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フィリップ・まろさんの読書ノート

何故だ!さくらももこ・・・
クッソーッ!KUMIさんに乗っけられて僕が『ちびまる子ちゃん』好きであることが白日の下に晒されてしまった。こうなったからには仕方がない。読書ノートを作るべし、と開き直って立ち上がった50男であった…。
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 2

神のちから (スピリッツボンバーコミックス)

著者 : さくら ももこ

出版社:小学館

発売日:1992-06

評価 :

完了日 : 2008年01月30日

何を根拠にそんなに期待してしまっていたのか良く覚えていない。
ヤフオクで500円で売られていたからすぐに入札した。
競合者は一人も出ず、すんなりと落札。

根拠の無い大いなる期待値に沸騰する頭で取り急ぎページをめくった。

何だかどう考えても手を抜いて描いたであろう曖昧な線の人物像の輪郭に驚かされた。
『ちびまる子ちゃん』にもそれは言えることだけど、『ちびまる子ちゃん』の線には夢と優しさがあり、タッチが綺麗である。ここで早くも少しこの作品に対して嫌悪感を感じた。

ところが、読み進めるうちにその評価が何時しかガラリと変わっていた。

「これはもしかして、マンガの革命的作品じゃないか」と。

もう随分と前になるが、つげ義春の『ねじ式』を読んだときと同様の気持ちの悪さと、底知れない魅力を感じていたのだ。

『ちびまる子ちゃん』が早稲田文学で言うところの「くそリアリズムの私小説」とするならば『神のちから』は「87%のシュールレアリズムに13%のフォービズムを加えた超絶マンガ」ってところか。
つまり『ちびまる子ちゃん』の対極にあるのが『神のちから』だと言えそうだ。

『ちびまる子ちゃん』はもはや日本のアニメ史に金字塔を打ち立ててしまった感がある。
その存在は『鉄腕アトム』や『サザエさん』『ドラえもん』と同列に語られて然るべきだろう。

しかし、作者のさくらももこは『ちびまる子ちゃん』という惑星の周りをひっそりと回っている衛星にも魅力を感じているようだ。それが『神のちから』だ。

『神のちから』のシュールで不条理な世界観。この作品に読者はきっと足元を掬われることになるだろう。ふらついた足で、よ、よ、よ、とつんのめる。ああ、倒れちまうな、と思うのだが、それもままならず、体は前のめりのまま各章の「おしまい」の四文字に出くわすことになる。

ああ、なんて言ったらいいのやら。この中途半端な浮揚感。気持ち悪い。なのに心地よい。これが『神のちから』なのか。



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16.KUMI (2008/02/11)
ただいま~。と、でも言いたくなるほど忙しかったこの連休・・・。久しぶりにPCの前にきて、ちょっと、ホッとするのは何故でしょう?
ウチは、夫婦二人してPC初心者なんで、とりあえず慎重に
いこうね、の話し合いのもとPCを使っているのです。
それを、わかっていただけた事は嬉しいっす♪
小渕さんに憧れ曲をつくってみたい、と思ったものの簡単じゃあ、ないね。でも、作りたいよね。
17.フィリップ・まろ (2008/02/13)
ヤフオクで落札した『ちびまる子ちゃん』をぼちぼち読んでいます。さくらももこはズバリ漫画の人だと思いました。笑いの取り方を比較すると漫画のほうがエッセイより数段上だね。漫画『ちびまる子ちゃん』は僕の笑いのツボにピタッと嵌っていますが、『神のちから』方面の漫画をもっと描いて欲しいな。解らない読者は放っておいて、そんなこと気にもしないでさくらももこが描きたいように描いたマニアックな作品もいいな。

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 4

ももこのいきもの図鑑 (集英社文庫)

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社

発売日:1998-05

評価 :

