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Tetchyさんの読書ノート

ミステリ外でこんな本も読んでおります
基本的にミステリ一辺倒なのだが、家にある本は読まないと気がすまない質で、SFやファンタジー、エッセイなどがこれに当たる。
あとは中学生の頃から読んでいるシリーズ物の最新作とかかな。
なかなか縁が切れませぬ。
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 1

マンガの深読み、大人読み (知恵の森文庫)

著者 : 夏目 房之介

出版社:光文社

発売日:2006-11-07

評価 :

完了日 : 2008年11月18日

BSマンガ夜話の論客の1人、夏目房之介氏。
彼は他の2人、いしかわじゅん氏や岡田斗志夫氏よりも過激な論調ではなく、どちらか云えば控えめな、しかも常に第三者的立場で物を云います。

番組中「夏目の目」という彼独自の視点でマンガを分析するコーナーもあり、他の二人よりも大系的に作品を捉えている感じを受けてました。
その夏目氏、マンガの考察について何冊か著しているらしく、今回本屋で目に付いたので初めて読んでみました。

本作は大きく3部に分かれ、第1部でマンガ家別の作品の分析、第2部では恐らく作者自身も強い思い入れがあると思われる一時代を築いたマンガ『巨人の星』、『あしたのジョー』の2作について考察と創作に携わった関係者のインタビュー、第3部はマンガの歴史と海外における動向、そしてこれからについて自論を展開しています。

正直云えば、第1部、第2部は面白く、第3部はかなり社会学的側面が強くなり、その方面に興味がある者ならば興味深く読めるでしょう。
しかし私は面白く読めませんでした。

悪いですが、夏目氏の知識はマンガを語るには博覧強記なのですが、学術的な面になると、裏づけのない自論を単純に展開しているだけのように思われたからです。
つまり「~いった感じだから、~と思う」となんとも自説に堅牢さが感じられません。
恐らくその道の人間が反論すればあえなく砕けてしまう、そんな脆さを感じました。

だから第3部に限って云えば、全く以って駄作です。
これは次に展開する夏目氏のマンガへのアプローチのとっかりを示すイントロダクションでしかありません。

前2部を見ても、方向性は異なっており、明らかに異質です。
本書に収録すべきではなく、構想している次作に収めるべき内容だったように思います。

しかし、第1部、第2部はさすがこの界の権威、素晴らしい物があります。
読んでいたマンガについても気付かされることがあり、さすが「夏目の目」は健在だと感心しました。

なにしろ蓄積が違います。
だからこそここに繰り広げられる論理、証明は鉄壁の強さを誇っています。
例証も豊富であり、こちらの知的好奇心を大いにくすぐってくれました。

特に第2部の『巨人の星』と『あしたのジョー』についての様々な文章は、作者が本当に語りたかった、書きたかったことが行間から伝わってくるほどの充実振りです。
あの冷静な夏目氏が子供の夏休みの自由研究のようにのびのびと熱く語るのだから、面白くてしょうがありません。

これら2つの作品をリアルタイムで体験できた人はまさに歴史の証人なのです。
そこに自分が加わっていないのが悔しいとまで思いました。

と、以上の感想からも解るように、個人的にはこの1冊はBSマンガ夜話のように1作1作のマンガについて夏目氏がディープに研究し、自論を披露することに終始すれば、良かったというのが本音。
最後の第3部はいりません。

第1部をもっとページを増やし、扱う作品を増やしてくれた方がかなり質も上がったのではないでしょうか。
残念でなりません。


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 2

黒蜘蛛島―薬師寺涼子の怪奇事件簿 (講談社文庫 た 56-33)

著者 : 田中 芳樹

出版社:講談社

発売日:2007-11

評価 :

完了日 : 2008年11月17日

薬師寺涼子の怪奇事件簿シリーズ第5弾。
第3作目の『巴里・妖都変』以来、もはや薬師寺涼子のパワーは日本では収まらないと見えて舞台を海外に設定する事になりましたが、本作ではカナダはバンクーバーが舞台となっています。

パリ、香港と来て、意外や意外、バンクーバーなのかというのが正直な感想。
世界の主要都市といえば他にニューヨーク、ロンドン、シドニー、ベルリンなど他にもあるのに、なぜこの国?と思ってしまいました。

今回はバンクーバーで発見された日本人男女の死体の調査に薬師寺涼子と泉田警部補が出張で駆り出されます。
カナダの日本人領事館が協力を拒んだ事から、当初、犯人は汚職が見つかった総領事による物だと思われたが、間違いでした。

そして捜査現場に駐まっていた怪しげなリムジンの持ち主が薬師寺に接近してきます。
それは“ハリウッドの帝王”と称される大物プロデューサーグレゴリー・キャノン二世(ジュニア)でした。

秘書のドミニク・S・ユキノに連れられて訪れた先はカナダとアメリカの国境付近に浮かぶ島、黒蜘蛛島。
そこは彼の所有する島でした。

そして彼の要請は薬師寺を主役にして次回の大作映画を撮ることでした。
しかし涼子はその申し出を断ります。
しかし涼子と泉田はそれぞれ今回の事件にグレゴリーが絡んでいる事を掴んでいました。

ということで今回の敵は黒蜘蛛。
もうハリウッドのB級ホラー映画なみの設定です。

そしてそれは作者も自覚的で、グレゴリー・キャノン一世が往年のB級ホラー作プロデューサーでカルト的人気を誇る設定を用意し、なおかつ作中作で一本のホラー映画のシナリオを展開し、それが設定に大いに絡んでくるといった内容です。

そして今回も薬師寺涼子の無敵ぶり、傍若無人ぶりは健在。
というよりも以前にも増して拍車が掛かっています。

ここまで来るともう涼子は単に運動神経抜群、才気に溢れ、更に超絶美人というありがちなキャラクターからさらに一歩抜きん出た存在となり、リアリティ云々を超越したキャラクターとなっています。
そして涼子の周囲を取り巻く連中も更にキャラクターに魅力を伴ってきました。

涼子の天敵でメガネ美人の室町由紀子。
その部下でオタクキャリアの岸本警部補。
涼子の従者かつ戦闘員であるメイド、マリアンヌとリュシアンヌなど、オタクが萌える要素がどんどん投入され、ライトノベルの王道を闊歩していくようです。
実際、オタクたちにとってこのシリーズはどのような受け取られ方をしているのでしょうか?

今回涼子が敵地に乗り込むのに扮したコスチュームはぴったりとした漆黒のボディスーツにマントとなんとアイマスク!
これを読んで、私は『ヤッターマン』のドロンジョ様を思い浮かべてしまいました。
う~ん、どうしたんだろう、田中芳樹。

しかし、冒頭で話した今回の舞台バンクーバーならではという設定、ストーリーの妙味というのはありませんでした。
今回ハリウッドの超大物プロデューサーを敵役に設定し、舞台を黒蜘蛛島という架空の島に設定した事から必然的に決まったような節があります。
ここら辺が残念です。

ともあれ、第5作もその破天荒ぶりは健在。
ただシリーズも第5作を迎えると転機が欲しくなります。

泉田がピンチになるとか、涼子のオーナー会社が乗っ取りに遭うとか、無敵のお涼の根幹を揺るがし、冷や汗をかかせるような話を用意してほしいですね。
でも田中氏はどうもこの作品でストレスを解消しているようなので、良くも悪くもマンネリできっとこのまま行くんだろうね。


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 2

新ゴーマニズム宣言 12 誰がためにポチは鳴く (小学館文庫 R L- 12)

著者 : 小林 よしのり

出版社:小学館

発売日:2007-11-06

評価 :

完了日 : 2008年11月13日

本作は平成14年に書かれた連載をまとめて編まれています。
この頃の話題といえば、同時多発テロを受けたアメリカがイラク侵攻を目論でいる最中のことで、それに同調する日本政府と知識人の論に対して真っ向から立ち向かった内容となっています。

