たなぞう

WEB本の雑誌

フィリップ・まろさん > 読書ノート

フィリップ・まろさんの読書ノート

おすすめの本
-
<前のページ 1  2  次のページ>

 

みんなの感想を読む
 39

くちぶえ番長 (新潮文庫)

著者 : 重松 清

出版社:新潮社

発売日:2007-06

評価 :

完了日 : 2008年11月17日

雑誌『小学4年生』に連載されていた小説に加筆修正したものという。

こんな素晴らしい小説を読めた小学4年生は幸せ者である。
大人の僕が読んでも充分に幸せになれた。

「『番長』とは、平安時代、中衛府、近衛府、兵衛府、などの舎人の長をつとめた者のこと」である、と立原正秋はその著書『美しい城』に書いている。

『美しい城』は世俗の価値観から遥かなところを生きる勁直な非行少年の物語である。

大きく趣を異にするが『美しい城』の主人公と『くちぶえ番長』の番長の生き方には多分に共通点が窺われる。

さらに僕ら中高年世代のマンガ読者であれば思い出すのが『夕焼け番長』だろう。

『夕焼け番長』の主人公は三度の飯よりも喧嘩好き。しかしその苛烈なまでの戦闘意欲が、夕焼けを見ると失われてしまう。なぜなら、番長の両親は夕焼けの鮮やかな紅色の空の下で亡くなったのである。

『美しい城』『夕焼け番長』そして『くちぶえ番長』に共通するのは、決して弱いものいじめをしないこと。
権力に対する反抗が自らの体を張った美しい暴力に転化されること。

だから僕ら平凡な小市民的少年はいつも「番長」に憧れるのだ。

『くちぶえ番長』の異質性は番長が少女である点だ。
重松作品にはたびたびこうした凛冽な精神を持った少女が登場する。
他に惑わされない硬質でいて柔軟な精神の少女。
かっこいいのだが、大人の目をして見つめると痛々しくもある。
ただ彼女たちは大人のそんな視線なんて自分を甘やかす好ましくないもの、と捕らえているようだ。

早逝した父から番長になることを宿命付けられた少女、マコト。彼女はツヨシの学校に転校してきた。ツヨシの父親とマコトの父親は小学生時代「ちびまる子ちゃん」でいうところの大野君と杉山君のような関係であった。
たった1年きりの友情であったが、番長マコトのやんちゃぶりや、出会いと別れの模様が実に印象深い。

世のしがらみや、仕事上の行き詰まり、人間関係に疲れた大人に読んで欲しい。無邪気の中に邪気を含んだ、見た目は純粋で、実はちょっぴり不純物の混じった少年少女時代にに立ち返らせてくれる作品である。


この感想へのコメント

16.フィリップ・まろ (2008/12/03)
1等星>2等星です。さらに-1等星>1等星です。
あの等級が低い方、木星ですか。
夜空って眺め上げていると飽きないよね。
獅子座流星群の降る夜、僕は庭にある木製ベンチに寝転がって、1時間以上も天体ショー眺めていたものです。
こう見えてわりとロマンチストです。
17.ryoukent (2008/12/03)
ロマンチックまろ兄い こんばんは
たぶん2等星が木星でしょう
でも、今夜は月は見えるけど1等星も2等星も見えない。
なんだか少しさみしいですね。

もっと読む(17件)

 

みんなの感想を読む
 2

冒険王・横尾忠則

著者 : 横尾 忠則

出版社:国書刊行会

発売日:2008-09

評価 :

完了日 : 2008年11月16日

ネットで市立図書館の新刊案内のページをぱらぱらと繰っていて見つけた本。
さっそく予約を入れて引き取りに行きました。

率直な感想を申しますぞ。

スッゲー本だ!