完了日 : 2008年01月28日

こいつぁあ傑作な本である。
めちゃくちゃ笑えます。
30冊以上さくらももこモノを読み継いできましたが、ベスト3に間違いなく入るね。

46編の小動物たちのミニエッセイ集。どれも相当レベルが高い仕上がりだけど、僕は「ヒヨコ」の話に嵌っちゃったね。

ちびまる子ちゃんのおじいちゃんの友蔵と実際のさくらももこのジイさんとは性質がかけ離れていたらしいが、バアさんも尋常な人物ではないことがここに判明する。

縁日でももことお姉ちゃんはヒヨコを買って帰った。テキヤのオヤジに緑色とピンクに着色されたヒヨコ。
僕らの地方でも縁日で鶏のヒヨコやウズラの雛が売られているのをよく目にしたが、着色されたものは見たことが無い。テキヤの地域性によるものか、はたまた販売戦略上の工夫か。

余談ではあるが、僕は縁日でウズラの雛を二羽買って育てたことがある。その時の模様を『ウズラ日記』と題して大学ノートに書き留めたが、あれはこの『いきもの図鑑』に匹敵するくらい面白い出来であった。毎日、記録しては娘に読み聞かせしてやった。バカに受けていたものである。幻の傑作だ。

さて、ももことお姉ちゃんの着色ヒヨコだ。翌日にはあっさりと死んでしまった。
お姉ちゃんのショッキングピンクのヒヨコ、ショッピンちゃんが死んだのは夕暮れ時。風呂の焚き付けをしていたバアさんは、お姉ちゃんの手から死んだヒヨコを取り上げると、「こうして火葬してやるのが一番だ」と言うが早いか、燃え上がる炎の中にショッピンちゃんの死骸を投げ込んだのだ。

僕は、腹を抱えて(というのは表現上のことで、あんまり実際に腹を抱えて笑っている人って見たことが無いなぁ)笑っちゃいましたね。

昔、ネズミ捕りで取ったネズミを、うちのバアさんが近くの川まで持っていって、そのままぶくぶくぶくと沈めて溺死させていたのを思い出しちまったよ。
バアさんってのはわりと平気で小動物を殺生するもんだったよ、昔はね。

うちの娘は「サンマ」の話が好きなようだ。
さくらももこと当時のダンナが定食屋に食事に入ったところ、インド人がサンマを食べていた。それがなんとお代わりに次ぐお代わりで6尾も食べたそうな。いちどきに6尾のサンマを喰うなんて日本人では絶対に有り得ないよな。
インド人とサンマ。結び付けて考えにくい組み合わせである。食生活上のカルチャーショックが発生したのだろうか。喜ばしい反面、心配にもなる話であった。

と言う感じで、どれもレベルの高い小動物雑感なのであるが、中でも絶対に気に入る一編が出てくること請け合いである。

我が家の裏庭にも小動物たちの死骸がそこかしこに埋まっている。いきもの好きの人の裏庭には必ず小動物の墓がある、と言うのは動かし難い定説である。


この感想へのコメント

1.KUMI (2008/01/29)
私もこの本はオススメですね♪記憶に残っているのは、おたまじゃくしの話かな。丁度、ウチでも飼い始めたから、参考にもなったのもあるけど、かなり笑えたんで、息子にも読んであげたりして♪衝撃だったのは、かえるって、生き餌しか食べないって知ってた?納得いかない息子でしたが、みんな逃がしてあげたんだった・・・。
2.フィリップ・まろ (2008/01/30)
僕も小学4年生の頃、近所の田んぼ(当時はすぐ近くに田んぼがあったものでした)でとってきた蛙の卵を裏庭の貯水槽に入れておきました。そういうのって子供はすっかりと忘れちゃいますよね。夏になって裏庭に出たら「ギャアーッ!」って叫びましたよ。だって庭中にトノサマガエルが何百匹も跳ね回っているんだもの。衝撃的なシチュエーションでした。
 

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 3

ももこの21世紀日記〈N’06〉

著者 : さくら ももこ

出版社:幻冬舎

発売日:2007-02

評価 :

完了日 : 2008年01月26日

僕が読み続けてきた『ももこの21世紀日記』もようやく最新刊NO.6まで漕ぎ付けました。
実はだけどまだNO.1とNO.5が未読です。
こうなりゃ是が非でも全シリーズを読まなくちゃいられないね。
にしても僕の「200×年さくらももこの旅」は何処まで続くのだろう。このところこの人以外の作家の本、読んでねぇーよなぁ。

