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パートママさんの読書ノート

忘れん坊の読書録
本プロと言うサイトに記録していた本
読書感想文を書く楽しさと、そこでいろんな方の感想を知ることが出来た本
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 4

千円札は拾うな。

著者 : 安田 佳生

出版社:サンマーク出版

発売日:2006-01-20

評価 :

完了日 : 2007年10月07日

"著者は経営コンサルタントのような会社の社長。下流社会風に言うなら「上」の世界にいる人。
成功するためには常識を捨てろと言う考え方はわかるのだけれど、ちょっと桁外れな考え方と思うのは超凡人で「下流」であるせいか。
勤勉に残業ばかりしていると精神的な余裕が消え、結果能率も下がり新しい発想も生まれないということはわかる。無駄遣いや投資の失敗が次の成功に結びつくと言う考えもわかる。だけどその例の挙げ方に腹が立つ。ちょっと庶民の感覚ではない。ホリエモン的?
すべて「上」のレベルで単位でものを言っていてついていけない。"
2006・2・18


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 33

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

著者 : 村上 春樹

出版社:新潮社

発売日:2005-02-28

評価 :

完了日 : 2007年10月06日

"なんだかなあ。
やはりこの作家はなじめない。もしかしたらノーベル文学賞なんて世界的に評価が高まっていたそうだが、そういうものなのかなあ。なんなんだろうなあ。
「ノルウェイの森」を読んだとき気取りすぎの青臭いいかにもという作品と思いそれ以来読んだことがなかったが、理解できない難しい言葉で理屈こねてるような気がする。図書館にやってきた女性の人権団体に言ってたことはこの作品のことじゃないかと思う。
私にはだめだ。"
2006・6・21


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 11

下流社会 新たな階層集団の出現

著者 : 三浦 展

出版社:光文社

発売日:2005-09-20

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

"テレビなんかでベストセラーの紹介に良く出ていて下流の意味は知っていたが、改めて読んでみるとさて自分はと考える。
この本の分類でいうと私は新人類に属する。ここでは団塊ジュニアという現在30代を中心に統計的な分析が出ている。
10年ほど前に何かのアンケートで私も自分の今の生活は「中」とこたえた気がするが、ここで言う「中」から考えると本当に自分は中だったかと思う。
10年前、ローンはあるが家を建て車は国産のワンボックス、生活が特に余裕があるとは思わないが連休に家族で一泊旅行ぐらいは出来たし夏休みにはキャンプもし、冬は家族でスキーもした。まあ普通なんじゃないのと思っていた。これが「中」と思っていたことが間違いだったのかもしれない。
今はと言うと、主人の給料は毎年どんどん下がっていき、年収は10年前とそれほど変わっていないかもしれない。子どもたちも大学に進学し今はその仕送りに追われている。それでも子どもたちを私立の大学にいかせることが出来るのだから「下」ではないだろうが確かに「下流」だとは感じる。
「上」であることは楽して収入が多いように感じるが、私から見るとみななかなか勤勉だったりする。高学歴で高収入な職場に入るためにはそれなりに塾なり何なりで勉強し、共働きを続けるためには夫婦がともに家事を分担したり育児を分担したり、家にいる時間に効率よく家事をこなすためにまとめ買いや休日に調理の下ごしらえをしておいたり出勤前に出来るだけの家事をしたりとみな本当によく働く。めんどくさいからあとでと一日伸ばしにすると家事はどんどん溜まっていくので先送りはしない。出来ることは先に済ませている。私の知るちょっと「上」な生活をしている人はそんな感じ。専業主婦で時間が余るから趣味的な仕事を少ししてと言う人も確かにいたが結構朝早くから起きて家のことをちゃッちゃと済ますから時間も出来る。
周りにいる「下流」だなと感じる人たちは毎日の食事をコンビニの弁当や外食(といっても家族でラーメン)とかでそんなんで大丈夫と思うことあるもの菜あ。
やはり私も主人も「下流」だ。主人は家事や育児は妻の仕事と言う家庭に育ちそれが当然と思い、又それが出来ない男は甲斐性がないという考え方。でも結構自分は協力しているのだから優しいと思っている。私はと言うと家事も育児も子育てもと言うのはとっても大変で、家で本読む暇もない生活は嫌だと専業主婦。時間ものんびりと使い、掃除も洗濯も面倒なことはどんどん先に延ばしいよいよにならないと動かない。活動的であるためには計画的で効率のよい生活が必要だけど、それよりも目先の楽しみを優先し、何も出来ないでいる。
この本によると「上」の階層にいる人たちはみな高学歴高収入であるが、それは親の階層も「上」であることによるとある。それじゃもう無理だと諦めた人たちが「下流」になって行ってだんだん世の中は格差が出来るとある。
「上」でいることは大変出しといって「下流」でいるのも嫌だし。
コンビには便利だけれどそれはお客としていっているときで、そこで働くとなれば話は別。
2006・2・16