解説の荒俣宏は「これは図録ではなく、図鑑だ」と書いていた。
同感。

Y字路。

天才・横尾忠則の表現のモチーフ。

どちらの道を選ぶか、なんて単純な問題ではない。

Y字路に横尾は女性の陰部を見たのではないだろうか。

一本道から来て、二股に分かれた道のどちらを選ぶかじゃなくて、Y字路の真ん中に建つ建物の中から出てきた、というのが僕の見解。

男性はY字路の真ん中に屹立するスイートホームへの回帰を願う。

女性はY字路の真ん中に建つ家に灯りをともしてやってくる男を待つ。

あっ、これ、僕が勝手に言ってるだけだから、ね。

他にもたくさんの作品が収録されている。「図鑑」としての整理番号をあたえられて。

心ざわめく作品群です。どの作品を見てもそれについて何か語りたくなる。

天才・横尾忠則に寄せる短歌。

  退屈でちびった真の言葉より心ざわめく与太を訊きたい

評価は…やめとこ。相手は天才だもの。


この感想へのコメント

4.オヤオヤもんど (2008/11/20)
横尾忠則さんと出会って人生が変わったと言う人は、デザインとか美術とかの世界の他にも多いですよね…(ワタクシもそのひとりかもしれません)いつの頃の横尾さんに出会うかで、入り口も違いますからねぇ…(ワタクシは図書館で作品集を見てからでした、でも、気がつかないうちに見ていたんでしょう)エッセイ集や対談集も読みました。
5.フィリップ・まろ (2008/11/20)
美術評論家の書く文章ってよくわからんなぁ。
この『冒険王』にもたくさんの論評が載せてありますが、僕にはどーも良くわからない。
多分原因はあまりにも奇抜な言葉を詩的に重ね過ぎてしまって、かえって印象が薄くなってしまったというところかな。
決めゼリフは少ないほどいい。
インパクトが強くなる。
言葉を積み重ねることで成功した作家は開高健くらいのものである。
しかし素人が文豪の真似をしたところで火傷するのがオチだな。

もっと読む(5件)

 

みんなの感想を読む
 2

民子

著者 : 浅田 次郎

出版社:角川書店

発売日:2001-09

評価 :

完了日 : 2008年11月03日

今度いつになったら使われるのか解らなくなった古いキャンプ道具を片付けていたら、押入れの片隅から出てきた本。

「そうだ。民子がいた。あの頃…」

僕は懐かしさにキャンプ道具をほっぽり出して、『民子』を手に取った。
表紙の民子を懐かしさにしばらくうっとりと眺めるとその扉を開いた。
民子はそこで民子の生き方をしていた…。

なんて、本の感想にしてはちょっと小ジャレた書き出しをしてしまった。
掌編フォト小説の影響をもろに受けているなぁ。

作家と野良猫の美しくも哀しい話。

一文にもならない原稿を書き続ける作家のもとに夜毎現れては、その作品を「とてもいいわ、その調子よ」と褒めて、作家を励ます野良猫である民子。
民子は作家にとって世の中にたったひとりの読者であった。
作家が売れ始めた頃、民子は忽然と姿を消す。
そして作家が長編小説に取り掛かり、大団円を迎えようとしたときに帰ってきた民子はやせ衰えてぼろぼろになっていた。
「最高よ、おめでとう」
その一言を残してまた消えていった民子。
もう二度と会うことは無い…。

マルハペットフード(株)のテレビCMのために書かれた浅田次郎の掌編小説である。

2000年9月から2001年3月に放映されていた。覚えている方も少なからずいらっしゃることであろう。

超ネコ好きの我妻と娘を喜ばせようとして、義理と人情の犬派の僕がその昔に買ってきた本だった。

しかし、こうしてまがりなりにも文章を書き綴ることで賞金を稼ぐモノカキになった今、民子のような応援者がいたらどんなに素敵だろうと思う。
超ネコ好きの我妻と娘は僕の稼ぐ賞金には目が無いが、書いている文章には聊かの関心も示さないのである。
もちろん、賞金稼ぎのモノカキは書いたものを賞金に換えることそれ自体が存在の意義であろう。
覚悟はある。
しかし、「いい文章をかいたわね、その調子よ」とか「最高よ、おめでとう」とかの声援を時には欲しく思うのである。

浅田次郎の小説には違ったかたちのいろんな『民子』が登場する。
落ちぶれボロのようになった主人公を応援して、男が上昇気流に乗って幸せが見えてくると、自ら姿を消してゆく女性たち。