さくらももこの何がこうまでもフィリップ・まろの心を惹き付けるのか。

その答えのヒントの一つがこの本に隠されていたのを発見しました。
さくらももこは平熱が35度台なのだそうである。僕もそう。いわゆる低体温人間。だから「36.9度だとわりとつらい」とあるが全くその通りなのである。
平熱35度台の僕がついこの前、38.5度超えの熱を出した。ほんと死ぬかと思ったよ。いや、現に夢の中に死んでいった知り合いたちがたくさん登場したんだもの。それはまるで『銀河鉄道の夜』のようなやりきれなくも美しく哀しい夢でしたよ。
この感覚、きっとさくらももこには解るんだろうな。

あとは合いも変わらず、スズムシを羽化させたり、メダカを飼ってみたり。

50になっても未だに時々カブトムシを追いかけてクヌギ林へ入り込んでは甘酸っぱい樹液の匂いに誘われてさらに林の深みへと誘導されてゆく。そこに大きな古いクヌギの木が立ちはだかり、そのウロの中に数え切れないほどのカブトムシが犇めき合っている、という日本の正しい夏の少年風の夢を見る僕にはさくらももこが小動物を飼いたくなる気持ちがストレートに伝わってきます。

特別な出来事が少ないソフトタッチの日記でしたが、スペクタクル巨編な日記なんて重過ぎてかなわない。日付も入っているのだから、自分のその日と照らし合わせて読んでみれば、体験が共鳴し始めるかもしれないね。


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 3

ももこの21世紀日記〈N’04〉

著者 : さくら ももこ

出版社:幻冬舎

発売日:2005-02

評価 :

完了日 : 2008年01月26日

相変わらず息子めろん君が全編を通じて大暴れ。
「おかあさんが子供だった頃って、どういうオモチャであそんでたのか教えて」と訊くめろん。
「女の子はリカちゃん人形、男の子はロボットとかレゴ。ファミコンはなかったけど、テレビゲームは出始めてたし」と応える母さくらももこ。

しかし、めろん君にはこの答えが納得できない。
「ええっ、違うだろ、昔の子供はもっと手作りっぽい物で遊んでいたはずだろ。コマとか竹とんぼとかさァ」だって。
『めろん君、それは僕たち昭和30年代前半までの生まれの子供たちだよ。お母さんたちの子供の頃は日本は高度経済成長といって、大きく変わっちゃっていたんだよ』と優しく応えてあげました。

話は変わって、NO.4 の本書での特筆すべき話題は『ちびまる子ちゃん』でお馴染みのたまちゃんとの再会だ。15年ぶりですぞ!
僕らが知っているたまちゃんは小学校3年生まで。
それから高校へ行きアメリカへ留学し、結婚して向こうで暮らしているたまちゃん。
さくらももこの本を成り行きで30冊ばかり読んでいる僕もこのあたりまでのことしか知らなかった。

15年ぶりの再会!
さぞや積もる話の数々があっただろうね。

残念なことは、たまちゃんのお父さんが亡くなっていたこと。そう、あのご自慢のライカのカメラで愛娘たまちゃんを撮り続ける事をライフワークにしていたお父さん。

そして、たまちゃんの家族が話し合って「やっぱりももちゃんにはライカのカメラだよね」ということになり、遺品の中からそれがさくらももこの手に譲られたのだ。

「よく使い込んであってよけいにジーンとしました」とイラストページにある言葉を読んで、こちらもジーンときましたよ。

と、心を打つ話でまとめたかったけれど、最後にひとこと。
出版物の案内や在庫のカレンダーの宣伝が目立ちすぎです。
さくらプロダクションの運営上、営業が必要なのは充分承知していますが、少し控えめにお願いしたいものです。


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 2

ももこの21世紀日記〈N’03〉

著者 : さくら ももこ

出版社:幻冬舎

発売日:2004-01

評価 :

