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さくらこさんの読書ノート

私の人生に影響を与えた本
文学中毒になったきっかけを与えてくれた本、挫けそうな時励ましてくれた本などを集めてみました。
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 13

老人と海 (新潮文庫)

著者 : ヘミングウェイ,福田 恒存

出版社:新潮社

発売日:1966-06

評価 :

完了日 : 2008年10月15日

こんなに嫉妬を覚えた主人公は初めてだ。
「ただひとつのことだけ念じていればならないのだ。そのためにおれが生まれたきた、ただひとつのことを。」こんな風に言い切ってしまえる真っ直ぐな心と、情熱を私は持たない。そして、情熱の全てを捧げる海をこう言うのだ。「それは大きな恵みを、ときには与え、ときにはお預けにするなにものかだ。たとえ荒々しくふるまい、禍いをもたらすことがあったにしても、それは海みずからどうにもしようのないことじゃないか」。こんな人生への姿勢を私は知らない! 清清しい諦観! しかし人生を愛してる。海は人生そのもの。さらにでかい魚がかかるもかからないも「運」だと言い切る!
私はまだ二十代だから正直勝ち組になりたいと思う。その理想とのギャップを、運命とか神とかそういうものの意地悪のせいだと思ったりしてる。そのくせサンチャゴのような「おれが生まれてきたただひとつのこと」をただ待ってるだけなの。探しもしない。もちろん、人生を愛してない。ひたすら逃げてきた。現実から。
私も、いつかサンチャゴと同じ顔をして、ライオンの夢を見たい! 私、サンチャゴからみたらまだまだ若いよね? これからでも、あなたに追いつけるよね? 今はまだ、あなたが最早見なくなった女や嵐や喧嘩の夢の時間だと思うの。これから。これから! とにかく人生を愛したい。人生を生き切る!いつかきっとあなたになってやるんだから。


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 1

魂の文章術―書くことから始めよう

著者 : ナタリー ゴールドバーグ

出版社:春秋社

発売日:2006-04

評価 :

完了日 : 2007年12月27日

まるで魔法の本だ。どんなに考えてもいい文章が浮かばないとき、どうしても机に向かう気になれない時、テキトーにパッとページをめくる。すると、何時でも、どんなにこっちがほったらかしにしていようとちゃんと答えをくれる。じっと待ってたみたいに。
けれど、決して優しくは無い。厳しい。だって簡単に文章のテクニックを教えてくれる類の本じゃないから。この本ではそんな事ちっとも教えてくれない。短いセンテンスは全て読む人自身の心のありようを語っているだけ。でも、それだから良い!
文章テクニックはそれなりに勉強してれば勝手に分かるようになるからだ。自分の中に吸収されればもうテクニックの本は用済みだ。そんな本、立ち読みで十分。この本は違う。物書きとしての心構えを教えてくれる。人間出来てない私には、怠け心に渇をいれてもらわないとすぐに逃げ出してしまうので、この本を離せない。お守りであり、師匠であり、バイブル(・・・というより経典かな)。これから一生の付き合いになるだろうな。


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 1

私という小説家の作り方 (新潮文庫)

著者 : 大江 健三郎

出版社:新潮社

発売日:2001-03

評価 :

完了日 : 2007年12月12日

文学を志した時、私はとにかく尊敬する作家がどのように生きてきたのかを知りたかった。その生き方を知れば自分も作家になれると思っていたから。ところが私が「いい!」と思う物を書く人々はことごとく東大・京大・早慶をご卒業。三流大学出の自分は「頭の創りが違うのね」と早速挫折。書きたい気持ちはずっとあるけど、所詮私が書けるものなんてハナクソ以下だと気持ちに蓋をした。無駄なんだって。でも、ずっと知りたかった。「作家の頭の中は一体どうなってるのだろう?」きっと、頭に浮かんだイメージがすぐに結実して、あっと言う間に〝文学〟が出来ちゃうんだ。
それで、この本を読んだ。
読みながら、私は泣けて泣けて。自分でも分かんないくらい泣いた。
「生き方」が、結果として作家であるという事。「作家として生きる」ということ。それが、どれだけ苦しいかっていうこと。
そして、次の本文。『すでに小説はバルザックやドストエフスキーといった偉大な作家によって書かれているのに、なぜ自分は書くのか?同じように生真面目に思い悩んでいる若者がいま私に問いかけるとしよう。私は、こう反問して、かれを励まそうとするのではないかと思う。すでに数えきれないほど偉大な人間が生きたのに、なおきみは生きようとするではないか?』
私も、生きよう、書いていこう、と思えた。


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2.さくらこ (2007/12/16)
ありがとうございます!(しかもよくよく見てみるとすごい長文になってるのに、読んでくださった事にも感謝です!)
大江さんの言葉、カーシーさんにも届くといいな。
3.カーシー (2007/12/17)
胸に響いたぶんだけは、届いていると思ってます(汗
いつか自分で読んでみたいと思います。
でも、積読本が果てしなくあるので、
いつとは断言できませんが(汗