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 1

半眼訥訥

著者 : 高村 薫

出版社:文藝春秋

発売日:2000-01

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

"高村薫が新聞、雑誌に書いてきた本人言うところの雑文。
共感する部分もあるが微妙な部分もある。
作者が4人の家族の介護と最期を看取るに当たり「肉親の介護は天使の仕事ではない」と考え在宅介護の整備を必要と考える。と言う部分がある。この人が本当に女性だなと感じ、共感した部分。
現代の子どもを取り巻く状況を書いた部分には、残念だが机上の理論と言う気がする。新聞に書いた文章のせいもあるのだろうが硬さがとてもある。
2006・2・11


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 7

日暮らし 下

著者 : 宮部 みゆき

出版社:講談社

発売日:2004-12-22

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

"面白かった。
その前が何日もかかって頭がこんがらかりながら読んだせいか、単純に面白かったと思える本にほっとする。
前作のキャラクターが今回も大活躍。しかしこれ以上はこの登場人物ではもういいなという気もする。惰性になりそうな気がする。"
2006・2・7


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 1

晴子情歌 下

著者 : 高村 薫

出版社:新潮社

発売日:2002-05-30

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

とても読むのが大変だった。
母親である晴子が息子の彰之にあてた手紙がすべて旧漢字で旧仮名使いなのも読みづらいし、活字の並び方や間隔までが読みづらい気がする。
そして文章自体もすんなりと読み進んではいけない。
大正から昭和初期、戦中戦後にかけての日本の地方の生活、人間、時代そのもの、一体この本の主となるものは何だったのだろう。
晴子の両親は、津軽の中程度の自作農の生まれながら篤志家の援助で帝大に進学した父野口康夫と本郷で下宿屋を営むかっての薩摩の上級藩士一家の三女富子。外国語教師をしていた康夫は、夫が小説を書き文芸仲間が集まることに満足していた妻が早世し教師としても行動か沈黙かを迫られ、時代も徐々に共産主義や自由主義が排除されようとしていったとき、津軽に子どもたちと帰り自分は漁師として北海道に働きに行くことを選ぶ。
この康夫の生き方はまだわかる。東京でインテリたちと思想云々を論じることよりも、故郷の両親や兄弟たちと同じように社会の最下層で体を動かして働くことを選んだ。自分の理想のために生きることを選び父親として子どものことをあまり考えていない人。
北海道の鰊漁や番屋の生活が生き生きと書かれていると言う書評を読んだが、鰊に狂乱していた当時の様子とその過酷な労働が伝わる。
さて晴子、津軽の農家の土間に東京から来た15歳の少女が母の口紅を塗り座っているのを想像するとずいぶん異質なものがそこにいたと感じる。この晴子の人生が軸なのだろうが、肝心のそれがどうにも中途半端な感じなのだ。晴子の手紙という形で本人が息子に自分の生涯を語るにはずいぶん赤裸々なようでいて何か肝心の部分が抜け落ちているような感じ。父親と鰊番屋に行くことを言い出したり、福沢で淳三が出征する際晴子を入籍することを条件に出したときそれにすんなりと従ったり、戦後の淳三とのあまり幸福そうではない生活に何があったか。
福沢の男たちはみな晴子に対し特別な感情があったと言うが、その辺もわかりづらい。これはこの続編の「新リア王」を読めばわかるのだろうか。
彭之にしても同じ。何故漁師として南洋や北洋に出て行ったのか、何故出家しようとしているのかわかるようでわからない。難しい小説だ。
しかし、野辺地の家での生活は当時を髣髴とさせる。祭りがどれほど楽しみだったか、田植えの頃の喜び、地蔵に寄せる思い、そして静かな夜。鰊番屋の生活と同じく作者の丹念な取材を感じさせる。
この小説はいろんなことをいっぺんに書こうとしてこんがらかってしまったのかもしれない。このほかに戦前の地方の大家の確執や昭和50年代の北洋のスケソウ漁や戦争末期のルソン島の悲惨な様子、三井三池闘争、東大紛争、章之の女性関係、いとこの遥との微妙な関係、それがグチャグチャとこんがらかって書かれている。作家があれもこれもと欲張りすぎたのではないだろうか。でもそのどれもが大切なモチーフならもう少し整理して書かれていればよかったのに。
この本の中に「嵐が丘」や「アンナカレーニナ」や「伊藤静雄詩集」や「ジャン・クリストフ」が晴子や康夫や章之にとって重要な意味を持っているように出てくるが、そのどれも読んだことがなくあまりわからないのもこの小説がわからなかった理由だろうか。
遥との関係は合田雄一郎と義兄を思い出させ、淳三の青い庭の絵は照柿を思い出す。
 2006・2・1