常日頃からアメリカの要求に逆らうことの出来ない日本に対し、苛烈な議論を吹っかけるよしりん。
日本がいつも金だけ出して戦争に参加することを潔しとせず、なぜ「No!」と断らないのかと滔々と述べます。

そしてかつて第2次大戦で全面降伏し、一時的に植民地的支配を受けたアメリカに対して、世間の知識人たちがそんな屈辱を味わされた相手アメリカに対して、忠犬のごとく尻尾を振り、同調し、依存する日本人たちに対しての苦言が再三再四に渡って繰言のように述べられています。
というよりも本巻はそれ一色だといってもいいでしょう。

だからなんとなく同じ話を何度も読まされている気がして、今回はいつもに比べると内容にのめり込めませんでした。
確かによしりんの云っていることは大いに正しく、彼の云っていることこそ日本政府の取るべき態度なのでしょう。

しかしこの歳にもなると、自らの尊厳や主義のみで自由に発言することが出来ない社会の仕組みもわかっていますので、無難な道を選択する政治家や知識人たちの事も解らんでもなくなってきています。
やはり日本は食料自給率がこの上もなく低く、アメリカに叛旗を翻した途端、貿易制限、関税アップなどを制裁として掛けられることは必定であり、それが故にアメリカに対し、同調せざるを得ません。

そしてよしりんはそのことを知りつつ、さらに緻密に論証した上で反米を唱えるのだから、恐れ入ります。
しかし日本という船を自分の一言で沈ませることになるやも知れぬというプレッシャーの凄さは私のような凡人にははるかに想像を超えるものでしょうから、実は政治家には同情してしまっている自分がいるのです。

そこで今回思ったのは、一度よしりんも政治の世界に進出して自分なりの政治活動を実際に行ってはどうだろうかということです。
彼は「わしはマンガ家だ。わしは一マンガ家として云うべきことは云うのだ。政治はわしの仕事ではない」と云うでしょうが、ここまで毎回膨大な知識を蓄え、しっかりとした裏付けに基づいて発言するリーダーが日本は欲しいのです。

紙面の上、TV討論会でやいのやいの云うだけならば、彼がホシュ・ポチと蔑んでいる知識人と大同小異ではないでしょうか。
そこで繰り広げられているお互いの見解の相違による争いは子供の痴話げんか同様で、関心のない者たちにしてみれば見苦しいの一言。

ただ、彼が政界に進出した時に彼の味方に付く者が果たしてどれくらいいるかは疑問。
ゴーマニズムに基づき、ゴーマンかまして来た彼を西部邁氏のように受け入れる度量の深い人がどれだけいるのでしょうか。

やっぱりそういう風に考えると、よしりんは孤高のマンガ家として今の道を歩むのがいいのかなぁ。


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 3

感情の法則 (幻冬舎文庫)

著者 : 北上 次郎

出版社:幻冬舎

発売日:2006-10

評価 :

完了日 : 2008年10月24日

その時読んだ本の内容に自分の想い出を擬えて綴ったエッセイ集。
『ミステリマガジン』連載時、読んでいましたが、このたびの文庫化をきっかけに再び手にしました。

いやあ、今読んでもいいです。
というか、今読むからこそいいのかもしれません。

連載されていたのは1995年からとありますから、連載開始時まだ私はミステリマガジンを購読さえしていませんでした。
つまりまだ学生でした。

あれから20年以上経ちます。
あの頃一人だった私にも妻が出来、3人の子もいます。
だから北上氏の家族に対する思い、特に子に対する思いにより深く共感できます。

タイトルは『感情の法則』ですが、ここにあるのは北上氏の『感傷の報告』です。
そしてここにあるのは北上氏だけの感傷ではありません。

そう、私も含めた誰もが抱いた感傷なのです。
いや私には感傷という言葉は高尚過ぎるかもしれません。

誰もが犯した小さな過ち・失敗・苦い想い出です。
それは自分のその後の人生に影響を与えるほどの出来事ではないので、いつもは日常の些事や仕事の忙しさ、生活の慌しさに紛れて思い出すことはない、取るに足らないものです。
しかし、ふと一人のときに思い出す、忘れられない想い出です。

なぜあの時、私はあんな態度をとったのだろう?
あんな言葉を云ったのだろう?
あんな事をしたのだろう?
またはなぜしなかったのだろう?
そんなほろ苦い記憶をこのエッセイでは思い出させてくれます。

それはここに描かれているのが作者の等身大の姿だからでしょう。
若い頃は毎日何かが起こるのを期待していたが、年を取ると毎日何も起きないようにと願う自分がいる、こういう文にハッとしてしまいます。

子供の運動会よりも日曜日の競馬のレースの方が気になって、仕事という理由でキャンセルする作者のいい加減さに腹立ちながらも苦笑する自分がいます。
教育実習をしていたときに遊びに来てくれた子供と遊びつつもデートの時間を気にし、その時間が来ると早々に切り上げる作者には私の姿が投影されているようです。

そしてそこで何かを失ってしまった事に後で気付く、それもまた私です。

若い女性と酒を飲む事の話も面白かったです。
何かを期待しないわけではありません。

しかし結果的に何も起きないのです。
だから清廉潔白なのだという一種寂しい論理。

そう私もそんな時は何かを期待しないわけではありません。
でも何かあると面倒くさいなあとも思います。

そして当時50代を迎えた作者が抱く感慨は、もちろん今30代の私が全て持ち得る物ではありません。
それはこれから私も抱くであろう不安や哀しみです。

特に我が子に対する期待と一抹の不安は正に他人事ではありません。
今はニコニコして寄り添ってくれる子らがいつか邪魔者扱いして口もきかなくなる、帰ってくるといつも玄関で迎えてくれていたのに、いつの頃からか一人で靴を脱ぐのが普通になってくる、どこかへ行こうとせがまれていたのがいつしかこちらが誘っても一緒に出かける事がなくなっていく、等々。

そしてそれは私自身が両親に行ってきた事でもあります。
因果応報。

いつかは自分に返ってくるのでしょう。
そんな日常生活で抱く寂しさを訥々と綴ります。

他にも自身の父親の事、なぜかよく一緒に飲みに行った姉の事、映画や本のことを語り合った先輩の事、大学のアイドル的存在だった女性の事、腐れ縁が続く大学時代からの友達、夭折した麻雀仲間の事など、ここに綴られるのは北上氏のみぞ知る彼の身の回りに生きている人々の事。
そして彼らとの交流こそが北上氏が生きた証なのです。

とにかく胸を打ったエピソードには枚挙に暇がありません。
先に挙げた諸々のエピソードは勿論の事ながら特に痴呆症になって死んだ母親と父親との知られざる交流の話は泣けました。

惚けた母親がふと父親に掛ける感謝の言葉。
これこそドラマです。

この本を読むと平凡な人生と思われた自分の人生にもそれなりのドラマがあったことを思い出させてくれます。
人生というドラマの主人公は自分なのだということを気付かせてくれます。

失敗ばかりしてきた人生だったが、それも悪くないなと思わせてくれます。
誰もが同じ過ちを犯し、繰り返されてきたのだと教えてくれます。

男も泣きたい夜がある。
そんな時、ナイトキャップと一緒に読むには最適の一冊です。


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5.ryoukent (2008/10/30)
ちょっとご無沙汰でした。
イヤーいいTosyokanというより、田舎のTosyokanなので少し変わっているのかもしれません。
そして競争率が高くないので、新刊がすぐGet出来たりします。
毎回10刷以上・・・でも一日1冊に近い読書量のTetchyさんそれでは当然たりませんね。あとはAir便で送る、ですか。
6.Tetchy (2008/10/30)
赴任時にまとめて荷物を送るのですが、その時に90冊ほど送りました。それと併せて毎回10冊以上Handcarryしてます。
でも私1冊/日も読んでないんですよ。今挙げている感想は過去のストックばかりなのです。
大体1.5~2冊/週ぐらいで、普通の読書ペースです。

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 1

創竜伝13〈噴火列島〉 (講談社文庫)

著者 : 田中 芳樹

出版社:講談社

発売日:2007-05-15

評価 :

完了日 : 2008年09月16日

舞台は富士山大噴火が起き、日本政府の解体とアメリカ政府の介入を許した日本。
その混乱の最中、関東上空を騰蛇に乗って浮遊する竜堂終と余の兄弟は、途中仙人の曹国舅と藍采和と出遭い、テストを受けることに。

その最中、国内を闊歩するアメリカ兵と遭遇し、はたまた処刑を逃れた前首相が2人の道中に加わり、事態はますます複雑に。
一方、京都の共和学園の寮で終と余の帰りを待っていた始と続は小早川奈津子の襲来を受ける。

しかし、途中でかつてロンドンで一戦交えた「石使い」ことジェイン・ステイプラーが襲撃に加わる事で、竜堂兄弟と小早川奈津子は一時休戦、手を組む事に。
京都に幕府を構え、自らを征夷大将軍と名乗る小早川奈津子と竜堂兄弟の行く末は如何に?


