たなぞう

WEB本の雑誌

フィリップ・まろさん > 読書ノート

フィリップ・まろさんの読書ノート

仏道修行の本
若い頃、比叡山延暦寺の無動寺谷・明王堂という山寺に居候していたことがある。俗世間のしがらみから逃れ、自分を見つめる若者ひとり。というとカッコイイが、要は社会から逃げ回っていた果てに辿りついた先が修行の谷であっただけのこと。行き暮れた僕に「しばらくお山の行事を手伝ってくれるか」と誘ってくださった阿闍梨(あじゃり)さん。僕の全てを見抜いておられたのであろう。
<前のページ 1  次のページ>

 

みんなの感想を読む
 1

命のことば (文芸第一ピース)

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:講談社

発売日:2005-05-31

評価 :

完了日 : 2008年07月05日

こういうのが本当の意味での布教活動というのだろうな。

自分の所属する天台宗に限らず、臨済禅、曹洞禅、浄土宗、真宗、時宗、果ては神道、カトリックまで。
宗教の如何を問わず、心に響く言葉を紹介してくれている。
その中から、自分にはこれだ、という言葉と遭遇したとき、自分に合った宗門を叩いてみてください、とでもいうようなアプローチの仕方がいい。

白隠慧鶴『草取唄』「神や仏を祈らずとても、直ぐなる心が神仏」

菅原道真「心だに誠の道にかないなば祈らずとても神や守らん」

千利休「和敬静寂」
これを松原泰道老師が説く。「和を和やかとか、仲よくというのでは不十分で、料理の和え物のように、二つ以上の材料を合わせて、まぜて『第三の味』の美味をだすように、それぞれの材料が一緒になって互いのよさを引き出し合わせて更によい味を出すのが『和』だ」と説いている。

マザー・テレサ『親切で慎み深く』
「親切で慎み深くありなさい。あなたに出会った人が誰でも、前よりもっと気持ちよく、明るくなって帰るようにしなさい。親切があなたの表情に、まなざしに、ほほえみに、暖かく声をかける言葉に、あらわれますように」

鈴木正三『盲安杖』「己を顧みて己を知れ。たとい学文広くしていかほど物を知りたりとも、己を知らずば、物知りたるにあらず」

以上は、僕の『命のことば』として本編から選んだもの。
皆さんは皆さんの『命のことば』と出会うことができると思う。

社会で、職場で、家庭で生かせる言葉との出会い。美しい言葉がコミュニティの進行を円滑にする。できるだけたくさんの人々と解り合いたいものである。


この感想へのコメント


みんなの感想を読む
 1

美しいお経

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:嶋中書店

発売日:2005-10

評価 :

完了日 : 2008年06月02日

「幸せな時にはありがとう
 苦しい時には力を下さい
 淋しい時には聞いて下さい
 いつも
 地球のすべての人が
 幸福で平和で 
 ありますように」

誰ですか。新興宗教のお題目、などと言っているのは。
これが寂庵の祈り、です。斜交いの目で見ていた人。カルト教団の上辺だけの言葉と解した人。反省なさい。寂庵では、簡単な祈りを、より単純化してできるだけたくさんの人々に理解して頂ける様にとの配慮から飾り気のない言葉を選んでいるのです。
さあ、それが解かったあなた。一緒に『美しいお経』のページを紐解きましょう。

この本は「どこへでも持ち運べて、いつでも気軽に開いたら、どのページにも短い美しいお経や詩歌の言葉が囁きかけてくれる。疲れた時、淋しい時、心に屈託をかかえている時、孤独で泣きたい時、あるいは幸福感で心が満ち足りて思わず誰かに話しかけたいような時、こっそり開いてみたら、自分の心を見すかしたような、なつかしい美しいお経や詩の短い言葉が応えてくれている」