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 12

7月24日通り

著者 : 吉田 修一

出版社:新潮社

発売日:2004-12-21

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

とてもすらすらと読める文章。コバルト?と思ったが違った。
この本の目次が後半で何のことかわかる。主人公を分析した結果。でもこの主人公ある意味一番男の人が好きなタイプなんじゃない。なんとなく何でも打ち明けれて誰かにそばにいてほしいときすぐ思い浮かぶ女の子。
最後に彼女は間違ってもいいと動き出す。何を間違えたか。東京に行っても聡の心はもう自分ではなく亜希子というきらきらした過去の元カノに移っていることか。彼女がすきなのはずっと思い続けた彼なのか、今の彼なのか。
どっちにしてもあまりいい結果にはならなそうだけど、「間違えて泣いてもいい」なんて思うこと大切だよ。
彼女を色にたとえると、う~ん暖かいパステルカラーのブルーかな。
2006/ 1/20  


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 21

フライ,ダディ,フライ

著者 : 金城 一紀

出版社:講談社

発売日:2003-02

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

何の予備知識もなく読んだが、これ映画になってた。確かにそんな感じ。
あっという間に読んでしまった。読みやすい文章。
ちょっとくたびれてきた中年サラリーマンがある事件をきっかけに変わる。
せいぜい自分の半径1メートルぐらいのことだけ考えて、のうのうと生きて死んでいけたら幸せだったのにな。
不思議な高校生の集団の正体がイマイチ摑めないが、魅力的だった。
今度DVD借りてこようっと。でも配役は本のイメージとは違いすぎるな。役所広治辺りなんだけどな。あたりなんだけどな。
2006/1/18


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 1

マイマイ新子

著者 : 高樹 のぶ子

出版社:マガジンハウス

発売日:2004-09-30

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

あとがきに
昭和30年は特別な年でした。・・・高度経済成長はこの直後から始まります。・・・交通手段も衣食住も今から思えば貧しいものでしたが、季節の手触りや家族の繋がり、生や死を身近に感じながら子供が子供らしく成長できる環境は豊かでした。戦争の傷を片手で押さえながら、それでも日本中が遠く高いものに向かって今にも駆け出そうとしていた時代。・・・日本は見事に高度成長を遂げました。しかしまた何と多くのものを失ったことか。
とある。
本当にそのとおり、郷愁を感じる。新子は生き生きと成長している。自然の中で毎日発見しまわりの大人から見守られ友達とともに冒険しゆっくりと大人になって行っている。こんな時間が必要な子供たちがいっぱいいるように感じる。
だけどそんな時間に育った私たちの子供が今ニートやフリーターやもっと言えば若年犯罪者になってしまったりしている。これは時代のせいばかりだろうか。私たちは何か子供たちに伝えるべきことを忘れているのではないか。不便な生活の中で、例えば外食は特別なことで、コンビニもなかった時代に母たちは食べる為には手をかけなければ成らなかった。毎日、毎食、火を起こしご飯やおかずを作らなければ食べれなかった。その食材も半分は自給だった。
いま、我が家では娘は朝6時半に家を出る。朝ごはんはおにぎりかサンドイッチを持っていく。でも時々はコンビニで何か買って済ませてもらう。毎回買っていたのでは家計に負担だから。(今日は昨日の残りのシチュウをレンジでチンしてタッパーに入れて持っていったけど〉結構朝ごはんとお弁当をこの時間に2食持たせるのって辛い。不便な時代どうしても手を掛けることが必要とされたけどそれだけ直接親の大変さや愛情が感じられたのではないだろうか。
映画のALWAYSを見て泣いてきたとパート仲間が行っていたが、私たちぐらいの年代は実は一番いい時代に子供時代をすごしてきたのかもしれない。だが、懐かしさや郷愁に浸ってばかりでいいのか。私たちはまだ子供たちに何かしなければならないのではないだろうか。
おじいさんが死んでいく。病院ではなく自分の家でお医者さんが往診に来て「親戚に連絡を」と言う。私の祖父がそうだった。いつの間にか蒲団から起き上がれなくなり、いつの間にか仏間に蒲団が移され、体温を測っても34度くらいになり親戚や家族がみんな集まりある日「老衰」で死んでいった。葬式は自分の家だった。私が人の「死」を初めて間近で感じたとき。ある意味とても幸せな死に方。今は老衰では死ねないもの。
なんとなく物悲しい気分になった。
205/1/15