完了日 : 2008年01月26日

表紙のメロンの絵が象徴するように、さくらももこの息子、めろん君のお話がたっぷりと楽しめます。本を開くと、のっけからさくらももことさくらめろんの共著『おばけの手』が発売されたと言うニュース。

『ももこの21世紀日記』のシリーズはどれも見開き2ページに構成されています。
右のページに短いエッセイ。左のページにイラストとキャプション。ご親切に、と言うか、日記なので日付入り。あの日あの時の出来事が読者にも伝わってきます。

のっけの左ページにはめろん君が自分の書いた本が出版されたことに怖気づいている様子が描かれています。冷や汗たらーり。ほっぺが真っ赤。足も少し震えちゃってます。

しかしこの絵、本人にそっくりです。
さすがに漫画家さくらももこが描くところの息子像。
何で僕がさくらめろん君を知ってるかって言うと、その『おばけの手』に写真が出ているのです。ギザギザ前髪の可愛い少年ですよ、さくらめろん君って。

ついでにもう一つ。めろん君の話題を。
1週間くらい大騒ぎしていた歯が抜け、それをももこに見せながら「あのさ、歯の抜けたところを(舌)でさわるとさァ、地味な感じがするよね、狭くて」

素敵な表現をするなぁ。
でもこれは、めろん君が、さくらももこの影響を受けているせいばかりじゃなくて、子供独特の感性が生み出した言葉だと思う。

子供を育てる親はその感性の発露を見逃さず、大いに誉めて上げなければいけない。そしてぎゅっと抱きしめてあげる。これが豊かな情緒を育て上げる方法であると、僕などは思っております。


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3.ryoukent (2008/05/16)
N'03 あのあと見つかりました。早速予約しました。良かった。一安心。
ホント肩こらないですよね。 わたしは「さくらももこブレイク」って名づけて、ちょっと長い本を読んでて疲れたなあって感じたときなんかに読みます。そうすると元気になる。
4.ryoukent (2008/05/17)
そして、すぐに手に入れてすぐに読んですぐに感想した。
まろさんは めろんくん と会った事があるの?うらやましいなぁ。めろんくんって、今はもう小学6年生くらいなのなか。どんな子供なのだろう。
『おばけの手』はわたしのなかで必読本になってます。

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 2

ももこの21世紀日記〈N’02〉

著者 : さくら ももこ

出版社:幻冬舎

発売日:2003-02

評価 :

完了日 : 2008年01月25日

父ヒロシとさくらめろん。
彼らの遣り取りに僕は漫才の原型をみた。
これぞ正統派しゃべくり漫才。
天然やら計算やら、常人には理解不能のボケをかます父ヒロシ。
容赦の無い暴力的言葉でツッコむさくらめろん。

静寂に包まれた県立図書館のフロアで僕は思わず「ブワファ」と文字にし難い音声で吹き出してしまった。そしてあろうことか、ついでにオナラを「ブオ、ブオ、ブヒ」と3連発してしまったのだ。恥ずかしいやら、面白いやら、そんな自分がお茶目に感じるやら。

そもそも僕が吹き出し、屁を垂れる原因となったのはさくら家のオナラ騒動にあった。

ももこの母がオナラをした。ももこの息子、めろん君が「おっ、おばあちゃんのオナラどういう匂いか嗅いでみよう」と言って、尻の周辺をクンクン嗅いで回った。
するとヒロシが「おい、今度はおじいちゃんのも嗅いでくれよ」とめろん君に頼んだ。
するとめろん君は「誰がじじいのオナラなんて嗅いでやるもんか」と悪態をついた。
ももこは「こら、じじいなんて言うんじゃないよ。おじいちゃんがかわいそうじゃん。オナラも嗅いでやりなよ」と母親らしく(?)息子を諭すのであった。

