて美しい星の瞬く夜空であろうか」と思い、足元を見れば「おや、こんなに可憐な菫の花がわたくしを見上げている」と感動する人たちの集まりであります。

その昔、僕ら硬派を気取っていた学生から「クソ文学のナンパ野郎め!」と嘲り罵られていた一派のことです。

しかし、どうですか、皆さん。そんな僕が『ちびまる子ちゃん』を読んでは感動し、さくらももこの描くイラストを見てはうっとりとしているこの姿。
ごろつきのような生活をしていた僕からは考えられません。
でも当時の硬派仲間に罵られようが、嘲りを受けようが♪好きなものは好きといえる気持ち抱きしめてたい♪とマッキーよりの路線に変更して生きています。

この画集の中にネパールで買ったというマンダラが載っています。僕も過日ネパールへ行ったときにマンダラを買い求めてきました。細密画、好きなんです。
マンダラはもともと金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅の二つが揃って一つの世界観を現しています。外宇宙と内宇宙。眺めているだけで心が広々と、遙々と、拡散しては、また収束してきます。

さくらももこの描く細密画にマンダラ的なものを感じます。
幾何学的文様の中に情緒を描き込んでしまう大胆さ。さくらももこの凄いところです。
デザインの秀逸性、意匠の美しさ、ファンタジックな幼児性。
へたっぽい図柄の中に魂の求める世界が表出している。

さくらももこの絵が美術的にどう評価されようと、ここには和辻哲郎の言う「桃源の夢想と浄土の幻想」がある、と僕は確信します。

『総天然色満足館』をヤフオクで安く手に入れて、いたく満足しました。


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5.パル2パパ (2008/03/11)
僕の方は他の文章モノが溜ってしまうので、漫画の方から手を附けて今3巻を読み終えて4巻以降に着手する処で、あります。
6.フィリップ・まろ (2008/03/13)
こちらは昨夜布団の中で『大野君と杉山君』を読み終え、爽やかな気持ちで眠りに就きました。今夜は、お風呂で『神のちからっ子新聞①』を読もうと思いつつ例によって居眠ってしまいました。さておき、これってパパさんご存知のあの与太郎月刊新聞『あっ!ん?!原田大新聞』にそっくりじゃん。またしてもパクリかよ~、と悲嘆に暮れています。しかし、一体何時になったら時代は僕に追いついてこれるのでしょうかね~。

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 3

聖まる子伝

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社インターナショナル

発売日:2003-09

評価 :

完了日 : 2008年02月22日

マンガ『ちびまる子ちゃん』のアフォリズム集である。
何だって?アフォリズムをご存じない?
然らば簡単に説明を。
直訳すると「警句」のこと。つまり、短い一言で人生上のとある側面を言い表してしまう言葉、ってとこかな。
ここに集められたアフォリズムはマンガ『ちびまる子ちゃん』の1シーンのセリフである。

とりあえず、巻頭の一句を書き出しましょうか。

「つまらぬノスタルジーにはしってしまう これが大そうじの思わぬおとしあなである」

本日、特別な来客がある予定だったので、僕は昨日3年間手付かずの書庫及び書棚、或いはリビングのそこかしこに積み上げられた本の整理に取りかかった。ひどいもんだったね、ホコリが。

すると、思わぬ場所から、忘れられない1冊が出てきた。忘れられない、と言いながら、それまで何年間もすっかり忘れきっていたのだけど。
おもむろにページを開く。

『ああ、そうそう、この本を読んでいた頃、僕はモテてモテてあの娘やこの娘からお誘いの電話を良くもらったものだった。けど結局いまのオッカアに決めたんだったよなぁ』
などと、事実とはちょっと違って(かなり大袈裟に)美化された過去と向き合ってはニタニタしてしまった。

そして、ふと気がつくと小一時間が経過。
『おいおい、僕は何をしておるのだ。こんなことじゃ、明日になっても片付きゃしないぞ。これじゃあ、広げるだけ広げて、返って収拾がつかなくなっているではないの』
おとしあなに嵌り込んでにっちもさっちも行かない有様に気がつく。

気を取り直して、作業を再開する。が、しばらくするとまた別のノスタルジーの陥穽に嵌り込み、ニタニタしている愚か者の僕であった。

他にも幾つか紹介しよう。

「損な役はつも父にまわってくる」 ご明察!