彼女たちは『民子』なのである。

哀しいなぁ。
人にはそれぞれに役割がある、なんて言葉で片付けたくは無い。

僕はたくさんの『民子』たちに男を代表して感謝したいと強く思うのである。


この感想へのコメント

5.ryoukent (2008/11/05)
うーん、読みたい、だけど無い!
6.フィリップ・まろ (2008/11/07)
おかわいそーに。
そういうのって益々読みたくなりますよね。
ほんの片手のひらにのってしまうほどの小さな小さな作品。できるものならこの手で届けてあげたいくらい。
でも、もう少し頑張って探そうね。

もっと読む(6件)

 

みんなの感想を読む
 4

父・藤沢周平との暮し

著者 : 遠藤 展子

出版社:新潮社

発売日:2007-01-24

評価 :

完了日 : 2008年10月23日

「そうだ、童門冬二先生の『小説 中江藤樹』を読まねば」と市立図書館へネット予約を入れて、今日、引き取りに行った。
『図書館ボランティアのおねえさん』と称されながらも、これは一目瞭然に偽称罪が適用されるに違いないおばさんが、手配してくれている間に、「本日戻った本」のコーナーを眺めていて、僕は「うおおおお!」と声を上げてしまった。
「うおおおお!」の原因が表題の本である。

もはや、たなぞう伝説と化した古狸・船橋胡同大兄のノートで発見。その表紙の写真に矢鱈と感動をして、僕はそれだけで瞳がウルウルしてしまった本なのであるよ『父・藤沢周平との暮らし』は。

この写真を見て何も感じないものとは今日限り絶交だ。

希望に胸を膨らませ、明日の方角を見つめる娘。
そんな娘を慈愛たっぷりの視線で見守る父親。
二人の視線がまっすぐなら、その姿勢もまっすぐ。
それはまるで二本のけやきの木のよう。
若木に寄り添うようにして立つ成熟した親木。

もう一度言う。この写真を見て何も感じないものとは今日限り絶交だ。

子育ての基本的方針を「人並みの人間に」とした父・藤沢周平。
このツーショット写真には「人並みの人間に」娘を育てた父親の衒いの無い、心から滲み出てきた笑顔がある。
昭和の父と娘のぬくもりが小春日和の陽だまりの様に柔らかく伝わってくる。
藤沢周平の時代小説の暖かみの秘密がこの一葉の写真から伝わってくる。

何度でも言うから。この写真を見て何も感じないものとは今日限り絶交だ。

今回の感想は表紙の写真だけで充分だと思う。

でも、少しだけ内容に触れようか。
「子供が何かをしようとするときに、頭ごなしに反対するのではなく、とりあえずやらせてみて、助けが必要なときにすっと手を差し伸べる。親の立場からすると、何をするか分からない子供をじっと見守るのは、かなりの忍耐力がいります。しかし、父は私が幼い頃からずっと、そうして見守ってくれていたのです。そして、絶妙のタイミングで母が具体的なアドバイスをしてくれて、おかしな方向に向かいそうになる娘の軌道修正をするのでした」

ほうらね。

表紙の写真一枚でいみじくも僕が感じたことが、著者の筆で書かれているではないの。

最後に、この写真を見て、父と娘の関係をまっすぐに感じ取っているあなたとは永遠に友だちでいたい。


この感想へのコメント

53.フィリップ・まろ (2008/12/03)
つれない人だねぇ、パパさん。よし、こうなったら、短期記憶の海馬からさらに奥の脳細胞に入り込んでやろう。

『ぐるケア(グループホームと地域ケアホーム)vol.12』と言う雑誌が今日届いた。僕の文章が出ています。でもこの専門誌で一般書店じゃ売っていません。もしどこかの施設で見かけたら読んでみてください。
54.パル2パパ (2008/12/03)
相手の方はよく覚えてられるらしいんですよ、唯、僕は全くと云ってイイ程、覚えてない。まぁ、この図体だ、そんなにこれより大きいのは見た事無い筈、当たり前田のクラッカーだ。大体、今の彼女だって2度目に逢った時、覚えてなかった位で今でも責められる。
はい、解りました、読んでみます。別にまろさんが送ってくれるのは吝かでは無いよ(^-^)

もっと読む(54件)

 

みんなの感想を読む
 1

竹と人生 (1976年)

著者 : 上田 弘一郎

出版社:明玄書房

発売日:1976

評価 :