いやあ、ますます混乱を極めていきますね、このシリーズ。
作者も自覚しているように、小早川奈津子の存在が物語をあらぬ方向へと押しやり、なかなか前に進みません。

本作で語られるのはたった一日の出来事ですし、本来の敵「閣下」と今までに無い強さを秘めたその手下どもがようやく姿を見せ始めましたが、まだまだシリーズ閉幕には程遠い様子です。
前巻が出たのが2003年8月ですからもう5年も前になっているので、ほとんど内容は忘れています。
朧げながらロンドンが舞台になって活劇を繰り広げた事は覚えていますが、あれは外伝のような話の内容だったように思っていたのですが、どうでしたっけ?

今回はどちらかといえば、田中氏の歴史嗜好家の側面が色濃く出たように思います。
特に小早川奈津子が征夷大将軍を名乗って、幕府を建てる辺りから、蜃海も悪乗りしだして、周囲の人間に昔の幕府の役職名を割り当てる辺りは、ちょっと引いちゃいましたね。

お約束のドラゴン変身シーンもありましたけど、遺伝子操作でアメリカ軍にて開発されたトカゲ兵が相手ではスケールダウンは否めません。
今回建てられた小早川奈津子による京都幕府がどのように機能していくかでシリーズにおける本巻の位置付けが決まるのですが、今の感じでは全体から見ても幕間劇に過ぎないような気がしました。

シリーズ完結を夢見て、次巻に期待!
しかし、本当にこのシリーズ、終わるのでしょうか?


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 1

新ロードス島戦記〈6〉終末の邪教〈下〉 (角川スニーカー文庫)

著者 : 水野 良

出版社:角川書店

発売日:2006-11-30

評価 :

完了日 : 2008年09月06日

(5巻の感想からの続きです)

そして下巻となる最終巻6巻では冒頭からかつての主人公パーンとディードリット、そしてシリーズを読んでいる人ならばよく知っているある老人が出てきます。
そこからシリーズの出演者のオンパレードです。

正に最後の物語に相応しいオールスターキャスト総出演です。
これこそやはりシリーズを読み通した者が得られる醍醐味でしょう。

いやあ、堪りませんね!
パーン、ディードリット、スレインらの成長した姿と自分の成長とが重なるのですから。

さて、私にとってもこのシリーズは長い旅路となり、20年以上親しんだこのシリーズの最終巻を読み終えた今、感慨ひとしおです。
しかし、これを機会にシリーズをまた読み通そうとは思いません。

10代に読んだ頃の感覚と30代である今、受け取る感覚はやはり違うからです。
それは作者水野氏の筆致にもよく表れています。

10代の頃にこの作品に出逢い、胸に得た宝石にも似た感慨はやはりそのまま留めておくに限ります。
あとはそう、我が息子が成長した時にこの本を薦めて、同じ想いを得られる事になれば、この上ない悦びになるのですが、果たしてそう上手くいきますかどうか。


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 1

新ロードス島戦記(5) 終末の邪教(上) (角川スニーカー文庫)

著者 : 水野 良

出版社:角川書店

発売日:2005-10-29

評価 :

完了日 : 2008年09月06日

マーモ公国スパークは亡者の女王ナニールの生まれ変わりであるニースをその永遠の伴侶フィオニスの転生者である幼き新マーモ帝国皇帝レイエスと交わらせる事で破壊の女神カーディスの復活を企むカーディス信徒たちの軍団を滅亡させようとしていた。
かつて暗黒の島と云われたマーモに巣食うダークエルフ、暗黒神ファラリス信者との共存を図ったスパークはエルフ族、ドワーフ族、そして今は側近となったかつての旅の仲間たちと共に新生マーモ帝国壊滅とカーディス信徒、そして少年皇帝の姿をしたフィオニス打倒のため、最後の戦いに挑む。

『ロードス島戦記』、『ロードス島伝説』、そして本シリーズと続いてきたロードス島サーガも本作を以って終焉だそうです(と書いていますが、果たして本当に終わりなのかどうか)。
最初に読み始めたのが私が確か中学生の頃のことだから、いやはや足掛け20年近くになるわけです。

あの頃、子供だった私が、今では二子の親なのだから、びっくりします。
よく考えてみれば、人生の半分以上の年月です。

まず本作を読んでいると、映画『ロード・オブ・ザ・リング』の一連のシーンが浮かび上がってくるのが止められません。
あの映画こそ、このロードス島の世界を具現化したものであり、トールキンの『指輪物語』が確かに今、世に蔓延る数々のファンタジーの原形であった事をまざまざと思い知らされた気がしました。

いやはやイメージの印象というのはこれほどまでに強い物かと思いました。
それはイラストが美樹本氏に代わっても、未だ読中に思い浮かぶ各登場人物のイメージ像が最初の出渕氏のそれから脱却しきれない事からも明らかです。

(この感想は6巻に続きます)


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 1

新ゴーマニズム宣言 11 テロリアンナイト (小学館文庫)

著者 : 小林 よしのり

出版社:小学館

発売日:2007-03-07

評価 :

完了日 : 2008年08月27日

実に久しぶりのゴー宣。
前巻を読んでから2年4ヶ月ぶりです。

今回は今世紀の暗鬱な幕開けを予兆する悲劇「9・11同時多発テロ」事件が起きた頃のもので、本書の内容もこの同時多発テロに関する物はもちろん、小林氏が普及に尽力を注いでいた「新しい教科書をつくる会」の活動とそして退会に至るまでの話について編まれています。
2001年9月11日にニューヨークで起きたあのテロの衝撃は7年経った今もなお、忘れられません。

あの時、私は深夜のニュースでその瞬間を目の当たりにしましたが、ものすごい負のエネルギーが画面から溢れ出て来たのを覚えています。
この件に関して小林氏は被害を受けたアメリカ側に同情をするのではなく、テロをしたオサマ・ビン・ラディンら、イスラム原理主義側の正当性を描いています。

この中立的な視線はものすごいと思いました。
冷徹なまでの分析眼です。

『ゴーマニズム宣言』という題名のこのシリーズ、筆者の傲慢さを前面に押し出し、主義主張するという趣向のマンガです。
傲慢さというのは人間の最も感情的な性格の1つでありますが、実はよしりんは、それを表現方法として活用しているだけで、内容は裏腹に理路整然とした物事の見方について述べています。

7年経った今、小林氏の云っているテロ側の論理、アメリカがアフガンや中東に対して行った民主主義政策などが、アメリカの仮想敵国を想定し、被害を受けた代償を晴らすべく行った単なる憂さ晴らしに過ぎないことは、イランにテロの証拠が見つからなかった結果からも明らかであり、「9・11テロ」自体、アメリカは事前に知っており、黙認したという話まである昨今です。
しかし当時、この事件が及ぼした日本国民への、いや世界の国々の人々への影響たるや、筆舌に尽くしがたいほど深いものがありました。