と「はじめに」で説明しています。

あらら、庵主さん、この本の要約をすべて言い切っちゃっている。もはや解説、批評の必要無し、だな。

僕は夜間勤務のほんのささやかな休憩中に貪るように読みました。疲れて、孤独で、泣きたいくらいなことの続発するのが認知症対応型共同生活介護の施設の夜勤ですから。肉体、精神の疲労時のエネルギー補給にこの一冊、という感じでした。

「怨みに報いるに徳を以ってす」
「諸悪莫作(しょあくまくさ)衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)」

僕の気になった言葉です。
読者の皆さんも自分の心の言葉を捜して見てください。
きっとあなたのためにだけ書かれた一節と出会うことになるでしょう。


この感想へのコメント

1.オヤオヤもんど (2008/06/25)
この本と観音経の本のカバーデザインは、横尾忠則さんですよね。ワタクシも横尾さん経由で瀬戸内さんの言葉に出会い、救われたものです、ずっと以前の頃ですが…
2.フィリップ・まろ (2008/06/26)
何じゃこれは、と思ったら、案の定。横尾さんでしたか。デザインにおけるキュービズムですね。これだと一目で『美しいお経』ってわかるよね。商業デザインとして成功例ですね。横尾忠則作品は遊園地みたいで遊べるところが好きです。
 

みんなの感想を読む
 1

あの世 この世

著者 : 瀬戸内 寂聴,玄侑 宗久

出版社:新潮社

発売日:2003-11-21

評価 :

完了日 : 2008年05月30日

天台宗の僧侶であり、文化勲章受章者の瀬戸内寂聴と、臨済宗の僧侶であり、芥川賞受賞者の玄侑宗久の対談本。

この世の経験値では既にMAXにまで人生の針を押し進めている瀬戸内寂聴庵主もやはりあの世のこととなると少々勝手が違うらしい。30歳以上も歳の離れた玄侑宗久和尚に尋ねることしばしば。
だが、寂聴さんの偉いところはそこだ。自分に不分明な事は人に訊いて正そうとする。当たり前の行為だが、いやいや、凡人にはなかなか出来ません。30歳も年下の小僧にそんなこと訊けるか、なんてね。見栄というものに何時も邪魔されて聞き逃してしまう。絶好の機会を失ってしまう。謙虚で真っ直ぐな寂聴さんの人間性に大いに惹かれるところです。

しかし、その宗久和尚にもあの世のことが判然と解かっているわけではない。そりゃそうだ。この世に居る人は誰も行ったことの無い世界があの世だもの。

因みに天台宗の僧侶で直木賞作家の今東光大僧正は「死んだらどこへ」との若者の問い掛けに「そんなことわかるかい!・・・死んだらどこへ行くなんて心配するより、いま、これからどこへ何しに行ったらいいかを心配しなよ。現在の自分が何をどうしたら一番いいかをよく考えるんだな。それを明確に考えられんようじゃ、死んだって行くところへ行けやせんぞ!」 
こう答えています。
ズバリそのものの模範解答例でしょう。

ところで僕はいろいろな意味で近頃自信を失いかけていました。
それがこの対談にこれまた模範解答のような答えが載っていました。
こうです。

瀬戸内「自分で自信を持つと言うことは難しいかしら。何か自分にできるものを一つ持てば、ずいぶんと違うと思うんですね」
玄 侑「禅宗的な言い方かもしれませんけれども、自信に根拠なんていうものはなくて、自信ありげな様子をしていると、何だか自信が出てくるということはありますよね」(笑い)

