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Tetchyさんの読書ノート

海外ミステリ
海外のミステリです。広義の意味でのミステリなので、エンタテインメントといった冒険小説はもちろん、ホラーやSFなども含まれてます。
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 3

ホット・キッド (小学館文庫 (レ1-3))

著者 : エルモア・レナード,高見 浩

出版社:小学館

発売日:2008-01-07

評価 :

完了日 : 2008年11月20日

本作はレナード節が冴え渡る彼しか書けない男たちの物語、しかも自身の原点であるウェスタン小説です。
そして今回は早速最たる特徴であるレナード・サーガのリンクが冒頭から出てきます。

『キューバ~』で登場したヴァージル・ウェブスターが、主人公カールの父親となって登場します。
本作で彼は既に47歳に石油長者となって隠遁生活を送る身になっています。

その余裕は死線を潜り抜けた男が見せる余裕です。
『キューバ~』では戦艦爆破に巻き込まれ、運命に翻弄されるがままだった彼がこんな人物になってお目見えするとはなんとも感慨深い物があります。
そしてそのヴァージルが神経の図太いヤツだと一目置くのが息子カール・ウェブスターなのです。

このカール、レナードの作品では今までにないヒーローです。
恐怖心という物が抜け落ちたかのように、どんな状況においても常に磐石な自信を湛え、冷静沈着に振舞える男です。

そして悪党を前にして述べる言葉は
「おれが銃を抜くことになったら、必ず撃ち殺す」
さらに今回特徴的なのは実は彼が真っ当な正義漢ではなく、実は根っからのガンマンなのだという事。

カール自身、今度の犯人を撃てば、彼の戦果に加わる事を密かに愉しんでいることを認めます。
ただ、ここで留意したいのは彼は血を好む殺人者ではないという事です。

まず先に立つのは正義感。
犯罪者を彼は人とは思っていません。
そして彼はそれを仕留めるのが自分の使命だと固く信じています。

そしてもう1つ。
彼はあくまで他者と純粋に勝負し、勝つ事が好きな男だということ。

で、彼が選んだその勝負の方法というのが銃撃戦なのです。
撃つか撃たれるか、死と隣り合わせの命のやり取りですが、カールはむしろそれをスポーツの対決のように感じています。
それは彼が一種変わった精神構造を持っているからでしょう。

彼は銃撃戦が終わったときに体の震えているのに気付いたと述べます。
ここで注目したいのは、体が“震えた”ではなく、“気付いた”とあることです。

つまり何事に対しても、精神と身体を切り離して観ること、行動できる客観的な男なのです。
そう彼こそは根っからの勝負師であり、負ける事を考えない真のタフガイです。

一方ジャック・ベルモントは小さい頃に実の妹を溺死寸前までさせ、脳に障害をもたらしたエピソードを軸に、親の手の付けられない悪童がそのまま大人になった男で、根っからのワルです。
しかし、ワルはワルでもこの男、どこか抜けており、また自覚的でないため、常に自分を大物に見せようと人を小馬鹿にしながら、その実、相手から見下されているという三文悪党として描かれています。

しかも嫉妬と虚栄心の塊で、いわゆる典型的な“俺リスペクト型”で、自分はもっと周囲から恐れられ、名前が売れていいはずだと思っている男、ジャック。
実はこの展開は意外でした。

これは今までのレナード作品に出てきた、根っからのワルですが、どこか抜けている悪党と何ら変わらないからです。
カールのライバルにしてはどうしても見劣りします。

実際作中、何度かジャックとカールは邂逅し、そしてあるときはカールに捕らえられ、刑務所に送られるように、カールはジャックを歯牙にもかけていません。
むしろカールは自分に相応しい敵となるべく、その時を待っているかのようです。

そしてようやく迎える二人の対決シーン。
実はこれが意外でした。

この結末は、結構難しかったです。
安直に語れない深みがあります。
これについてはしばらく考えてみましょう。

さて物語はこのジャックとカールを中心に語られるが、彼らに纏わる登場人物も今回は出色です。
まずこの時代を代表する実在の銀行強盗チャーリー“プリティ・ボーイ”フロイド。

そしてそのチャーリーの追っかけであり、彼のグループの仲間を射殺した逸話を持つルーリー・ブラウン。
元FBIで独善的な正義を振り回し、KKK団を率いて、黒人や移民を狩るネスター・ロット。

学校の教師で30年間に出来た恋人は2人ながら、その2人目の恋人が銀行強盗だった女性ヴニシア・マンソン。

レナードはこれらをトニー・アントネッリという記者がカールないし事件の関係者にインタビューする形で話を紡ぎます。
これがもう独立した短編のように面白いのです。

特にこのトニー・アントネッリという作中話者を設定したのは今回の大きな効果だと思います。
彼がカールの伝説を作り、無法者ども達の逸話の語り部となり、物語に厚みを持たせています。

権力ある者が法律を作り、常にどこかで生き死にのやり取りが繰り広げられる無法の時代に生きるタフで、アブナイ奴らが縦横無尽に動き回るこの作品こそ、私が読みたかったレナードの小説です。

2005年発表とありますから、当時御年なんと81歳!
こんなトンでる老人、日本にはいないでしょう!
レナードの若さに乾杯!


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 2

トラブル・イズ・マイ・ビジネス (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-10 チャンドラー短篇全集 4)

著者 : レイモンド・チャンドラー

出版社:早川書房

発売日:2007-12

評価 :

完了日 : 2008年11月19日

最終巻の本書は前3集に比べて、もっともバラエティに富んだものとなりました。
通常のハードボイルド系ミステリがメインなのは違いないが、それに加え、エッセイ、そして奇妙な味の短編2編に最後は映画用のプロット1編となっています。

下品な云い方をすれば最後の巻なので、チャンドラーが書いた物を余すことなく寄せ集めた雑編集本とも云えますが、3集目において同じような話の繰り返しにいささか辟易としていたので、逆に新鮮でした。

さて通常のハードボイルド系ミステリは表題作、「待っている」、「山には犯罪なし」、「マーロウ最後の事件」、「イギリスの夏」の5編。
「奇妙な味」とも云える幻想小説は「青銅の扉」と「ビンゴ教授の嗅ぎ薬」。
最後に収められた「バックファイア」は映画用のプロットだとの事。
エッセイは「むだのない殺しの美学」と「序文」。

ようやくチャンドラー短編集もこれで終わりです。
去りがたいというよりもやっと終わったかという一種の徒労感があります。

2集目までは十数年ぶりのチャンドラー作品との再会を喜び、悦に浸っていましたが、3集目まで来ると、なんだか同じような話を何度も読まされた感を払拭できず、辟易しました。
で、この4集目は長編『大いなる眠り』以後ということで、若干ワンパターンが改善されたように感じました。

以前は見られなかった「青銅の扉」、「ビンゴ教授の嗅ぎ薬」なる探偵に拘泥しない奇妙な短編も創作されていますし、そしてやはり「マーロウ最後の事件」は全短編の中で随一の出来映えです。
しかし、今までの全短編を含めて、総じてその難解なストーリー展開は結構苦痛を強いると思います。

好きでないとなかなか浸れないでしょう。
そしてこの心境の変化に私自身、正直驚いてもいます。

文章は確かに素晴らしいです。
数ある文学者の中でもそれは至高の位置にあるでしょう。

しかしストーリーを語るのが上手いかと云われれば、イエスとは云い難いですね。
もちろんクイクイ読めて、叙情豊か且つ爽快感をもたらす作品もいくつかあります。

しかし、展開はバリエーションに乏しいのです。
これがチャンドラーの弱点だと思います。

あの頃の記憶は美しいままの方が良かったのかと思いますが、今の年齢でチャンドラーを読みたかったという気持ちがありました。
これがまた十数年後に読むと心持ちも変わるのでしょうか?


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 1

レイディ・イン・ザ・レイク (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-9 チャンドラー短篇全集 3)

著者 : レイモンド・チャンドラー

出版社:早川書房

発売日:2007-11

評価 :

完了日 : 2008年11月16日

チャンドラー新訳短編集第3集。
今回は長編『湖中の女』の原形となった短編の表題作が初読の作品。

まず最初はマーロウ登場の「赤い風」。
後で述べる他の作品と違い、本作での特色はマーロウ自身が自ら事件に乗り出す趣向を取っています。

マーロウの視点で語る本作も、プロットは複雑な様相ですが終盤、マーロウの口から語られる事件の顛末は実にシンプルな物であることが解り、チャンドラーのストーリーテリングの妙味がはっきりとわかります。
ただ最後のマーロウの真意はなんなのでしょう?
マーロウが惚れてしまった彼女の、亡き元恋人の未練を断ち切るために見せた優しさだったのでしょうか?

