たなぞう

WEB本の雑誌

フィリップ・まろさん > 読書ノート

フィリップ・まろさんの読書ノート

何故だ!さくらももこ・・・
クッソーッ!KUMIさんに乗っけられて僕が『ちびまる子ちゃん』好きであることが白日の下に晒されてしまった。こうなったからには仕方がない。読書ノートを作るべし、と開き直って立ち上がった50男であった…。
<前のページ 1  2  3  次のページ>

 

みんなの感想を読む
 1

はまじと9人のクラスメート

著者 : 浜崎 憲孝

出版社:徳間書店

発売日:2003-12

評価 :

完了日 : 2007年12月17日

フィリップ・まろは激怒した。必ずかの無思慮無分別の浜崎憲孝を凹まさねばならぬと決意した。
浜崎憲孝はいわゆる『ちびまる子ちゃん』に登場する“はまじ”である。

前作『僕、はまじ』の書評として、僕は、商業出版のベースに乗せられるほど力をもった作品ではない、これは自費出版レベルの本である、と一刀両断した。

『はまじと9人のクラスメート』を読んで、僕の感想が「ずばり当たっていたでしょう」と、丸尾君もびっくり、の“ぴったんこカンカン”であったことを知った。“はまじ”こと浜崎憲孝は言う。「自費出版の料金がしっかりと明示されていた唯一の出版社がそこだった」

もともと自費で出版するつもりの本であるなら、僕は何とも批評の仕様がない。人の趣味を評価できる立場でもない。

しかし、である。『ちびまる子ちゃん』に登場するあの“はまじ”である浜崎憲孝に対して『僕、はまじ』を出版する際、出版社から出された条件。ここに問題を感じた。

それは「文章を大幅に手直しすること」
次ぎに「さくらプロダクションから“はまじ”の絵をもらうこと」
そして「『ちびまる子ちゃん』に沿った話の展開にすること」
との3か条。

ゆっちゃ悪いが、出版社もあざといまねをさせるよなぁ。こんなことでいいんだろうか。
『ちびまる子ちゃん』に寄せる夢は勿論、出版というものに対する僕らの夢までもぶち壊された気がした。

つまり『僕、はまじ』は、本人も『はまじと9人のクラスメート』に無邪気に暴露しているように『ちびまる子ちゃん』にあやかって出版することが出来た本なのであった。

だが、僕が、辛いなぁ、と感じたのはそのことではない。

この『はまじと9人のクラスメート』だ。
これは瞭かに暴露本のカテゴリーに属する。
書いた本人は恐らくそんなことは思っちゃいまい。
“はまじ”は30代後半になっても小学3年生の頃と変わらず無邪気なのだ。

でも“はまじ”よ。大人が無邪気で居られるのは相当に難しいことなのだよ。大抵は無知蒙昧と受け取れられてしまうのだよ。

今回、僕は、この本を評価しない。
何だか悲しくなっちまったから。
僕の中にも「一発当てたい」って願望はある。
それで僕は自分を“賞金稼ぎ”って言っているんだ。

屈折した無邪気さ。それに気付いていない浜崎憲孝。
それでも僕は、君を応援している。
だから、いつか必ず、浜崎憲孝の本を読ませて欲しい。“はまじ”は知らないけど“浜崎憲孝”は知っている、と言う読書人が出てくるように頑張れ!




この感想へのコメント

1.オヤオヤもんど (2007/12/19)
こんな本もでていたのですね。気になる本のひとつになりました。さて、話は、変わりますが、わたくしは、椎名誠さんの本に乗り遅れた?感じであります。おおむかし、FMラジオの夜に『コンバンハ、シイナマコトデス・・』なんて聞いていたのですが、本を読むことは、ありませんでした・・
2.フィリップ・まろ (2007/12/22)
昔、椎名隊長がFMラジオのDJをしていたとは聞いていましたが、僕自身は聴いたことがありません。あのバス低音で話す声、さぞや魅力的だったことでしょう。椎名隊長が語る『岳物語』の朗読テープを持っています。スッゲーいいですよ!

はまじはいったい何処を目指して歩き始めたのやら。しょうがないので僕もはまじにおつきあいです。
 

みんなの感想を読む
 4

僕、はまじ

著者 : 浜崎 憲孝

出版社:彩図社

発売日:2002-02

評価 :

完了日 : 2007年12月15日

シビアに評価点をつけた。
だって、この文体、この表現力、この構成じゃあ、普通の人では絶対に商業出版されませんよ。
みのもんた風に「ズバッ!」と言うと、これは自費出版レベルの本です。
何故それが商業出版の運びとなったのか。
この著者が『ちびまる子ちゃん』の、あの“はまじ”だからに違いありませんもの。

のっけから厳しいことを書き連ねました。
本としての評価点は低い。
しかし、僕は、この本を読むことをお薦めします。僕は社会から一度ならずドロップアウトしてしまった人間の這い上がる生き様を書いた本に弱い。自分がかつてそうであったし、今もまたその道を歩もうとしているから。

で、本心としては、この本を応援したい。

「波瀾の小学三年生」の章では、著者本人にしてみれば必死の学校からの逃亡だったのでしょうが、相当に笑わせてもらいました。高2のうちの娘の話では『ちびまる子ちゃん』のコミックにもそのあたりのことが書いてあったとか。

思春期から青春時代、はまじは一般的人生行路から少しずつズレて行く。しかし、その頃と言えばさくらももこの方も『ひとりずもう』をしていた暗中模索の時代だ。
だから、さっき僕は「一般的人生行路」などと言ったが、実際には何が一般的な行路であるのか解ったものではない。

昔、野坂昭如が「ニ、ニ、ニーチェもサルトルもみーんな悩んで大きくなった~」とダミ声高らかに何処かのCMソングを歌っていたのを思い出す。

はまじは悩んで大きくなっている。
頑張れ、はまじ!
もっと大きくな~れ!
そして、いつか、あの“はまじ”ではなく、浜崎憲孝の物語を読ませてくれ。

『僕、はまじ』じゃなくて『僕は、まじ』ってやつを。


この感想へのコメント

5.オヤオヤもんど (2007/12/17)
浜崎さんの次回作は、もうあるのですか?
『僕、はまじ』は、子供の頃の心の内を、うまく描いていると思いました。先生もおもしろいですよねえ・・
あの時代?を過ぎて、これからの世界を、どう見ていくか、
共通の課題でもありますよね・・・
6.フィリップ・まろ (2007/12/19)
大人になった“はまじ”はもしかすると僕の見込み違いの人物かもしれません。
『はまじと9人のクラスメート』には3年生当時のふわーっとした桃源の夢想も浄土の幻想も消え失せていました。
打算と山師的発想の“はまじ”にはがっかり。
だというのに、僕は浜崎君を応援しないではいられない。
少年時代の明るくて腕白で面白い“はまじ”の思い出があるからね。