どうですか。この無碍闊達な精神。凄い人たちのトンデモな対談は為になること以上に、胸がすく思いがします。

いつか坊主になりたい、と考えて早25年が経ちました。在家主義ブッディストとしてはかなりの線まで来たように勝手に思っています。これも根拠の無い自信でしょうか。


この感想へのコメント

1.パル2パパ (2008/06/04)
鈴鹿の叔父は寺の娘を貰ったので、義父が亡くなったのを境に、会社員で在りながら、坊主になりましたから。まろさんにだって決して無理な話でも無いと思うよ。其なりのスクーリング(修行とも云う)は必要らしいけど。確か、2、3年架りだった様に聞いた。僕も仕事が無くて数ヶ月プーしていた頃、ウチの菩醍寺に後継ぎの修行に出されそうになったっけ。あん時ゃ、真っ平ご免と慌てて就活して職を決めた事を思い出します。
2.フィリップ・まろ (2008/06/06)
実は僕も比叡山の回峰行の根拠地、無動寺谷明王堂で居候をさせてもらっていたとき、阿闍梨(アジャリ)さんから「まろ君、君は見込みがあるから、今から坂本へ降りて頭を丸めて来い。弟子にしてやろう」と誘われました。僕はまだ若くて俗世に未練たらたら、女性に欲望ばりばりでしたので、丁重にお断りしました。でも今、頭だけは幸か不幸か、出家者のいでたち、です。
 

みんなの感想を読む
 1

聖玻璃の山

著者 : 夢枕 獏

出版社:早川書房

発売日:1995-10

評価 :

完了日 : 2008年05月27日

般若心経が夢枕獏の手で戯曲化された本。

第1章 摩訶般若波羅蜜多心経
第2章 摩訶般若波羅蜜多心経
第3章 戯曲・摩訶般若波羅蜜多心経

第1章は般若心経の読み、第2章は般若心経の読み下し、第3章は夢枕獏オリジナルの般若心経の戯曲。
写真集の趣もあり、全ページに夢枕獏が現地で撮影してきたベストショットが紹介されている。現地とは、チベットのカイラス山周辺。カイラスは巡礼の山。グル・リンポチェと称されて、人称化されている。

もう書くことがないので、ここで僕の短歌を紹介します。

西蔵のカイラス山の巡礼は五体投地の終わり無き旅

マニ車右手に回すラマ僧の唇に乗るオンマニペメフム

生と死の間を流るるガンガーに沐浴をする異教徒の吾


この感想へのコメント

12.ryoukent (2008/06/09)
もうしわけない。どうも勘違いが激しくて。としですね。

要は「あのくたら・・・」はもちろん般若心経で、その解釈の仕方をもうひとつ突っ込んで教えて頂いていたのですね。

どうにも恥恥な事でした。すまぬすまぬ。
13.フィリップ・まろ (2008/06/09)
「いえいえ」の第二弾。知らないこと解からないことをトコトン自分の目線から突き詰めてゆくことの何が恥であるものですか。最初から解かってもらえるように説明の出来ないこちらの方こそ、力不足というものですよ。般若心経とつき合って30年にもなると「オレは判ってんだかんな」って慢心の気持ちがあったのかもしれません。一生をかけて腹に収めるもの、それが般若心経でした。

もっと読む(13件)

 

みんなの感想を読む
 1

老春も愉し―続・晴美と寂聴のすべて

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:集英社

発売日:2007-10

評価 :

完了日 : 2008年05月22日

「1998年11月発行で、『晴美と寂聴のすべて』という本を、集英社から刊行している。私の0歳から76歳(数え年なら喜寿)までの全軌跡を、年代順に取り上げた編集で、文章はすべて、私の著作の中から選び出していた」

まえがきの言葉である。

本書は、それから現在に至る瀬戸内寂聴尼の軌跡が収録されている。

しかし、この人はすごい。
その行動力、思考力、想像力、創造力。どれをとっても余人の適うところではない。1年365日24時間、小説のことだけを考えて生きてきた人だ。小説の事を考えることで仏教の悟りに近づいていく人なのだろう。仏様が、小説三昧の境地に入ってその法悦を得た時に覚者となる、と決めてしまわれた人のようである。80歳を過ぎてなお「小説をほめられることぐらい生きているこの世で嬉しいことはない」と言う。ここまで来るともはや可愛い。愛読者である僕らは大いに褒め称えようではないか。そしてもっとたくさんの作品を遺しておいてもらおうではないか。