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 25

袋小路の男

著者 : 絲山 秋子

出版社:講談社

発売日:2004-10-28

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

なかなか切ない恋愛小説。
この小田切、プライドが邪魔してる。大学も2狼した。作家としても芽が出ない。
必要としているのに言い出せない。
はっきりしない関係、でも一度だけ関係を持ちそれっきりになることよりも、何もないまま会い続けることを選んだ二人。
心以上のものが必要になれば他の人で済ます。
淋しいのか、そんな風な寄りかかり方もあっていいのか。
女が自立し強いから成立している。と言って長くこのままだともういっしょになることもできないだろうし、切ないなあ。

小田切孝の言い分 これは袋小路の男の続き

アーリオ オーリオ  余り良くわからない、なんだろう。
2006/1/12


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 77

手紙 (文春文庫)

著者 : 東野 圭吾

出版社:文藝春秋

発売日:2006-10

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

映画になってがっかり、本の良さがなくなってしまう。

辛い話だった。読んだ後やりきれないものがある。
ちょっと落ち込み気味で、ちょっと現実逃避したくて読んだ本があんまりにも重くて自分の迷いなんて小さいなと思わせる。

帯びに「いつか罪は償われ、傷は癒されていくのだろうか。」とある。本当にそう思う。
正直この結末には疑問が残る。本当にこれでいいのかと。社長の考え方が主人公を新たな決意をさせるが、それも良くわからなかった。読み終えてからもう一度ゆっくりとその部分を読み返してみたがそうだなと思う部分となんだかなと思う部分がある。結局は自分で決断したことでそれが正しいかどうかはもっと先になって見なければわからないことだろうし・・・。泣いてしまった。社長が出てくるたびに泣いてしまった。きついんだもの、言ってることが。でもそれも事実だなと思う部分もあって。
犯罪加害者の家族はその後どうやって生きていくか、犯罪を犯すという事の罪とは何か、その事件の背景に何があろうとそこにはどれほど多くの人たちが悲しむか、考えても結論は出ないし、人によってそれぞれの考え方があるだろう。

最近のニュースで母親を殺して出所した人がまた殺人を犯していたというのがあった。
娘とそれを見ながら母親を殺した罪が少年だったためか3年というのに驚いた。娘は「お母さんどんな気持ちだっただろうね」という。「悔い」だと思う。我が子だから、・・・、違うな、やはり解らない。被害者であり加害者であり加害者の家族であるという事実。
今年は本当に辛い事件が多い。毎年そんなことを思うような気がする。
2005・12・