もっと読む(6件)

 

みんなの感想を読む
 6

ももこの世界あっちこっちめぐり

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社

発売日:1997-06

評価 :

完了日 : 2007年12月12日

厳しいのである。
評価点が星2つと言うのは稀なのである、僕の場合は。

さくらももこシリーズを立て続けに10冊以上も読んでくると、その表現方法にも、感受性にもいい加減飽きが来るのである。
飽きが来ると、今度はその態度、行動、主張が鼻についてくるのである。

で、ここはきっぱりと言わせて頂くと、さくらももこシリーズ、配偶者が登場する作品は「イマイチ」というのが、もっかの僕の感想である。

今回の著書でも面白く読めたのは、父ヒロシをグランドキャニオンに連れて行ってあげるところだけ。
いや、この章だけなら僕は評価を星5つにしてもいい。それくらい父ヒロシの存在はさくらももこにとって大きいのだ。父ヒロシこそがエッセイストさくらももこのモチーフなのだ。

実際には意地悪でどうしようもなかったと言う友蔵じいさん。『ちびまる子ちゃん』に登場する“まる子命”の友蔵は、もしかすると父ヒロシの老後を想像してカリカチュアし、デフォルメした姿を投影しているのかもしれない。

さくらももこのエッセイを続けざまに読み継いでみると、父ヒロシの存在の大きさが、霧に隠された高峰のように思えてくる。

今回の評価点は心ならずも辛くなった。
しかし、アニメの友蔵とエッセイの父ヒロシ。二人の話題がなくならない限り、僕はもう少し、さくらももことお付き合いをしようと思っている。


この感想へのコメント

6.フィリップ・まろ (2007/12/15)
パル2パパさんへ。
さくらももこが父ヒロシについて語り続ける限り、僕はさくら家の話を読み続けていこうと決心しています。
ベアとリーチぇさんの欄で書いたように、新刊ではなかなか購入できそうにないですけどね。
7.ryoukent (2008/06/12)
まろさん、この本読んだよ。
元夫のことをずいぶん激しく非難してる作品だったなぁ。もうこの頃から仲は悪かったみたいな感じが伝わってきた。
それと、この作品は企画が失敗だよね。non・noという雑誌が企画したみたいだけど・・・。

もっと読む(7件)

 

みんなの感想を読む
 1

ちびまる子ちゃんの短歌教室―かがやく日本語・短歌の魅力を感じてみよう (満点ゲットシリーズ)

著者 : さくら ももこ,小島 ゆかり

出版社:集英社

発売日:2007-04

評価 :

完了日 : 2007年12月09日

短詩型文学の中でも僕は短歌が一番自分の表現法として合っていると思っています。
きっかけさえあれば短歌を詠んでいます。
単発では色々と受賞経験のある僕ですが、歌集を出さないと、つまり少なくとも100首はまとめないとメジャーにはなれないのが歌壇ってもんです。
♪でも、そんなの関係ねえ~♪
破綻を来した歌人の戯言ですがね。

本の感想でした。
短歌を学習する、と言う意味では解り安い案内書です。ただ、ちびまる子ちゃんで広げてゆこうとすることに若干の違和感を感じましたね。

短歌の成り立ちや、過去の名作に触れることは大事ですが、自分で作ってみないとね。『短歌教室』ってんだから、「さあ、みんなもやってみよう!」と言う方向に持っていって欲しかった。

最後の最後にほんの申し訳程度に子供たちの詠んだ歌が載っています。紹介しましょう。

一度だけ人に役立ち捨てられるティッシュは雲になればいいのに

テスト中静かに泳ぐ金魚たちふっと落ち着き答えがうかぶ

上記はどちらも小学五年生の作品です。
うまいなあ。

一首目。
ティッシュってほんとに儚い仕事でその役割を終えてしまいますよね。ふんわりと空に浮かべて大空をゆっくりと旅させてあげたい。次の役割が得られるまでの休息をあげたい。

二首目。 
僕みたいにパニック障害を抱えるものにとって、パニック状態から平静に戻ることが如何に難儀であることでしょうか。テスト中、そうなったら最悪です。この子は、そこまでは行かずとも、テストにあがちゃって、知っている答えが出てこなかった。そんなとき不意に教室の隅の金魚鉢に目が止まった。その優雅な泳ぎを見ているうちに、普段の自分を取り戻し、テストの答えが出てきたわけです。

どちらの短歌も解るなあ。
僕が思うに短歌はこの年代の子供たちの作品が一番いいな。定型をわきまえながら、自分の感覚をしっかりと詠み込んでいる。変な技巧に走らない。僕の短歌作りのお手本です。

それでは僕の「平成の父親短歌」を披露して終わります。

笑えないギャグを言っては『しまった…』と思うオヤジになりにけるかも

卓袱台を引っくり返す父がいた食後のテーブル拭きつつ思う

「死んじまえ!」幾たび親に浴びせしか今子に言われ二倍哀しむ

もの言えぬ父の手術のその朝も会社へ向かう課長とは何

メニエルを持つ妻のこと思いつつ巻き込むように降る雪を見る

こんな日はお酒も飲まずもの言わず妻の給仕に感謝
している

君の事ただそれだけの日記帳閉じて明日より夫婦とならむ

妻がまだ恋しい人であった日よ書棚の奥の交換日記


この感想へのコメント


みんなの感想を読む
 7

ひとりずもう 上 漫画版 (1) (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

著者 : さくら ももこ

出版社:小学館

発売日:2007-04

評価 :