次の「黄色いキング」ではホテルで用心棒をやっているスティーヴ・グレイスが主人公。
スティーヴの設定はタフで、女にもてると典型的なハードボイルド・ヒーローといったところ。

この一作ではまださしたる特徴があるようには思えませんでした。
そしてこの真相は、ちょっとアンフェア。

犯人の動機を最後に明かされても、ちょっと困りますね。
まあ、本格推理物ではないので良しとしますか。

さて続く2編は短編「スマートアレック・キル」と「翡翠」に登場した探偵ジョン・ダルマスが主人公。
「ベイシティ・ブルース」は最後に明かされる意外な犯人、複雑ながらもすっきりとする事件の構成など、完成度がかなり高い作品です。
逆に「レディ・イン・ザ・レイク」は定型を脱していない感じ。

さて最後は「真珠は困りもの」。
遊蕩探偵?ウォルター・ゲイジが主人公。

実は本短編集ではこれが一番面白かったです。
主人公ウォルターが坊ちゃんで、自意識過剰、自信家なところが他のチャンドラーの主人公と大いに違い、逆に他の短編に比べて特色が出ました。
最後の清々しい幕切れといい、本作でのベスト。

本短編集で特徴的なのは主人公を務める探偵を食ってしまうようなバイプレイヤーがいることでしょう。
「赤い風」は終盤に俄然存在感を増すイタリア系刑事のイバーラが、「ベイシティ~」では後半事件に関わってくるド・スペインのタフガイぶりが際立っており、ダルマスが食われた感じがしました。
そして「レディ~」では引退した保安官ティンチフィールドが物語に渋さをもたらし、「真珠は困りもの」では途中で仲間になるヘンリー・アイケルバーガーが強面で威丈夫の大男でウォルターを一蹴しながらも、協力を申し出る好漢です。

さて冒頭に述べたように短編集も3冊目。
前短編集『トライ・ザ・ガール』の感想では、毎度同じような展開ながらも飽きずに読めると書いていましたが、さすがにチャンドラーといえどもこれだけ似たような話を読まされると、疲れてきました。

曰く、事の発端→トラブル発生→死体と遭遇→関係者の間を渡り歩く→真相解明→乱闘シーンで死者が出る、とほとんどこのパターン。
細部の演出は異なりますが、話の流れは全てこの流れで進められるため、読後の今振り返ってもどれがどんな話だったのか、ちょっと混在してしまいます。

ここにいたって思うにチャンドラーはストーリーテラーとしてはあまりヴァリエーションを持っていなかったようです。
ストーリーの流れは常に定型を守り、そこに女や無頼漢、タフガイを絡め、物語に味付けを施すといった感じです。

そしてそれらキャラクターが途轍もない光彩を放つ時、傑作が生まれるのでしょう。
『さらば愛しき女よ』然り、『長いお別れ』然り、『大いなる眠り』然り。

最初の頃に見られた卑しき街をしたたかに生きる者どもの姿がここにいたって定型に落ち着いてきているのが、非常に辛いところ。
今回の作品群には今までの短編に見られた叙情が薄まっているようです。

技巧で書いているような気がしました。
調べてみると本作までの短編が第1長編『大いなる眠り』以前に書かれた物のようです。

このころおそらく短編に限界を感じたのかもしれません。
次々と浮かぶプロットは複雑さを増すが枚数の限られた短編ではある程度妥協点を見出さなければなりません。
だからこそ長編へと創作姿勢が移行していったのではないでしょうか。

今回はほとんどが典型的な話だったので、☆2つぐらいだなぁと思っていましたが最後の「真珠は困りもの」が思わぬ拾い物でした。
よってかろうじて☆3つとしましょう。


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 3

キューバ・リブレ (小学館文庫 レ 1-2)

著者 : エルモア・レナード

出版社:小学館

発売日:2007-11-06

評価 :

完了日 : 2008年11月14日

本作はスペイン支配下にある1900年直前のキューバが舞台で、時代的にはアメリカがスペインからの支配から脱却しようとしている反政府軍を支援し、キューバの独立戦争勃発の前後を描いています。

まず気になったのはタイトル。
キューバ・リブレとはカクテルの名前で、洒落た題名をつけるレナードが今回キューバを舞台にした小説を書いたので、単純にその名前をタイトルに関したのかと思いましたら、さにあらず。
その意味は「キューバ自由万歳」であり、テーマとなったキューバ独立戦争において反政府軍のスローガンともなった言葉でした。

今回の主人公はベン・タイラー。
叔父が経営していた製糖工場を街の有力者に搾取された後、ニューオーリーンズに引っ越して、カウボーイをやっていました。
過去に銀行強盗をして、刑務所暮らしをした経験がある度胸の据わった人物です。
しかも早撃ちのガンマンです。
物語は彼がキューバに自分の馬を売りに行くところから始まります。

このタイラーの後の恋人となるアメリア・ブラウン、そしてタイラーの取引相手ブドローの家僕フエンテス3人が一計を案じてブドローから大金をせしめようとするのが本書の大きな内容。
しかしそこに関わるのはグアルディア・シビルの大佐、ライオネル・タバレラと彼の手先で逃亡奴隷捕獲の名人オスマ。
そしてハバナで幅を効かしているアメリカ人富豪ブドローです。

さらにサブキャラクターとして爆沈したアメリカ軍戦艦の生き残った乗組員でタバレラの策略で刑務所に入れられてしまうヴァージル・ウェブスター、キューバ独立派のリーダーでフエンテスの弟イスレロなども関わってきます。

レナードの物語の特徴として先の読めない展開と各登場人物たちの軽妙洒脱な会話。
悪人なのにどこか憎めない奴らといった際立ったキャラクター造形が挙げられますが、今回はいつもの作品と違い、なんとも大人しい感じがしました。
特に軽妙洒脱な会話と、憎めない悪人どもといった部分が成りを潜め、どこか単調な感じがしました。
但し先の読めない展開については健在。

今回は特にスペイン人将校を正当防衛で射殺してから入れられるタイラーのムショ生活についての内容が長く、その間ずっとアメリアとフエンテスのタイラー救出工作について延々と語られるあたりで物語のリズムが狂ったように思います。
ここはもう少しすんなり行ってほしかったです。

確かにこの箇所において漠としたアメリアの、タイラーへの好意が確証されていくし、ヴァージルとタイラーとの友情も確立されますから、重要なパートであるのは間違いありませんが、ちょっと冗長すぎるという感じがしました。
これも当時のキューバの不条理さを印象付けたかったのかもしれません。

そしてようやくタイラーは脱獄し、本書でのクライマックスシーンとも云える列車からの身代金強奪へと移っていきます。
4万ドルという大金を中心にそれぞれの人物がそれぞれの思惑を張り巡らします。

金によって人が右往左往し、思いもかけない行動に出るというのはレナードの終始一貫としたテーマなのでしょう。
本書においても例外ではなく、この4万ドルの行く末は本当に意外な人物の手中に収まるのですから。

しかし、そんな活劇シーンがあっても、今回のレナードはなんだか大人しいなぁという印象が拭えません。
敵役と思えたスペイン人将校テオバルド・バルドンが物語の初頭でタイラーに撃ち殺されるのは痛快でしたが、そこからもう1人の敵役タバレラが最後の最後までしぶとく生き残り、また彼の最期がちょっと不満。

ブドローに対する決着のつけ方は溜飲が下がりました。
これほどプライドを傷つけられる最後もないでしょう。

そして物語後半になってようやく登場する奴隷狩りのプロ、オスマ。
こいつこそタイラー最大のライバルと成りえるキャラクターでしたが、2回も行われる対決シーンはなんとも呆気ないもの。
これもちょっと残念。

思えばレナードの主人公の敵役といえば、だいたいボスを倒して成り上がろうとするマフィアの手先とか殺し屋、しかもちょっと変わった趣味や性癖を持つ者で憎めない奴ら。
しかし今回は悪徳役人で国側の人間だった事もちょっといつもと違います。
だから今回のタバレラはいつもにも増して陰湿な人物像になったのかもしれません。

若島正氏によればレナードの各作品はリンクしており、しかもそれぞれの登場人物にきちんと時間が流れており、また血縁関係までもが確立されているとのこと。
私が気付いたのはタイラーのかつて雇い主デイナ・ムーンが、『ビー・クール』に出てくる歌姫リンダ・ムーンのご先祖様ではないだろうかということ。
手元にないのでそれ以外の人物相関については不明だが、時間が出来た時に誌面を紐解いて調べてみるのもまた一興でしょう。


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 3

フランス白粉の謎 (創元推理文庫 104-6)

著者 : エラリー・クイーン

出版社:東京創元社

発売日:1961-03

評価 :

完了日 : 2008年11月09日

今回の趣向は最後の1行で犯人が判明するというもの。
従って50ページ強にも渡り、エラリーの推理が延々と語られます。

彼は「演繹に演繹を重ね」と述べていますが、正しくは「帰納法に帰納法を重ね」でしょう。
彼の推理は散りばめられた数々の事実を基に、何が起こったのかを再現し、しかもそれが最後にクイーン警視が述べるように「法的証拠はな」く、「山勘があたった」だけなのです。

2つの関連する真実から新たな真実を生み出す演繹法とは全く違います。
なぜなら演繹法によって得た真実には矛盾や例外が存在しません。

(ここからはネタバレです)



















私は犯人はゾルンだと思いました。
被害者フレンチ夫人は口紅を塗りかけた途中で殺されていたからです。

しかも死亡推定時刻は深夜0時。
そんな時間に口紅を塗る、それは友達や浮気相手、もしくはお客に会うぐらいしかないからです。

そして深夜に会うとなればやはり恋仲でしょう。
そしてゾルンは夫人と密通しているという事実があります。

さらに彼は重役の1人なのでアパートに出入りしていても何のおかしくもありません。
明朝の会議に出席するのに、百貨店の中から出社すればいいだけのことです。
とまあ、こんな感じに私は推理しました。

しかし、真相は違いました。
夫人は娘の麻薬常習を直すため、麻薬組織の男に忠告したがために殺されてました。

これを立証するのに、麻薬組織が取引場所の連絡として利用した本の件があります。
これは百貨店内の書店の主任が麻薬組織の手先であり、百貨店の本を使って取引の連絡をしていたというもので、それをフレンチの秘書が見つけ、本をこっそりと持ち去り、フレンチの机に置いていたとなってます。

それは5週間に渡る連絡であり、いつもこの部屋に出入りする者ならば、それが致命的なことに気付くだろうから、いつも出入りしている重役連中、秘書は容疑者から除外されるというもの。
これが全然納得行きません。

つまり今回の犯人追及は消去法によって単純に色んな状況を考慮して容疑者の対象から外れた者で残った者は誰か?というだけに過ぎません。
そしてそれを決定付けるのが題名にもなっている「白粉」すなわち指紋検出用の白い粉です。

これなんかそれこそ百貨店でも手に入るのではないでしょうか?
そんなに特別な物なのでしょうか?