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 1

王朝序曲―誰か言う「千家花ならぬはなし」と〈上〉

著者 : 永井 路子

出版社:角川書店

発売日:1993-12

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

これは桓武天皇と平城天皇の時代の歴史小説。藤原冬嗣とその兄真夏を中心に桓武と平城の親子の確執、藤原四家のそれぞれの興亡が繰り広げられる。
ここまで時代も遡ると当時を想像するものも少なく作家も大変な作業だったと思う。奈良や京都といった地域に住んでいる人にはまだ少しはその時代の名残を感じることもあるかもしれないが。
解らないだけにロマンがある。
歴史上名高い悪女「藤原薬子」も登場するが、平城天皇が薬子にのめりこんで行った背景を父からも母からも愛を与えられなかったからと解釈している。父桓武は帝という立場と多くの女の下に通い親子という関係が希薄であり、母親は15歳で出産するとその後乳母の手で育てられた息子にとって母親以上の禁断の憧れとなり、31歳で早くになくなってしまった。愛に餓えた平城にとって妃の母親であった薬子は母の面影が重なる愛の対象となった。とある。
これは源氏物語と同じじゃないか。最もこちらをモデルにしたのかもしれないが・・・
薬子は魅力的で娘婿の平城ともそんな関係ながら夫もいるし、平城の部下ともそんな関係。それを桓武に怒られちゃったことから起こる争い。いったい薬子はいくつぐらいだったのだろう。30くらいかな・・・
大体古代には余り近親相姦的なことへのモラルは少ない。腹違いの兄弟で結婚したり、天智天皇なんか実の兄弟でそうだったり・・・らしいが。夫がいても天皇の子供を生んだり、何人もの女の下に通ったり、派手だけど、それって今の若い子の(一部だろうけど)四股五股みたいなものかな。
こんな風にいろいろ想像したりできる。
本当に昔日本史なんてどうしても暗記できなくてどの天皇が何したとかどの天皇のときにどんな法令が出たとか覚えられなかったけど、もっと真剣に勉強しておけばよかった。結構このどろどろの人間関係にはまったかも。
2005・12・12


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 24

Q&A (幻冬舎文庫)

著者 : 恩田 陸

出版社:幻冬舎

発売日:2007-04

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

これも「ユージニア」と同じように事件のあと関係者にインタビューとそれに答える形式で進んでいく。誰がインタビューしているのか、なかなか解らなかった。聞き手も変わっていって答える側に回っていたり・・・
でも途中で何回か眠くなってしまった。
よく出来た構成で、題材も展開も本当に良くできていると思うのだが・・・
主人公らしい主人公はいないが、一つの大惨事に関係した人たちそれぞれのその事件によって浮かび上がった現実。その後たどる結末。どれも怖いなと思う。ありそうで。
2005・12・8


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 2

白痴・青鬼の褌を洗う女 (講談社文芸文庫)

著者 : 坂口 安吾

出版社:講談社

発売日:1989-07

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

坂口安吾は天才だという。そうかもしれない。
この文章は誰のものでもなく、独特のものがある、と昔感じたが今はまた違った意味ですごいなと感じる。
文庫には解説がついているが、多分そのとおりなのだろうが、今この小説が書かれてから60年もたっていても何か現代に訴えるものがある。と思う。
白痴には怒りがある。戦争のくだらなさに、それによって自由な表現を奪われたことにも、「気違い」「白痴」といっている町の人々もまた「気違い」であり、本能と欲望のまま生きる「白痴」は死をすぐ傍らのものとして生きているとき最も純粋に感じる。
書いた作者が何を表現しようとしたかは多分解説のとおりなのだろうが、それを読んで何を感じるかは読む読者のものだと思う。何かを感じさせるということ、それが出来ることがまたすごいと思う。
「井沢は女がほしかった。女がほしいという声は井沢の最大の希望ですらあったのに、その女との生活が二百円に限定され、鍋だの釜だの味噌だの米だのみんな二百円の呪文を負い、二百円の呪文に憑かれた子供が生まれ、女がまるで手先のように呪文に憑かれた鬼と化して日々ぶつぶつ呟いている。胸の火も芸術も希望の光もみんな消えて、生活自体が道ばたの馬糞のようにグチャッグチャに踏みしだかれて、乾きあがって風に吹かれ、飛び散り跡形もなくなって行く。つめのあとすら、なくなって行く。女の背にはそういう呪文が絡み付いているのであった。」
安吾の結婚観は正直痛い。痛すぎる。

「青鬼の褌を洗う女」は女の一人称で書かれているが、これも傑作だと思う。
性には執着しないが生きることには執着のある女、オメカケさんになりそれなりに誠実にオメカケさんをやっている。母親の死を束縛からの解放と感じ、戦争や破壊は嫌いだが破壊のあとに新しい何かが生まれると感じている。そして自分の中に母親の姿を見つけうんざりしている。
彼女のあっけらかんとした、それでいて何かのんびりとした人生観は今の若い子に共通しているように感じる。
「ニート」の意味がいまいち把握できていない。「パラサイト」とどう違うのか。彼女は「ニート」なのではないかと思うのだが・・・。でもオメカケさんという職業婦人だというのだから違うのだろうか。
2005・12・1