完了日 : 2007年12月03日

思春期から青春時代のさくらももこのお話。

子供から大人へと急速に変化してゆく心と体。
自分でも如何ともし難い心と体。
変だな、おかしいな、と思いながらも制御できない心と体。

自分は何処から来て、何処へ向かっているのか。
自分のことなのにそんな基本的なことすら解らない。

この年頃の自分ほど厄介なものはない。

流れにまかせて無抵抗に流れているのが一番の得策か。

でも力一杯生きている級友がいる。
青春真っ只中に燃えている級友もいる。

なのになんで自分だけが…。

でも、それも青春。

少女時代の妄想とおふざけと一粒の邪気を含んだ無邪気さと天真爛漫さがここでは顔を潜めている。

漫画版の上巻であるからには下巻も出版されるのだろう。もしかすると既に出ているのかも。読んでみたい。もやもやするけれど。

もやもやする作品だけど、ここを通り過ぎてきたからこそ、さくらももこがさくらももこになったのだと思う。さくらももこが作られたと言うか。

気に入ってしまうと全部を知りたくなる僕としてはこうした「ちびまる子ちゃん」であるさくらももこのアンチテーゼの部分も読んでおかないと何も言えねえよなあ。

だいじょうぶ。また『あのころ』のさくらももこは戻ってくる。


この感想へのコメント

5.かつら (2007/12/07)
は、早いですねぇ。落札できましたか?
また感想楽しみにしています!

トークショーの写真で、はまじを見たのですが、あの漫画の面影ありましたよ(笑)あのはまじが・・・といろいろ妄想してしまいました。
6.フィリップ・まろ (2007/12/08)
おかげさまで落札いたしました!
仕事を終えてお風呂でのんびり読める肩の凝らない本がこれで5冊となりました。
しばらく安泰です。

はまじ、自分の道を見つけて頑張ってるんですね。
僕も来年は次の道に移ることになりました。
恫喝と威嚇、謝礼と叩き合いの業界から脱出です。

もっと読む(6件)

 

みんなの感想を読む
 4

憧れのまほうつかい

著者 : さくら ももこ

出版社:新潮社

発売日:1998-11

評価 :

完了日 : 2007年12月02日

さくらももこを集中的に読んでいる。
気になる本が一冊あるとすぐヤフオクで調べてみる。すると、たいていが纏めて売り出されており、目的の本以外にも何冊も付いてくるから落札後は立て続けに読まざるを得ないのだ。嫌いじゃないので、いやいやそんな消極的な話ではなく、好きなので手に入れた本は全部読む。この季節、お風呂で長湯しながら読むのに、さくらももこモノは持って来いなのである。

『憧れのまほうつかい』もその中の一冊。だが、これは大当たりだった。
まず装丁の綺麗なこと。表紙を見ているだけで楽しめる本っていいな。さくらももこはエッセイも名人芸の域に達しているけれど、一冊まるごと時間的かつ空間的に何かを追求する紀行文も唸らせるものがある。さらにこの著書には物語が詰め込まれている。ページのあちこちに挿入されたイラストが目を惹き付けた。

「私がその素晴らしい作品を発見したのは高二の冬であった」
そして、さくらももこの、絵本作家エロール・ル・カイン探訪の旅が始る。

「原画を見にいく」旅の始まりは信州。ル・カインの原画の収集家が小淵沢にいるのだ。
今、僕は「収集家」と呼んだが、実は「篤志家」と言った方が正しいだろう。
金に物を言わせて将来価値が出そうな作品を利殖目的に買い荒らしたのではない。
ル・カイン没後、彼の絵の価値を理解しない夫人が、二束三文で売り出していたのだ。
ル・カインの原画が散逸するのを防いだのがこの日本の収集家であった。
しかも彼は買取り後もル・カインの未亡人に生活費を送り続けていたと言うのだ。「収集家」では納まるまい。「篤志家」である。

この篤志家の所蔵するル・カインの原画が『憧れのまほうつかい』に挿入されている。物語性をたっぷりと含んだ飽きの来ない細密画だ。

旅は「ウェッジウッドの町」へと続く。なるほどウェッジウッドの陶器の文様はル・カイン的であり、さくらももこ風でもある。さくらももこのル・カイン探訪の旅がいよいよ本格的に始動する。

ロンドンに戻ったさくらももこは「イアン・キールさんの家に行く」。この人は生前のル・カインと交流があった人。生前の仕事振りやその人格の純粋さを語られ、さらにル・カインに魅せられてゆく著者。

「ロンドンの街とペニー・シンプソンさん」の章では自作を差し上げたところ、あなたのイラストには如何にあなたがル・カインのことが好きかがよく出ているわ、と言われ、ほろりとする一幕も。

しかし、帰りの飛行機の中では、買いそびれたエナメル人形のことで後悔が一杯の、いつものダメダメ女さくらももこに早くも戻っていることに、僕は大いに共感を覚えた。


この感想へのコメント

4.フィリップ・まろ (2008/06/02)
浅学にて「パスティーシュ」なる言葉を初めてお伺いしましたので、さっそく「ウィキペディア」で調べてみました。「作風の模倣」と言う意味ですか。なるほど。僕は模倣というと「エピゴーネン」しか知りませんでした。他者との対話はこういった知識の広がりが着いてくるので好きですね。
「パスティーシュだよ!」
「あたりまえじゃん!」
「でもなんだか楽しいね♯」
「うん、体が疼くよ◯」
5.ryoukent (2008/06/02)
パスティーシュ はわたしの好きな作家「清水義範」が得意とする作法です。結構難しいらしく、国内では清水義範に次ぐものが居ないのだそうです。ある意味独創性は無いですからね。
たなぞうの調子が良くなってきた。どうかこのままでいて欲しい。

もっと読む(5件)

 

みんなの感想を読む
 1

ちびまる子ちゃんの俳句教室 (満点ゲットシリーズ)

著者 : さくら ももこ,夏石 番矢

出版社:集英社

発売日:2002-03

評価 :

完了日 : 2007年12月01日

あたしゃ、とうとうこんなところまで来ちまったよ。
これって、小学生を対象とした俳句のマニュアル本ではないの。
しかし多少なりと俳句を齧る「短詩型文学の貴人」を自称する僕。俳句と初めて接する小学生の目線で書かれた本書に「うん、こういう親しみやすさが次代の俳人を生むのであろうな」と応援したくなった。