『一体この家族はどういう趣味嗜好の中で生きているのだ』

そう思いながらも下ネタにさえ寛容な大きな心をもった僕の尻が場所柄もわきまえず、さくら家のオナラ騒動に呼応、共鳴してしまったのであった。

こんなアホ臭い出来事は初めてである。人迷惑もはなはだしい。だが当の僕は笑いをこらえるのに必死だったよ。

めろん君は何故か、我ら父親族のヒーロー・父ヒロシに冷たい。

「じじいと呼んだらかわいそうじゃん」と注意されて数日もすると、めろん君は「じじいって呼ばれたくないなら、今度から『こいのぼり』って呼んでやる」ときた。そして執拗にヒロシのことを『こいのぼり』呼ばわりするめろん君。とうとうヒロシは自分がヒロシであることを、すっかり忘れてしまう…。

この一家、やはり尋常ではない。

しかし、おそらく日本中の家庭でこれに類した出来事が毎日繰り返されているのだと思う。それをわざわざ本にして発表はしないものの、親しい友人との会話ではお茶請けのネタとして使われているのだと思う。


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 7

ももこの70年代手帖

著者 : さくら ももこ

出版社:幻冬舎

発売日:2004-10

評価 :

完了日 : 2008年01月23日

これは懐かしかったですね。
70年代は1957年生まれの僕にしてみれば当に青春時代そのもの。13歳から22歳だものね。
この本に対する思い入れの深さたるや、もしかすると著者のさくらももこや山口ミルコ以上かもね。

そうそう、この本は例によって、さくらももこと幻冬舎の編集者、山口ミルコの対談がベースになっている。
ももことミルコは同い年のはずなのに、ももこの70年代の記憶と知識にほとんど着いていけないミルコって一体…。
とまあ、こんなところで、さくらももこお得意の言い回しを真似てみたあたり、僕の茶目っ気が炸裂である。

ミルコは幼少女時代とても熱心に勉学に励んでいたか、さもなくば、よほどボーッと生きていたのだろうか。恐らく後者であろう。

しかし、僕はこの山口ミルコのボーッとした感じが大好きなのである。
さくらももこのお話の面白さを引き出すミルコのその技は名人芸ともいえる。そこのところを山口ミルコファンとしてここに名乗りを上げた僕は、敢然と堂々と毅然とした態度で申し述べておきたい。
山口ミルコよ、眼光紙背に徹し、物事に対する理解度が目から鼻に抜けるような機に臨んで敏なる人になぞなるなよ!生涯そのボーッとした呑気さを貫いて欲しいのだよ、僕は。

総論に戻ろう。70年代のおもちゃ、音楽、歌手、テレビ、エッチ感覚、等々あの頃の社会風俗がてんこ盛り。僕は出てくる話題が全部解っちゃった。
いや、一つだけ着いていけない話題。それは当時の少女マンガ事情である。土田よしこの『つる姫じゃー』はわりと熱心に読んでいたけど。それ以外はさっぱりでした。話題に着いて行けないのって文化人としてちょっとしたダメージだね。

結論。ここで足りないもの。そりゃあやはりお酒でしょ。一杯やりながら仲の良い物知りな仲間と70年代について語ってみたくなってきました。


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10.ryoukent (2008/04/08)
まろさんもわたしも「少女漫画」だけはわからなかったよね。正しい青春に忙しくてそれどころじゃなかったし。
11.フィリップ・まろ (2008/04/09)
そうです!健全な青春を送っていた僕とryoukentさんは『少女マンガ』を探す時間さえ惜しんで、『少女マン○』を探していました!ありゃ~、いけん、いけん、夜勤明けに2時間の会議があって、まろさんが壊れちまった~。

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 3

ツチケンモモコラーゲン

著者 : さくら ももこ,土屋 賢二

出版社:集英社

発売日:2001-10

評価 :

完了日 : 2008年01月22日

この本のタイトル、みんなどう思います?
僕は頂けないなぁ。
数々のネーミング懸賞に挑戦して未だ一度として賞をもらったことが無い僕が言うのも僭越ではあるけど、頂けないものは頂けないので正直にそう申し上げます。

あとがきに本のタイトルのことにも少し触れているが、さくらももこはわりと気に入っている様子だ。土屋賢治二もさくらの意見に引っ張られるように賛同の意志を表明している。