あのとき、確かに世論はアメリカの主張支援に傾いていました。
その風潮の中で、これほどの論理を打ち立てたよしりんの慧眼に改めて身震いがします。

しかしそれがために、今回は反・よしりんの声が増えたのも否めないでしょう。
あの日あの時、いくらよしりんが正しい事を云っていたとしても、ほとんどの人が理よりも情にほだされていたのですから、冷たく感じたに違いありませんし、あれほどの犠牲者を出したあのテロに対して、首謀者への理解を示す表現をしたよしりんに悪意を抱く人が増えたのも無理もないでしょう。

作中、西尾氏や八木氏らが云うように、当時反米感情があったとしても、あの時はタブーとなった空気が確かにありました。

よしりんの云う事は正しいです。
それは確信を持ってそう思います。

しかし人間は感情の動物です。
よしりんの云うように、ニューヨークに旅客機が高層ビルに激突して多数死ぬのと、アメリカがその報復として民間人・軍人の差別無く集中爆撃をアフガンでやり、多数死ぬのとで、何の違いがあるのかという問いには、やはり違いがあると云わざるを得ません。

それは日本という国の景色にあると思います。
アフガンの、舗装もされておらず、貧しい村の風景と、ニューヨークの高層ビルが破壊される風景では後者の方が今の日本の風景に近いのです。

つまり日本人はニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が衝突する光景を見て、半ば日本で起きているような錯覚に陥ったのです。
片やアフガンの空襲は、今の日本とは似ても似つかぬ風景であるから、同じ大量殺戮でもどこか遠い所の出来事としか移らず、同一視できなかったのです。

少なくとも私はそうでした。
ここに両者に対する日本人の認識の違いがあると思います。

つまり私もよしりんの云う“ポチ・ホシュ”に過ぎないのかもしれません。
だからこそ、今回よしりんの物事を見据える視座の高さに感服したのです。

そして「新しい教科書をつくる会」の脱会問題。
本書においてもよしりんは「新しい教科書」の内容の素晴らしさを懇々と述べ、採用を妨げようとする各知識人の非常識ぶりを糾弾します。

しかし、私はこう思うのです。
「つくる会」はよしりんを危険人物とみなし、「つくる会」にとってマイナスのイメージを与えると考えたのではないかと。

それはゴー宣で「新しい教科書」の採択を阻む輩を縦横無尽にこき下ろしたのも原因の1つだと考えますが、やはりあの「9・11テロ」の状況下でアメリカに対して反抗心を持ち、テロリスト側への理解を示したことが、その引鉄になったのだと思います。
よしりんの主観で掛かれる本書でも、なぜかしら今回は「つくる会」のメンバーの思惑がコマの裏側から滲み出てくるように感じました。

孤高の道をひたすら走るよしりん。
その主義主張は私にとっても非常に刺激的で面白いです。

しかしそれを理解するには生半可な気持ちではいけません。
何が正しくて何が間違っているのかを情に流されずに冷静に判断する力を読者は試されている事を今回は深く深く感じました。


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 1

This is Rock ビギナーのためのロック・ファーストステップ (朝日文庫)

著者 : 田家 秀樹,前田 祥文

出版社:朝日新聞社

発売日:2005-09-15

評価 :

完了日 : 2006年07月12日

洋楽のロックの名盤と云われるアルバムとロック(音楽)のジャンルの歴史と解説を盛り込んだ本書は、期待したほどの内容ではありませんでした。
こちらの頭が固いのかもしれませんが、名盤と云われる作品を網羅しているとは云い難いのです。

あのアーティストはあれが名盤でしょう!という云わば通説というものは存在するのであって、それを抑えずに、逆にどちらかと云えば好きな人なら持っているアルバムを紹介しているのがサブタイトルの「ビギナーのためのロック・ファーストステップ」という主旨に合っていないのではないでしょうか?

やはりビギナーを対象とするならば名盤を紹介すべきでしょう。
だからベスト盤を紹介するのは主旨に沿っています(逆に洋楽好きからすればこれは物足りないのですが)。

残念ながらこの本を読んで新たに聴きたいと思ったアーティストはいませんでした。
それは自分の好きなアーティストの紹介されたアルバムが名盤とは思えなかったからです。

座右の書というのには物足りなすぎますかな。


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 35

ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)

著者 : J. K. ローリング,J. K. Rowling

出版社:静山社

発売日:2006-05-17

評価 :

完了日 : 2006年05月31日

本作については思い切り語りたいので、思い切りネタバレしてます。
未読の方や映画待ちの方は読まないで下さい。




全7巻で完結するこのシリーズ。
その6巻目ということで、ストーリーも大きな佳境に差し掛かり、シリーズの大転回を迎えました。

ヴォルデモートの復活でその闘いから二度も生還したハリーは周囲から「選ばれし者」と呼ばれる存在となり、魔法界のスターになっていた。
しかしハリーは前回の戦いで亡くなったシリウスの痛手から回復出来ず、傷心の日々を送っていた。

世間ではヴォルデモートの復活をきっかけに、魔法界のみならず人間界においても殺人事件やテロ事件が頻発しており、世相を一層暗くさせていた。
そんな中、ハリーは六年生の新学期を迎える。

ホグワーツではダンブルドアがハリーに課外授業を行うとの伝言があった。
その課外授業とはヴォルデモートの闘いに備え、ヴォルデモート卿ことトム・リドルの出生から幼少期、そしてヴォルデモート卿に至るまでの過去を探る授業だった。

しかし、ヴォルデモートの秘密の鍵を握る決定的な記憶が新任の教師スラグホーンの手によって消されていた。
ダンブルドアはハリーにスラグホーンから消された記憶を取り戻す使命を云い渡す。

先に書きたいことから書きましょう。
本作のサプライズは何といってもダンブルドアの死でしょう。

しかも常々自らの信念に基づいて信頼していたスネイプの手に寄ってその命が絶たれるという悲劇的な結末はこのシリーズでも名シーンの1つに挙げられるでしょう。
あのダンブルドアが懇願する、これが今でも胸に響いています。

しかし、この展開でスネイプというキャラクターが立ちまくったのも確か。
謎のプリンスの正体が彼だったのも一助でしょう。
今までのスネイプはネチッこい復讐魔、かつてのいじめられっ子でしたが、死喰い人の恐るべきリーダーの地位まで上りつめた感がしました。

しかし本作はシリーズにおいて大いなる変化をもたらしてはいますが、プロットに複雑さが無いのは残念。
今までのシリーズでは知的好奇心を揺さぶられるミステリ趣向が凝らされていましたが、今回はごく平板に語られているのではないでしょうか。

確かに冒頭のスラグホーンの教師勧誘の策略、ダンブルドアの出張と怪我の謎、トンクスの変わりよう、ヴォルデモートの秘密、スラグホーンから消された記憶を取り戻す方法など、知的ゲームのような趣向が無かったわけではありませんが、どれも小粒。
死喰い人の手によるホグワーツ壊滅という結末に向かうストーリーの太い幹の細い枝葉でしかありません。

実は今までダンブルドアという人物について私なりに憶測していた事があります。
それは真の悪は彼ではないかという事。
しかし本作でその目論見は脆くも崩れ去ってしまいました。

そして今までシリーズに散りばめられてきたハリーの心の奥底に眠るどす黒い存在。
これが最終巻でどのように明かされ、結末にどんな寄与をするのでしょうか。
私は今までのシリーズの設定をすべてひっくり返す驚きを期待しているのですが、ダンブルドアが善人として亡くなってしまった今、あまり期待はせぬ方がよいのでしょう。

さて本巻でいよいよホグワーツは閉校の危機にさらされてしまいました。
最終巻では今までと違う展開で物語が語られるでしょう。

これは5巻において不死鳥騎士団が結成された際に私が予想した展開ではありますが、意外と遅かった思いはあります。
ヴォルデモートの分霊箱の撲滅、スネイプとの闘い、ヴォルデモート卿との最後の対決、そしてマルフォイとの関係はどのようになるのでしょうか?