僕らしくもなく早くも締めの言葉を使ってしまった。
もう少しお付き合いください。

場所は目白台のアパート。そこに谷崎潤一郎と円地文子がいた。あとから瀬戸内晴美、後の寂聴も入居する。さて、この3人に共通することがお解かりだろうか。そう。源氏物語を現代語訳した3人が一時期同じ屋根の下に暮らしたのである。もちろん、当時の3人がまさかそんな関係になろうとは知る由もない。不思議な縁としか言いようがない。紫式部の仕組んだ悪戯、としか解釈の仕様があるまい。

旅先のパリで街角に張り出されていたポスターに描かれていた猫の話が良かった。その猫が瀬戸内庵主さんが以前に飼っていて死んだぺぺにそっくりだった。思わず庵主さんは「あのポスターを一枚盗んでくれないか」と同行の人に頼んだという。当然断られたけれども。無茶を言う尼さんだ。でも、可愛いエピソードである。

徳島県の寂庵塾の話もスケールの大きさを感じた。塾生の中に妊婦が3人いた。お腹の中の子供たちは23年後、かたちを変えた庵主さん主催の塾に入塾してきたのだ。老いてなお矍鑠たる瀬戸内寂聴庵主ならではのエピソードだ。

最終ページに近いところで世阿弥の話題から、この著書のタイトルに肉薄する。
「肉体に迫る老いはさけ難い。しかし長く生きると、それだけこの世の思い出の数は増える。人との別れも増えるが、出会いの記憶の方がはるかに多い。思い出をなぞるだけでも退屈しない。私は近頃、老いの愉しさが漸くわかってきたような気がする」

仕事柄、老人と接する機会の多い僕には、介護の問題を考えるヒントになりそうな言葉である。


この感想へのコメント

10.パル2パパ (2008/05/31)
いやね、何でこれを持ち出したかというと、気象衛星やらアメダスやら最先端の技術を持ってして、結果が余りにアバウトというか、ハズレが多いからさ。下駄蹴って決めてんじゃ無かろうか?って結果だもの。天気予報じゃなくて、ロト・天気にでもして天気予想にしたら、もっとまともな結果になると思うんだけど、どうかな?
11.フィリップ・まろ (2008/06/02)
あれれ?昨日書いたコメントが完全消失。近頃たなぞうがメチャクチャ重くてムカツク。おまけに今度は消えてんじゃん。しっかりしろよ、たなぞう!

もっと読む(11件)

 

みんなの感想を読む
 1

生きることば あなたへ

著者 : 瀬戸内 寂聴

出版社:光文社

発売日:2001-02

評価 :

完了日 : 2008年05月21日

何だ、どうしたんだ、たなぞう!
今夜のたなぞうは最低の機動力だ。
立ち上がりは遅いわ、ミスジャッジはあるわ、精魂込めて書いた感想文を消し去られるわ。ムカツクなあ。僕の貴重な30分を返せ。んなろうめー。

でも今日は許してしまうのである。
だって僕はこの本を読んだのだから。

「深夜、思いわずらって眠れない時、誰かに苦しい胸のうちを打ち明け、聞いてほしい時、孤独にさいなまれて、さめざめとひとりで泣きたい時、ふと、手をのばして頁をくってみたい小さな本があれば、どんなにか心が慰められることでしょう」

こんなやさしい言葉が冒頭に書き込まれた本を読んだ後に、たなぞうの失策をなじって心を掻き乱していたらもったいない。

宇宙空間に消し去られた僕の感想では、ここから、この本の抜粋とそれに基づく僕の意見が差し挟まれていた。わりと好い事をたくさん書いたのに、このざまだ。くそーっ、たなぞうの奴め、と何時もの僕なら怒り心頭に発すところであるが、今日はもう怒らない。だって、この本を読んだ僕は読んでいない僕とは違った高潔にして高邁な精神の人になってしまったのだ。そんなに簡単に人品がグレードアップするものなのか、とお疑いの御仁は早速、明日、この本を読んでみることをお薦めする。もし何ら変化が訪れなかったら、再読三読することをさらにお薦めしたい。それでも変化のない人は諦めてください。あなたには素養がない、って言うことで。