僕は思った。

ダメだよ、土屋さん。いくらさくらももこが当代随一の売れっ子漫画家であり、随筆の名人であっても自分の主義主張はしっかりと持って、言うべきことは言おうよ。

この土屋賢二のはっきりとしない態度が本の後半で随所に出てくる。僕、イライラして随分とストレスが溜まってしまいましたよ。せっかく面白い発想の人なのに、何でだよ~、とゆいたい。東大出のエライ先生はそれらしく威厳を見せてもらいたい。その上で、「そんな秀才の自分にも優柔不断な面があり、数々の失敗をしてきたものです」とか応えて欲しかった。これ、僕の理想の押し付けだけど、秀才の取るべきる模範解答なのである。

土屋先生、しっかりしてください。
さくらももこに説教されっぱなしで悦に入っているなんて言語道断です。お二方の関係がもしも読者の読後の印象を遥に超えたところに成立しているとしても、行間からはそのことが何も伝わってきてはいません。読み取れるのは、しっかり者の娘に説教されているうっかり者の父親の情けない姿だけです。
アカデミックな対話にもあらず、お笑い対談にもあらず。読者は何を読み取ればよいのでしょうか。

たった一つ本書で笑えたのは、初めて土屋賢二がさくら家を訪問する際に父ヒロシは母から「ツチヤ先生はお茶の水女子大の先生だよっ。東大出てる偉い博士なんだよ」と教え込まれて「ええっ、お茶の水博士が一体何の用事でうちにくるんだ?」と言って呆然としていた、というところかな。
お約束どおりの勘違いでも父ヒロシが言うと、真に迫って伝わってくるではないか。これを称して“天然”と言うのだ。
父ヒロシのもとには幾度と無く笑いの神が降臨する。
父ヒロシは笑いの神のヨリシロなのだ。

父ヒロシ = 笑いの神の依代(よりしろ)

この新説を導き出しただけでも本書を読んだ甲斐があったと言うものである。
しかし拘るけどタイトル『ツチケンモモコラーゲン』はどうしても頂けないなぁ。


この感想へのコメント

2.フィリップ・まろ (2008/06/19)
ああ、ダメです。本の内容をすっかり忘れっちまっています。あまりにもインパクトのあるタイトルのついた本に有りがちなことですが。この本を読んだ頃のことは鮮明に覚えているのに。
ところでツチケン先生の著作は面白かった、とたなぞうでもどなたかが書いていたような…。
3.ryoukent (2008/06/19)
まろさんが読んだのはもう半年くらい前なのだから、そこへわたしが突然コメントしても記憶が・・・というのは正常ですよ。すまぬ。 
そうでした。たなぞう で「ツチケン」で検索すりゃあ評判は読めますよね。

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 3

ももこのおもしろ健康手帖

著者 : さくら ももこ

出版社:幻冬舎

発売日:1999-04

評価 :

完了日 : 2008年01月21日

ページをめくるといきなりコーネリアス(小山田圭吾)のカメラ目線バチバチの写真が…
なんだいこれは…と思ったら、パルスチェック(三脈)の模範例だって。
左手で咽喉仏の両側をつまみ、右手でその左手首の脈をとる。三箇所の脈が一致していれば是即ち健康の証であるのだと。
にしてもこのカメラ目線の「僕ってこれでいいのかなぁ」的な少し不安げな表情は笑える。

本書は対談集である。いや、あった。
ご存知健康お宅のさくらももこと幻冬舎の編集人、山口ミルコのタイマン対談。

ところがテープ起こしの原稿を見て驚いたのは編集人、ミルコ。おふざけが過ぎて、まるでまとまりがなかった。ミルコ、ここでさくらももこに泣きついた。一本の読み物として体裁が付くように何とかしてください、と。

どっこい、そこはプロフェッショナルさくらももこ。事前に校正刷りを読んで「これじゃあダメだ」と咄嗟に判断して、自ら書き下ろしし直したのであった。

かっこいいね。
実は、僕も今、それと同じような状況で書評を書いているのです。昨晩、この書評エッセイを800字程度書いて、何故か「閉じる」をクリックしてしまったのです。『何事…!?』
しかし一度消えた文章は二度と再び戻ってはきませんでした。