これら全てを果たして7巻だけで網羅できるのだろうかといういらぬ懸念があります。
7巻は3分冊となるかもしれません。

ようやくこの大ベストセラーのシリーズが次で終末を迎えます。
一読者としてはシリーズを読み通したものだけが味わえる至福を提供してくれる事を期待して止みません。


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 2

牧逸馬の世界怪奇実話 (光文社文庫)

著者 :

出版社:光文社

発売日:2003-12-09

評価 :

完了日 : 2006年05月14日

谷譲次、林不忘、牧逸馬のペンネームで大正から昭和にかけて文壇の寵児として活躍した長谷川海太郎氏が纏めた『世界怪奇実話』をこの度、島田氏の手によって精選し、纏められたのが本書。
前書きに島田氏自身の言葉で「ミステリー愛好家必携の書」と謳われているが、個人的にはさほどとは思いませんでした。

『「怪奇」実話』と銘打っているからには、さほど陰惨な事件かつ奇妙で常識離れした話ばかりだろうと憶測していましたが、内容的にはかつて私が少年時代に学校の図書館で読んだ、『世界の七不思議』とか『世界のスパイ大百科』とか『世界の不思議話』とかの領域を脱していません。
「タイタニック号沈没」、「マタ・ハリ」、「テネシー州、猿裁判」なんぞは全く怪奇実話ではありません。
単に作者牧逸馬氏が興味ある題材を取り上げただけです。

その他においては「切り裂きジャック」、「人肉売り」、「自殺ホテル」、「大量女殺し」など確かに怪奇実話ですが、なぜか妙に世界に入り込めませんでした。

多分今回の島田氏の仕事は、単に牧氏の『世界怪奇実話』を本当に選定しただけでしょう。
その作品には一切の手が加えられていないのは間違いありません。

なぜなら島田氏ならばもっと迫真的にルポしたからです。
逆に云えば、島田荘司/編と銘打たれていることから、島田氏の手による改稿がなされているかとこちらが先入観で思ってしまい、そのクオリティを求めたがゆえに、こちらの思惑と文体や構成とが乖離してしまったのが原因だと思いました。

云い換えれば、如何に島田氏のノンフィクション物が面白く、上手いかを再認識させられたという事になります。

今回の内容で気になったのが「タイタニック号沈没」と「ローモン街の自殺ホテル」の2編。

「タイタニック~」は平成の世の大ヒット映画『タイタニック』を想起させる内容で、しかも語られている色んなエピソードについて映画の中でも描かれているのが興味深かったです。
読中、島田氏が映画を踏まえて手を加えたかと錯覚しました。

「~自殺ホテル」は内容がウールリッチのホテル探偵ストライカー物の短編「ただならぬ部屋」を想起させました。
というよりも最後の真相以外、ほとんどそのままです。

恐らくウールリッチはこの事件を翻案にしてこの短編を物したように思われます。
ならばウールリッチの他の短編にも原案となる実際の事件があるのかもしれません。

実はこういう実際に起こった奇妙な事件のノンフィクション物には期待していました。
しかしその期待に沿う物ではなかったのが残念なところ。

扱われている事件は非常に興味深いです。
「ハノーヴァーの人肉売り事件」、「双面獣」、「ブダペストの大量女殺し」など、事件はかなりの戦慄物です。

ただもう一つ足りませんでした。
GW中に読んで今一つ内容に没入できなかったというのもあるかもしれませんが、やはり島田氏の手による作品が読みたかったというのが期待値の正体でしょう。


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 1

春の魔術 (講談社文庫)

著者 : 田中 芳樹

出版社:講談社

発売日:2006-03-15

評価 :

完了日 : 2006年03月19日

耕平&来夢シリーズ最終巻。
第3巻を読んだのが1年前の2月なので、ほとんど主人公以外の設定、登場人物を忘れてしまっていました。

作者が作中で過去の作品における登場人物の役割を解説していたので記憶を辿る一助となりましたが、それでもなお完全には思い出せませんでした。
これも作者がシリーズを一気呵成に仕上げない事、そしてこのシリーズのキャラクターや設定に魅力がないことが要因でしょう。

なぜなら同じ作者の銀英伝シリーズや創竜伝シリーズやアルスラーン戦記シリーズ(うっ、これは間が空きすぎてちょっと自信がないかも・・・)では期間を置いてでもキャラクター、設定が蘇るからです。
本作は最終巻ということで来夢の忌まわしい因縁に決着をつけるストーリーとなっています。

来夢が北本氏と失踪する事件が発生し、耕平の携帯電話に正体不明の人物からの黄昏荘園への誘いを受けて耕平がそこへ向かう。
道中で一緒になった小田切亜弓と手を組んで来夢と北本氏の救出劇が始まる。

やはりバランスが悪い作品だと改めて思いました。
ごく普通の大学生としか思えない耕平に能力以上の設定を授けているという印象が拭えず、ご都合主義的なストーリー展開であると思えずにいられませんでした。

なぜこのシリーズがこれほどまでにこちらの意識に浸透せず、浅薄なままで読み終わってしまったのでしょうか?
この疑問について今回1つの答えを見出しました。

作者が絶賛する本シリーズのキャラクターデザインを務めたふくやまけいこの絵と田中氏のキャラクター描写が全くマッチングしないからです。
かなりの美少女で描かれている来夢がふくやま氏の絵だと普通の女性キャラで下手をすれば単なる少年にしか見えません。
この辺のアンバランスさが非常に居心地が悪かったです。

思えば挿絵のない銀英伝シリーズは置いておくとしても、アルスラーン戦記シリーズの挿絵を手がけた天野喜孝氏、文庫版の創竜伝シリーズのキャラクターデザインを手がけたCLAMPはそれぞれ非常に田中氏の描写に対して忠実であり、いや田中氏の描写を凌駕してかなり強い印象を読者に植え付けているように思うのです。
小説に挿絵をするのなら、この辺の先行するイメージというのがいかに大事かを再認識しました。

で、結末はなんとも煮え切らないものとなりました。
最後の敵は結局今後もこの二人を襲うのか、それともあれで終わりなのか釈然としません。

特に今まで問いかけてきた田中氏がこのシリーズで書きたかったジャンルというのはなんだったのかも解らず仕舞い。
こんなの書くより、創竜伝シリーズやアルスラーン戦記シリーズをはよ書いて完結せぃ!というのが正直な感想かな。


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 7

あのころ (集英社文庫)

著者 : さくらももこ

出版社:集英社

発売日:2004-03-19

評価 :

完了日 : 2006年02月14日

子供の頃の思い出をテーマに語ったエッセイ。
誰もが経験した子供の頃の出来事を大人の視点で語っていますが、驚く事に語っている内容は子供のときに感じた感受性のままで、しかもそれが非常に論理的なのが興味深かったです。

つまり大人が良かれと思ってやったことが必ずしも子供にとっては嬉しい事ではないことを今の今まで覚えている事がすごいと思いました。
七五三の記念写真が実はうざったくて照れくさかった事、姉妹喧嘩の原因、家庭訪問のときの母親の取り繕った部屋の掃除の顚末などよくもここまで覚えているなぁと感心します。

しかもそれが自分の少年時代の心境と実にマッチングしていて心の琴線に触れてきます。
もっとも驚くのは自分が小学生の時は打算とか公算とか先を読むような考え方は思いもつかず、ただ笑い、怒り、泣いていた直情型の生活を送っていたのに対し、作者はてきやのしょーもないおもちゃなどに対する欲望については忠実ながらも、それ以外は一貫してどこか冷めた視線を備えていることです。