あまりに意外だっただけに、混乱しているだけかもしれません。
しかし上に述べたように、ゾルンが犯人である可能性もあるわけで、手放しで感心できません。

つまりこれこそエラリーが演繹法で推理したわけでなく、帰納法及び消去法で推理した事の証左です(ほとんどの本格推理小説は帰納法による真相解明になるのだと思いますが)。

加えて、捜査方法についても疑問があります。

まず、現場に残された煙草の吸殻の特徴的な銘柄から、エラリーが所有者であるバーニスが現場にいたと示唆する点。
これは現在ならば、早計でしょう。

DNA鑑定はなかったにしろ、唾液から血液鑑定をして人物を特定するのがセオリーです。
この頃はまだ唾液からの血液鑑定方法は確立されていなかったのでしょうか?
結局、作中では決定的な証拠となる血液型については言及されません。

次に鑑識による指紋の調査において、現場にクイーン警視の指紋が残されていたというシーンです。
これは明らかにおかしいのでは?

捜査官は手袋をしなければならないのは当たり前です。
これは作者が、実際の警察の捜査状況を全く知らなかったのでは?
それともこれが当時は常識だった?

3番目は殺害場所の特定方法について。
今回の被害者は致命傷の割には現場に残された血痕が少なかった事で、他の場所で殺されて、発見現場に遺棄されたことになっています。
殺害現場として目星をつけたアパートに行きますが、全くルミノール反応を使った捜査が行われません。
この頃、まだルミノール液がなかったのか、それとも作者が知らなかったのか、どちらなんでしょう。

そして腑に落ちないのは、本を麻薬取引の連絡として利用した点。
あのシステムはちょっと無理があると思います。

情報交換として利用された本はジャンルも版型も違います。
百貨店の広大な本屋の中で1冊の本を探し出すというのはかなり骨だし、相手が見つける前に誰かがそれを買ってしまうかもしれません。

作者は連絡を取る前日の夜に情報記入をしており、他の誰かが買っていくのにも慎重を期していると書いていますが、素直に頷けません。
当時は現代ほど本はなかったでしょうが、それを差し引いても、これは帰納法に基づく推理の典型的なミスではないでしょうか?

ほとんど苦言で終始した感想になってしまいましたがこれは私がこのシリーズに大いに期待しているからです。
特に本作は殺人事件に加え、麻薬組織まで絡んでおり、風呂敷を広げすぎたような感じがします。

率直な感想は、最後の犯人に面食らい、いまだに疑問符が拭えないということなんですけど。


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 1

流出〈下〉 (新潮文庫)

著者 : ブライアン フリーマントル

出版社:新潮社

発売日:1999-08

評価 :

完了日 : 2008年11月07日

(上巻からの続きです)

当初物語の主眼と思われた再会した2人、チャーリーとナターリヤの成り行きが、後半のヒラリーの投入で影が薄くなってしまいました。
特にこの2人は作戦会議の場で初めて再開したときに交わされる会話の時のお互いの心理状態のやり取り、ポポフとチャーリーとの微妙な関係や、その後の2人の逢瀬など結構読み処があっただけに残念な思いがしました。

更に若きFBI捜査官ケスラーがその未熟さからチャーリーに師事することで次第に捜査官としてのスキルを挙げていく成長過程も物語のサブストーリーとしてよかったのですが、これもヒラリーの登場で影が薄くなってしまいました。
恐らくヒラリーというキャラクターがフリーマントル自身、非常に気に入ってしまい、またこのキャラクターがフリーマントルの意に反してひとりでに動き出してしまったため、その流れに委ねることになったのではないでしょうか。

しかし、だからといって物語の構成が破綻したわけでなく、最後にサプライズをきちんと準備して物語が閉じられるのだから、やはり大した物です。
とはいえ、今回のサプライズは解ってしまいました。
やはり続けて読むとフリーマントルの手法も見えてくるということでしょうか?

最後にもう1つ。
この前に読んだ同じ作者のダニーロフ・カウリーシリーズの『猟鬼』では、マールボロの箱をかざす事でタクシーが容易に止まる事を書いていますが、本作でチャーリーが同じことをしようとすると、いつの時代の話ですか?とケスラーに気色ばめられるシーンがあります。

『猟鬼』の原書発表が92年。
本作の原書発表が96年と4年もの差があります。
これはこの4年の間にロシアがそれほどまでにアメリカにおもねることなく、自立していった事の証左か、はたまた『猟鬼』におけるこの描写に対する不適当性に関する批判がフリーマントルにあったのか、定かではありませんが、なかなか面白いシーンだと思いました。


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 1

流出〈上〉 (新潮文庫)

著者 : ブライアン フリーマントル

出版社:新潮社

発売日:1999-08

評価 :

完了日 : 2008年11月07日

イギリス情報局に復帰したチャーリーが今回命じられた任務は、ロシアに入り、ロシア及びアメリカの要員と協力して核物質の西側への流出を阻止するというものだった。
その量250kg。
広島・長崎級の核爆弾がゆうに50発作れるくらいの量だった。

ロシアにはかつて愛した女ナターリヤがいた。
最初の時はKGBの議長を務めており、チャーリーは最初、自分の任務遂行の手段として付き合うことにしたが、任務で触れ合うにつれ、やがて本気で愛するようになった。

しかし自分の身の安全とナターリヤとの愛を天秤にかけ、自らの保身を取った。
そして後日チャーリーはナターリヤが自分の子供を産んだ事を知る。
チャーリーはナターリヤとの再会に期待と不安を抱いていた。

しかしチャーリーはナターリヤの消息が一向に摑めなかった。
ナターリヤはすでに官職を辞し、モスクワを去ったのだと思っていた。

そしてロシア側の担当者ポポフより今回の強奪阻止計画についてアメリカ側担当者家スラーと共に会議に参加したチャーリーはそこでナターリヤと再会する。
しかも彼女は本作戦の最高責任者だった。

やがて捜査の結果、マフィアのターゲットはキルスにある貯蔵施設だと判明した。
チャーリーとアメリカ側の協力者ケスラーは計画への参画を認められたものの、単に傍観者としてしか会議に参加させられず、作戦への直接参加は認められなかった。

ポポフが作戦の指揮官として現場の陣頭指揮を取り、マフィアの強奪を阻止する。
作戦は大成功かと思えた矢先、ロシアの会議室に核物質250kgが盗まれたとの連絡が入る。


最高の頭脳ゲーム!
高学歴、高水準のディベートゲームを堪能しました!
国際的犯罪阻止の協力に対し、自国に今後の利益拡大をもたらすべく、いかに有利に展開すべきか、いかに恩を着せるかを高度な駆け引きで展開するこの上ないディベートの嵐です。

常に勝利の道を模索しつつ、そして自らの保身のために逃げ道も確保しながら、相手を雲に巻きつつ、出し抜くチャーリー。
ロシアという社会主義の風潮残る国で、自らの特権を出来うる限り長引かせるために、常に身の保身を第一義に考えながらいざという時に責任の擦り付け合いで勝利する事に腐心する周囲の中で、孤軍奮闘するナターリヤ。

下院議員の甥という立場で上司やFBI長官からも疎んじられている明朗活発かつ猪突猛進な若さ溢れるケスラー。
そしてチャーリーの恋敵で軍人気質で常に作戦の先頭に立ち、指揮する事を欲する、完璧を自負する男ポポフ。

これらがそれぞれの思惑と自説の正当性を主張しながら、核物質流出事件に当ります。
そしてさらに後半魅力的な人物が物語を彩ります。

頭脳明晰でFBI随一の核の専門家でありながら、一流モデル張りのスタイルと美貌、さらに自分の欲望に素直な女性ヒラリー・ジェミソン。
これが下巻からモスクワに渡ってチャーリーとパートナーを組む辺りからまた面白くなってきます。

そしてこれら複雑な頭脳ゲームを恐らくキーボード上を踊るが如く美麗なメロディを奏でるように読者の眼前に提供してくれるフリーマントルの知性と筆の冴え。
毎回思いますが本当、この人の話は面白いですねぇ。

しかし、今回はイギリス、ロシア、アメリカの三国に加え、ドイツがさらに加わっての合同作戦というのはいささかキャラクターの過剰出演を招いたようです。

(この感想は下巻に続きます)


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 4

ローマ帽子の謎 (創元推理文庫 104-5)

著者 : エラリー・クイーン

出版社:東京創元社

発売日:1960-12

評価 :

完了日 : 2008年11月03日

ブロードウェイにあるローマ劇場は大人気の《ピストル騒動》を上演中でこの日も満員御礼だった。
劇が第二幕の山場に差し掛かった頃、悲鳴が起こり、死体が発見される。

衆人環視の中、苦悶の表情で「殺された」と一言漏らし、息を引き取ったのは悪徳弁護士モンティー・フィールドだった。
劇場に居合わせた警官は首尾よく場内の客及び出演者、そして劇場の従業員を場内に留めておくことに成功する。

死因は毒殺。
唯一フィールドだけが買ったジンジャーエールに含まれていたらしい。

事件現場に駆けつけたクイーン警視と息子で推理作家のエラリー・クイーンは奇妙な事実に行き当る。
それはフィールドが被ってきたシルクハットが無くなっていた事だった。


初エラリー・クイーンです。
30も半ばを越えてようやく着手です。
当初古めかしく感じた訳も思いの外、クイクイ読めました。

実は最初は非常に不安でした。
この齢までなるとかなりの本も読んできたすれっからしの読者でありますから、世評高いクイーンの諸作を純粋な気持ちで楽しめるのか、心配していたのです。
ホームズシリーズやルパンシリーズで感じた失望、最適な時に読むべき本を逃した喪失感、そんな感慨をまた抱くのではないかと。

しかし、杞憂とは正にこのこと!
十分愉しめました。
大人が読むに耐える小説になっています。

そして私、犯人解っちゃいました!
Ⅱ-11章で天啓の如く、閃きました。
正にこれしかない!といった感じでした。

・犯人はなぜシルクハットを持ち去らなければならなかったのか?
・シルクハットはどこに隠されたのか?
・シルクハットを持ち去っても不審がられない人物とは一体誰なのか?