「男子というのは女子とくらべて格段にバカが多い」 男子として一言もない!

「そんな法律いつできた」 先日、北海道のゴミおじさんもそう申しておりました。

「なんでもいいってのがいちばん困る」 妻に、夕飯何が食べたい、って聞かれたとき、何でもいい、って言うと必ずこの答えが返ってきます。

「未来を知りたければ恐山に行ってイタコにノストラダムスを呼び出してもらえ」 さすが父ヒロシ!

「なんだか知らないけど有難いもんだね 生きているうちにはいい事があるよ」 そうそう、そう思います。

本書には他にもまだまだたくさんの名ゼリフがあります。
左のページに警句がバンと掲げられ、めくるとそのシチュエーションのマンガが抜粋されている。非常に解りやすい構成であります。

余談ですが、お風呂読書家の僕は、今夜、この本を読んでいる最中に浴槽の中でうとうとしてしまい、本ごと沈してしまいました。30年ぶりにお風呂で溺れました。高二の娘にそのことを伝えると「ばかだな。どうせオヤジそのことをネタにたなぞうに書くんだろ。みんなにバッシングされるのが見えてるよ」だと。
それは覚悟の上ですが、これ、僕の自前の本で、決して図書館本じゃありません。念のため。


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3.パル2パパ (2008/02/23)
許さんっっ!!(ウソ)でもね、まろさんがどの様に寝ているか(布団orベッド)解らないけど、床寝する人間が身近に居るのでね、それで躯が痛いの、首が痛いの、云々聞かされる訳ですな。仰る事は解りますが、布団ベッドで寝てる分には快楽ホルモン分泌云々は何の問題も無いと。しかし入浴中にそれが起き易いと自覚しているなら尚更改正しないと、死ぬよ。
4.フィリップ・まろ (2008/02/23)
ご心配をありがとう御座います。
実は今日も、例によって南に面した縁側でビール飲みながら本を読んでいたら、1時間ばかり眠っちゃいました。陽の高いうちは温かくて。僕の脳はもはやドラ猫程度なのでしょうね。いい気持ちになると所構わず寝てしまう。大脳前頭葉が退化して獣並みの知能のヒトになりつつあります。

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 1

ももこのおもしろ宝石手帖

著者 : さくら ももこ

出版社:幻冬舎

発売日:2003-04

評価 :

完了日 : 2008年02月19日

『ももこの宝石物語』の続編的位置に立つ本である。『ももこの宝石物語』出版後、多くの反響があり、宝石についてもっと知りたい、との若い女性からの声に応えて上梓されたのが表題作。

僕は、生後600ヶ月、とんと宝石に縁も興味もない生活者であった。さくらももこがこうした本を出さなかったら、一生出会うことの無い世界だったろう。
我が家はみんな貴金属、宝石等に血道を上げるような人は居ない、と勝手に思い込んでいた。

しかし、ものは試しに高2の娘に、
「君はパライバトルマリンをご存知か?」
と訊いてみた。
「ああ、知ってるよ。ブラジルのパライバ地方で産出する宝石だろ。なんだいオヤジ、さくらももこの本を読んでそんなこと急に言い出したのか?」と逆に質問されてしまった。
そして、
「女の子ならたいがい宝石が好きだよ。あたしも欲しいよ。アレキサンドライト、サファイア、キャッツアイ、エメラルド、ルビー、アクアマリン…」
などと知っているだけの宝石の名前を並べながら、タイミング良く折り込まれていた新聞の宝石のチラシを僕の前に広げた。
『こ、こいつめ。ま、まさか、買ってくれ、とでも言うんじゃないだろうな』
と想像しつつも、顔には出さず、
「ふーん、色々あるんだなぁ。さくらももこの本にもたくさん出ていたよ」
と涼しい顔で受け流した。だって、僕は2月20日から10日間ほど失業者となるのだ。宝石は印刷物で見るだけ。それがもっかの我が家の悲しい実情である。