完了日 : 2008年10月15日

森見登美彦の『美女と竹林』に紹介されている本である。
ていうか、『竹と人生』がモチーフになって書かれたのが『美女と竹林』なのだ。
「なのだ」なんて僕が『美女と竹林』を書いたわけでもないのに言ってしまうのだ。
ここは断定してしまうのだ。
上田弘一郎先生が丹精して育ててきた竹林の中から何年かに一度咲く竹の花とともに『美女と竹林』が花咲いたのだ。

さていつものことだけど、自分の話しをしよっと。

忘れもしない。30年と少し前、大学の一般教養で履修していた科目が、ズバリ、「竹と人生」。
そしてその講義本が『竹と人生』であった。

講義本とは、要するに、教科書と称して、教授の売れない学術書を安定的に販売するシステムである。
履修学生が多いということは、即ち、教授の著書の需要が伸びるわけで、教授も出版社もホクホクするのである。

しかし、学生もしたたかなのがいて、使用教科書が解ると古書店に直行する。或るものは先輩におねだりして頂いて来る。中には、本屋さんで、無断で失敬してくる者もいたが、これは瞭かに犯罪である。

真面目に講義本を全部そろえると、当時でさえも何万円もかかった。
飢え死にするか、犯罪に手を染めるかの選択を迫られた時、或る学生が後者を選ぶことを、僕は勧めたりはしないが、受容はする。
かと言って、僕が犯罪者になったりしたことは無いからね、念のため。

本の内容についても少し書くか。書評のコーナーだし。

竹になぞらえて人生が語られている極めて稀有な学術書である。
表現が大袈裟で、笑える学術書として特殊な位置にある。

上田先生、いい人でした。
いい点数をくれたからね。

だから先生、僕もいい点数をあげるね。



この感想へのコメント

6.パル2パパ (2008/10/19)
まぁ、自分の本なんだからそれは構わないのよ。或る意味、その本を最大限に利用している訳だからね。それがまろさんだからイイんじゃないのかな、唯、図書館のはダメだよ。
7.フィリップ・まろ (2008/10/21)
図書館の本はいくら私といえども、そ、そんなことしません!ただ、ときどきお風呂には…お連れ申し上げて…。そんときは、ドアを開け、窓を全開して湯気が篭もらないようにしてます!胸を張って言うことでもないか。あと、娘や皆さんからのご指導を受けて、ドッグイヤはかなりやらなくなりました!もうじき、僕は、まっとうな読書家になります!今しばらくお時間をください。

もっと読む(7件)

 

みんなの感想を読む
 12

きみの友だち (新潮文庫)

著者 : 重松 清

出版社:新潮社

発売日:2008-06-30

評価 :

完了日 : 2008年09月24日

精文館書店中島新町店の時間的書店員43歳改め17歳さんは、もはや僕の泣き所をしっかりと捉え切っている様子である。

まろさんにはこの本がおすすめ、と申し渡されて読んだ本。
いやはや、泣かせてもらいました。

僕には二つの書斎がある。

僕は青空の下、公園の芝生の上で寝転がって本を読むことを無上の楽しみとしている。
書斎の一つは、そう、アウトドア。
もう一つはお風呂。
ぬるま湯に窓を開け放ち、湯気を追い出しながら、30分程度。これも幸せな時間である。

僕が『きみの友だち』のクライマックスの場面である「花いちもんめ」の章を読んだのは城跡公園の芝生の上。

全編を通した主人公は小学4年生の時に交通事故で足に障害を負った恵美だ。恵美が交通事故に巻き込まれるきっかけとなってしまった由香とのちょっと歪な友情物語。それを第3者のストーリーテラーが淡々と語ってゆく。

だが、各章にはそれぞれに主人公がいて、その章での佳境が用意されている。1本の読み物として成立している。いろいろなパターンの友だち関係が描き出されている。

「花いちもんめ」ではここまで書き継がれてきた友だちのことが集約され、過去の出会いとすれ違いが今の友だちとの関係性を作っていると物語る。

物理的な関係性には終りが来る。この章で一つの物理的友達関係が終りを告げる。恵美と由香の友情は由香の死で幕を閉じる。

城跡公園の芝生と一体化していた僕は本を閉じると空を眺めた。
そこには恵美と由香が探し続けていた「もこもこ雲」が出ていた。
僕は時々こういった種類の奇跡を起こす。
涙がハラリ…。