この3つの疑問について完璧に解答できました。
う~ん、気持ちがいい!
このカタルシスこそ正に本格推理小説の醍醐味です。

そして犯人が判ってから読むとクイーンの作品は非常にフェアプレイである事が判ります。
最後の謎解きの辺りでは、センター試験の答え合せをする時のようにドキドキしました。
なるほど、極上の知的ゲームです。

しかし、惜しむらくは作中でも書かれているように事件の真相が推理のみであり、物的証拠が得られず、しかも最後は犯人に罠を掛けないと逮捕できなかった点です。
世紀の名探偵エラリー・クイーンのデビュー作は磐石の推理と証拠の提示による解決ではなかったとは意外でした。

しかし、それを於いても久々に毎日本を読むのが楽しみだという気持ちになれました。
推理小説に夢中だった小さい頃の想いが甦るようです。

推理小説とはこんなにも楽しいものだったのかとこの年になってさえ思わせてくれます。
クイーンの作品は本当に素晴らしい。
未来永劫読み継がれてほしい作家です。

一般的には佳作の部類に入るであろう本作ですが、本格ミステリの愉悦を再燃させてくれたことから3.5ツ星、四捨五入して4ツ星評価としましょう。
後に着手する更なる傑作に思いを馳せつつ、この感想を閉じたいと思います。


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猟鬼―ダニーロフ&カウリーシリーズ (新潮文庫)

著者 : Brian Freemantle,ブライアン フリーマントル

出版社:新潮社

発売日:1998-09-01

評価 :

完了日 : 2008年11月01日

シリーズ第1作目。
米露それぞれの政治原理が交錯するやり取りに加えて、全編に事件解決の手掛かりが周到に散りばめられ、一種本格ミステリの要素も含まれています。
ここに作者のこのシリーズに賭ける意気込み、並々ならぬ創作意欲の迸りを感じました。

図らずも第2作『英雄』から本シリーズに入ってしまった私。
その感想に、本作の犯人と真相が明からさまに書かれていると述べていますが、読んでいる時は誰かまではすっかり忘れていました。

今回、作者がロシア民警の警官とFBIエージェントを組ませて捜査を行う設定を考えたのは単に犬猿の仲とも云える相反する両国のミスマッチの妙と、水と油の関係の二国のそれぞれに属する者同士が国の利害を超え、結ばれる友情を描きたかった、それだけではないでしょう。

90年代後半に起きたソ連の民主化政策、グラスノスチとペレストロイカという二大ムーヴメントによってもたらされた欧米的生活様式と価値観。
それはまた同時に犯罪の欧米化を促しました。

従って、今まで官吏が独裁的に行う犯罪捜査では解決しえない類いの犯罪も頻発する可能性があり、それを解決すべく東側も米式の犯罪捜査システムの導入が必要になります。
こういった洞察からこの二国間のそれぞれの腕利きが協力し合うという構想が具体化していったに違いありません。
これこそ、作者の素晴らしき慧眼だといえます。

そして本書を彩るのが登場人物たちの複雑な人間関係です。
かつての同僚であり、友人の妻と不倫関係にあるダニーロフ。
同じくかつての同僚で親友に妻を奪われ、そしてモスクワの地でその2人に再開することになったカウリー。

ダニーロフは不倫相手の夫婦の家に招待され、危うく不倫がばれそうになりますし、カウリーは再びパートナーとなった元妻の略奪者と仕事に私情を挟まないよう、終始注意を払います。
そして同じくパートナーの夫婦に食事に招待され、元妻への思いが再燃します。

まずダニーロフは妻に不倫を疑われ、不倫相手に別れを告げ、ほんの遊びのつもりだったのが、なぜこれほどまでに深入りしてしまったのかと自問します。
そして得た答えというのが、それが安心の裏づけ、つまりその気になればまだ美しい女を物に出来るという自尊心の裏づけなのだという述懐です。

そう、不倫は男としての現役の証明になるのです。
不倫は文化だ、などと触れ回る男もいましたが、そんな軽薄な言葉よりもこちらの方がもっと真実味があります。

一方カウリーもパートナーの自宅に招待され、夕食の後、元妻に「あなたは奥さんがいなくちゃならないタイプだもの」と云われたことを振り返り、激しく動揺します。
彼はその言葉で1人で生きていく事に慣れていたと思っていたのが実は常に孤独を感じていたことに気付かされます。

しかし、結婚は孤独を癒すためにする物とは違うとも解っていますが、なぜ孤独を感じていたのかカウリーは解りません。

そこで私は考えます。
それは単純に失望なのだと。

カウリーは元妻にまた一緒になりたいという言葉をかけてほしかったのに、返ってきた言葉が、再婚していないのが意外だという意味の言葉だったからです。
まだ続いていると思っていたお互いの想いが他方では既に決着が着いていたのだと知らされ、激しく動揺したのです。

その事に気付かず―敢えて目を向けず?―、自分の孤独感に向き合ってしまったのは、彼の未練を表しています。
これは振られたことのある男にしか解らない気持ちなのかもしれませんね。

さらにダニーロフはある地区の署長時代に得た密売組織との“密接な関係”を異動によって破棄し、家庭の電化製品はもとより、その日着ていく衣類にも困る逼迫した生活を強いられています。
皺の寄れた衣服が、スクラップ寸前の電化製品の数々がダニーロフの眼に妻をも使用済みのように映らせている、この辺の作者の筆致の上手さにも唸らされました。

『英雄』を読んだ時に思ったのは、カウリーよりもダニーロフに関する叙述が多かった事ですが、今回モスクワを舞台にした本書でも同様に感じました。
確かにカウリーはアメリカ人であり、異国の地で勝手違う捜査を強いられながらも、ロシア語も堪能で、FBIロシア課の課長という役柄、ロシアにも精通しており、そのギャップが少ないように感じました。

むしろロシアという特異な文化の中でのダニーロフの生活や性格が興味深く語られ、作者自身、取材の成果を存分に揮って楽しんで書いているように思えました。
やっぱりダニーロフの方が好きなのでしょう。

しかし本作の題名、フリーマントルの作品とは思えないほど過激です。
一瞬大沢在昌氏の『新宿鮫』シリーズの1作かと思いました。

訳者がシリーズのファンなのでしょうか。
それともこの後シリーズの邦題は『英雄』、『爆魔』と二文字で続くからディック・フランシスの諸作のファンなのかもしれません。
まあ、どうでもいいことですが。


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トライ・ザ・ガール (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-8 チャンドラー短篇全集 2) (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-8 チャンドラー短篇全集 2)

著者 : レイモンド・チャンドラー

出版社:早川書房

発売日:2007-10-05

評価 :

完了日 : 2008年10月28日

早川書房のチャンドラー改訳短編集の第2弾。
各作品について簡単に感想を述べていきましょう。

「シラノの拳銃」は何と云っても最後のシーンが忘れがたいです。
ナイトクラブの女ジーンが笑みを浮かべながら眠りに就くシーンにしみじみと心打たれました。

「犬が好きだった男」は題名の素朴さとは裏腹にカーマディの行くところ、死屍が累々と残されていき、激しい銃撃戦が二度も出てくるハードな内容です。

「カーテン」は物語の展開から予想だにしない結末に至る作品。
真相はかなり意外。
しかし、こじつけのように思えました。
よくよく考えると、なんだかちぐはぐです。

カーマディ物最後は表題作です。
そして、これこそ正に名作『さらば愛しき女よ』の原形。
そしてこの話の裏テーマというのは8年ぶりに出所した男が直面した、馴染みの店と好きだった街の雰囲気、そしてかつて愛した女、それら全てが変ってしまったことに対する戸惑いと哀しみです。
彼は居心地の悪さと居場所の無さを感じていたに違いありません。
そしてそうした彼の唯一の拠り所がかつて愛した女ビューラでした。
あまりに切ない物語。

「ヌーン街で拾ったもの」は麻薬潜入捜査官ピート・アングリッチが主人公。
ハリウッドスターの売名行為で裏街のボスの手を借りるというのがちょっといただけません。
あとで強請られるのが解っているのに、安直では?
タイトルはダブル・ミーニングでしょう。
ヴィドリーが落とした包みではなく、金髪の女トークン・ウェアこそ「ヌーン街で拾ったもの」でしょう。