僕もいずれはまとまった小説を書きたいと思いながら、齢、既に50歳。仕事と書き物の両立の難しさに嘆いている。
小説は陸上競技で言えばマラソンだ。仕事という鉄人レースに参加している僕にはもはやマラソンに出場する気力も体力もない。

しかし、何らかの競技には出たい。パフォーマンス力はまだまだ若いものには負けやしない。
と言う事で、短距離を選択した。
イカサマ歌人、フィリップ・まろの誕生である。
またこのイカサマ師は川柳、俳句にも聊かの見識と技術を持っている。
つまり「わかる」ということである。

本書は、俳句ってなんだろう、というレベルから、その成り立ちを解説し、次ぎに、芭蕉、蕪村、一茶、子規の俳句の紹介と、先人たちの生涯がやさしく語られている。この俳句作品の裏には、作者のこういった体験が生きているんだ、とわかる。

中に、小学生の作品が挿入されているが、これがいいのだ。幾つか紹介しよう。

   とびばこで足をひらくと空にいる
   しんぞうがぼくよりさきに走ってる
   なわとびの中に入って風もとぶ

一句目。この9歳の少年は跳び箱を宇宙ロケットの発射台に見立てているのである。「えいっ」と手を付き「やっ」と足を開いた瞬間、この子はロケットになって空に舞い上がったのである。

二句目。男子10歳。解ります、その気持ち。だって心臓って、いつもフライングしてしまうよね。まだ自分はスタートラインにも付いていないのに、心臓は走り出しちゃってる。

三句目。8歳の女の子。この感覚も好きだな。本来縄跳びって一人でするものだけど、調子よく跳べてる時って、地面や空気や風が一緒に飛んでくれているみたいに感じるよ。

ただし上記の三句には季語がない。切れ字も。これでは本来の俳句は成立しない。でもね、こうやって表現して、言葉をまとめてみるところに始めるのが上達の近道だと思うのです。

本格的に俳句をやりたい人は、やはり五・七・五の定型句、季語、切れ字の約束事を守らなくちゃね。絶対に入選句には選ばれませんよ。あしからず。


この感想へのコメント

2.船橋胡同 (2007/12/01)
なに くそ俳人が迷ってるのですか!?浅田次郎先生も曰く、
本を書く人は大器晩成が良い!経験も少ない苦労も知ら
ない若者の作品は薄っぺらだ。これからは、老年社会。
日本の歴史と国語を理解してる人の文章が世界に受け入れられます。
世界から見て 今の日本の風潮がおかしいのです。
まろさんは後50年は生きる。じっくり行きましょう。
今日別の人に資産3分割の事を書いた。これから勉強です。
3.フィリップ・まろ (2007/12/01)
はっ、はやいっ!
書評を書いて、お昼ご飯の残滓の洗いものを片付けつつ、コブクロの『Million Films』を歌って浮かれていたら…。
ナント2件もコメントが。
そしてどちらも「まろのバーロー!」的内容。
でもパル2パパさんのご意見も、胡同大兄のお言葉も、ものすごく正当な反論で気持ちがいい。
先哲曰く「俳句は第2芸術」と。
胡同大兄のお言葉に従って、後50年以内に何らかの結果を出しますか。

もっと読む(3件)

 

みんなの感想を読む
 2

あのころ

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社

発売日:1996-07

評価 :

完了日 : 2007年11月30日

表紙の絵が歪になっているのは、卵の殻を利用したモザイク絵だからである。このため著者は温泉卵を三つ食べたそうである。それでも足りなかったので家族にもお願いをして卵を食べてもらって、殻を集めたと言うのだ。

何故さくらももこは卵の殻を集めるのに坂東英二に協力依頼を要請しなかったのか。

「ボクは新大阪から東京駅までの新幹線の中で、ゆでタマゴを6つは食べるでえ。ゆでタマゴ大好きやわ。あれ美味いわ」

何時も何時も新幹線の中で食べるゆでタマゴが坂東英二の話題の中心であり、彼の最大関心事であるのに。

さらに話は飛躍するが、最近、ナイナイの岡村がその坂東英二のモノマネをしている。これが実によく特徴を捉えている。岡村のモノマネでは“みのもんたバージョン”が気に入っているが、“坂東バージョン”も捨てがたい面白みと芸術性を感じる。

さくらももこが今度また卵の殻を利用した大作に取る組むことがあるなら是非とも坂東英二に材料調達を依頼すべきである、と僕は声を大にしてアドバイスしておきたい。

本編は漫画『ちびまる子ちゃん』ではどうしても描ききれなかった「あのころ」のおもしろ話をエッセイの形を取って発表したものである。

「テキヤ」のオヤジに引っ掛った経験から人生を学習してゆく、との話に始まり、「夏休みの宿題」にズルをした思い出。トイレが気になって「遠足ぎらい」になるお話。親友タマちゃんが見つけた「ツチノコ騒動」。涙の「自転車の練習」。そして僕が一番気に入っているお話である「物をなくす」。

どれを読んでみても、心当たりのあるものばかり。つまり、「自分も『あのころ』そうだったよなあ」と思い当たる節のある出来事ばかりなのである。

6年間の小学生時代って50歳である今の僕が思うと、実にまったくもう、あっと言う間の歳月である。しかし、小学生であった当時の僕にとって6年間は永遠に続く時代であるように思われてならなかった。

『あのころ』考えていたことは、世代や地域、貧富の差に関わり無く、この本に詰まっているようなことだった、と断言しちゃいます。


この感想へのコメント


みんなの感想を読む
 4

ももこの話

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社

発売日:1998-07

評価 :

完了日 : 2007年11月24日

やはり、さくらももこは、子供の頃の話が面白い。
彼氏がどうの、結婚が決まったの、やれ離婚で御座る。なんて生臭いゴシップ話は読者を引かせるほど、文章にも表現にも冴えが無いね。コクが無ければ、キレもない。そんなビール、飲みたかないね。
ただ妊娠、出産の話『そういうふうにできている』は傑作であったけれども。