そこでさくらももこがテープ起こしの原稿を書き下ろしで再生したのなら、僕だって、やってやるけんね、と改めて本日書き直している次第でありました。

対談集で大切なこと、それは相手の魅力を如何に引き出せるかだと思います。この本を読むまで山口ミルコのことってあまり知ってはいなかったのですが、わりとやるね。作家と編集者の関係以上に、同い年の女性、「爆笑の会」の仲間、しかもどちらも健康に対する姿勢が尋常じゃない、といった共通点が話題を膨らませるモチーフとなっているようです。

ボケりゃ、ツッコむ。ツッコみゃボケる。
好い呼吸で、『笑い飯』のようなダブルボケが成立していました。これまで読んできたさくらももこの本の中で一番笑ったね。

コーネリアス・小山田圭吾の「いいの?大丈夫?」な写真にゃ笑わされたけれど、気功のジジイの笑顔にもすっかり壺に嵌っちまいました。無邪気だよ2人とも。

最初、「まることミルコ」って書いてあったものだから、格闘技ファンの僕は「何故にさくらももこがミルコ・クロコップと対談を…」と勘違いしてしまった。こんなオッチョコチョイだから、せっかく書いた800字エッセイをふっ飛ばしてしまうんだろうね。反省。


この感想へのコメント

13.風なまこ (2008/02/25)
やや!
あのーまろさんまろさん
まろさんどうみてもまめにみえてますよ♪
爪のアカを送ってほしいです。
もちろん私が飲むために 笑
これでもA型なんですけどねえ・・・
いっそのことまろさん血液型交換しませんか?笑
14.フィリップ・まろ (2008/02/25)
まめに家事をするんですけど、妻に頼まれると必ず一度は「エーッ!」と不満たらたら声を上げてしまいます。「どうせ最後にはやるんだから、最初から素直に『いいよ』って言えば好いじゃん。このへそ曲がり!」などと妻に叱られます。そりゃそうなんだけど「解っちゃいるけどやめられない」って昔、郷土の大先輩、植木等が歌っておりました。男って多分みんなこんなもんです。

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 2

おばけの手

著者 : さくら ももこ,さくら めろん

出版社:幻冬舎

発売日:2002-10

評価 :

完了日 : 2008年01月19日

相当おっかない本です。
そのプロローグ…
「はかばで よるのくらやみで、おばけの手が したからでてきた…」

僕はここで「ひゃー!」と叫んでしまいました。

「すると、こんどは 上から おばけの手が またでてきた」

僕はここで「どひゃー!」と大声を出してしまいました。

「おい、こんどは よこからも手がでてきたぞ。いったいどうなるんだろう…」

僕はここで「もう逃げ場がなーい!」と泣き喚いてしまいました。

なんと恐ろしい導入部でしょうか。これをあの、さくらももこの息子、めろん君が書いたのです。血は争えませんね。

ところが物語はここから新たな展開を迎える。おばけの手さえもが恐れる大きなお化けがお墓の中から飛び出してきたのです。さあ、三コの(原文に忠実書きましたよ)におばけの手の運命や如何に…

というのがあらすじであります。
子供の発想には驚かされます。
「えっ、そうなの?」と裏を書かれたり、「あっ、やっぱり、そうなんだ」と素直に締めくくられていて深読みした自分が汚れっちまってるなぁと感じさせられたり。

美しきものと穢れたものが二律背反することなく見事に同居しているのが子供の心なのである様子です。

本の最後に著者紹介でめろん君の写真が出ています。さくらももこが描くところの漫画にそっくりじゃないですか。この子の頭の中にはまるちゃんがいて、創作の喜びを触発したのだろうな。

墓場に並んでいる墓石の名前に「しんだ人」と書いてあったのには笑わされました。

母と子で絵本が作れるなんて、幸せな親子だなぁ。


この感想へのコメント

13.風なまこ (2008/03/03)
イヤですよまろさん!
アリンコめちゃめちゃおいしいところ持っていったじゃないですか。
(自分もすっかり忘れてたくせに・・)
あ。ちなみに「持っていってた」もヒントです♪

『アド・バード』はアリンコどころじゃないですよー!
あんなムシやこんなムシ・・うじゃうじゃ出てくるんですからねえ~
14.フィリップ・まろ (2008/03/03)
そこでわたくしは考えました。自分が読んだ本を娘にも読ませて彼女の頭の中にストックしておくのです。すると「ルーピン先生ってどんな人だっけ?」との質問に即座に回答が得られるのです。便利でショ。わたくしの頭はもっと高尚な思索に持ち得るべきであり、つまらぬ記憶装置に留める訳には行かないのです!