「金魚」は我らがヒーロー、マーロウ登場の物語。
レアンダー真珠を巡る丁々発止のやり取り。
ハメットの『マルタの鷹』を換骨奪胎したかのような物語。
とにかく悪役の女性キャロルがいいですね!
ストーリーの運びは定型ですが、彼女の存在が物語に色彩を与えています。
最後のサイプの妻がマーロウに仕掛けるフェイクなど、最後まで楽しめる作品。
最後のシーンでビリー・ジョエルの”Honesty”の歌詞が浮かびました。

“誠実、なんて寂しい言葉だろう”

最後の「翡翠」は「スマートアレック・キル」で主人公を務めたジョン・ダルマス再登場作品。
相変わらず入り組んだストーリー展開ですが、霊能者が登場したりといささか意匠に懲りすぎた感も否めません。
そのため、なんだかバタバタした展開になっています。

本作では「シラノの拳銃」、「犬が好きだった男」、表題作そして「金魚」の4編が秀逸。
1つに絞るならばやはり表題作でしょうか。

今まで2冊の短編集を通じて感じるのは、20~30年代後半のアメリカを覆った荒廃感が物語の雰囲気を覆っていることです。
それは禁酒法統治下もしくはその余波が澱のように残る20~30年代のアメリカを覆う鬱屈感に他なりません。

そんな世の中で誰もが心に病を抱えています。
善人は不器用であり、暮らしは楽にならなく、器用な奴は相手を出し抜く事にその器用さを発揮し、誰もが悪人です。

そしてチャンドラーが描く探偵マーロウ、カマーディらはそんなすさんだ街の中で減らず口を叩きながらも、どこか人を信じることを止めきれない、自分に正しくあろうと自嘲気味に生き抜く男たちです。
彼らは探偵という仕事を自らの糧を得るためのみならず、仕事に関わった自分を納得させるために損得抜きで夜を走っています。

それはこの街に失われたと思われた何かがまだ残っている事を信じたいがために真実を追っているかのように思えます。
そしてそれを表現するチャンドラーの描写力、文章力の凄さ、改めて痛感しました。

危険と隣り合わせの人間が配る視線や仕草をとっても、それら人物や状況を語る視点が違うのです。
少なくとも私にはこういった“眼”はありません。

そしてその文章に加えて、質が上がったストーリーとプロット。
全てがそうだとは云えないまでも、入り組んだストーリーも単純に捏ね繰り回されているだけでなく、計算づくの上での展開だというのがよく解ります。

毎度同じような展開だと思いながらも、なぜだか飽きずに読めるのが不思議です。
未読短編だけを読むために買ったこのシリーズでしたが、チャンドラーの凄さを再認識するのに格好の機会になりました。


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フリーマントルの恐怖劇場 (新潮文庫)

著者 : ブライアン フリーマントル

出版社:新潮社

発売日:1998-07

評価 :

完了日 : 2008年10月26日

タイトルが示すように、エスピオナージュ作家フリーマントルが紡いだ怪奇短編集。
これが実にヴァラエティーに富んだ短編集となりました。

冒頭の「森」はどちらか云えばオーソドックスな怪奇譚でしょう。
ルーマニアの小さな集落を舞台にした残虐な領主の圧政に苦しむ村人が復讐を遂げた後に訪れる怪事です。

次の「遊び友だち」もオーソドックスな部類の怪奇譚です。
名声高いブロードウェイの脚本家が買った古い屋敷で起こる怪奇現象。
屋根裏の子供部屋に大人には見えない子供がいるという話。

「ウェディング・ゲーム」は英国屈指の名門の2つの財閥のある結婚式の時に訪れた悲劇を扱っています。
嫉妬に駆られた花婿の弟の犯行、最後のオチなど、目新しさは無いものの、演出効果は抜群でしょう。
最後のシーンは映像が目に浮かぶよう。
そして本編で語られる花嫁の惨劇は江戸川乱歩の「お勢登場」を想起させます。
死にゆく者の生への執着と死の恐怖を濃密に描いた乱歩に対し、事象を語りつつ、その後の展開に見事なオチをつけたフリーマントルという2人の特徴が出て面白いです。

更に続く「村」は第二次大戦にドイツ軍に所属していた主人公が名を変えて身を潜めて余生を暮らした末に、公式記録上で自分が大量虐殺を行ったとされるチェコの村を訪れる物語。

投資家夫婦と降霊術という相反する物を結びつけたのが「インサイダー取引」です。
インサイダー取引で巧みに財を成してきた投資家夫婦のうち、妻の突然死で失意に暮れた夫が霊媒師の力を借りて、亡き妻との交流を果たし、妻の助言で、どんどん投資を成功させ、億万長者となっていくという話。

これと「ゴーストライター」が個人的にはベスト。
こちらの方はコメディアン志望の男が死後コメディライターとして名声を成すという話。

特にこの2編はタイトルが秀逸で、最後に抜群の切れ味を放ちます。
そして株式をテーマにホラーを書くという発想も斬新ですが、もっと驚いたのはフリーマントルが「お笑い」をテーマに短編、しかも幽霊譚を書いたこと。
まさに脱帽です。

それに加えてこんなのも書けるのか、フリーマントル!と唸ったのが「ゾンビ」と「洞窟」。
前者はカトリック宣教師が布教のために派遣された神父を奪還するためにゾンビを生み出す呪術が支配するカメルーンの奥地の村に乗り込むといった話。
後者はフランスにある世界最大の洞窟でガイドする一族の話。
自らの子供と妻が洞窟に入ったまま行方知れずになった男が友人の子供の捜索に乗り出します。

この2編で驚かされるのが宗教や呪術、そして洞窟ガイドという職業の特徴を詳述しているところでしょう。
この作家の懐はどこまで深いのかと驚嘆した作品です。

一風変った幽霊譚なのが「魂を探せ」。
何しろベルリンでの任務中に暗殺されたCIAとKGBの工作員2人の幽霊が、死後のユートピア<あの世>に行くために自らの魂を探すという物語。
しかしこのオチはブラック・ジョーク以外何物でもありませんね。

「愛情深い妻」、「デッド・エンド」はそれぞれ殺人事件を扱った恐怖譚。
前者は病院の院長が不倫相手と再婚すべく妻を不治の病と見せかけて毒殺するが・・・といった話。
後者は場末の宿で発見された女性の刺殺死体の犯人を捜す物語。
現場に残された指紋、遺物などから状況的に夫の犯罪と思われたのだが、当の夫は自信満々に自分の犯罪ではないといいきり、逆に警察に犯人のヒントを与え・・・という話。

どちらも幽霊を扱っているのが共通。
特に前者は妻の幽霊に苛まれる主人公の苦悶がちょっと理解できませんでした。
元妻は愛人との交際を認めているのに、なぜ主人公は愛人と愛を交わせないのでしょうか?
私なら・・・とここで止めておきましょう。

最後12編目「死体泥棒」はいつの間にか人殺しに加担していた善なる医師の話。
生真面目すぎるが故に陥った狂気の領域を皮肉とユーモアを交えて語っています。

ざっと概要を上に書いてみましたが、冒頭述べたように題材が実にヴァリエーション豊かである事が解ると思います。
自分の得意分野だけで勝負していないところなんかはフリーマントルのストーリーメーカーとしての矜持を感じさせます。

もしフリーマントルにお題を提供してホラーを書けと頼むと、何でも書けるのではないでしょうか。
そしてこのようなホラー・ストーリーはもはや出尽くした感があり、確かにここに語られる恐怖譚の中には目新しさは無い物もあります。

では何が読者の興趣を誘うかというとやはりそれは作者の語り口にあるでしょう。
そしてフリーマントルが筆巧者であり、その定型化した恐怖譚をコクのある料理に変身させる腕前を備えていることを再認識させられました。

正直云ってこれほどの短編集を絶版のまま埋もれさせるのは勿体無いです。
どうにか復刊ならないでしょうか。


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暗殺者オファレルの原則 (新潮文庫)

著者 : B. フリーマントル,飯島 宏

出版社:新潮社

発売日:1993-05

評価 :

完了日 : 2008年10月21日

・・・読後、しばらく声がでませんでした。
最近読んだ本の中では、最も後味の悪い結末です。

何を語りたくてあんな結末にしたのか、全く以って作者の意図が理解できません。
この作品を著した当時、家族間に何か問題があったのか、そう勘ぐってしまうほどの結末です。

元々この作者の作品の特徴に、最後に皮肉な結末が必ずといっていいほど用意されていることが挙げられます。
特にチャーリー・マフィンシリーズでは、時にそれは行き過ぎでは、と思ってしまうほどの悲惨な結末もありますが、それはやはり主人公であるチャーリーが色々な難関を乗越えた末の相手に行った仕返しといった爽快感が伴っているから、許容できたわけですが、今回はそれがありません。
もう本当に救いがありません。

主人公オファレルだけではなく、敵役であったリベラの遺族に対しては輪を掛けて悲惨な幕引きが用意されています。
これは作者が民主主義と社会主義の暮らしの違いを最後に提示した一種の叙述に過ぎないのかもしれませんが、特に子を持つ親の立場である今では、とても正視に耐えない結末です。

そして、主人公オファレル。
当初題名から連想していたのは映画『レオン』のレオンの如く、日々の日課を欠かさず、1つのフォーミュラのように固持して生活する内省的な暗殺者を思い浮かべていましたが、さにあらず、意外にも家族みんなに頼りにされる模範的な父親・夫という人物でした。

そしてこのオファレルという男は表面上は、動揺を見せませんが―それは工作員としての訓練の賜物ですが―実は、不惑の年は既に過ぎているのに大いに惑います。
彼が46歳という暗殺工作員としては高齢であってなお、まだ現役でやれると不安を押し殺して信じていたのは、かつて保安官だった曾祖父の存在があるからです。