今回もっとも面白かったのはマラソン大会の話。
嫌いなのに走るのが速いといった矛盾の部分ではなく、自身がマラソンの苦しんでいる最中に競技を終え、笑いながら応援している男子生徒を見て、苦しみから解放された解脱者に例えたところです。
この例えは今まで私も抱いていた心境について正鵠を射た表現でとても気に入りました。

本作ではそれほど顕著ではありませんが、今回収録されたエッセイの中で時折挟まれるペーソス。これは子供の頃に持っていた何かを失った喪失感に似ています。
作者の今後のエッセイはこの色合いが濃くなるような気がしますし、それこそ私が期待する部分であるのです。


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25.ryoukent (2008/06/06)
あと「お気に入り」登録機能 もあります。お気に入りにリクエストさせていただきました。
よろしければTetchyさんもお気に入り登録 してくださいませ。
26.Tetchy (2008/06/07)
お気に入りの登録、どうもありがとうございます。
私もryoukentさんのページ、覗かせていただきますね。

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 1

キング・コング

著者 : 田中 芳樹,フィリッパ ボウエン,メリアン・C. クーパー,フラン ウォルシュ,ピーター ジャクソン,エドガー ウォレス

出版社:集英社

発売日:2005-12

評価 :

完了日 : 2006年02月10日

通常、映画のノヴェライズは手に取らない私。
しかしその作者が田中芳樹氏だと聞くと気になり、思わず買ってしまいました。
このあまりに知られた物語をどういう風に料理するかに興味を覚えたからです。

いやあ、実に田中芳樹氏らしい作品だというのが正直な感想。
登場人物の台詞が田中氏特有のアイロニックな云い回しとハリウッド・テイストとぴったりマッチングしており、全然違和感ありません。

逆に映画という時間制限で極限に絞られた条件の中でこの部分の台詞はどのように表現されているのかと気になるくらいです。
つまり田中氏の台詞こそが映画に相応しく思えます。

また映画の舞台となる1933年当時の歴史背景・風俗背景も丹念に書かれており、これが非常に臨場感を増しています。
この辺は正に彼の得意とするところで、面目躍如といった感じ。

田中氏の悪い癖の1つに歴史的なエピソードに懲りすぎてストーリーの進行がおろそかになることが挙げられますが、今回はほどよい匙加減で、抜群に雰囲気を引き立てています(特に当時の大統領のエピソードやアル・カポネが逮捕された時はまだ32だったなんていうエピソードなどの薀蓄は楽しかったです)。

そして今回最もこの作品を手に取るにあたり、ぐいっと興味を惹きつけられたのは「King Kong」という名前の由来が中国語から来ているというエピソードです。
これはどうやら田中氏の創作ではないかと思うのだが、このエピソードこそを得た事で中国好きの田中氏との強固たる絆が出来たことを確信しました。
映画を観ていないので憶測になりますが、キング・コングの棲む島がダイヤモンドの原石の山だという設定は恐らくこのエピソードから膨らませた田中のアイデアだと思います。

ともあれこれを読んだがために非常に映画を観たくなりました。
忘れていた細部が補完されたため、そのスケールの大きさを痛感させられたので、是非とも映画館の大スクリーンで体験したいですね。
状況が許せばの話ですが。

追記:後日DVDで見ました。やはり大スクリーンで観たかったと残念でなりませんね。
やはり中国が絡むのは田中氏の創作でした。やはりただのノベライズにはしてません。


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 21

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 ハリー・ポッターシリーズ第五巻 上下巻2冊セット(5)

著者 : J. K. ローリング,J. K. Rowling,松岡 佑子

出版社:静山社

発売日:2004-09-01

評価 :

完了日 : 2006年01月12日

今回は終始「怒り」がテーマだったように思います。
とにかく今回のハリーはエゴが前面に出ていて、なんとダンブルドアまでにも歯向かうことになります。

この辺はこのシリーズの隠された仕掛けが見えてきたような感じもしますが、逆に云えばお行儀のいい主人公を据えるよりも、こうした現代の15歳の子供が見せる傲慢さをきちんと描く作者の姿勢に感心します。
とにかく今回は先の読めない展開でした。

それというのも今まで物語には主軸となるテーマ―賢者の石、秘密の部屋、脱走した囚人、三校対抗試合―がありましたが、今回はヴォルデモートが復活したものの、語られるのは魔法省のホグワーツ校に対する圧制の連続で、ハグリットもいなく、そしてクィディッチすらハリーから取り上げるという設定!一貫していたのはハリーの謎めいた夢のことです。
今までのシリーズの定型を壊す物語の運び方で、こういうプロットだと作者のストーリーテリングの技量が試されますが、この作者は色々なロジックを仕掛けており、ところどころで目から鱗が落ちる思いをさせてくれました。

まず一番印象に残ったのは、ハーマイオニーの知略の冴え。
憎きアンブリッジを出し抜くための数々の謀略の見事さには舌を巻きました。

特に魔法省に黙殺されていたヴォルデモートの復活に対して、ゴシップ紙「ザ・クィブラー」にわざとハリーのインタビューを載せて、アンブリッジに「ザ・クィブラー」禁止令を出させた時の、「記事を読んだ事を認めることが出来ないがためにヴォルデモートの復活に対するハリーの意見に反論できない」という論理などはチェスタトンの逆説を髣髴させるほどです。

他にはセストラルという動物がなぜ特定の人物しか見えなく、さらに今までハリーの目に見えなかった理由にも驚きました。
こういう細かい仕掛けがこの作者は本当に上手いと思います。

そしてシリーズの後半に差し掛かった本書でも大きな別れがありました。
今まで愉快なサブキャラとして物語に彩りを加えていた双子のフレッド&ジョージ・ウィーズリー兄弟の退学、それとあの人の死。
そして敵役であったマルフォイ親子がもはや敵として眼前に出てきた事も物語が佳境に近づいている事を気付かせてくれました。

今までこのシリーズの読者が抱いていた「ダンブルドアはハリーをひいきしていないか?」という疑問に今回はきちんと明示して答えているのが驚きました。
また前作の感想でハリーを特別扱いする件について理由を示した事を書きましたが、今作ではさらに突っ込んで、作者が意識的にハリーに英雄癖(物語中では「人助け癖」と語られている)があることをハーマイオニーの口から指摘しているのも斬新です。

これで前回以上にハリーを特別な人物として描いていた事が自覚的であることを示唆し、またこれをハリーが過ちを犯すファクターとしているのも興味深いです。
こういうシリーズで主人公がトラブルに陥る(首を突っ込む?)のは常套手段でありますが、こんな風にあからさまに登場人物の口から提示するのを見た(読んだ)初めてです。

かてて加えてハリーの父親が聖人君子、ヒーローの如く描かれておらず、むしろ自分の魔法使いとしての優れた資質を鼻にかけた嫌な人物として描いた事にも驚かされました。
それを息子であるハリーに見させて、アイデンティティーを喪失させるなどは、現実の思春期を迎えた青少年・少女が直面する苦悩を用意させ、単なる娯楽読み物として終わらせていません。

こういった細かいエピソードを筆惜しみをせずに書くこの作家が単なるファンタジー作家と一線を画していると強く感じました。


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 1

新ゴーマニズム宣言 (10) (小学館文庫)

著者 : 小林 よしのり

出版社:小学館

発売日:2005-12-06

評価 :

完了日 : 2005年12月12日

今までの『ゴー宣』はオウム真理教との闘争、薬害エイズ問題、新しい教科書をつくる会の話と、小林氏が当時、仕事の中心となっていたものについて触れてはいたものの、それだけが一冊を占める事はありませんでした。
マンガであるから娯楽性も含めたお気楽な話もありましたが、今回は新しい歴史教科書が教科書検定に合格するまでの騒動と当時小林氏が出版した『ゴー宣』の別冊版『台湾論』についてのみ語られています。

日本政府との軋轢や相変わらずの朝日新聞との犬猿の仲ぶりを全話に渡って開陳しており、同じ事の繰り返しも目に付き、いささか疲れました。
しかし、『台湾論』が起こした国際的な騒動はすごく、特に「小林よしのり、台湾の入国禁止」のニュースは驚きました。
ここまでグローバルな存在になったのかとただ恐れ入りました。

台湾の政治家や国民運動まで起こして小林の入国禁止を解いた、かの国のヴァイタリティーにひたすら感銘。
国が小さい分、小回りが利く部分もあると思いますが、国民達が一人の漫画家のために世の中を動かすのは今の日本では到底考えられない事。

今の日本人は物事の本質を見極めることなく、「面白そうだから」、「カッコイイから」、「みんなやっているから」という浅薄な動機でしか活動しません。
だから熱しやすく冷めやすくて継続的な活動に繋がらりません(この頃、ホワイトバンド活動ってのが流行ってましたが、案の定、本来の目的を達成せずに廃れましたね)。

中国の政治的圧力は最近のこのシリーズを読むにつけ、嫌気がさします。
台湾人がNOといえば色んな画策が小手先の浅智恵までに留まっている例を観て日本政府も中国との外交に強気に臨めないのでしょうか?