ともあれ、さくらももこの言うように、女性は間違いなく宝石が好きなようである。
てんで理解の外側にいた僕だったが、宝石ものを2冊読んで、少し考え方が変わってきた。

綺麗なもの、堅固なもの、輝くもの、魅惑的なものを身に着けることで及ぼす人間精神への影響。これは確かにあるなぁ、と思えてきた。
大量生産で出来上がってきたものじゃなく、地球が作り上げ、人間が採掘し、時にはとんでもない危険なルートを辿りながら自分の元にやってきた一粒の美しい宝石。千載一遇の奇縁を得て、今ここに、この掌の中にある、と思うと、そんな宝石には不思議なパワーが宿っていると見た方が正しいように思えてきた。
時間軸をゆっくりと下り、空間軸を猛烈な速さで移動してきた宝石。そこに最大限の価値を与えられるのは人間だけである。

今回も玄冬社の山口ミルコとの対談形式で宝石の見方、価値観、裏話がたっぷりと語られている。
宝石の話なのに随所で爆笑させられてしまう。相変わらず、ボケとツッコミを交互に表出させる「笑い飯」スタイルだ。漫才の研究にもなるだろう。

ベルエトワールの岡本さんのことを、胡散臭い人だ、と『ももこの宝石物語』を読んで思った読者は反省すべきだ。それは僕だけど。
岡本さんの宝石に寄せる情熱は半端じゃない。命懸けの宝石伝道師と言っても過言ではないだろう。
誤解していたことをここでお詫び致します。

書物の持つパワーが人を変えるように、宝石の持つパワーが人に元気を与える、それを教えてくれる作品でした。


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 10

おんぶにだっこ

著者 : さくら ももこ

出版社:小学館

発売日:2006-10-27

評価 :

完了日 : 2008年02月16日

もうダメです。40冊以上もさくらももこの本を読み続けてきたこの半年。感情移入が激しくて、評価点が正当に付けられません。4点台でさらに4.5なり4.8なりと刻みたいくらい。

『おんぶにだっこ』は『ひとりずもう』に続く作品です。後者はさくらももこの青春に切なさを感じましたが、前者、つまりこの作品では、「あとがき」がとても切ない文章でした。

「何を提供したいのか、自分でもよくわからない」と編集者に問いかけた著者。応えて「言葉で表現しにくい大きな何かを与える作品です」と編集者。ああ、この遣り取りだけでも充分に切ない話ではないか。

僕は以前『ひとりずもう』の感想に、この時代のさくらももこがいるからこそ『ちびまる子ちゃん』が生まれた、と書いた。『おんぶにだっこ』の「あとがき」に「だが振り返ってみると、あの頃形成されたエネルギーが、今も大きな糧になっていると感じられる。これは決して悪いことじゃない。かけがえのない事だ」とある。僕の観察と著者の見解が一致している。

収録されている「上松君のランドセル」「松永君をぶった」に読者は胸をキュッと締め付けられることになるだろう。だが、ここでは詳しい内容については書かない。皆さんの目で確かめて欲しい。僕にもよく似た経験がある。たぶん、皆さんにも。

「折ヅルの世界展を見に行く」について少し触れようか。
「『折ヅルの世界展を見たいよぅ。連れてって』と両親に頼んだが『そんなもの見なくていい』といわれた」さくらももこ。
何故だろう、大人はいつもこうである。僕も小さい頃、よくこのようににべも無く拒否されたことがある。もっか高校2年生の娘にそのことを言うと「お父さんもよくそういうことを言ってるよ。そうだったよ。何かに興味を示して行動に移そうとすると、そんなことを大人って言うんだ」と恨みがましく言って、2階の自室へ戻って行った。大人って何故こうなんだろうな。自分でも不思議である。