自分と同じ年に見える写真の曾祖父の自信に満ちた姿は自分もかくありたい、自分も負けてはいられないと奮い立たせる精神的基盤になっています。
そしてその曾祖父の存在は自分の仕事である暗殺という行為を正当化する象徴でもあります。

彼は「暗殺は人命を救う」という己の教義に従って自分の仕事に誇りを持ってきました。
それは法の網の目をかいくぐってのうのうと暮らす悪人、巨大な権力を行使して私腹を肥やす悪人たちを制裁するのに暗殺こそが有効な手立てだと信じてきました。

そしてその信義を支える存在としてこの曾祖父の存在があります。
自分のしてきたことに間違いはないのか?
時折いいようのない恐れに涙を流したくなる時にこの曾祖父の姿を思い浮かべ、保安官は決して泣かないと呟き、夜を過ごします。

そしてまた彼には、両親が無理心中して亡くなったという暗い過去があります。

ラトヴィア人である母がソ連兵士にレイプされ亡くなった事が原因で、鬱病を患っていた母。
朝鮮戦争に出兵し、勲章を受けながらも片腕を失った父。
そしてやがて母はある夜、父を撃ち殺し、自分も自殺します。

このオファレルという暖かな家庭を持ち、規律正しい生活を信条とし、なおかつ潔癖とまで云える正義感を備えた暗殺者という設定がこの作品に厚みを持たせています。
通常の小説で語られる精密機械のような感情の持たない暗殺者、人殺しに無上の喜びを感じる歪んだ性格の持ち主ではなく、このような生真面目な人物を設定したところに作者のアイデアの冴えを感じます。

その他にも、ハッと気付かされることはありました。
例えば麻薬の運び屋でベトナム戦争経験者であるチンピラ風のパイロットが主張するベトナム戦争で得た彼の人生哲学の話。
この話がオファレルの仕事に対する信条に揺るぎをもたらした一因といっても間違いではないでしょう。

正義のために戦いに行って、知りえた事は自分の利益を如何に守るかです。
帰還兵に対して何の恩恵も与えなかった政府への憤り。

何のために戦っているかも解らなくなる極限状態の中で開眼した彼の唯一の真実。
それは自らの正義に基づいて暗殺を行ってきたオファレルにとって自分の信義よりも現実味のある内容だったに違いありません。

そしてイギリス人である作者がこういう意見を登場人物の口から云わせることからも、他国から見てあの戦争が如何に無意味であったのかを知らされるシーンだと思いました。

そして、ビリーの台詞。
知らず知らずに麻薬の運び屋として利用されていた孫のビリー―後で別の事実を白状しますが―が、不正な仕事で得た金の使い道を泣きながらオファレルに語るシーン。

こういうシーンに私は弱いのです。
自分の子供がダブってしまいます。

しかし、これら小説的技巧の巧さがあっても、あの結末でかなりのマイナスは否めません。
どう考えても受け入れがたいのです。
この本、面白いから読んで、とは絶対薦められない1冊です。

結局、暗殺は不毛だというメッセージなのかもしれないが、この本の結末自体があまりに不毛すぎます。


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キラー・イン・ザ・レイン (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-7 チャンドラー短篇全集 1) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

著者 : レイモンド・チャンドラー

出版社:早川書房

発売日:2007-09-07

評価 :

完了日 : 2008年10月19日

村上春樹訳の『ロング・グッドバイ』の好評を受けて、早川書房がチャンドラーの全短編集を改訳し、発表順に編纂した独自の短編集第1弾。
創元推理文庫の短編集も併せてチャンドラーの作品は全て読破したと思っていましたが、いやいやまだまだ未読の作品がありました。

それでその未読作品というのが2作目の「スマートアレック・キル」と6作目の「スペインの血」です。

「スマートアレック・キル」は脅迫を受けているという映画監督の依頼から麻薬の密売と酒の密輸に関するいざこざに巻き込まれるという話。
「スペインの血」はチャンドラーでは珍しく警官が主人公の話。

残りの4作は再読物。
そのうち表題作は『大いなる眠り』の原形とされる作品。

そして全ての短編に共通するのはその流れるようなストーリー展開でどのような着地に落ち着くのか全く先が読めないことです。
その流れるようなストーリー展開から非常に粗筋を纏めるのが難しい作者なのだと気付きます。

しかしそれでいて読みながら物語と設定が説明なしにするすると入ってくるのですから、やはりチャンドラー、巧い、巧すぎます。
そしてこれらの短編に出てくる探偵マロリー始め、ダルマス、そして表題作のわたしもまたマーロウの原形でしょう。

しかし、やはりマーロウ登場の「フィンガー・マン」を読むとやはりマロリーもダルマスもマーロウの原形とは云いながらも、やはりマーロウは彼らとは一線を画した存在だと云わざるを得ません。
自身が命を襲われる事態でありながらも友人の頼みとあらば堂々と世間に身を晒すし、女の涙には騙されません。

権力者にも屈しない、苦境に陥っても(表面上は)動じず、脅迫されても主義は曲げません。
警察にも一目置かれています(後の作品では警察からも睨まれる存在になりますが)。

また表題作にはその後のマーロウの名作の萌芽が見られました。
プロットは『大いなる眠り』だが、大男ドラヴェックは『さらば愛しき女よ』の大鹿マロイの原形でしょう。

全ての長編を読んだ今、こうやって改めて彼の短編を最初から振り返るのはチャンドラーの原点を知る意味では最良なのかもしれません。
そして今回、もっとも痛感したのが、チャンドラーが小説で描きたかったのがプロットではなく、ストーリーだったのだという事です。

彼はロスという街のもう一つの貌を描きたかったにでしょう。
強請りやたかりで生計を立てる卑しき男どもの姿を。

そんな男たちがやることなのだから筋が通っていなくて当たり前なのです。
なぜなら彼は彼らの矜持に従って生きていますから。

彼らの主義を貫く事で生きているからです。
そして誰しもが他を出し抜こうと虎視眈々とチャンスを窺っています。

だからストーリー展開が先が読めません。
これを読んでその面白さが解らない人がいるならば、理解する観点が違うのです。
チャンドラーの小説は理解する小説ではなく、雰囲気を味わう小説、小説世界の空気を感じる小説なのですから。

そしてもう1つ今回発見したことがあります。
この短編集に収められている作品に共通するのは、主人公である探偵の依頼人は全て最後に死んでしまうという事です。

彼らは警察にも届けられない厄介事、もしくは誰にも相手にされなかった危険な揉め事を解決する最後の駆け込み寺として探偵の許を訪れます。
チャンドラーはそこに救いを与えていません。
これら初期の作品群は特にそうです。

窮境に陥った者は人に頼ってはその運命からは逃れられないのだ、自ら克服していかなければならないのだと云っているわけでもありません。
みんな弱いのだ、そして探偵さえも、そう述べているように思えます。

一か八かの最後の賭けに出た者がそうそう成功するわけではない、しかしその印象は非常なまでに切って捨てているように見えないから不思議です。
みな踠きながらも一日一日を生きているのだ、その姿を描いています。

そしてそれは決して美しくありません。
みな卑しき街の住人なのですから。

真っ正直な人間など実は一人もいなく、警察さえもそう。
それが本当の世の中なのです。
それをチャンドラーは書いた、その思いがこれらの作品に込められています。

最後に今回の題名について。
今回採用されている英単語をそのままカタカナ表記して題名しているというのはやはり、というかかなり抵抗を感じました。

「スマートアレック・キル」は「利口ぶった殺人」の方が、「フィンガー・マン」は「指さす男」もしくは「密告した男」の方が、そして表題作は「雨の殺人者」の方が断然いいです。
今の日本語で改訳するという今回の試みは非常に好ましく、その志に大いに賛成していますが、なぜ題名は「今の日本語」に改訳しないのか、かなり疑問が生じました。
それとも英語が珍しくなくなった今、カタカナ表記こそが「今の日本語」なのでしょうか。

私はこれに対して断然NOを唱えます。
だから星は1つ減点。
題名も内容の一部と考えるからこそ。


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第五の日に帰って行った男 (新潮文庫)

著者 : B. フリーマントル

出版社:新潮社

発売日:1991-01

評価 :

完了日 : 2008年09月30日

亡命者をテーマにした5つの短編を集めたもの。
最初の2編は男と女に纏わるKGB高官の話。

「パメラの写真」はアメリカ人女性パメラと結婚するため西側への亡命を図っているKGB大佐イワン・セロフが主人公。

東ベルリンからベルリンの壁を抜けて西ドイツへと亡命する計画を立てたセロフ。
微に入り細を穿ったその計画はまさに完璧と思われた。
そしていよいよ実行の日が来た。

続く「二重亡命」はモスクワ勤務を命ぜられてから夫婦仲がぎくしゃくしたススロフ夫婦が主人公。
イギリスへ亡命したススロフの後輩の信用失墜のため、アメリカへの偽亡命を計画する。

3編目「革命家」はリビアへ国外逃亡した元日本赤軍のヤマダ・ノブオが主人公。
これは上の2編とは違い、平和な国で革命家として名を轟かせたい男の野心の話。

パレスチナ解放機構の一員であるアハメドという名のテロリストに接触したヤマダはイスラエル首相とエジプト大統領の暗殺を依頼される。
自分の名を売るチャンスとばかりにヤマダはその話に乗るが・・・。