中国のマーケットは確かに巨大ですが半年前の日本人に対する悪意ある行動は大いに批判していいはずでした。
小林氏が作中で述べているように、中国はこちらが弱気でいればどこまででも増長し、課題要求を突きつけていくでしょうから、強気に対処すれば絶対に引くと思います。
ただの狼の皮をかぶった羊なのです。

あと中国・韓国が第2次世界大戦の傷痕を未だに日本にネチネチと云っているのに対し、日本が敗けた相手アメリカに対して、あの戦争に対して何も非難をしていない事に今回気付かされました。
これは日本人の切換えの良さなのか、それとも単なる日和見主義であるが故なのでしょうか。
素直に喜ぶべきか失望すべきか、迷うところです。

しかし、今回は小林よしのりという一漫画家に対して、台湾の国民ならびに政治家や活動家が一致団結したという事実が本当にびっくりしました。
この事実を知れば、何が国際的に大事なのか解るような気がするのですが、政治家諸君。


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 18

ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上下巻2冊セット (4)

著者 : J. K. ローリング,J. K. Rowling

出版社:静山社

発売日:2002-10-23

評価 :

完了日 : 2005年11月30日

ハリー・ポッターシリーズの4作目。
今まで映画先行型の読書でしたが今回からようやく原作本先行型になりました。

今回は三大魔法学校対抗試合がメイン。
ホグワーツの他にもダームストラングとボーバトンなる魔法学校が存在しているのが今回で明らかにされ、それら3校対抗で代表選手を選び、3つの課題をクリアして優勝杯を競い合うというもの。

冒頭のクイディッチ・ワールドカップが行われる事自体、魔法学校というものが世界中にあることが予想されましたが、これは本当に予想外でした。
それでその3つの課題というものが、ドラゴンの守る金の卵を奪うこと、水中人から自分の一番大切な人を救うこと、そして迷路を通り抜け、優勝杯を手にすること。

正直、一番最初の課題が一番難しいと思いました。
心理描写も他の2つの課題に比べて緻密ですし、臨場感溢れる風景描写も壮大な感じがしました。
その後の課題の淡白な処理の仕方を見るとこの課題を最後に持ってきた方が物語も盛り上がったのではないかと思います。

そしてとうとう「例のあのお方」の登場です。
早くもハリーとの対決が繰り広げられますが正直、前哨戦といったところ。
しかしまだ14歳のハリーに気圧されるようではヴォルデモートもたいしたことがないなぁと思いました。

勿体無いのは3校それぞれの代表選手として選ばれたキャラクターにさほど魅力がないこと。
セドリックは悲運の最期を迎えるのに、その人間性を深く掘り下げていないからそれほど喪失感が得られませんでした。

良くも悪くもエンタテインメント性が濃く、前回までに見られた知的好奇心をくすぐるミステリ的手法はなりを潜めているかのようです。
それはクラウチの真相やムーディの正体の暴露シーンなどをとっても、知的ゲームというよりは通俗小説のあざとい演出にしか思えませんでした。

最後に明かされるリータ・スキーターのスクープ取得の謎はなかなかでしたが、文中にはっきりと布石が配されているようには思えませんでした。
他にもなぜクラムが3つ目の課題のときにセドリックに魔法を仕掛けて倒そうとしたのかなど細かい事件の詳細が語られなかった理由が棚上げにされてます。

今思いつかないが他にもこのようなストーリー、設定が見受けられたので今後は気をつけてほしいと思います(次作以降からの布石なのかもしれませんが)。

ただ今回改善されたのは3巻までに見られた主人公ハリーが困難に打ち勝つ時の御都合主義に変化が見られたこと。
例えば1巻での闘いのときに組み分け帽子から剣が現れたり、不死鳥が現れたり、更には時間を遡る時計が現れたり、シリウスからファイヤーボルトがプレゼントされたりとハリーを身贔屓するような設定があり、正直、納得行かないところがありました。
今回はそれを逆手に取って物語の仕掛けに上手く融合させているのがよかったです。

ハリーが三大魔法学校対抗試合の代表選手に選ばれた事、ムーディがハリーに第1の課題をクリアするヒントを与えた事、ドビーが鰓昆布をハリーに与えた事、ルード・バグマンがやたらとハリーを助けがる事、これら今までハリーに対する特権のような書かれ方がされているのみだったのが、きちんと理由があったことに感心しました。
恐らく作者へのファンレターにもこの件が書かれており、作者なりに改善したのではないでしょうか?

今回はダンブルドアが魔法省大臣のファッジと決裂したり、シリウスとスネイプが共同戦線を張ったり、シリーズの大きなターニング・ポイントとなる作品でしょう。
いよいよヴォルデモートとの全面対決が始まりそうな感じです。

次作で気になるのは、ヴォルデモートとの全面対決の準備期間ならばどのように魔法学校生活と対決の準備の模様を書くかです。
頑ななまでに当初の設定を今後も持っていく作者の手腕が楽しみです。


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1.KUMI (2008/04/30)
Tetchyさんが、監督してたら映画ももう少し面白くなったかも知れませんね。(確かに、ドラゴンの卵の課題は最後に来たほうが盛り上がりそうかも。)
ただ、大人には興ざめでも突然出てくる、剣や不死鳥は子供達には受けてたかも知れないよね。
物語が壮大になってくると、どうしても複雑に絡み合ってくる仕掛け、伏線、人間関係。
子供の本離れを食い止める為には適度な手抜きも必要?
(現に指輪物語なんかは、難解すぎて・・・)
2.Tetchy (2008/05/01)
KUMIさん、いらっしゃい☆
私はハリポタを一種のミステリのように読んでいるので、唐突な都合のいい展開が気になってしまうようです。
でもKUMIさんが云うとおり、これは子供向けのファンタジーが基本的なスタンスですから、こういうのが子供心をくすぐるんでしょうね。目から鱗が落ちました。

えっ、私が監督ですか?
とんでもないです・・・。
細部にこだわりすぎて、4時間大作ぐらいになり、興収大赤字になりそうです!
 

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 1

ふしぎな夢 (新潮文庫)

著者 : 星 新一

出版社:新潮社

発売日:2005-08

評価 :

完了日 : 2005年10月03日

本作では正に星新一氏の原点とも云うべき、宇宙や仮想科学趣向のショートショートが満載で、星作品に初めて触れたときの事を思い出せてくれました。
前に読んだ『天国からの道』が玉石混交の作品集であったのに対し、今回は外れが無く、いずれも水準作であるのが特に嬉しいです。
つまり非常に解りやすいのです。

いつも夢に出てくる謎の少年の正体を語る表題作。
謎の青い光を放つ宇宙船の謎を追うスペースジュヴナイル「謎の星座」。

催眠術で男を異次元に送る実験を行う「新しい実験」、街中に突然現れた複数の突起物が生えた球体の正体を探る「奇妙な機械」。
自らを宇宙人と語る精神病院での話「病院にて」。

世にはびこるヒズミという得体の知れない物体の話「エフ博士の症状」。
年の離れたカップルを軸に新しい星の探索譚を語る「憎悪の惑星」。

世間を騒がせる真っ暗になる現象の正体の謎を追う「黒い光」。
月に基地を作りに来た先発隊の一部始終を描いた「月の裏側基地第1号」。

火星に突然訪れた宇宙人の正体を探る「謎の宇宙船」。
そして最後は土星探索隊に送った物資が誤ってある星に届くことで起こる騒動を描いた「ピーパ星の騒ぎ」。

どうでしょう?
全て初期の星新一氏を髣髴とさせる内容ではありませんか?