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 7

ぼんくら

著者 : 宮部 みゆき

出版社:講談社

発売日:2000-04

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

山本周五郎の後に読んだ成果、妙に「べらんめえ」口調が鼻につき何か不自然な感じがした。余りに作中の時代とかけ離れてしまった成果、こう在るべきみたいな無理した言葉遣いや風景は使い慣れてない。
「殺し屋」から始まり「拝む男」まで、鉄瓶長屋を舞台にその長屋の住人と定町廻り同心との人情話かと思っていたら「長い影」で物語は急に展開する。宮部ワールドになる。それまでのちょっと無理した感じが気にならなくなる。それまでの話はすべてここに来るためのプロローグだったのだと気がつく。
時代小説のいいところは突拍子もない人だとか出来事が不自然なく登場できることだろう。ここには絶世の美少年で人間計測器弓之助、人間録音機おでことかが登場する。思い切り遊ぼうとしたのか、結構美形好きなのか美少女もぞっとするような美女も登場する。人情に厚くお人好しの世話好きおばさんはどこまでも善人でちょっと陰のある好青年はどこまでも好青年。
今後宮部みゆきはどんな作家になっていくのか楽しみだ。
2005・11・30


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 4

ちいさこべ (新潮文庫)

著者 : 山本 周五郎

出版社:新潮社

発売日:1974-05

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

"以前BSで「ちいさこべ」の映画をやっていたのを録画していたのをやっと見た。そこで急いで本も読んだ。
映画は中村金之助と江利チエミ、なるほど、この小説のイメージどおりじゃないか。小説にはない遊び人も出ていたが、原作のよさを壊すことなくいっそう面白くしていた。いい。
このほか、「法師川八景」、「末っ子」、屏風はたたまれた」、「橋の下」、「ひとでなし」、「あだ子」、「チャン」、「若き日の摂津守」、「古今集巻之5」と収録されているが、どれも凛と生きる姿が読んでいてすっきりとする。さすがだ。
山本周五郎が活躍していた昭和30年代頃はまだ東京の下町には江戸を感じさせるものがたくさん残っていたのだろう。今時代小説の書き手たちはどうやって江戸をイメージしているのだろう。先人の書いた小説のなかからだろうか。
山本周五郎、司馬遼太郎、池波正太郎、山田風太郎、海音寺潮五郎。なぜみんな「郎」のつく名前を選んだのだろう。その頃の流行なのだろうか。
2005・11・25


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3.パートママ (2007/10/07)
時代小説は好きで、とくに藤沢周平や池波正太郎が好きなのですが、山本周五郎はこの1、2年で読むようになった作家です。30年代生まれなので思い出は何も残ってませんが、最近の作家のべらんめえ調は明らかにテレビの江戸時代だなあと思います。でも山本一力が気になります。
4.船橋胡同 (2007/10/08)
たしかに、“山本一力”は気になりますね。賞をとった後
でも、奥様と二人で、深川・月島・佃島などを、自転車に
のり、肌で感じ、調べて書いているので、合格でしょう。
"佐伯泰英”は、私は受け付けられません。(小声です)

もっと読む(4件)

 

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 8

著者 : 姫野 カオルコ

出版社:角川書店

発売日:2005-04-01

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

楽しみは後に残しておこうと、もっと後で読もうと思ったのだが読んでしまった。
6編の短編、それぞれが20年前を思い出し、一つの出来事のあった時期の自分を思い出している。あ、「高瀬舟、それから」はちがうか。
初恋をしていた頃の、男の子が男に、いやまだそれ以前の男子に成長する過程(多分だけど)を書いた「卒業写真」が一番良かった。
正直、「ツ、イ、ラ、ク」の余韻があって成り立っている。先に読んでいたとしたらそれほど何も思わずに読んでしまうかも。

何故作者はこれを書いたのか、やはり「ツ、イ、ラ、ク」への思い入れが強かったのだろうと思う。それなら、小山内先生のその後を書いて欲しかった。それ以前は充分だから。

「桃はむずかしい」
だけど、余りに普通に生活している32歳の20年前のほうが難しい。
すぐに忘れてしまうが、14歳、何か道徳的にやはり拒否反応だな。
2005・11・21