「スパイ教官」は先の2編とは逆にCIAからソ連へ亡命したジョー・リバーズが主人公。

アメリカからロシアへ亡命したリバーズはKGBでアメリカへ派遣するスパイの養成を行っていた。
しかし、リバーズは今日こそがその日と疑っていなかった。
今まで待ち続けたその日が来たのだと。

最後の表題作は2編目の「二重亡命」同様、偽亡命を扱ったもの。

自らが手塩に育てたブーニンがアメリカに亡命した事でノスコフは第一管理部長の座を危うくしていた。
部下であるパーノフと考え出した策はかつての上司であった自分がアメリカに亡命し、微妙に事実と違った情報を流す事でブーニンの信用を失墜するというものだった。
それは同時に東京へ赴任している別の工作員の亡命を牽制する役割を果たしていた。
提案はすんなり通され、ノスコフはアメリカへの亡命に成功する。
毎月第5の日に故国へ帰ることを夢見ながら、ノスコフは確実に任務をこなしていく。

上に述べたように、内容的に重複する物も多く、この亡命者をテーマにした場合に意外とヴァリエーションが無い事に気付かされます。
亡命者が亡命する際の緊張感、どのような緻密な計画を立てるのか、果たして成功するのか否かというのが亡命物のメインとなりますが、短編である本作においてはその辺が軽く書かれており、フリーマントル自身、短編である事を意識して最後のどんでん返しに主眼を置いて著したようです。

自らの謀略に溺れる者、自らの野心の炎に焼き尽くされる者、国から見離された者。
ここに述べられているのは彼らの姿です。

偽亡命物が5編中3編と最も多く、特に「二重亡命」と表題作はほとんど一緒といっていいでしょう。
前者がスパイの夫婦の確執に主眼を置き、物語がいきなり閉じられるのに対し(あまりに唐突に終わるのでビックリしました。結局オチは何なの?)、後者は計画の裏側に暗躍する権力争いを主眼においているのが違います。
前者から派生したような物語です。

また4編目の「スパイ教官」はチャーリー・マフィンシリーズの1編(『亡命者はモスクワをめざす』)にも同様の設定が見受けられました。
どちらが卵で鶏かは不明ですが。

ストーリーテラーとして名高いフリーマントルですが、短編となるとどうしても似てしまうようです。
彼お得意のどんでん返しも長編の焼き直しのような感じがして、物足りません。

この前に読んだプロファイラーシリーズの短編集『屍泥棒』の時も同様の感想を抱きました。
この作家、やはり長編向きだと思います。


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騎士の盃 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-10)

著者 : カーター・ディクスン

出版社:早川書房

発売日:1982-12

評価 :

完了日 : 2008年09月28日

マスターズ警部は彼の許を訪れたテルフォード館の主トム・ブレイズの妻ヴァージニア・ブレイズから奇妙な調査を依頼される。
ブレイズ家に代々伝わる家宝の「騎士の盃」が夜中、何者かの手によって動かされたというのだ。

部屋は鍵が掛かっている密室状態であるのに、盃は昨夜仕舞った金庫から出ているので、誰の仕業なのか、どうして犯人は盃を盗まなかったのかを調べてほしいとの事だった。
事件性を見出せないマスターズはお引取り願うつもりだったが、警視総監の命により、HM卿の助けを借りる事になる。

しかし、卿は半年もの間、自らの館、クランリ・コート館に引きこもり、歌の稽古に余念がなく、歯牙にもかけない有様だった。
やる気の出ないマスターズはトムには夢遊病の癖があり、寝ている間に動かしたのではないかと固執するが、逆にトムに一晩オークの間で過ごす事を提案される。

渋々従ったマスターズはしかし、何者かに頭を殴られ、気絶してしまう。
そして次の日の朝、同様に盃は動かされていた。


HM卿最後の長編。
カー自身も最後の長編だと意識していたのでしょうか、本作には過去の作品に出て来た人物達が見え隠れします。

依頼人のヴァージニアの友人には『青ひげの花嫁』に出て来た弁護士が出てきますし、HM卿の執事は『青銅ランプの呪い』で出て来た当事者であるヘレン・ローリングに仕えていたベンスンだったりします。
そして最後でありながら、実に微妙な謎を扱っており、非常に興味深かったです。

なんせ密室状態の中で盃の位置がなぜかずれており、なぜ犯人はこの盃を盗まなかったのかというのがテーマだからです。
そしてその真相は正に本格ど真ん中。
手品のようなミスリードを披露してくれます。

正にミスリードのお手本ともいうべき真相には感心しましたが、本作のもう1つの魅力である密室の謎は正直がっかりです。
××だなんてはっきりいってこの21世紀の時代には全く解りません。

物語にちらほら出てくるある職人をこのような形で使うのにはカーらしくて非常に好きなのですが、今のこの世の中で本作のトリックを見破られる人がいるのでしょうか?
今、この器具といえば鉄、ステンレス、アルミ、木ぐらいしかないんですけど。

そしてもはや恒例となっているHM卿の奇矯な振る舞いは本作においても踏襲されており、なんと今回は教会の夕べの集いにて歌声を披露するためにイタリア人の教師に師事しての歌の稽古中なのです。
そして『仮面荘の怪事件』や『赤い鎧戸のかげで』などでも見られたように、この奇抜な演出が事件の解決に一役買っているのだから畏れ入ります。
最後の最後まで生粋のエンターテイナーぶりを見せてくれます。

そして本作においてカーは登場人物の口を借りてミステリ論を開陳します。
曰く、
(探偵小説は)手のこんだ、洗練された問題を提起して、読者にも謎ときの機会を公平に与えてくれるものでないと(いけない)。

さらに曰く、
問題は謎(中略)。謎が単純だったり、簡単だったり、謎でもなんでもないときは読む気がし(ない)。

まさしくこれこそカーが未来の本格ミステリ書きに託したメッセージではありませんか!
それは2008年の今、まだ連綿と受け継がれています。
カーの精神は確かに受け継がれたのです。


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赤い鎧戸のかげで (ハヤカワ・ミステリ文庫 テ 3-7)

著者 : カーター・ディクスン

出版社:早川書房

発売日:1982-06

評価 :

完了日 : 2008年09月23日

お忍びで北アフリカのタンジールを訪れたHM卿だったが、なぜか当地でVIPさながらの手厚い歓待を受けることになった。
出迎えに来たアルヴァレスに連れられて行き着いた先は警視総監デュロック大佐の許だった。

HM卿は大佐から世間を騒がしているアイアン・チェストなる怪盗を捕らえてほしいと頼まれる。
ダイヤの原石や1ポンド紙幣など足の着きにくいものを盗むこの怪盗は大きな鉄の箱を携えながらも幽霊さながらに事件現場から忽然と消えてしまい、足取りが未だに摑めないという。

その夜、デュロック大佐に協力し、宝石店に現れたアイアン・チェストを追いかけるが、警察の包囲網の中、怪盗は忽然と姿を消してしまう。
一方、イギリス領事館、ビル・ベントリーの妻ポーラは、アイアン・チェストの賞金を獲ろうと計画する夫を阻止するため、タンジールの中心街にある貸し出し中のフラットを訪れるが、そこで鉄の箱とダイヤの原石の山を抱えた男、アイアン・チェストの相棒コリアーと遭遇する。

驚きのあまり、外に出たポーラはすぐに駆けつけたアルヴァレスと共に部屋に踏み込むが、不思議な事に鉄の箱とダイヤ原石の山は部屋から忽然と消え失せていた。


なんとカー作品で怪盗物が読めるとは思いませんでした。
しかもその怪盗が実に変っています。

銃を携帯していますが人は殺さず、唯一2人だけ怪我を負わせた程度。
そして最たる特徴は猿の顔の意匠がついた鉄の箱を常に携えているというのです。

そして本作の謎はこの怪盗アイアン・チェストが何者なのか、そしてコリアーがほんの数秒の間にどうやって鉄の箱とダイヤ原石の山を部屋から消したのかが焦点となっています。
今回のカーはかなりフェアプレイに徹したと思います。

文章をよく読めば、アイアン・チェストの正体は解りますし―実際、2人に絞っていたが最後の対決シーンで私も解った―、そこから最後に明かされる鉄の箱の真相もなるほどと納得が行きます。
しかし、それでもやはり怪盗が嵩張る鉄の箱を携えているという設定には無理を感じます。

HM卿はそれを怪盗の顔を忘れさせるためのガジェットだと論じていますが、盗みに入る者が逆にそんな目立つ物を持ってくるでしょうか?
ただでさえ、帰りには盗品という荷物が加わるのに。

こう考えていくと、本作ではまず鉄の箱のトリックが先にあったのではないかと思います。
これを利用したいがために怪盗物の物語を肉付けしたのではないかと思えます。

実際、本作においてこの鉄の箱消失トリックはなかなかに面白く、そしてカー以外、考え付かないだろうというバカバカしさも孕んでいます。
今回の物語の舞台はタンジールという北アフリカの国(市?)であり、ここではスペイン語、フランス語、アラビア語が公用語として使われています。

英語は教育を受けた人たちでもわずかでしか喋る事が出来ないところであり、警視総監のデュロック大佐の勘違い英語も本作におけるギャグの1つになっています。
そしてHM卿の登場シーンは回を重ねる毎に派手になり、しかもよりドタバタコメディの度合いを強めていますが、今回は本当に傑作!