今回は長めの作品が多く、少年が活躍するジュヴナイルとなっている「謎の星座」、「黒い光」などは私が少年ならばわくわくして読んだだろう作品です。
そして作者特有の、物語を正面から受け止めずに、少し斜めに構えて落とす物語の閉じ方も健在。

それが功を奏している表題作は少しジーンと来ますし、「憎悪の惑星」のアッケラカンとした物語の結末は正直唖然としました。
「奇妙な機械」は私の星新一原初体験である作品「友好使節」を想起させます。

初めて星作品に触れるのに絶好の作品集であると云えます。
しかし、こちらもあの頃からは倍以上の年齢を重ね、またかなりの量の読書をこなしていることもあり、純粋にあの頃のように没入できたかと云えばそうではありません。
しかし、一服の精神安定剤になり得る星作品の魅力は十分堪能できました。


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 18

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 (3)

著者 : J.K. ローリング,J.K. Rowling

出版社:静山社

発売日:2001-07-12

評価 :

完了日 : 2005年09月24日

これも映画先行で、はっきり云って映画の出来は今までの中では一番落ちると思いました。
というのもクライマックスの対決にヤマがないなと感じたからです。
映画はそういう感想でしたが果たして小説ではどうでしょうか。

ハリー・ポッターシリーズの最大の特徴は何といっても最後の対決シーンで明かされる真相です。
それらは常に驚きを与えてくれていました。

1作のハリーを襲った犯人、2作目の怪事件の犯人しかり。
しかもそれらがかなりショッキングな驚きを持っていたために印象強く残っていますが、今回は題名にもあるアズカバンの脱走囚こと、シリウス・ブラックのハリーへの襲撃とシリウスがアズカバンに収容されることになった過去の事件の内容に焦点が置かれています。

シリウス・ブラックがヴォルデモートの手先であり、ハリーの父親を殺害するのに手を貸したという過去の事件の真相は、またも英国本格ミステリらしいミスディレクションで今回も堪能できました。
特に今回はロジックがひっくり返るというところに力点があったように思います。

この作者が巧いなぁと感じさせられるのは、巧みに事実の断片を散りばめていること。
読者の思考を勘違いさせる方向へ持っていくその手腕は今回も健在で、映画で真相を知ってても、あれは幻想だったのかと錯覚を及ぼすほどの力があります(例えばシリウスがアズカバンで寝言で「奴はホグワーツにいる。殺さねば」なんて台詞もその本当の意味を思い出せませんでした)。

恐らく世の少年少女、ファンタジー好きの大人は作品に出てくる面白い道具、授業、空想の動物などに興味を持っているのでしょうが、私はこの作者のミステリ・マインドに大いに興味があります。
ロジックに力点があった点、最後の対決、クライマックスシーンはなんとも薄味だという気がするのは、やはり映画で観たとき同様でした。

ハリーが死力を振り絞って戦う相手が吸魂鬼(ディメンター)なんて大いに不満です。
最初から出ているサブキャラでしかありませんし、守護霊を呼ぶ高等呪文が出来た根拠も一回やったから出来たなんて薄弱すぎます。

作者によい理由が生まれなかったのが明白です。
そして難問をタイムスリップして過去に戻ってから解決するのは非常にアンフェア、いやミステリ作品ではないので非常に浅慮です。

これだと何でもありになってしまうからです。
作者はタイムスリップ中は誰ともあってはならないなんて制約を持たせることで一応常用性が低いことを訴えているようですが、それもまた空しい響きです。

とまあ、やはり今までのクオリティ、特に第2作の複雑さに比べるとご都合主義が散見されて、評価自体も低くなってしまいますが、本作には1つ特徴があることも忘れてはなりません。
1・2作で設定していたキャラクターを大いに活用し、しかもその1つを敵役にしている点。

これはシリーズ小説の強みですが、よほど注意して書かないと矛盾を起こす恐れ大なのでかなりの技巧がいります。
ハリー・ポッター世界を彩るだけの設定で設けていたであろうキャラクターが今回は実に有機的に働きます。
この辺のカタルシスは堪りませんでした。

暴れ柳の理由、スネイプがハリーを目の敵にする理由も今回明らかになりますが、しかし何といってもやはりロンのペット、スキャバーズの正体が白眉。
この設定は実に天晴だと思います。

ウィーズリー一家がこのネズミを飼いだして12年かどうかは1・2作を読み返さないと判りませんが、これに持ってくるのがすごいと思いました。
今回の隠れテーマである『動物もどき』を思いついた時点での創作かもしれませんが、素直にびっくりしました―ただ不満なのはハリーの父親の獣化が牡鹿だったこと。蛇語を話す因子として蛇かなと思ったのだが当てが外れました。作者が別の納得のいく設定を考えていることを期待します―。

こういう過去の設定の消化が始まると、物語も1作ずつではなくシリーズとしての動きを感じるので大いにこれからも期待してます。


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 2

天国からの道 (新潮文庫)

著者 : 星 新一

出版社:新潮社

発売日:2005-08

評価 :

完了日 : 2005年09月14日

正に何年ぶりかの星新一氏のショートショート集の新刊。
まだ未収録作品がこんなにもあったなんてびっくりしました。

しかし初期の星氏の切れ味豊かなショートショートはここにはもう、ありません。
結構読者を突き放した形で終わる話が多く―これは後期星作品の特徴でしたが―、ポイッと放り出されてどうしたものかと逡巡することが多かったです。

収録作の中で気に入ったのは表題作の『天国からの道』、『火星航路』、『収穫』、『大宣伝』、『禁断の命令』、『疑惑』あたりでしょうか。

『天国からの道』は天使たちが二手に分かれて天国の会社を作り、死者の誘致合戦が行われ、次第にエスカレートするもの。
結末は映画『マトリックス』の世界観を髣髴とさせ、ちょっとゾッとします。

『火星航路』は火星に調査に行く男女の団体の物語。
てっきり火星に行き着くまでのSF冒険ファンタジーかと思いきや、さにあらず、2ヶ月に渡る宇宙船での暮らしぶりを語る辺り、星氏独特の着想が光り、しかもラヴ・ストーリーに着地するのが意外でした。
これがベストかな。

『収穫』、『大宣伝』、『禁断の命令』、『疑惑』は初期星作品を想起させるオチもついて楽しめた作品。
宇宙を旅する謎の生命体が集める銀色の粒の正体が実は衛星核兵器だったというアイロニーが光る『収穫』。

社運を賭けて開発した新調味料を世間に広めるべく大宣伝作戦を打って出た結果がユニークな『大宣伝』。
隣人のロボットを預かった男が「命令をしてはいけない」という約束を破るとどうなるかを描いた『禁断の命令』。

霊媒を商売にすることになった男が妻の関心を惹くために行った霊媒がある疑惑をもたらすことになる『疑惑』。
この辺は良質のショートショートです。

今回の特徴はいやにドライな性表現が多発すること。
『平穏』と『解放の時代』がそれ。

前者はいきなり親が性教育をし出すし―しかもアブノーマルなものも含めて―、後者は異性・同性・獣の種類を問わず、道行くたびにセックスを交わす世界の話でいささか困惑を禁