幼い頃、子供の頃に「大人って嫌だな」と感じたことを、自分が大人になると平気でしてしまうのが大人って事か。


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 3

娘と息子がつづるおやじのせなか―オリジナルセレクション

著者 :

出版社:朝日新聞社

発売日:2008-02

評価 :

完了日 : 2008年02月14日

本誌216ページに僕の作品が掲載されています。
めちゃくちゃ暇でどーしようも無いときにでも、読んでみて下さい。
以上、フィリップ・まろ からのお知らせでした。


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99.パル2パパ (2008/03/13)
ひとつ疑問が…。賞金稼ぎという話はよく聞くけれど、実際どうなの?も、もしかして、これって、タブーだった?もしかすると、パンドラの箱を開けようとしてる?だ、誰か止めてぇ~。
100.フィリップ・まろ (2008/03/14)
原稿募集やモニター募集記事を常に監視して、これならやれそう、と思ったらすかさず応募します。それでもここ3年ほど年収30万ほど稼いでいます。だって僕のひと月のお小遣い7千円ですぞ!何かで補填しなきゃね。
これが僕の中の『賞金稼ぎ』の定義であり、モチベーションであります。
と言う事で、このノートは閉じます。続きはパル2パパさんのノートでどうぞ。
永らくご愛顧ありがとう御座いました。

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 1

またたび (新潮文庫)

著者 : さくら ももこ

出版社:新潮社

発売日:2005-10

評価 :

完了日 : 2008年02月11日

この評価点の星4つは甘いかなぁ。
しかし、さくらももこばっか、ここまで読んでしまうと、どーしても情が移っちゃうよね。
「もっと、客観的視点に立って書評をすべし」
との御仁もいらっしゃることであろう。
でも、もうこの際そんな人たちは「あっかんべ~」なのである。僕は僕の個人的独断と偏見の元に評価してしまうのだ!これでいいのだ!

いつもながら表紙に拘りを持つ僕。文庫判『またたび』の表紙の絵がいいね。さすが、街道一の大親分、清水の次郎長の血を引く著者(ウソですよ)。無宿渡世人のまたたびスタイルが決まっている。絵の輪郭と髪の毛のベタが金箔。豪華じゃないですか。表紙とタイトルに異常に拘りを持つ僕としては合格点です。

いつもわりと決まったメンツで旅をするさくらももこ。ここでも新潮社の木村さん、石井さん、新潮社マッサージ部の大森さん、カメラマンの広瀬君、『富士山』スタッフの鈴木さん、誰なんだT-MAX等が道連れの旅となる。

旅には失敗や苦難、笑い話がつき物であるが、というか、それが無きゃ、全然つまらない只の世間話になってしまうが、この本では石井さんが味わいを醸し出していた。カジノで儲けたかと思えば、スリにあったり。サングラスの強面のわりに情けない男なので大いにウケましたね。

あ、そうそう。登場人物を最初に紹介して読者との距離を一気に縮めておいた方がそれぞれのキャラに親しみやすくなったように思いました。

椎名誠の旅行記の面白さの秘密の一つは、登場人物たちの情報や個性をすばやく読者に知らしめるべく、ニックネームをつけてしまうあたり。このやり方で読者は途端に旅の一行との距離感をぐっと縮められてしまうわけです。読者でありながら自分も旅の仲間として加えられている、と感じさせる。あのテクニックは凄いよね。引きが強い書き手の手腕のなせる業であろうことよ。

その真似をしろ、と言うのじゃないけれど、さくらももこも、もう少し登場人物の整理をうまくつけて欲しいものだ。得意の漫画で最初に「この旅の登場人物」とか特徴を書き込んでおいて欲しいな。解りやすくなると思うよ。

最後に、これはパル2パパさんにだけ向けた情報だけど、『またたび』の最終章は仙台です。
余談ですが、僕も若い頃、仙台駅から青葉城跡まで歩いたことがあります。
「それがどーした」と言われてもただそれだけです。


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