僕が著者であったなら、ここで一巻の終りとするな。

しかし話は続いた。

最終章。

その名も「きみの友だち」

僕が読んだのは、もちろん自宅のお風呂の中。

この物語を語ってきたストーリーテラーがこの章で顔を出す。
恵美はここでストーリーテラーと結ばれる。

友だちとの死別で閉じるべき話が、友だちを心に残して生き続け、新しい「伴侶」というパートナーを得て幕を閉じる。

ああ、そうだな、僕もこの方が嬉しいな、と思った。

30年前、21歳の時にバイクの事故で死んだ僕の親友のことを考えても『きみの友だち』の終わり方はこうでなくちゃいけない、と思った。

僕がお風呂で零した涙は仕事に疲れてささくれが目立ち始めた感情をやさしく浄化してくれた。


この感想へのコメント

30.KUMI (2008/10/08)
おこんばんわっ♪
阪神の調子が悪いから、もうテレビはいいや。
まろさんとこに遊びに来ました♪
そう、そう♪まろさんのそのエッセー、どこで読めるのか気になっていたのでした!
『公募ガイド』に掲載されるのですね☆

掲載号の発表はこの場所って事で。ワクワクするなあ~♪
全国区の一般紙!晴れの舞台みたいだねー☆
31.フィリップ・まろ (2008/10/11)
キッチンからこんこんと包丁の音が聞こえてきた。
眼を開けると薄暗い。
時計は5時15分をさしていた。
そうか、早出の妻がもう朝食を作ってくれているのか。
ゴミを出し、朝刊を取りにいこうと思った。
生ゴミを集めていると、「何してんの」と妻。
「ゴミを出す準備でしょうが」
「お父さん今何時だと思ってんの?」
「えっ?」
僕は朝5時過ぎだと思っていたら、夕方でした。
夜勤明けで3時間くらい爆睡して、オカシクなっちゃったよ。

もっと読む(31件)

 

みんなの感想を読む
 1

「傾聴」話し上手は聴き上手―「聴く」ことであなたの人間力・仕事力がアップ!! (パンドラ新書)

著者 : 鈴木 絹英

出版社:日本文芸社

発売日:2006-04

評価 :

完了日 : 2008年09月15日

「初対面でちょっと話しただけでも、またこの人と話したい、と好感を抱かせる人がいます。その逆に、ほんの少ししか話していないのに、もう二度と会いたくないとまで思わせる人もいます。そんな二つの会話の違いとはどんなところにあるのでしょうか」

これは「はじめに 『聴き方』しだいで人間関係は決まる」の冒頭の一説です。

確かにいますよね。この人ともっと会話を楽しんでいたい、と思わせる人。一方では、この人と会話していると胸がムカムカしてくる、という人も存在する。

この違いを平易な言葉で解説して、会話としての良い例、悪い例を示してくれているのが本書である。

良い会話を成立させる第一歩が「傾聴」にある、と解説している。

確かに「話し上手は聞き上手」と言う言葉は、誰もが一度は耳にしたことがある。

それでは話し上手になるためのトバ口である聞き上手にはどうすればなれるのか。その辺りの事が本書には詳細に書き綴られている。

もう少しだけ本書の内容について突っ込んで書いてしまうと、それらすべてのことの始まりは『傾聴』にある、と著されている。

『傾聴』とは、何気なく聞くのじゃなく、耳を傾けてよく聴く、こと。

傾聴ができてはじめて話し手の心情に共感ができる。話し手と聴き手の間に共感が生まれれば、自ずと信頼関係が成立する。信頼関係の成立とは、言葉を変えれば人間関係の成立である。堅い絆で結ばれた対話者。彼らが得たものは、堅固な人間力、と言ってもいいだろう。

皆さん、もっともっと話し合おう。

自分以外の人の話に耳を傾けよう。

そのとき、一切の批判はいらない。

ただ聴いてあげるだけ。

ただ頷いてあげるだけ。

それでも、話し手の心は雪解けの春を迎えた大地のように流れを取り戻すだろう。


この感想へのコメント