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 19

ツ、イ、ラ、ク (角川文庫)

著者 : 姫野 カオルコ

出版社:角川書店

発売日:2007-02

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

これは純愛小説です。
作品の表現方法がどうであろうと、これは間違いなく純愛です。

恋とは、するものではない。恋とは、落ちるものだ。どさっと穴に落ちるようなものだ。・・・略・・・
「アッ」。恋に落ちるとは、この「アッ」である。・・・

冒頭から登場する小学2年生は、小学2年生の姿はしていてもただならぬものたちだ。その行動がやはり小学生のものなだけに気持ち悪い。
なのに引き込まれる。
やがて中学生になるとそれはそれは気持ち悪い中学生、何か少年少女に恨みがあるのかと思う。なのにその内面とは裏腹に行動は中学生のものなのだ。
性の描写もちょっとグロテスク、230ページの11行には驚いた。
なのに別れは14歳という年齢のものではない。そこには男と女が在る。深く惹かれあっているがゆえ、早く出会いすぎてしまったから。切ない。
後半34歳になるといきなり純情なのだ。純情に、純粋に、初々しい感じまでする。

そこここに姫野かおるこの哲学が散らばっている。それにぐっと来るのだが、忘れないように書き出そうとするとたくさんありすぎて大変そうなのでやめておく。一つだけ

・・・笑いとはこれすなわち客観の能力である。この能力を女は欠いているとよく男はいい、その実、女より女らしい男は大勢いる・・・

このちょっとグロイ描写の多い作品を読んで純愛に泣きそうになるのは可笑しいのかな。


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 1

二流の人 (1948年)

著者 : 坂口 安吾

出版社:思索社

発売日:1948

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

黒田如水か、と思い次に読む歴史小説を探しているとあれこれあるかも、と納戸を探すとやはりありました。かれこれ25年以上も前の高校生の頃一度読んでいた。
先に読んだ「虎の城」が大河ドラマならこちらはなんだろう。講談とかそんな感じの語り口。
文庫本100ページ弱と程よい長さで一気に読もうと思ったが、何せ字が小さい。少々老眼が出始めている身には辛い。
同じ時代、同じような登場人物なのに書き手によってこれほど違うものか。
秀吉を「人の心理を見抜く天才、外交の天才」と書きながら、どこか道化のように書いている。今残っている文献から推測すると実際万事が大げさな感情表現が多くそうなるのかも。
家康は「稀有の天才の一人、天才とは何ぞや。自己を突き放すところに自己の創造と発見をかけるところの人」とある。
さて、如水はというと「戦争マニア」
安吾から見れば上杉謙信も「戦争狂」、この戦国時代の武将のほとんどは単なる戦争狂ということか。この小説の書かれた昭和21年、そのちょっと前には日本にもまたちょっと違った意味で「戦争狂」があふれていたのだろう。
己の才と策を自負し「人の褌で相撲とろう」として夢破れた、これが二流の人か。
それにしても「チンバ」とは、今なら削除のもの表現だろう。いいのかな。
2005・11・18


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 1

決戦前夜―Road to FRANCE (新潮文庫)

著者 : 金子 達仁

出版社:新潮社

発売日:2000-02

評価 :

完了日 : 2007年10月05日

ワールドカップを100倍楽しむために、その第2。
金子達仁は今何をしているのかな、中田の追っかけしてるのかな。
相変わらず臨場感あふれる文章は今試合が目の前で行われているように思える。多少ごひいきの選手に対して甘すぎるんじゃないのという感じはあるけれど。

今回気に入ったフレーズ
「あたかも瞼を閉じることで近づきつつある天災を無視し『ほら、何も見えない。だから大丈夫だ』と言っているよう」
これは加茂周監督を解任しなかった当時の長沼サッカー協会会長に対して

この予選も確か真剣に見ていた。歯がゆい思いをしながら。
余りにも世間は城とカズに期待をしていた。その頃はまだ他にどんな選手がいるかなんて知らなかったけれど、ゴール近くで動かないカズにヤンマーの釜本かと思ったのを覚えている。
今回の日本代表にも似た人いるんじゃない。

こうやって8年前の中田や川口の活躍や戦跡を読むと今の中田や川口への見方も変わるような気がする。
8年は確実に選手を成長させたかもしれない。だけど、チームの中での存在も変わってきているのではないか。
2005・11・17


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