この本の帯にも書いてある。「テーマは読者期待、作者得意の『子供時代』」だって。
なーんだ、出版社サイドも著者自身も僕と同じことを思ってんじゃないか。

「風呂で歌をうたう」のお話が好きだな。
僕も小学6年生まで娘と一緒にお風呂に入っていた。
僕は昔、フォーク・シンガーだったので、あっ!ウソウソ!フォーク小僧だったので、歌を歌うのが大好き。で、毎日、娘とお風呂で歌っていたものです。
娘が小さかった頃は、メロディは知っていても判らない歌詞が出てくるとそれなりに誤魔化して歌い切った。でもあっちも日々成長する。そのうちに理屈の合わない歌詞にクレームをつけるようになる。「お前は、営業マンの小さなミスを見つけたらイジメたくなる顧客か!」と僕も応戦した。

それからさらに娘が長じてくると、あからさまに歌詞の間違いを指摘し始めた。こうして娘に歌詞を教わることになり、いつしか主客が転倒してしまっていることに気付く。
そしてこの作品の中の父ヒロシと同じハメになる。
何度教えられても覚えられない。かすってはいるのに正確な歌詞が出てこない。

そう言えば、昔、少年だった頃、父親がデタラメな歌詞で僕の好きな歌を歌っていると、矢鱈と腹が立ったものであった。「真面目にちゃんと歌え、バカ!」なんて。

でも、今考えると、父親は別にふざけていた訳ではなく、精一杯いい調子で歌を楽しんでいたのだ。それが今の僕になら解る。よく言えば、大人になったという事であり、ネガティブに考えると、年を取っちまったってことかな。

とまあ、そう言った、どのご家庭にでもある思い出話が各章に綴られている。小さな、つまらない、取るに足りない家庭内での出来事。でもそれらの一つ一つが家庭の歴史なんだなあ、と思うと、お話の一齣でさえ愛しくなってくる。
さくらももこは家族のささやかな歴史の1ページを再現する名人である。


この感想へのコメント

1.オヤオヤもんど (2007/11/26)
さくらももこさんは、すばらしいエッセイストですよね。私も漫画とエッセイを何冊か読んだ記憶です。さて、県図書館でおとりよせの市民大学2003の『曼荼羅』を、ついに読ませていただきました。もっとむずかしい内容かと想像していましたが、メールという形で、わかりやすく、浅野弥衛さんの抽象画の世界を、思いながら、読ませていただきました。そして、最後の一行にて、もう一度、絵の前に導かれていくような印象です。
2.フィリップ・まろ (2007/11/26)
あっ、どーも、どーも。ご苦労をお掛け致しました。そして拙い小品をお読み下さり、心より御礼申し上げます。
夭折してしまいましたが、浅野弥衛さんの次女が僕より一年先輩で、仏文のオーソリティでした。エッセイも矢鱈と旨くて、僕は他者の作品は一度きりしか絶対に読まないのですが、彼女の新聞連載記事は何度も目を通しました。彼女の叔父、つまり浅野弥衛の義理の兄が文芸評論家の清水信です。小林秀雄の愛弟子です。
 

みんなの感想を読む
 4

まる子だった

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社

発売日:1997-09

評価 :

完了日 : 2007年11月18日

帯びに「テーマは十八番の『子供時代』」とあります。

賢明にして勉学熱心な“たなぞう”関係者であればもうご存知だと思いますが、「十八番」は「おはこ」と読みます。

『まる子だった』のテーマが「おはこ」なのですぞ!これはもう読まずにゃいられないじゃないですか。

だいたい前々から僕は「さくらももこは現在を語らせるより、小学生時代を語らせたほうが面白い!」と言ってきたではありませんか。
どうして人のアドバイスを素直に受け入れられないのですか、あなたたちは!
じゃあ、何故こんなに共感できるのか、判っているのですか!
それは誰もが子供であったからですよ。幼年期の桃源の夢想が再度ここに体験できるからです!
そんなことも知らなかったのですか、あなたたちは!まったく、もう!

すみません。興奮してしまいました。ご無礼をお詫び申し上げます。

エッセイの一つ目。『うわの空の詳細』。
笑えますが、僕にとっては他事じゃない。いや僕に限らず「実は自分も…」と言う人が結構居るんじゃないですか。今これを読んでくれているあなたもそうじゃないの?

僕の場合ひどくって、今でもそう。『うわの空症候群』って病気かもしれない。
あっ、そうか!僕が現に、もっかパニック障害を抱えているのは小学生時代に妄想ばかりしていた『うわの空』が一因しているのかも知れない。

ま、僕の病気のことはどうでもよろしい。

さくらももこの本で、まず気に入っているのはその表紙です。手にとってゆっくりじっくり観察してみてください。今回のものはフェルトで描いたまるちゃんの絵です。これ、著者が自ら作っているとのこと。楽しいじゃないですか。まさに手作りの本なのですね。

ということで僕は歴としたオッサンですがこの本を推薦する次第であります!


この感想へのコメント

1.パル2パパ (2007/11/27)
ハマッてますねぇ(^^)アニメを観ていると、不思議に思う点が幾つか。まる子は何故、まる子なのか?ももこという本名が或るにも関わらず、親兄弟も友達も全てニックネームで呼ぶ、友造爺さんと父ヒロシは名前が公表されているが、他の出演者の名前が不明。その辺が全て判明する著作を紹介して下さい。
2.フィリップ・まろ (2007/11/30)
お答えいたします!
「まる子」が本当は「ももこ」なのに何故みんなにそう呼ばれているかは、多分、コミックの第1巻に載っていたかと思います。お姉ちゃんやお母さん、お婆ちゃんの名前も何処かで読んだ記憶が…。
それと、「さくらももこ」と言う名前も筆名のようです。
また、友蔵は、実際には嫁いびりをする嫌な爺さんだったらしいです。それをさくらももこが自分の都合の良い祖父として神格化したのが漫画の友蔵だそです。
 

みんなの感想を読む
 6

さくら日和

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社

発売日:1999-07

評価 :

完了日 : 2007年11月17日

ページを開くとのっけから、自らの離婚騒動の顛末、というか、報告。

「えっ?じゃあ、今まで書いてきたあの新婚生活、夫婦生活の話って何だったの?!」
と糾弾したくなった。

しかし、だ。一寸先が判らないのが人生である。

僕だって、大学を出て、10年プータローやって、結婚。10年社会人を勤め上げ、社長と喧嘩して退職。ここで第一次離婚危機に遭遇。
その後、第二次、第三次の離婚危機を乗り越えてきた。
その都度、僕ら夫婦はとことん話し合って、和解。現在は子供たちも、それぞれ大学、高校へ通っている。