珠玉の人生の言葉がぎっしりと詰まっています。
この本が自分の為に書かれたものである、と感じた人。ずうずうしいなあ。でもこの本は本当にあなたの為に書かれた本なのです。


この感想へのコメント

20.フィリップ・まろ (2008/05/30)
宮脇俊三さんに時刻表の読み方を教わったような気がします。僕が大学卒業と同時にプータローの道に突入することになった原因の一端を宮脇作品が握っているといえるかもしれません。
「今の仕事だって…?」否定できないところが自分でも恐ろしい。 
21.パル2パパ (2008/05/31)
あ~良かった、もしその頃、同じ様に宮脇さんの本を読んで時刻表に嵌っていたらと思うと。ま、別の意味で今だにバイクに嵌っている身としては、どうなのよ?て云われても仕方無いが(^^;)

もっと読む(21件)

 

みんなの感想を読む
 1

二千日回峰行―大阿闍梨・酒井雄哉の世界

著者 : 野木 昭輔,菊池 東太

出版社:佼成出版社

発売日:2007-10

評価 :

完了日 : 2008年02月27日

どこから説明しましょうか。
とある事情で、積もりに積もっていた書棚、リビングに出来た本の山脈を整理しなくてはならなくなって、とっかかることまるっと二日。
それはそれは書斎周辺が清く美しく、まるで頭の良い人の思索の空間ででもあるかのような変貌を遂げて大満足に暮らしております。

その整理整頓の際に出てきたのが、表題の本です。といっても、僕の持っているのは、新装改訂の前の版ですが。

わが街の図書館では、古くなったもので貸し出し頻度の低い本を“リサイクル・ブックコーナー”に移します。欲しい人は5冊までもらってゆくことができます。そんな次第で手に入れたのがこの本でした。

しかし、日々、堆積を繰り返し、うず高くなってゆく本の山脈の中層部を形成する書物の一冊として納まり、何時しかその存在は忘れ去られていたのでした。

それが今回の一念発起の5S運動(「整理・整頓・清潔・清掃・躾け」これ、覚えておくといいよ。会社で、或いは、自治会、PTAで自慢できます)で蘇ってきたわけです。

しかし、図書館にしろ、僕にしろ、こんなに貴重な本をどうしてこうまでもひどい扱いをしてきたのか。反省しきりです。

“千日回峰行”については、僕の読書ノート『仏道修行の本』でお調べください。

平安時代から比叡山に伝わる、超絶の難行苦行“千日回峰”を二度までも行じ、満行された酒井雄哉大阿闍梨。師の生き方は現代社会を喘ぎながら生活している人々に夏は涼やかな風を、そして冬は暖かな部屋を与えてくださっているようです。

こんな立派な本の存在を忘れ切ってしまっていた僕。反省の意味を込めて、今回、評価することは遠慮させて頂きました。


この感想へのコメント


みんなの感想を読む
 2

生き仏になった落ちこぼれ―酒井雄哉大阿闍梨の二千日回峰行

著者 : 長尾 三郎

出版社:講談社

発売日:1988-12

評価 :

完了日 : 2007年10月06日

比叡山延暦寺1200年の歴史の中でも千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)を二度までも満行された修行者は数えるほどしかいない。酒井雄哉(さかいゆうさい)阿闍梨(あじゃり)はそのうちの一人である。

おおよそ回峰行者となる者は、師となる高僧である阿闍梨のもとで小僧時代を送る。比叡山中学から比叡山高校へとお山から通わせてもらい卒業する。
ここで師である阿闍梨の推薦と本人の強い意志、希望が合致し、比叡山一山から認められたとき初めて百日回峰行(ひゃくにちかいほうぎょう)の行者となる資格を得る。
初百日の回峰行を無事満行して、さていよいよ千日に挑むかどうかの決断を迫られる。足掛け7年のうちに千日、比叡の山谷を約30キロ巡礼して歩く。(酒井師が満行された飯室回峰は約40キロにも及ぶ)途中約260箇所で祈祷礼拝。途上の行者道では本尊の不動真言を唱え続ける。
七百日が満行すると九日間の“堂入り”をする。断食、断水、不眠、不臥で何万枚も護摩木(ごまぎ)を焚き続けるのだ。さらにその後には京都大回りの行が待っている。