なんせお忍びで来たはずの―しかもハーバート・モリソンなる偽名まで使って!―訪れた旅先で、一国の大統領差ながらの手厚いセレモニー付きのお迎えと遭遇するのですから抱腹絶倒ものです!
しかもこれが事件の一連の捜査に密接に関わっているのですから、驚きです。

いやはやカーの隙のない演出に感嘆してしまいました。
そしてこの異国の地において、HM卿は新たな一面、いや二面、三面を見せてくれます。

まずは出鱈目なアラビア語を駆使してムーア人の心を摑むだけでなく、アラビア人の扮装をして、聖者さながら輿に乗って街を練り歩きます。
更には暗闇から襲い掛かるアラビア人の刺客を身軽に交わし、何の躊躇もなく、喉を掻っ捌くし、ボクシングの野試合ではレフェリーをも演じると、今まで観たことも、聞いたこともない設定が続々と登場します。

特に本作においては従来の滑稽なデブのおっさんではなく、数々の修羅場を潜り抜けた百戦錬磨の人物として描かれています。
今まで述べたように、本作ではHM卿の色々な面を見せつつ、密室からの大きな鉄の箱の消失とたくさんのアイデアが放り込まれていますが、総じて考えるとやはり全体のバランスに欠いているように感じます。

それは前にも述べた怪盗が鉄の箱を携えて盗みに入るという設定に非常に無理を感じるからです。
更に加えてこの題名。

題名に書かれている赤い鎧戸とは怪盗の相棒コリアーがタンジールで借りた部屋の目印として宿主に塗らした鎧戸のことです。
この影で行われた事が謎の中心だとカー自身、断っているのでしょうが、ちょっとそぐわない感じがします。
それも含めて考えると本作はやはり佳作の域を出ないでしょう。


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クルンバーの謎 (創元推理文庫 M ト 1-17 ドイル傑作集 3)

著者 : コナン・ドイル

出版社:東京創元社

発売日:2007-05

評価 :

完了日 : 2008年09月15日

東京創元社のコナン・ドイルのシャーロック・ホームズ以外の隠れた短編を集めた傑作集もこれで3冊目。
しかし前巻が出たのが2004年の12月であるから2年半後の刊行です。

正直なところ、発行部数が伸び悩んで打ち切りになったと思っていました。
1,2巻は以前読んだ新潮文庫の傑作集と重複する物もありましたが、本作に収められた5作の中短編は手元にそれらの文庫が無いのではっきりしませんが、記憶に残っている限り、初めて読む作品群です。

今回の中短編にはある一貫したテーマがあります。
それはアジアを中心とした諸国に古くから信仰されている古代宗教に伝わる呪術をモチーフにした怪異譚であること。

まず冒頭の「競売ナンバー二四九」はオックスフォード大学近くにある下宿屋に住む学生の1人がエジプトで発掘したミイラをある秘法によって操る話。
次の「トトの指輪」は不死の能力を手に入れた古代エジプト人が永遠の死を模索する話。

「血の石の秘儀」はイギリスはウェールズの山奥の村である夫婦が体験したドルイド教の生贄の儀式の話で、続く「茶色い手」は彷徨えるインド人の霊魂の話。
最後の表題作はインド高僧を殺害したかどで夜毎死の恐怖に怯えるイギリス将校の話。

上記に述べたようにこれら作品に使われているモチーフは21世紀のこの世においてもはや手垢のついたテーマ以外何物でもありません。
実際、読後した今、これらを読んだ事で新たなる驚き、衝撃が走るような物は1つもありませんでした。

しかし、これら中短編群はドイルという作家の一側面を語るのに貴重である事は確かです。
この中に語られている古代宗教に対するドイルの考察は19世紀後半当時、かなり刺激的ではなかったのではないでしょうか?

特に欧米人にとって未知の領域とされていたエジプト文化、インドのヒンドゥー教に関する記述に関してはかなり詳細に記載され、それを怪異譚に結びつけ、作品へと結実したところにドイルという作家の価値があると思います。
特に最後200ページ弱の分量で以って語られる表題作「クルンバーの謎」は将校が何に怯えて堅牢な城郭を拵えるのかという物語の主題よりもその物語を飾り立てるインド宗教に関する薀蓄の詳細さに驚きました。

しかも本作では他の作品が怪異を怪異のままで終わらせているのに対し、何故そのような怪異が起こりえたのかを当時得られたであろう最高の研究成果を基に叙述しています。
それがこの物語の成功に寄与しているか否かは別として、この中身の精緻さはドイルが如何にこの分野に興味を深く示し、また造詣が深かったかを表しています。

そういえば晩年のドイルは心霊学に傾倒し、神秘研究に没頭していたと聞きます。
何年か前にフェイクである事が発覚したコティングリー村の妖精騒動もドイルがその信憑性を補完する発言を行ったことでつい最近まで真実だと信じられていました。
そういった背景も考えるとやはりドイルは古代宗教の研究においても権威であり、当時この作品群は読者たちの注目を集め、またドイルの名を高める一助になっていたに違いありません。

2巻目までの感想は単なるコレクターアイテムとしてこの作品に付き合っていこうというぐらいの気持ちでしかありませんでしたが、本作を読むとなかなか面白いし、まだまだドイルの未読作品も捨てた物ではないなと感じました。
出版元の東京創元社には根気よくシリーズの刊行を続けて欲しいものです。


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2.カーシー (2008/11/20)
おや、なぜか、2件かぶってますm(_ _)m
一件、お手数ですが、削除してくだされませ~;;
3.Tetchy (2008/11/20)
早速いらっしゃいましたね^^
創元推理文庫から出ているドイル短編集は第一集の『まだらの紐』こそ、コレクターズアイテムみたいな感じですが、2集目の『北極号の船長』からドイルの他の面が垣間見れます。
平成の今となっては古びた設定なんですが、私的にはこの作品群こそドイルの本質があるように思えてなりませんね。

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水底の骨 (ハヤカワ・ミステリ文庫 エ 3-7)

著者 : アーロン・エルキンズ

出版社:早川書房

発売日:2007-04

評価 :

完了日 : 2008年09月12日

スウェーデンからハワイに渡り、苦労の末、牧場経営で一財を成したトーケルソン一族。
ギデオンは友人のFBI捜査官ジョン・ロウの誘いで彼らの子孫の1人アクセルが経営する牧場リトル・ホアロハで束の間の休日を楽しむ事になった。

そんな矢先、海底に沈んだ航空機が発見される。
それは先代の1人マグナスが10年前に飛行して以来、行方不明となっていたものだった。

そしてその飛行機の中には白骨が。
先代の唯一の生き残りダグマーとその子孫アクセル、フィリックス、ヘドウィグそしてイングは家族会議の末、その飛行機を引き上げ、遺体を弔う事にする。

ギデオンはトーケルソン一族に請われ、機内に残された遺骨を調査することになった。
ほとんど遺骨は残っていないものの、唯一ブーツに残った骨から死体は足の指が2本欠損していた事が判明する。

家族にその旨を告げると、意外なことに足の指がなかったのはマグナスではなく、トーケルの方だという。
焼死したとされた彼がなぜ飛行機内に死体として残っていたのか?
それとも焼死したのはマグナスで死体はトーケルによる偽装だったのか?
それならばなぜ?

10年前の事件の真相にスケルトン探偵ギデオンが挑む。


スケルトン探偵ギデオン・オリヴァー・シリーズ12作目の本作は従来のシリーズキャラクターである妻のジュリーはもとより、FBI捜査官でギデオンの友人であるジョン・ロウも登場します。
このシリーズにおいて一ファン、一読者として期待するのは新たなシリーズ展開だとか転機だとかではなく、いつもように骨に纏わる出来事が発生し、それにギデオンが関わる事で意外な事実が発覚していくというマンネリズムです。
このマンネリズムこそ、本作が安心して読めるシリーズ物の王道である事を表しているといえます。

今回の舞台はハワイのハワイ島。
ハワイの地で牧場を始め、一財を成したスウェーデン移民の子孫の間に残された遺産問題が今回のテーマになっています。

前作『骨の島』の時には骨を検証する事の必然性と事件との関係が乖離しているかのような印象を受けましたが、今回はそれは解消されていたものの、かつての作品に見られた骨から解る事実は過去の事件を疑うきっかけとなっているだけで、メインではありません。
まあ、骨をテーマにした本作であるからネタにも限界があるのでしょう。
シリーズ物の宿命として受け止めるしかありません。

本作は年末に行われる各誌のベストテンやオールタイムベストに挙げられるような派手さのある作品ではありません。
しかし、一読者としては前にも述べたように、このマンネリズムが心地よいのです。
出版社が刊行を止めない限り、私は読み続けていこうと思います。


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フィリップ・マーロウの事件 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

著者 : レイモンド チャンドラー

出版社:早川書房

発売日:2007-03

評価 :

完了日 : 2008年09月08日

フィリップ・マーロウを主役に当代気鋭のミステリ作家が物語を描いたトリビュート短編集。
正に粒揃いの名品ばかりです。

チャンドラーの作品を別格として、私の個人的なベスト5はコリンズの「完全犯罪」、カミンスキーの「苦いレモン」、ヴェイリンの「マリブのタッグチーム」、ヒーリイの「職務遂行中に」、ロクティの「悲しげな目のブロンド」でしょうか。

コリンズはチャンドラーを正統に受け継ぐかのごとく、マーロウを復活させました。
彼の強さ、皮肉っぽさは無論ながら、彼の優しさ、弱さもおしなべて。
特に「ぼくはいつもひとりで寝るんだ・・・・・・良心を抱いてね」の台詞には参りました。

カミンスキーは実に正統なチャンドラーの後継者たらんとしています。
作品に漂う頽廃的な雰囲気はアメリカ西海岸の光と闇を映し出し、行間から埃の匂いを立ち昇らせるかのよう。
出てくる登場人物が全て