と、書くと今は幸せな家庭でいいじゃないか、って感じだが、来年2月末頃ただ今勤めている会社を諸々の事情で辞めるつもりでいる。
ああ、どうなってしまうのか我が家…。

現在の有りようから憶測されて、過去が全てウソや虚構であったと思われるのは、甚だ迷惑であり、邪魔臭い。
「あんときゃ、彼を愛していたし、その愛が永遠に続くものと信じきっていた。まさか、自分でもこうなろうとは…」さくらももこはそう思っているのだろうな。

離婚の報告はちょうど2ページ。たったそれだけにコンパクトにまとめて、お仕舞いにしようとしたことに喰い付き過ぎた。
「離婚の報告は、以上」
とのことなので、僕のこの件の感想も、以上。

さて、本文。
期待したほどじゃなかった。
さくらももこは概して現在を書くよりも、小、中学生の頃のお話の方がうんと面白い。共感できる。特にまだ世の中の訳がわからない小学生時代。永遠に続くかと思われた時の流れの中で、夢を見たり、現実に打ちのめされたりしては、何らかのものをしっかりと掴み取って成長してゆく子供。「ああ、これ、自分と一緒だ」と思いながら読める楽しさ。それがさくらももこの一番の魅力だ。

新福さんのくだりは面白いが、素人っぽい。僕らおふざけ人生の中ではよくある、またよくやる話。でもこれは結局、楽屋落ちネタでしかない。楽しさの伝わり方が薄いね。

子供のネタでは笑っちゃったけど、ただそれだけ。

小学生時代を語るさくらももこには、人に共感させるもっと特別なものが内在されている。それは小学生時代を生きてきた者から、現在その真っ只中にいる者まで全てに共感を持たせる力のあるものだ。そして僕はさくらももこからそんな小さな話をたくさん聞きたいのだ。


この感想へのコメント

1.パル2パパ (2007/11/18)
まろさんの書評を読んでいると、つい引き込まれそうになって困ってしまいます(^^;)他にも読む本が沢山或るのに、そんなに手を付けられないよぉ。いずれさくらももこも手にとってみようと思います。
2.フィリップ・まろ (2007/11/18)
嬉しいコメントをありがとう御座います。
僕の場合、書評と称しながら、その辺りにまつわる自分勝手なエッセイを書いている、というのが本音です。
ですから、トップページの自己紹介でも「スーパー極私的書評」なんて変な言葉を作って、自分のカテゴリーとしたのです。
でも喜んで頂けているなら幸いです。
そしてこのスタイルはずっと変わらないと思います。
 

みんなの感想を読む
 9

そういうふうにできている (新潮文庫)

著者 : さくら ももこ

出版社:新潮社

発売日:1999-06

評価 :

完了日 : 2007年11月10日

探し続けていた『永沢君』をヤフオクで見つけ、オークションに参戦。
「おーし、談合無しで僕が落札するんだかんな!」と気合充分で立ち向かったが。競合相手は誰も折らず、すんなりと決まってしまった。
そん時にプレミアとしてくっついてきた5冊のうちの1冊がこれ。

おまけなのに読んでみると、こいつがなかなか読み応えのある力作ではないか。

そりゃそうだ。
女性にとって、女性性を根源から考えなければならない“出産”についての本なのだ。

書き方で気持ちが良かったのは、最終的に「女性の幸せは出産、子育てにあるのです」なんてことに落ちなかったところ。江戸だか、明治だかの『女大学』の時代じゃないんだからね。

出産、子育てを人生の喜びとして選択する子だくさんの夫婦が次代の日本国民の民族保存に協力してくれていることは解る。ありがとう、とお礼を言いたい。
しかし、それを選択せず、或いは選択したくてもできずにいる夫婦だってこの国に居たっていいのだ。いやむしろ、そんな夫婦が居られる国の方が何だか信用ができるし、安心である。僕の友達にもダブル・インカム・ノーキッズでとっても幸せに暮らしている夫婦が何組も居る。彼らは、彼らの理由と事情でその道を選んだのだ。そして幸福を味わっている。出産と育児が夫婦の究極の目的、完璧な姿ではない。

そこのところを、きっちりと踏まえた上でこの本が書かれていることに注目したい。
日本国政府御用達の出産、育児本じゃないと言うこと。
単にエッセイストで漫画家である“さくらももこ”個人の体験談であること。そのことが重要であると思う。

ただし、さくらももこの個人的体験談が、読み進むうちにさくらももこ自身に与えられた、というか、決められていた“そういうふうなもの”に支配されていたことに気づく。それがこの本の要諦である。

『そういうふうにできている』

単純な言葉だけど、この世の中、僕らを取り巻く自然の中には、そういうふうにできていることがいっぱいあることを気づかせてくれた1冊でした。


この感想へのコメント

1.madi (2007/11/10)
さくらさんはお姉さんが独身のはずですから、そのへんの気配りができてたんでしょうね。
2.フィリップ・まろ (2007/11/10)
madiさん、コメントをありがとう御座います。
僕は自分が、直情径行にあり猪突猛進型の性格なので、できる限りそんな自分にブレーキをかけつつ、多角的視野で文章を書くように務めています。
そうでしたか、さくらももこのお姉さんは独身ですか。なるほどそれで著者も僕と同じでドドドーッ突っ込むタイプなのに抑制が効いていたのですね。
貴重な情報をありがとう御座いました。
 

みんなの感想を読む
 6

たいのおかしら

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社

発売日:1993-07

評価 :

完了日 : 2007年10月21日

これもネットオーックションで『永沢君』を発見して飛びついたときにくっついてきた5冊のうちの1冊。

『もものかんづめ』『さるのこしかけ』と来て、さくらももこ初期エッセイの第3集。

アニメの『ちびまる子ちゃん』をイメージして読むとかなり異なった著者の姿が浮かび上がってくる。
飛び切りの友情や勧善懲悪、淡ーいファンタジックな物語として構成されている『ちびまる子ちゃん』は童心を忘れていない大人にも楽しめるアニメ。
エッセイは大人が楽しめる“さくらももこワールド”である。