こんなとてつもない修行に己が身を投じる僧侶が普通であるわけが無い。
所謂、比叡山の選ばれし修行エリートたちである。

ところが、酒井雄哉師は違う。俗世間での失敗の数々。特攻隊に堕ちこぼれ、戦後の動乱、就職後の会社員として堕ちこぼれ。果ては社会人、人間として落ちこぼれてしまう。行く当てが無く最期に拾われたのが比叡山・横川(よかわ)の山寺であった。

修行エリートたちが行に入る年齢の平均が20歳前後なのに対し、酒井師は初百日に入ったのがすでに46歳になっていた。お山での行に入ることにおいても酒井師は落ちこぼれ、といえた。

しかし落ちこぼれと言う言葉、本当にそんな人生なんてあるのだろうか。
人は何歳でかくあらねばならない、人は何歳で何を成し遂げなければならない、なんて一体どこの誰が決めたのか。
人はそれぞれに与えられた人生を、その人なりのスピードで歩んでゆく以外にないのではないか。
短距離走が得意な人も居れば、長距離をこつこつとゆっくりと努力しながら走るのが好きな人も居る。どちらが優秀であるかなんて誰が決めるのか。そんな比較はもうゴメンだ。

そして酒井師が登場する。自分のペースで自分の信じる道を歩めば、いずれはどんなに遥かな目標にも到達できる、。と

無明の闇に灯された酒井雄哉阿闍梨という小田原提灯の灯が僕には人生の一里塚に見える。


この感想へのコメント


みんなの感想を読む
 1

行道に生きる―比叡山千日回峰行者 酒井雄哉

著者 : 島 一春

出版社:佼成出版社

発売日:1983-01

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

比叡山延暦寺の無動寺谷・明王堂でお世話になっていた頃、一度だけ酒井雄哉(さかいゆうさい)阿闍梨(あじゃり)をお見かけしたことがある。既に60歳を越えていたかと思われるが、その歩く姿は現役の回峰行者(かいほうぎょうじゃ)のそれであった。颯爽として、一陣の涼風が吹き抜けてゆく。美しい季節の風のようであった。

酒井雄哉師は千日回峰行を満行すると、日をおかずに、迷わず二千日回峰行に歩き出した。

もともと行は自己を生き仏に変化させるが為の手段である。

ところが酒井師にとっては、行に取り組んでいる最中の自己こそが生き仏であるとでも言わんとしているようである。

しかし、これも、実は、酒井師がなぜ行を続けるのかの明確な解答を得られない周囲の者が勝手に自分なりの答えを得んがために考え出した事柄に過ぎない。

酒井師は、そこに行があるから続けるだけ、とでも言わんばかりに、今日も歩き続ける。

酒井雄哉師。行道に生きることこそが師の真実の仏としての姿なのだろう。


この感想へのコメント


みんなの感想を読む
 1

阿闍梨誕生―比叡山千日回峰行・ある行者の半生 (1979年)

著者 : 和崎 信哉

出版社:講談社

発売日:1979-11

評価 :