さくらこさんのは、私のたれながしの駄文と違って
思いにあふれた濃い文面なので、
全然長文に感じなかったですよー(´―`)

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 6

岬 (文春文庫 な 4-1)

著者 : 中上 健次

出版社:文藝春秋

発売日:1978-01

評価 :

完了日 : 2007年06月17日

「運命は、自分で切り開くもの」なんて、私は絶対信じない。あまちゃんの戯言。世界はそんなに平等じゃない。家族、自分の中に流れる血という逃れられない運命を知らないでいられる幸福者にしか当て嵌まらない。
嫌だ嫌だと憎しみ続けた者と、同じ衝動が自分の中に潜んでいることに気付いた絶望。理由も理性もなく、突如自分を食らう暴発。「あいつのようにはなりたくない」。そうしていくら自分を呪縛しても、操られるように同じ様を呈してしまう……。血縁への憎悪がいつしかさらに激しい自分への憎悪に変わる。当然、すべての人間を愛せない。
「それは、非道徳的なことです」なんて通念のせいで、ますます自分が嫌になる。自分自身への暴力(内面の)と他人への絶対的拒絶。それでしか世界が成り立たなくなる。泥沼。
そんな苦しみを知ってる私には、この本はカタルシスでした。


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 1

愛のごとく (講談社文芸文庫)

著者 : 山川 方夫

出版社:講談社

発売日:1998-05

評価 :

完了日 : 2004年10月14日

映画のような恋愛をしてみたいとは思うけれど、所詮映画は映画よね。自分に相応な恋愛しよーっと。
……人生は妥協だ。そうやって日々、演技をしている。鏡の前で、他人の中で、自分を騙し騙し生きている。ちょっとでも、理想に近づけたらイイナ、とささやかに願いつつ。
この話の主人公は違う。演技の果てに得られるものは悉く、偽物だという。自分を見失うほどの情熱によって、まぎれもなく「愛」であるもの、それしか認めない。あまりにも「愛」を高潔なものとしてあがめすぎている。そのくせ、彼はわかっている。「そんなモノは、この世にはない」
その、子供のように残酷な一途さによって作り上げられた真理が、彼を孤独にし、絶対に幸福にさせない。普通の人なら「愛」と呼ぶ現象が彼に起こっても、疑い、必死で否定する。全てを疑い、「ごとく」、つまりは偽物にしてしまうのだ。
女が突然死に、自分を喪失するような悲しみと怒りがやってきたとき、初めて「愛」というものの実在を知る。そして、他の人間と同じように生きるほか「できやしない」ことを悟るのだ。
それなのに、ああ、なんて皮肉なタイトルだろう。「愛のごとく」とは。


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 1

伊豆の踊子・温泉宿 他四篇 (岩波文庫)

著者 : 川端 康成

出版社:岩波書店

発売日:2003-09-18

評価 :

完了日 : 2004年02月24日

大学二年の時、作家でもあったN先生による創作の講義をとっていた。先生は最初の講義で、十個ほどの書き出しだけを集めたものを読ませ、どれが一番技巧的に優れているかを尋ねた。そのうちの一つが『伊豆の踊り子』だったのだが、私は違うものを選んだ。当時の私にはただの情景描写に過ぎないものと思えたからだ。
当時の私は高慢だった。そのくせ臆病で、自分を常に疑い、何にも出来ず、誰かに「これが正しいんだよ」という指針を与えてほしかった。信じられるものを求めていた。
先生は言った。「『伊豆の踊り子』の書き出しの上手さがわからないうちは文章の事など何も分かってはいないんだ」。その言葉が、私の信仰になった。私は、何にも分かっていなかった。
それから必死でたくさんの文豪の作品を分析した。講義も後半に差し掛かったころ、ようやく理解できたのだ。初めて理解できた時の衝撃ったら! (身体震えたもん)
未来永劫、川端康成は私の神様。


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 1

安南の王子 (集英社文庫)

著者 : 山川 方夫

出版社:集英社

発売日:1993-10

評価 :

完了日 : 2000年03月21日

もし、運命というものがあるのならば、私が小さい頃から本を読み続けて来たのは「山川方夫」に出会う為の布石だったのかもしれない。
他人の顔色を窺い、自分の言葉は何一つ言えず、楽しくもないのにおどおどしながら笑い続ける……。それがこの本に出会った頃の私の人生だった。人に「役割」を与えられないと怖くて不安で狂いそうだった。本当は何がしたいのか、私は誰なのか。ぼんやり見えてる答えは、常識はずれで誰かに言うどころか自分さえ知らぬふりをした。認めたら、この世界が私を殺そうとする……。そう怯えてた。
『安南の王子』の登場人物も同じように「ギニョオル」(操り人形)の日々を送っていた。彼らはそれを楽しんでさえいる。しかし、主人公の「王子」が一瞬ギニョオルの世界から外れた時、初めて自分という存在に気が付く。そして、彼は自分を生きる為の死を選ぶ。
なのに、この作品は実に美しいのだ。冬の月のような。私の規格外の人生も、このように美しく昇華させる方法があったのか。私も、このような作品を創りたい。
そして、今、私の根底は文学で一杯。


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