エッセイストとしてのセンスも抜群だ。女性のエッセイストで群ようこに肉迫するのがさくらももこではないか。って、僕が好きな女性のエッセイストを並べただけだけど。

さくらももこのエッセイを読んでいると『ちびまる子ちゃん』に登場するときの家族と実際のそれとの違いが読者を驚かせてくれる。
『たいのおかしら』ではお姉ちゃん。
アニメではしっかり者でいつも沈着冷静。しかし、このエッセイ集によると周りの人に心配ばかりかけている。小児喘息で毎晩ゲホゲホして泣いていたり、マラソン大会にはビリになるし、水泳では水のなかで目が開けられない子であったり。アニメでは手のかからない良い子、も実際には“まる子”であるのだった。

思うに“まる子”は僕らみんなが自分の中に宿している人類普遍の「どーしたもんだか」的な性格の代名詞かもしれない。

友蔵じいさんも実はとんでもなく意地悪で怠け者でズルい人であったようだ。その辺りのことは『もものかんづめ』に詳しい事情が語られている。

『ちびまる子ちゃん』を知っている大人が読んでいる分にはそうした裏事情が楽しめるエッセイだ。

お話の持っていき方がうまい人だね、さくらももこ、って。古典落語を相当読んでいるような。太宰治は話の展開を落語に学んだって聞いたことがあるけど。さくらももこのエッセイの展開にもそんなニオイがするなあ。


この感想へのコメント

7.KUMI (2007/11/06)
今日、フィリップ・マーロウさんの本に出会えました♪
でも、すごいページ数・・・。
(KUMIが読むには、早すぎる・・・。)と、本から
メッセージが聞こえた様な気がしたので、思わず購入してしまいました。もう、うちの子なので、これから、ゆっくり名ゼリフを、聞かせていただこう♪と、思っております。
8.フィリップ・まろ (2007/11/06)
レイモンド・チャンドラーの探偵小説を立て続けに読んだ時期があります。
『長いお別れ』
『大いなる眠り』
『かわいい女』
『湖中の女』
『さらば愛しき女よ』
どれもこれも文体は簡潔にして冷徹。
主人公のフィリップ・マーロウは頭は冷たく、心は熱い。
僕の書棚ではチャンドラーのすぐ横にヘミングウェイが9冊。あんまり米文学って好みじゃないけど、彼らはVERY COOL! カッコイイよね。

もっと読む(8件)

 

みんなの感想を読む
 6

さるのこしかけ

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社

発売日:1992-07

評価 :

完了日 : 2007年10月13日

ひどい本だ。
めちゃくちゃ笑えるが、『もものかんづめ』ほどの衝撃はない。

「いさお君がいた日々」は感動モノであった。僕も小学生の頃、よく特殊学級の子達と遊んでいた。教室にも遊びに行った。自分の教室にはない遊び道具があってうらやましく思ったのを覚えている。僕が特殊学級に遊びに行くように、何で彼らは僕らの教室に来てくれないのだろう、と不思議だった。が、僕らの教室は、面白みの無い殺風景な勉強をする場所だったからね。あの頃、保健室と特殊学級は逃げ場所だったっけ。

さて、その感動を覚えた「いさお君がいた日々」の次ぎのページのエッセイが「おさるの住む家」で、この本のタイトルを『さるのこしかけ』と決定するに至るエピソードが書かれている。
最悪だあ!
こんな嫁、絶対に嫌だあ!
他人様の家庭のお話として聴いている分にはそりゃあ笑えますよ。でもこれが自分の妻だったら…。
悪いが「わたくし、本日をもって家を出させて頂きます」って感じです。

アニメ『ちびまる子ちゃん』でしか知らなかったさくらももこの印象がガラガラと音を立てて崩れてゆく。
でも、ダークサイド、ブラックジョーク好きの僕は別の意味ではまってゆく……


この感想へのコメント

1.Tetchy (2007/10/14)
どうもTetchyと申します。
私もいくつかさくらももこ氏のエッセイは読んでおり、この作品は2作目だったと思うのですが、マンガ家さくらももこの顔よりもエッセイストさくらももこの顔が現れた作品だという印象を受けました。
また興味のある本がありましたら来ますのでよろしくお願いします。
2.フィリップ・まろ (2007/10/14)
Tetchyさん、コメントを有難う御座います。
前々からさくらももこの作品には、マンガにしろエッセイにしろ興味はあったのですが、敬して遠ざけていました。“たなぞう”で友達になったKUMIさんに、僕がさくらももこ好きであることを暴かれて、以来、堂々と読み続け、書き続けています。そういう意味では心の扉を開いてもらったと言うか…。とにかく“たなぞう”って面白い場所です。
 

みんなの感想を読む
 4

まるむし帳

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社

発売日:1991-12

評価 :

完了日 : 2007年10月07日

これも名作『永沢君』をヤフオクで落札したおまけ。

詩とイラストのコラボレーションとのことで☆3つの評価だが、イラストがなかったら、「評価外」の断を下していた。

題名の『まるむし帳』は好き。装丁のシンプルさもいい。

詩はいただけない。金子みすずの線がうかがえるが、そこまで人間や生き物の生命の根源にまで到達していない。

僕は短詩型文学をわりと得意としており、短歌、俳句、川柳、一行詩で、幾つかの賞(地方のちっこいやつだけど)頂いている。
ところが、詩では一向に埒が明かない。手を変え品を変え書いても書いても、ダメ。一度も入選したことがない。
『現代詩手帳』に送ったヤツなんか「アイデアは好い。でもこうダラダラ書きじゃだめだ」と藤井某に選評された。
「うるさいなあ。なら、地元の文学賞に応募しとこ」とハードルを下げてみた。すると審査員をしている友達に「ヘタクソ!まるでダメ。選外」と一蹴されてしまった。

ってくらい、詩には言葉と心のセンスと教養、知識と切り口が必要らしいのである。「らしいのである」と推測で書いたのは、僕にはそれが欠けているみたいだから、ここらのことが断言できないのである。

さくらももこの詩は、悪いけど文学としての確立ができてないと思う。
「そのネームバリューを生かして本にしてしまえば根強いファンには売れるかも」との編集者の意図が見えてくる。嫌だなあ。

イラストの方が僕には詩的雰囲気が強く感じられた。パウル・クレーとマルク・シャガールを足して2で割ったような絵。僕の詩的感興に訴えてくるものがあった。


この感想へのコメント

3.フィリップ・まろ (2008/11/21)
<続き>の件、解決!
4.KUMI (2008/11/27)
石垣りんより<続き>

と、書いたら200字超えちゃったもんで。
どーも、すみません♪

もっと読む(4件)