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 10

焼きそばうえだ

著者 : さくら ももこ

出版社:小学館

発売日:2006-04

評価 :

完了日 : 2008年01月18日

余りのくだらなさに評価5点を献上いたします。それも著者さくらももこにじゃなくて、もちろん、植田さんの存在に対して!

そもそもTBSの植田さんが何故わざわざバリ島くんだりで焼きそば屋を開店しなければならなくなったのか。

さくらももこの主催する数ある小集団の一つに“男子の会”がある。
小学館社員の江上さんと山崎君、資生堂の社員である長尾さん。そして今回のお話の中心をなすTBSの植田さん。以上の5人が“男子の会”の面々である。あまり強い絆と有機的繋がりはない。

ある日突然、さくらももこは、それぞれに「“男子の会”のメンバーに決まったから、集合するようにね」と呼びかけた。その時のそれぞれの反応は「は?なんですか、ソレ」

そりゃそうだ。毎度お騒がせ、勝手放題のさくらももこの気まぐれが発端だもの。
しかしこの会があらぬ方向へ爆走し始めたのは“男子の会”の面々の底力のなせる技だろう。

植田さんについて皆が考えた。
①家が会社から遠い。
②家が狭い。
③そんなに遠くて狭いマンションなのに、買ってしまったので借金がある。
④妻と子供は、自分になついていない。
⑤TBSで出世する見込みが無い。
⑥いざというとき男として役に立たない。

これだけ自己に対する負の要素を列挙されても怒らないのが植田さんなのである。たいした逸材と言わねばなるまい。

“男子の会”の面々は上記のことを鑑みて「植田さんにはなりたくない」と口々にのたまう。

そこで言ったさくらももこの一言。
「…植田さん、思い切ってTBSを辞めて、バリで焼きそばやでも開いた方が幸せかもね」

さてそれから、本格的にバリでの焼きそば屋開店に向けて暇人集団“男子の会”は猛烈な勢いでもって動き回ることになる。
その行動力は「友人のため」であろうはずも無い。「何か面白いことが無いかなぁ」との退屈しのぎのなせる業である。
もうご承知のこととは思いますが、『焼きそばうえだ』は“退屈な暇人たちの友情にかこつけた究極のお遊び”以外の何者でもないんだよね。

最終的に皆は植田さんをこう分析する。
「憧れてもいないし、うらやましくもないのに、好感度は高いのが植田さんの長所だという事になった。漠然とした好感度は高いが、熱狂的なファンはいないというのも、植田さんの特徴だと誰かが言い、みんなうなずいた」

植田さん、やれやれ、であるなぁ。
仲間から愛されているんだか、その程度の人、と割り切られているんだか。でも、そのあたりの判然としない、釈然ともしない曖昧模糊とした位置づけが周囲の人々に心地よい存在感となって心の片隅にいつも気になる人としての影を落としているのであろうな。

『焼きそば うえだ』には徹底して一貫した思想と行動がある。さくらももこにしてはこれは珍しいことだ。
エッセイの体をなしているが、これは私小説として位置づけたい。

最後になったが、この本の発行日に注目したい。
2006年5月20日。
そうである。知る人ぞ知るが、日本国民の圧倒的多数が知りはしない僕の誕生日なのである。
だからとて馬鹿にするものではないよ。5月20日生まれとは、ソフトバンクの監督、王貞治、フランスの文豪、オノレ・ド・バルザックと同じなのだよ。
でも言いたかったのはただそれだけなのでありました。


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