完了日 : 2007年10月03日

昭和54年正月。NHKテレビ特別番組『行』が放映された。
これが僕と『千日回峰行』との出会いであった。
その年の11月、表題作がその時のプロデューサーの手で一本の読み物にまとめられた。
修行に取り組む行者の姿は圧倒的だった。
「こうしてはいられない!」
と僕を突き動かすものを感じた。
その後幾たび比叡山に登ったことか。
京都側から登ると山頂付近にスキー場がある。辺りにいる若者たちは勿論スキーウエアに身を包み、スキー板を担いでいた。
僕はザックにトレッキングシューズ。当時まだ登山を始めていなかったので、滑り止めのアイゼンや足元を保護するロングスパッツさえ装備してはいなかった。
みんなが不思議な山の生き物を見るような目で僕を見ていた。僕は雪の行者道を歩いた。そうしていると自分が修行僧にでもなったかのように身も心も引き締まってくるのを感じた。
後に阿闍梨さんから
「それは伊達や酔狂に過ぎない。しかし、この雪の中を自力で一人で登ってきたのは君と不動明王の御縁や」
といって頂いた。別に報いを求めてやってきたわけではないのに、その言葉で疲れが一変に吹き飛んだのを覚えている。

比叡山延暦寺。懐の深い山である。そりゃそうだ。日本の仏教はそのほとんどがこの山で生まれ、世間に飛び出していったのだ。“八宗兼学”の仏教の総合大学、これが延暦寺である。


この感想へのコメント

3.くうふう (2007/10/06)
あの番組でのいくつかのシーンは今でも脳裏に焼きついています。命がけでやることは、命がけのスポーツも含めてですけど、心に響いてきます。それにしても、あれを2回もやられたんですか。2000日で約5年半。そんな精神的な強さはどこからくるんでしょうね。
酒井師を検索したら、ありました。中国で講演されたり、ローマ法王と会われたり、世界を股にかけてのご活躍のご様子です。権大僧正になられてます。
4.フィリップ・まろ (2007/10/06)
少し『千日回峰行』について説明しましょう。千日、と言っても毎日連続で回峰するわけではありません。年間計画があって、本年度は○月○日から△月△日までの百日、と定めます。これを足掛け7年だったと思いますが続けるわけです。その間、比叡山に12年間籠山していなければなりません。街に遊びに行くことはおろか、親の死に目にも合いには行けないそうです。

もっと読む(4件)

 

みんなの感想を読む
 1

比叡山回峰行 (1976年)

著者 : 白洲 正子,後藤 親郎

出版社:駸々堂出版

発売日:1976-09

評価 :

完了日 : 2007年10月02日

『回峰行』をご存知の人は少ないと思う。「かいほうぎょう」と読む。
比山延暦寺に1200年前から続く修行である。比叡の山谷を一日に約30キロ巡り歩き、その間におよそ260ケ所で祈祷礼拝する荒行、それが回峰行である。
『百日回峰行』と『千日回峰行』がある。
千日回峰行は無論のこと百日回峰行といえども、ただ気力と体力があればできるという代物ではない。もう一つの何か。それこそ、信仰の力なのだろう。信仰の力は、時として、人を科学の枠からはみ出した超人的な存在にしてしまうことがあるとみえる。

モノクロームのこの写真集に余すところなく回峰行が写し出されている。ある日の修行僧の姿が光と影の織り成す単色の世界に息づいている。

雪の行者道を行く行者。
玉体杉(ぎょくたいすぎ)から京都御所を遥拝する行者。
京都切り回りのさ中の行者。
連れ立って葛川(かつらがわ)に夏安居(げあんご)に向かう行者。
ひたすら不動真言(ふどうしんごん)を唱える行者。

行と取り組む行者のひた向きな姿勢と気迫がモノクロームの写真から肌を刺すくらいぴりぴりと伝わってくる。

文章は白洲正子。日本の美の語り部の第一人者である。古寺巡礼本としても読めれば、随筆集としても楽しめる。体験記でもある。著者のえらいところは、その足を現地に運んで自分の眼で見て、体感した事象を筆にするところであろう。嘘偽りがない。

忘れちゃ行けない。帯びの推薦文。我が師匠、今東光和尚である。余談ではあるが、今東光は比叡山延暦寺の大僧正であり、天台宗東北大本山中尊寺貫主を務めたそれはそれはエライお坊さんなのである。


この感想へのコメント

<前のページ 1  次のページ>

Copyright c 2006 WEB本の雑誌 All rights reserved.