 

みんなの感想を読む
 7

もものかんづめ

著者 : さくら ももこ

出版社:集英社

発売日:1991-03

評価 :

完了日 : 2007年10月06日

幻しの名著『永沢君』を求めてヤフオク探索中、おまけのようにくっついてきた5冊のうちの一つです。
『いきもの図鑑』以来何年ぶりかに、さくらももこのエッセイを読みました。
面白いじゃないですか。
テレビの『ちびまる子ちゃん』が少女時代のエピソードの上澄みだとしたら、エッセイは底にへばりつくようにしてとごってしまった青春時代の残滓みたい。
あの頃、が事実なら、この頃、だって真実なのだろうな。
僕は好きです、こういうの。
ただ、どうも僕の中で、“さくらももこ”と“群ようこ”がごっちゃになっている。
どちらも好きだからまあいいけど、区別がつかないので困ってしまいます。


この感想へのコメント

17.KUMI (2007/10/17)
あー、それは私も同じです!(いや、まろさん年上なのに
敬語も使わず本当に失礼な奴で、申し訳ないと思っているのですが。)何かある度に(まろさんなら、どう思うかな?)
などと、思うことが多くて読書時間を減らしていないかなと
気にしつつも、ついついコメントいれてしまう私でした。
でも、まろさんがそうおっしゃって下さるなら、ますます遠慮無用でよろしいでしょうか?
18.フィリップ・まろ (2007/10/17)
ますます遠慮無用でよろしいですとも。
パニック障害以来、薬のせいか、ベッドに入って数ページ読むと活字がサーカスを始めるのです。しかし、あの白河夜船を漕ぐ舟人状態の心地の良いこと。
パニック障害が明らかになるまでは、眠れないわ、うとうとすると仕事の失敗の夢にうなされるわ、恐怖でさんざんでした。
それを思うと、友達がいて、お話ができて、好きな本を読みながら眠りに就く幸せ。有難いです。

もっと読む(18件)

 

みんなの感想を読む
 3

永沢君 (スピリッツボンバーコミックス)

著者 : さくら ももこ

出版社:小学館

発売日:1995-05

評価 :

完了日 : 2007年10月04日

12年前のこと、大規模書店が僕の街にもやってきた。
それまで僕は、街角の本屋さんだか、古本屋さんだか、区別がつかないような書店をご贔屓にしていた。
あの時、ほんの浮気のつもりで大規模書店に入った。
そして見つけたのが『永沢君』。
「買っちゃおうか」と考えた。
「待て!それはまさしく浮気ではないか!」と心の声が聞こえてきた。
「そーだそーだ、僕には身近に糟糠の妻がいるのだった。彼女はきらびやかじゃないけど、これまで僕に尽くしてくれた良き妻だ」と思い直した。
僕は大規模書店の色香の誘惑に勝った。
僕は真面目な良き夫である自分を賞賛した。
が、この後、とうとう『永沢君』の消息がぷっつりと消えてしまった。
それから、ブック・オフでもブック・マーケットでも再会はできなかった。

そして12年。KUMIさんの読書ノートの影響を受け再び立ち上がった僕。
『永沢君』捜索の最終手段。
ヤフオクにアクセス。
ここで『永沢君』『そういうふうにできている』『まるむし帳』『たいのおかしら』『もものかんづめ』『さるのこしかけ』の6冊まとめて500円、を発見。電光石火の早さで入札。3日後落札の知らせが入った。
「ラッキー!」
重なりすぎた仕事の失策と、積もりすぎた心の鬱屈。連続するアンラッキーが自分の常態のように感じ始めていたときの“当たり”。いろんな意味で本当にラッキーな落札であった。

『永沢君』は中学生になっていた。小学生時代から続く彼一流の心のダーク・サイドはアナキン・スカイウォーカーのそれよりも濃く深い闇に覆われていた。

彼だけじゃない。登場人物たちは中学生になって少し大人になった分、それぞれの心のダーク・サイドを発揮することになった。

小学生時代、あれだけ可憐で可愛くて嫌味の無かった城ケ崎姫子の闇は永沢君以上に深くなっていた。

永沢君の友達は相変わらず藤木君。その“卑怯”な行いも健在だ。
中学になって彼ら二人と行動を共にし始めたのが小杉君。
彼は“愚鈍”。
卑怯な藤木君がそこを攻め立てる。彼ら3人の会話を「そこまで言わなくても」と思ってしまう。

そして僕は自分のことを考える。
僕の中には、永沢君も藤木君も小杉君も住んでいる。
大野君や杉山君もいる。
つまり、誰の心の中にも『ちびまる子ちゃん』の登場人物の片鱗が住み着いているのだ。多かれ少なかれ。
だからこれだけこのマンガが愛されるのだろう。

時には他人をバカにし、時には他人にバカにされ、自分のポジションを確認し、守ってゆこうとする『ちびまる子ちゃん』の登場人物たちが僕には愛しい存在である。


この感想へのコメント

1.KUMI (2007/10/05)
なるほど。これが、例の「永沢君」ですね。表紙のダークな
彼の表情も、まろさんに出会って救われたのでしょうか。
不思議と愛おしく思えてきます。(いや、多分私だけだと
思うけど。)少し大人になった彼の成長は、さらにその心
の闇を深めた様子で気にはなりますが、卑怯でも、愚鈍でも
友人がいるなら大丈夫♪でも、こうして改めて感想聞くと、
読みたくなっちゃった。手に入りにくそうだけど。
2.フィリップ・まろ (2007/10/05)
笑えます!この本。
時にはドン引きしちゃうけれど笑えます。
僕はこういうブラックな笑いってわりと好きですね。
野口さんの意外な一面を発見して惹かれて行く永沢君。これがものすごく健全な形の恋心のように僕には思われます。その永沢君に猟奇的な愛を求める城ケ崎さん。修学旅行をきっかけにモテ始める藤木君。みんな少しずつ成長していきます。さくらももこの視線が好感度を捨てているところもいいな。
<前のページ 1  2  3  次のページ>

Copyright c 2006 WEB本の雑誌 All rights reserved.